四季姫Biography~陰陽師少女転生譚~

幹谷セイ

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第一部 四季姫覚醒の巻

一章Interval~蠢く現代の妖怪たち~

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 夜の空に、月が輝く。
 いくら月明かりに照らされたとはいえ、宵月夜が今まで見てきた地上は、間違いなく濃い闇に覆われていた。
 なのに、封印から解放されて外に出てみれば、全く知らない光景が広がっていた。
 背中に生えた翼で上空を飛びながら地上を見下ろしていると、まるで別世界にでも迷い込んだのだろうか、と錯覚するほどだ。
「日が暮れたってのに、昼間みたいに明るい。何だってんだ、いったい」
 石で作られた、とてつもなく大きな建物が、至るところに群がって天高く伸びている。建物は四方八方に光を放ち、地上の様子を明るく浮き上がらせた。
 松明の、揺らぐ炎の明かりとも違った。赤や青、まるで人魂みたいな様々な色の光が、あっちこっちで蠢いている。
 人間の住む世界は黄泉の国と繋がり、こんな奇妙な世界になってしまったのだろうか。
 だが、よく知る妖怪の気配は、ほとんど感じない。
 感じる気配は、全て、人間のもの。
 人間が、こんな妖怪にさえ理解の及ばない変貌を遂げたというのか。
 それともやっぱり、別の世界にでも来てしまったのか。
 宵月夜は夜目を凝らし、周囲を見渡す。
 生駒山、高野山、琵琶湖。
 光の塊の周囲には、宵月夜も良く知る、面影を残した場所も存在する。その多くは、見覚えのある地形ばかりだった。
 間違いなくこの辺りは、平安の京の近隣で、間違いない。
 宵月夜が良く知る場所なのだと、理解せざるを得なかった。
 変わったものは世界ではなく、人間の文明、歴史。
 恐らく平安京が滅び、この地は新しい王朝によって支配されているのだと予測はできた。
 だが――。
「どのくらいの時が経った? どれだけ時間が経てば、こんなに変わっちまうんだ」
 石に封じられていた間の時の流れは、宵月夜にも把握できない。
 かつての面影もないほどに変わってしまった世界が、とてつもなく長い時の流れを感じさせる。
 百年経ったのか、二百年経ったのか。
 唯一の手掛かりとなりそうな、一人の少女の姿を思い出す。
 封印が解けた時に出会った、夏姫と同じ姿をした小娘。魂の波長はよく似ているが、やはりよく見れば、別人だと分かった。だから本能的に、夏姫の〝生まれ変わり〟なのだと気付いた。
 宵月夜の知る夏姫は、恐らく死んでいる。死んだ後、魂が輪廻の輪をくぐり、あの新しい夏姫が、この世に生まれ出た。
 人間の魂が再び新しい生を受けるまでに、どのくらい時間が掛かるものなのだろうか。
 だが、夏姫の側には、宵月夜も知る男――陰陽月麿がいた。
 あいつが生きて、さほど変わらない姿でいるのだから、やっぱりそれほど時間は経っていないのか。
 考えれば考えるほど、辻褄が合わなくなり、頭が混乱した。
 あまり難しいことを考えるのは、苦手だ。いい加減、苛立ちが強くなってきた。
「誰か、俺の知っている奴は、生きていないのか。誰でもいい、俺の呼びかけに応えろ!」
 宵月夜は空に向かって、大声を張り上げた。しばらく静寂が続いたが、どこからともなく翼で風を切る音が近付いてきた。
「この、懐かしい妖気。もしや、もしやあなた様は……」
 宵月夜の目の前に、大きな烏が飛んできた。足が三本あり、白い山伏の格好をしている。
「おお、やはり、宵月夜さま――!」
 烏は宵月夜を見て、大きく嘴を開いて泣き出した。
「お前、八咫か?」
 妖怪――八咫烏やたがらす
 宵月夜が封印される前から、ずっと行動を共にしてきた、宵月夜の腹心の部下だ。
 最後に分かれた時よりも小さくなっているが、見覚えのある姿に、宵月夜は大きく安堵した。
「千年前、宵月夜さまより遠方の妖怪たちを集めてくる命を承り、京を離れて僅か十日ばかり。戻ってみれば宵月夜さまの姿はなく、風の噂によれば、陰陽師どもによって倒されたと聞かされ、八咫はずっと、悲しみに暮れておりました」
 八咫烏の八咫は、体を震わせて泣きながら、宵月夜の周りをぐるぐると飛んだ。
 やがて宵月夜の肩にとまり、歓喜の声を上げた。
「やはり、あの噂は偽りでございましたか! こうやって、八咫の目の前には宵月夜さまがおられる! 再びあなた様にお目にかかれたのです、千年間、頑張って生き延びてきた甲斐があるというもの!」
「ちょっと、落ち着け。お前、さっきから千年って……」
 再会を喜ぶ暇もなく喋り続ける八咫の話を聞きながら、宵月夜はだんだん、嫌な予感に蝕まれていった。
 想像していたよりも、とてつもない時間が経っているのではないだろうか。
「はい。宵月夜さまが我らの前から姿を消して、この世では千年の時が流れておりまする」
「何だ、その在り得ない時間は……」
 愕然とした。
 宵月夜の顔から、血の気が引いた。眩暈がして、倒れて落ちそうになった。
 頭を抱えて、なんとか冷静さを取り戻す。だが、いくら考えても理解が追い付かない。
「俺は、千年もの間、封印されていたのか……? 京が見る影もなく変わっちまって、当然なのか」
 それほどまでに長い時が経ったのなら、この世界の変貌ぶりにも、納得はできるが。
 受け入れるには、まだ時間が掛かりそうだ。
 宵月夜は、千年もの間、四季姫たちによって封印されていた事実を、八咫に話した。
 八咫は合点がいったらしく、宵月夜に同情の目を向けてきた。
「動揺なさるお気持ちも分かりまする。時代の変化を陰ながら見続けてきた我らとは違い、宵月夜さまは外の世界から隔離されていたのですからな。まずは少しでも、昔の面影を見つけて、外の世界の雰囲気に慣れていただかねばなりませぬな」
 理解者が側にいてくれるだけで、宵月夜の気持ちも落ち着いた。
「八咫。千年経った今でも、妖怪たちは健在か」
「まあ、以前よりも力は衰え、数が減りましたゆえ、人間の手が届かぬ場所へ身を潜める生活が続いておりますが、探せば国中の至るところにるはずでございまする」
「俺の呼びかけにも、応えるか」
「それはもちろん。宵月夜さまは元々、多くの妖怪を従える存在でございましたから。今でもあなた様の面影を恋しがっているものも、大勢いましょう」
 八咫の言葉に、宵月夜は救われた。
「ならば、呼ぼう。少しでも多くの妖怪を、この地に集める」
「再び妖怪を集めて、人間どもに逆襲でございまするか!」
 八咫は嬉しそうに、翼を広げる。
 宵月夜を騙し、封印した四季姫や陰陽師たちに報復も必要だ。
 そのためにも、この変わり果てた世界で、四季姫たちよりも先に見つけ出さなければならない物がある。
 まずは、その物の居所を掴まなければ。
「俺が封印されてからの、陰陽師どもの経緯が知りたい。知っている奴を集めて、事情を話させる」
 宵月夜は、己が持つ権力を存分に発揮し、八咫に命令を下した。
「俺が蘇ったと、妖怪どもに触れて回れ。少しでも多くの妖怪を、この山に集めろ」
「御意! 直ちに広めて参りまする!」
 八咫は久しぶりの宵月夜の命に目を輝かせ、元気よく飛び去って行った。
「忙しくなりそうだぜ。まあ、こんな落ち着きのない世界じゃ、ゆっくり休もうなんて気も、起きねえけどな」
 宵月夜は、眼下に広がる見苦しい人間の世界を一瞥して、舌を打った。
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