26 / 336
第一部 四季姫覚醒の巻
二章Interval~伝師 綴~
しおりを挟む
金曜日の、夜が暮れた。
田舎である四季が丘町は外灯の数も少なく、病室の窓から眺めた景色は、ほぼ真っ暗闇だった。
綴は車椅子に乗って窓の側へ寄り、窓の桟に肘を乗せて頬杖をついていた。外の暗闇をじっと見つめ、物思いに耽っていた。
今日、綴の病室を訪れた少女――水無月榎の存在が、綴の頭の中の大半を占めていた。
榎は背も高く、大人びて見えたが、顔をつきあわせて言葉を交わせば、子供なのだとすぐに分かった。悪びれたところが少しもない、素直で明るく、礼儀正しい少女だった。
時々、遠慮がちな態度を示したり、自信のなさが表情から垣間見えた。おそらく、男勝りな性格がコンプレックスになっていて、おしとやかで可憐な少女像に憧れる本能との間で、葛藤を起こしているのだろう、と綴は推察した。
物書きの性分なのか、綴は榎の言動を思い出し、冷静に分析していた。思考を巡らせれば巡らせるほど、榎の気取らない仕草や言葉に好感を覚え、自然と口の端がつり上がった。
榎は、綴に女の子だと認識された事実が信じられないらしく、驚き、困惑し、頬を赤く染めていた。恥ずかしがる榎の姿が、今も目を閉じれば瞼の裏に、鮮明に焼き付いている。
綴は車椅子を操ってベッドの脇へ戻った。ベッドの脇に取り付けられた明かりが、スポットライトみたいに綴のベッドを照らしていた。ゆっくりと体を移動させて、布団の上に腰を下ろした。
足の上に机をセットし、ベッド横のチェストから取り出した、原稿用紙の束を広げた。
子供の頃から精密機械は苦手で、パソコンやワープロを触ると、途端に目眩を覚えた。なので、綴は原稿を書く際には、必ず手書きで執筆を行っていた。
鉛筆を握り、綴は原稿を書き始めた。
現代に蘇った陰陽師、四季姫の物語。
榎から聞いた話と、綴が夢の中で実際に見た光景を重ね合わせて、物語を織りなしていった。
――夏姫は戦う。身を挺し、心を、体を傷つけられる恐怖さえ厭わずに、妖怪へと立ち向かう――
夏姫に感情移入しながら筆を走らせていると、無性に心に痛みを感じた。
凛々しく戦う強き姫君と、病室で出会った榎の姿が、うまく重ならなかった。なぜだろう――と考えた。
綴は脳裏によぎった疑問を、原稿にぶつけた。
――夏姫よ。君はなぜ、戦うのか?
美しい肌を傷つけ、命さえもを削りながら戦い続けた果てに、何を見出しているのか?
君は、こちらの世界へ来てはいけない。もっと、ふさわしい場所が、穏やかな世界にはあるはずだ。
願わくば、君が戦いなど忘れて、一人の可憐な少女として、流れゆく時を静かに生きて欲しいと――
音を立てて、鉛筆の芯が折れた。
綴の指に、思いがけない力が入った。書きかけの原稿用紙を強く握りしめ、両手で握りつぶした。
今日は書けないと瞬時に悟り、綴はベッドに背中を預け、明かりを消した。
「もっと、君について知らなければ、続きへは進めないみたいだね。榎ちゃん」
綴は薄暗い天井に、語りかけた。
「夏姫よ、いつか僕に、教えて欲しい。君の描く、戦ってでも手に入れたい、君の未来を」
窓の外が、だんだん白けてきた。もう朝が、訪れ始めている。
思いがけず、徹夜になってしまった。また医者や看護師たちに怒られる。
綴は今からでも眠ろうと、ベッドに横たわった。
サイドランプのスイッチを切り、綴はゆっくり、目を閉じた。
凛々しく、可憐に戦う夏姫に、夢の中で逢えたらいいなと、少し期待を込めながら、眠りの世界へと降下していった。
* * *
お昼頃。綴は烏の妖怪を相手に戦う、珍妙な格好をした妹の姿を夢に見て、悲鳴を上げて飛び起きる羽目になった。
田舎である四季が丘町は外灯の数も少なく、病室の窓から眺めた景色は、ほぼ真っ暗闇だった。
綴は車椅子に乗って窓の側へ寄り、窓の桟に肘を乗せて頬杖をついていた。外の暗闇をじっと見つめ、物思いに耽っていた。
今日、綴の病室を訪れた少女――水無月榎の存在が、綴の頭の中の大半を占めていた。
榎は背も高く、大人びて見えたが、顔をつきあわせて言葉を交わせば、子供なのだとすぐに分かった。悪びれたところが少しもない、素直で明るく、礼儀正しい少女だった。
時々、遠慮がちな態度を示したり、自信のなさが表情から垣間見えた。おそらく、男勝りな性格がコンプレックスになっていて、おしとやかで可憐な少女像に憧れる本能との間で、葛藤を起こしているのだろう、と綴は推察した。
物書きの性分なのか、綴は榎の言動を思い出し、冷静に分析していた。思考を巡らせれば巡らせるほど、榎の気取らない仕草や言葉に好感を覚え、自然と口の端がつり上がった。
榎は、綴に女の子だと認識された事実が信じられないらしく、驚き、困惑し、頬を赤く染めていた。恥ずかしがる榎の姿が、今も目を閉じれば瞼の裏に、鮮明に焼き付いている。
綴は車椅子を操ってベッドの脇へ戻った。ベッドの脇に取り付けられた明かりが、スポットライトみたいに綴のベッドを照らしていた。ゆっくりと体を移動させて、布団の上に腰を下ろした。
足の上に机をセットし、ベッド横のチェストから取り出した、原稿用紙の束を広げた。
子供の頃から精密機械は苦手で、パソコンやワープロを触ると、途端に目眩を覚えた。なので、綴は原稿を書く際には、必ず手書きで執筆を行っていた。
鉛筆を握り、綴は原稿を書き始めた。
現代に蘇った陰陽師、四季姫の物語。
榎から聞いた話と、綴が夢の中で実際に見た光景を重ね合わせて、物語を織りなしていった。
――夏姫は戦う。身を挺し、心を、体を傷つけられる恐怖さえ厭わずに、妖怪へと立ち向かう――
夏姫に感情移入しながら筆を走らせていると、無性に心に痛みを感じた。
凛々しく戦う強き姫君と、病室で出会った榎の姿が、うまく重ならなかった。なぜだろう――と考えた。
綴は脳裏によぎった疑問を、原稿にぶつけた。
――夏姫よ。君はなぜ、戦うのか?
美しい肌を傷つけ、命さえもを削りながら戦い続けた果てに、何を見出しているのか?
君は、こちらの世界へ来てはいけない。もっと、ふさわしい場所が、穏やかな世界にはあるはずだ。
願わくば、君が戦いなど忘れて、一人の可憐な少女として、流れゆく時を静かに生きて欲しいと――
音を立てて、鉛筆の芯が折れた。
綴の指に、思いがけない力が入った。書きかけの原稿用紙を強く握りしめ、両手で握りつぶした。
今日は書けないと瞬時に悟り、綴はベッドに背中を預け、明かりを消した。
「もっと、君について知らなければ、続きへは進めないみたいだね。榎ちゃん」
綴は薄暗い天井に、語りかけた。
「夏姫よ、いつか僕に、教えて欲しい。君の描く、戦ってでも手に入れたい、君の未来を」
窓の外が、だんだん白けてきた。もう朝が、訪れ始めている。
思いがけず、徹夜になってしまった。また医者や看護師たちに怒られる。
綴は今からでも眠ろうと、ベッドに横たわった。
サイドランプのスイッチを切り、綴はゆっくり、目を閉じた。
凛々しく、可憐に戦う夏姫に、夢の中で逢えたらいいなと、少し期待を込めながら、眠りの世界へと降下していった。
* * *
お昼頃。綴は烏の妖怪を相手に戦う、珍妙な格好をした妹の姿を夢に見て、悲鳴を上げて飛び起きる羽目になった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜
遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった!
木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。
「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」
そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
汚部屋女神に無茶振りされたアラサー清掃員、チートな浄化スキルで魔境ダンジョンを快適ソロライフ聖域に変えます!
虹湖🌈
ファンタジー
女神様、さては…汚部屋の住人ですね? もう足の踏み場がありませーん><
面倒な人間関係はゼロ! 掃除で稼いで推し活に生きる! そんな快適ソロライフを夢見るオタク清掃員が、ダメ女神に振り回されながらも、世界一汚いダンジョンを自分だけの楽園に作り変えていく、異世界お掃除ファンタジー。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる