四季姫Biography~陰陽師少女転生譚~

幹谷セイ

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第三部 四季姫革命の巻

第二十六章 夏姫革命 11

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 十一

 夏が男であり、さらに、紬姫が身籠っている子の父親もまた、夏だった。
 その事実を知らなかった者は、榎を含めてみんな驚いたはずだが、その中でもとりわけ、驚愕以上に怒り、憎しみを激しく燃え上がらせた人物がいた事実に気付けなかった。
 その落ち度が、悲劇を生んでしまった。
「紬姫。貴様も、我を謀(たばか)っておったのか……。一族を、滅ぼす気だったのか! こんな汚らわしい下賤の子を、我に育てさせようとしておったのか! 許さぬぞ、裏切り者ども……。伝師の血を、汚させはせぬ。誰にも、奪われはせぬ。我こそが、伝師の血統! 我の代から、また伝師は蘇る。幾代も幾代も繋ぎ続け、憎き裏切り者を根絶やしにしてくれる!」
 一気にまくし立てて恨みつらみの言葉を吐き捨てると、守親は夏に突き刺した剣を、一気に引き抜いた。栓を失った夏の心臓部からは勢いよく血が噴き出し、その衝動で夏は倒れた。
 何よりも強烈な裏切りを受けた守親にとって、夏の存在は憎い仇敵以外の何者でもなかったのだろう。夏を女だと思っている間なら、ただの汚らわしい同性愛だと罵っていても、まだ男として優位に立っていられた。その事実が覆され、更には自分の子供だと思っていた紬姫のお腹の子さえも、何の血のつながりもない存在だと知った瞬間。
 守親は壊れたのかもしれない。
 守親は笑ったり泣いたり、悲鳴を上げたりしながら、ふらふらと部屋の外に出て行った。後を追う者は、誰もいない。室内にいたものはその場にへたり込んで身動きがとれないか、夏の元に駆け寄って声を荒げるだけだ。
 だから、その後、守親がどこへ向かって何を為し、どこで果てたか。知る者は一人もいない。
 榎も、夏が倒れ込むと同時に、悲鳴を上げて駆け寄った。更に着物を割いてサラシを作り、急いで夏の胸部に巻き付けて止血するが、巻いたところからいくらでも血が溢れてくる。
「駄目だ、血が、止まらない……。どうしてだよ! こんな時に、何もできないなんて!」
 榎の力では、こんな深い致命傷を治療する術がなかった。
 言っても仕方ないが、こんな時に春姫がいてくれたら。そう望まずにはいられなかった。
 そんな望みを抱くことしかできない、他力本願な榎自身を、嫌悪した。
「榎、己を責めるな。其方には、礼をしてもしきれぬ」
 後悔と自己嫌悪に苦しむ榎に、夏は震える声で慰めを掛けてくれた。
 こんな状態になってまで、まだ榎を気にかけてくれるなんて。
 その心遣いが苦しく、榎の眼からとめどなく涙が溢れた。
「泣かないでくれ。其方に泣かれると、どうにも居心地が悪い」
 榎の泣きじゃくる姿を見て、夏はまた、困った笑みを浮かべた。
 そしてゆっくりと、視線を移す。
 その先には、何が起こったのか把握できず、呆然と立ち尽くす紬姫の姿があった。
「其方の手にかかることは、叶わなかったようだな。紬姫」
 夏は紬姫に、優しく微笑みかける。
 情けない死に様だと、鼻で微かに笑った。
 紬姫は、何の反応も示さない。
「やっと、分かり合えたと思ったのだが……。結局、私は、其方とは生きられぬのだ。そういう、運命(さだめ)なのだ」
 夏は疲れた様子で、深く深く、息を吐いた。その間にも、夏の体からはどんどん血が流れ出て、背中に大きな血溜まりができていた。
「榎、後は頼む。其方のような娘に想われるのならば、我が子の未来は安泰だ。幸せにしてやってくれ、私たちの分まで――」
 そこまで呟いて、夏ははたと口を噤んだ。
 何か驚いた様子で、榎から視線を逸らす。
「――みんな、迎えに来てくれたのか」
 虚空を見上げて、夏は呟く。その目線の先を榎も追うが、何も見えない。
 だが、夏には何かが見えているのだろう。その懐かしそうな、嬉しそうな表情は、とても演技には思えなかった。
 一瞬、榎の涙で滲んだ視界の向こうに、ぼんやりと人影が見えた気がした。色鮮やかな十二単を身に纏った女性が三人、夏の頭上に並んで浮かんでいる。表情までは見てとれなかったが、笑顔を浮かべているように感じられた。
 前世の、四季姫たち――?
 まさかと思ったが、直感的にそう判断した。
「ああ、秋殿。愛しき人と、お会いになれましたか。共に、最期を迎えられましたか。春殿も、大勢の心厚き者たちに囲まれて、看取って貰えたのですね。冬殿、心残りは全て、了念殿に託してこられましたか」
 榎の判断が間違いではなかったと証明するように、夏は楽しそうに、その女性たちに声を掛ける。その気さくな様子は、元気だった頃と変わらない。
「伝師の血に翻弄され出会った我々は、必ずしも良い仲を築いてこれたとはいえません。別の形で出会えていれば、また違った語らいも、できたのではないでしょうか。互いに、支え合うことも、共に歩むことも、できたかもしれません。ですが、その望みは、次の世に託しましょう」
 夏の声が、だんだんと小さくなる。それに気付いて榎の集中が途切れると、三人の人影の姿も見えなくなった。
 夏の瞳が、ゆっくりと閉じる。最期に、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で、呟いた。
「みんな、――来世で、また会おう」
 それ以降、夏の口は動かなくなった。
 口だけでなく、呼吸も、鼓動も、全てが止まった。
「夏さん、夏さん!!」
 榎は声を掛け続けたが、何の反応もなかった。
 榎は脱力する。夏を救えなかった。その事実が襲い掛かって、榎を押し潰そうとする。
 自責の念に駆られて、再び漏れ出す涙と嗚咽。
 だが、榎が泣きわめくよりも先に、大きな悲鳴が耳を劈いた。
 紬姫の、泣き声だった。
「嫌だ、嫌だ! 夏!!」
 夏が息を引き取った瞬間、我に返ったのだろう。体温を失って冷たくなっていく夏の体に縋りつき、激しく泣き出した。
 側で取り乱している人間がいると、妙に冷静になれることがある。今の榎がそんな状況で、辛くて、泣きたくてたまらないのに、紬姫の悲痛な姿を見ていると、とてもその気持を維持できなくなった。
 呆然と、夏の死に顔を眺めていると、突然、地面が激しく揺れ出した。
「何だ、この揺れは……。地震か!?」
 慌てて周囲を確認するが、すぐに地震が原因ではないと気付く。
 屋敷の中が、すさまじい濃度の邪気によって包まれている。
 その邪気は、紬姫の体から噴出していた。嫌な空気が霧みたいに周囲を覆い尽くし、息苦しい圧迫感を与えてくる。
 大量の邪気は、激しく渦を描いて部屋の中を噴き乱れ始めた。台風みたいな感じだろうか、渦の中心にいる榎たちに大きな被害はないが、少し離れた場所にいた陰陽師や月麿は、その邪気の暴風の直撃を受けた。
「何じゃこれは! 吹き飛ばされる!」
 ちょっとやそっとの風では吹き飛びそうにもない月麿の体が、風船みたいに軽々と飛ばされて屋敷の外に放り出された。それだけ、この邪気が作り出す風が強烈だということだ。
 やがて、紬姫の放つ邪気が段々と圧縮され、人の形を形成し始めた。
 人と言っても、等身大とはとても言えない。建物よりも巨大な姿だった。
 この、邪気を纏った存在は、間違いなく、悪鬼。
「世を恨み、全てを憎み、絶望する人の心が、悪鬼を生む……」
 榎の中に浮かんだのは、綴の書き残した物語に出てきた描写だった。
 己の運命を、伝師の存在を憎み、恨み続けた末に、体内に溜まりに溜まった邪気は外に漏れだし、やがて具現化されて、悪鬼となった。
 かつて、綴の中に流れる悪鬼の血が、新たなる悪鬼を世に生み出した。
 それと同じ現象が、今、紬姫にも起こっているのではないだろうか。
「紬姫の中で巣食っていた悪鬼が、表に出てきたのか――?」
 恐らく間違いなさそうだが、規模が違いすぎて、とても同じとは言い難かった。
 綴が生み出した悪鬼――萩も、確かに恐ろしい存在だったが、この紬姫が生み出そうとしている悪鬼は、萩とは比べ物にならない。
 こんな大きな化け物が暴れたら、平安京どころではなく、日本が滅ぼされてしまう。
 それに、こんな強烈な邪気に中てられて、紬姫や、お腹の赤ちゃんに影響がないとも言いきれない。
 何とかしなくては。
 夏が命懸けで守ってくれた命。大切な人の未来。
 絶対に、失わせたくない。
 榎は精神を集中させて、体内に巡る全ての力を、一点に集中させた。
 強引でもいい。榎の中に眠る力を、引きずり出す。
 榎は咆哮を上げた。額から角が生える感触。爪が、犬歯が伸びる感触を全て認識する。
 自力で鬼化を遂げた榎は、剣を掲げてさらに力を集中させた。
 不思議と、普段以上の力が漲ってくる感覚を覚えた。
 新しい、温かく、力強い力。
 しっかりと榎の中で馴染んで、交わっていく。
 自然と感じ取れた。これは、夏姫の本当の力だ。
 夏の死が、榎に夏姫としてのさらなる力を与えてくれた。榎の魂の中で、半分に欠けていた夏と橘子の力が融合し、一つの夏姫となった。
「夏さん。力をください。京を、大切な人たちを、悪しき者から守る力を!」
 榎は、頭上で姿を形成していく巨大な悪鬼めがけて、剣を勢いよく振り抜いた。
「此の世の澱みし悪風を祓え。――〝白虎の咆哮〟!」
 巨大な白い虎が地面から飛び出し、悪鬼に襲い掛かる。大きな口を開けて牙を剥きだし、悪鬼の胴体に噛みつく。
 そのまま、奇声を上げる悪鬼を道連れに、白虎は空高く弧を描き、京の外へと飛び出した。直後、平安の京は半透明の膜に覆われ、静寂が訪れた。
 禁術の発動後、何とか意識と体力を保った榎は、その場で足を踏ん張った。鬼化はすぐに解け、元の姿に戻っていた。
 横たわる夏の側で、紬姫は意識を失って倒れていた。どうやら、無事のようだ。
 それを確認したのも束の間。
 突然地面がひび割れ、粉々に崩れた。下には空洞があるらしく、榎たちは成す術もなく、地面の下へと引きずり込まれていった。
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