四季姫Biography~陰陽師少女転生譚~

幹谷セイ

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第三部 四季姫革命の巻

第二十六章 夏姫革命 3

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 3

「さて、問題は、この先如何にして、紬姫に近付くかだな。仮に近付けたとしても、我らの話に耳を傾ける気があるかどうか」
 ひとしきり笑った後、夏が気を取り直して、最大の論点に口を添えた。
 全ての問題を円満に解決するために、何よりも優先して行わなければならないこと。
 それが、紬姫との接触だ。
 最重要でありながら、最難関でもあるこの試練に、この先どうやって立ち向かうべきか。
 夏と二人で考えるが、これといった案は出てこない。
 この時代の紬姫は、伝師を裏切って鬼閻を封印した四季姫たちを心の底から憎んでいる。ただ会うだけでなく、さらに逃げるように説得を試みなければいけないとなると、難易度の高さは計り知れない。
「私の顔を見た途端に、殺しにかかってくるであろうな。なりふり構わず」
 夏は困った様子で唸る。
 そんな危険を、紬姫から命を狙われている張本人に侵させるなんて、いくらなんでも甘えすぎだ。
 京の中に辿り着くまで、本当に良くしてもらったのだから、これ以上は夏を巻き込むべきではない。
「この先は、あたしが一人で行きます。夏さんは見つからないように、隠れていてください」
「戯言を申すな。其方が一人で向かえば、奴が警戒を解くとでも思っているのか。紬姫にとって憎むべき相手は、私ではなく〝夏姫〟そのものなのだ。其方が夏姫の生まれ変わりと知れば、容赦なく牙を剥くぞ。私に、来世の自分を見殺しにせよというのか」
 夏は少し怒りを含んだ声で、榎を叱責した。榎の正体を知った上で、その身を案じてくれている夏に対して、軽はずみな態度をとってしまったと、榎は反省して謝った。
「多少の危険は覚悟の上としても、確実に成功する方法を選ばねばならぬ。私も其方も、どちらも生き残れる道を、な」
 榎が夏姫である以上、紬姫が直接、心を開いてくれる確率は、限りなく低い――。
 それでは、お手上げになってしまう。時を渡って平安時代にまでやって来た意味が、なくなる。
 榎は焦る。何か、良い方法はないか。紬姫の気持ちを大きく変えられるような、そんな影響力のある者はいないのか。
 現代の紬姫は、榎たちに対して憎しみもなく、むしろそれなりに協力的だった。たとえ時渡りをしてから二十年近くの月日が経ったとしても、そんなに大きく心変わりをするには、何かきっかけが必要なはずだ。
 きっと、時渡りを行うまでの間に、紬姫に何らかの変化があったに違いない。憎しみに身を委ねて怒り狂う存在から、綴を守るために母親の使命を果たそうと、考えを思い直させた、何かが。
 そう思い至った瞬間、榎の中に妙案が浮かんだ。
「この人の言葉なら、紬姫は絶対に聞いてくれる、と思える人に頼んでみたら」
「と、言うと?」
「もし、本当に紬姫の体や命を心配して気遣ってくれる人がいるなら、その人から紬姫の説得をしてもらえれば、紬姫も聞き入れてくれると思うんです。紬姫の周りは、忠実な式神や他の陰陽師たちが守っているんですよね?」
「まずは、紬姫と話が通じそうな、紬姫の味方を説得するという訳か」
 夏は榎の案に興味を示し、考えを巡らせ始めた。
 だが、最初はそれなりに明るかった表情が、次第に曇っていく。
「……厳しいな。伝師に仕える陰陽師たちとて、好きで紬姫を護衛しているわけではない。皆、外から襲ってくる敵よりも、内から寝首を掻いてくるかもしれない紬姫のほうが恐ろしいのだ。だから、逆らえない。紬姫とて、連中を心から信頼しているわけではあるまい。脅して、盾にしているだけだ」
「じゃあ、本当の意味で、紬姫の味方と呼べる人は……」
「さあね。私の知る限りでは……。いないかもしれないね」
 絶望的な返答だった。紬姫は完全に、あらゆるものから心を閉ざして孤独の道を歩んでいるというのだろうか。
 榎には、そうは思えなかった。きっと誰か――夏ですら気付いていない誰かがいるはずだ。
「麿は? 麿なら、うまく言い包められるかも」
 榎の発言を聞くや否や、夏は呆れて鼻を鳴らした。
「月麿? あんな肉達磨、紬姫の犬も同然だ。ひと睨みでもされれば、尻尾を丸めて縮こまってしまうさ」
「そんなに駄目なのか……」
 榎はがっくり、肩を落とした。
 反論しようにも、紬姫に睨まれて小さくなる月麿の姿が安易に想像できてしまうため、否定できなかった。
 落ち込むと同時に、ふと、脳裏に新しい考えが浮かぶ。
 一人、確実にいるのではないだろうか。紬姫を説得できるだけの力を持つ人物が。
「……綴さんの、お父さんは? 紬姫が身籠っているお腹の子の、父親にあたる人です」
 その人は「既に死んだ」、と紬姫は話していたが、この時代ならば、まだ生きているかもしれない。
 夏の眉が、ぴくりと攣り上がった。表情が硬くなり、緊張が増している様子が伝わってくる。
「その人になら、紬姫も絶対に心を許している。その人の説得になら、応じてくれると思うんですが」
 この作戦なら、いけるかもしれない。榎は希望を湧きあがらせて身を乗り出したが、夏の腰は重そうだった。
「相手に心を許さずとも、女の純潔など、いくらでも奪えるよ。子だって同じだ。愛していようがいまいが、関係なく産める」
 夏の淡白な言葉に、榎は言葉を失って呆然とした。
 申し訳なさそうに、夏は目を伏せる。
「すまないね、ことごとく、其方の期待を裏切ってしまって。だが、あの女はもう、誰にも心を開かないし、誰もあの者を心から案じはしないだろう」
 完全に、諦めた様子の夏を前にして、榎は握り拳を固めた。
「そんなはずはない! 紬姫は言っていた。綴さんは、自分が唯一愛した、大切な人との間にできた子供だから、何が何でも守りたかった。だから、時を渡って逃げてきたんだって」
 榎が声を張り上げると、夏の瞳が大きく開いた。
「相手がどう思っているにしても、紬姫は子供の父親を愛していたはずだ。その人との思い出を、絆になる綴さんを、守り続けてきたんだ!」
 榎にはどうしても、夏の言葉が信じられなかった。夏の話す紬姫と、榎が出会った紬姫のイメージが、重ならない。
 榎が実際に目にした紬姫の印象は、決して絶望にばかり染まったものではなかった。起伏に乏しくても、あの表情には間違いなく、綴と、綴の父親に対する深い愛情が見てとれた。
 紬姫は絶対に、望まずに綴を産んだわけではない。必ず、愛する人は側にいるし、その人の言葉になら耳を傾けてくれる。
 そうでなければ、紬姫がなぜあれほどにまで、綴の未来を守ろうとしていたのか、分からない。
「お願いです。知っているなら、教えてくれませんか。紬姫の愛した人は、誰ですか? その人に会うことは、できませんか?」
 榎の勢いに圧され、今度は夏が口を噤んで、背を逸らせた。とても動揺した様子で、額に汗を浮かべて目を泳がせている。
 ひどく考え込んでいるようにも見えた。その様子からも分かる。夏は間違いなく、綴の父親を知っているのだと。
「紬姫の、腹の子の、父親は……」
 ゆっくりと、消え入りそうな小さな声で、夏が呟いた。口を震わせながら、必死で何かの抵抗と戦っている感じがした。
 紬姫の愛した人とは、夏にとってその名前を口にするのも憚られるほど、嫌悪感を抱く相手なのだろうか。口を割らせるのが、申し訳ないとさえ思えるほどだ。
 だが、教えてもらわなければ、未来は救えない。
 榎が手に汗握りながら、夏の言葉を待っていると、外で激しく草が揺れ動く音が聞こえた。
「何奴だ!?」
 我に返った夏が剣を握りしめ、勢いよく御簾を捲り上げた。
 榎も剣を構えて、御簾の外に目を向ける。
 庭の枯れた草原の中で、腰を抜かして震えている男がいた。黒い着物を見に纏い、顎に髭を生やした、背の高い細身の男だ。
「け、剣を下ろさぬか、無礼者! わわ、我は、伝師守親(つたえしのもりちか)。伝師本家の長であるぞ!」
 男は裏返った声で、必死に夏を牽制した。
 それに応じたわけではないだろうが、夏は呆れた様子で剣を下ろし、男を睨み付けた。
「その、長ともあろうものが、民家の庭先に忍び込んで盗人の真似事か? 恥を知れ」
「人聞きの悪い! 我は安倍晴明殿に、助けを乞いに参っただけだ」
「晴明殿はおらぬ」
「ならば、なぜ貴様がこの屋敷におる!?」
「私たちは、晴明殿の客だ」
「愚かな、あの高貴なる陰陽師が、貴様のような下賤な陰陽師を相手にするはずがない!」
「別に信じてもらわなくとも結構。他に用がなければ、とっとと帰られよ、長殿」
 夏はつまらなさそうに、守親と名乗るその男に、にべもなく吐き捨てた。
 二人の会話の内容を聞いていると、どうにもちぐはぐで、榎の頭ではすんなりと理解ができなかった。目の前の男――守親は伝師の長だと言っているし、夏もそう呼んでいるから、間違いはないのかもしれない。
 だが、夏の態度は仕えるべき長に対しての対応とは思えないくらい冷ややかだし、軽蔑しているようにも感じる。
 いや、それ以前に――。
「伝師の長は、紬姫じゃ……?」
 頭の中での処理が追い付かず、榎の口から疑問が漏れた。
「それは、裏の世での話。いかに伝師家の実権を握る者が紬姫であろうと、聖域に女は入れぬ。帝に仕え、陰陽師として責務を果たすのは、男の役目だからな」
 なるほど。確かに、いくら女性が強い力を持つ家系と言っても、やっぱり一族の大黒柱には、男の人が不可欠というわけか。
「式神さえ満足に操れぬ、表向きの門構え当主、といったところだがな」
 だが、必要とはいっても丁重に扱われているわけではないらしい。夏が鼻で笑う。
 その様子を見た守親の顔が怒りと朱に染まる。
「黙れ、賤しい分家の分際で、よくもかような口がきけたものだな!」
「もう、私の家は、とうにございませぬ。いまさら分家も本家もありますまい」
「減らず口ばかり叩きおって……」
 口で言い争っていても、夏のほうが常に一枚上手らしい。実力も、もしかしたら同様なのかもしれない。
「じゃあ、あなたは、紬姫の旦那さんになるんですか?」
 いつまでもいがみ合ったままの二人の間に割り込み、榎が身を乗り出して尋ねると、守親はまた、不審そうな目を向けてきた。夏姫と行動を共にしている榎がいったい何者かと、勘繰っていそうな表情だった。
 だが、特に素性を問い質すでもなく、むしろ夏との会話を逸らせるならば相手は誰でもいい、と言った感じで、守親は榎との対話を始めた。
「いかにも。紬姫は、我の妻である」
「なら、紬姫のお腹に赤ちゃんがいることも、知っていますよね?」
「無論だ。我の跡継ぎである」
 この人が、綴の父親――。
 面影があるような気もするし、あまり似た雰囲気は感じない気もする。
 だが、本人が親だと認めているのだから、間違いないだろう。
「あたしたちは、紬姫とその子を守るために、平安京の中に戻ってきたんです。力を貸してもらえませんか?」
「信じられるか。こんな気味の悪い女、何を考えているか分からぬ!」
 守親は夏を横目に睨み付け、吐き捨てる。
 かなり頑固な性格などは、月麿を彷彿とさせる。
「教えてやろう、こいつは、女の身でありながら我が妻に言い寄り、肌を重ねて通じ合いおったのだぞ。穢らわしき女よ、女同士で通じ合うなど、許されるわけがない!」
 守親の爆弾発言に、榎は一瞬、固まった。
「え、それって、もしかして、同性愛、的な……」
 榎は反射的に、夏に視線を向けた。夏は何事もなく、平然とした涼しげな表情を浮かべている。取り乱しているのは、榎だけみたいだ。
 いかにも、夏の弱みを握っているといわんばかりに形勢を盛り返そうとする守親だが、夏はそんな挑発に乗る様子もなく、至って冷静だった。
「夫がもう少し、妻を満足させられる男であったなら、かような不義も起らなかったろうにな」
「貴様……! 我に問題があると申すか!」
 まだ負けじと言い合いを続けようとする守親を、榎は止めに入った。ここで喚いていても、埒が明かない。
「喧嘩は止めましょう! 事情はともあれ、紬姫を助けたい気持ちは同じのはずです。今だけは、協力しあえませんか? こうして言い合っている間にも、紬姫の命が危険に晒されるかもしれないんです」
 榎の必死の訴えが通じて、二人の終わりの見えない口論は中断した。夏が腕を組み、深く息を吐いて守親に視線を向ける。
「小娘に諭されていては、あまりにも情けない。私を始末したくば、全てが終わってからになされよ、守親殿。今は紬姫と、腹の子を救いたい。あくまで、この娘のためにな」
「紬姫が手に入らぬと分かったら、今度はこの小娘を手籠めにするつもりか? まったく、どこまでも穢らわし……」
「その、汚い言葉しか吐けぬ口を切り裂かれたくなければ、大人しくしているのだな。役に立たぬと分かれば、貴様など一番にこの世から消し去ってくれる」
 守親の首元に、鋭い刃が突き付けられた。気付けば夏が、いつの間にか守親の背後に回りこみ、剣を抜いて構えていた。
 脅された守親は反論もできず、表情に怒りと怯えを湛えながらも、それ以上反抗しなかった。
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