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第一部 四季姫覚醒の巻

第六章 対石追跡 6

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 金曜日。
 結局、今週中もずっと月麿との連絡は取れず、白神石の調査も、初(しょ)っ端(ぱな)から暗礁に乗り上げていた。
 図書室で色々な石や歴史的遺物について調べてみたが、ピンときそうなものも見つからない。山奥で、人知れず転がっているのだろうか。ただの石に紛れていると、探す手立てが皆無だ。
 事態が進展せず、もどかしいが、日々の生活をおろそかにもできない。
 榎たちはとりあえず学校生活を優先させながら、月麿から連絡が来る時を待っていた。
 放課後。福祉部で四季が丘病院を訪れた榎は、綴(つづる)の病室にいた。
 相変わらず、ベッドの上でろくに動けずに暮らしている綴のために、最近あった出来事を話して聞かせた。
 陰陽師の生まれ変わりとして戦う榎の正体を知り、秘密を共有している綴は、榎が話す妖怪との戦いや、仲間の四季姫について、とても興味深そうに聞き入っていた。
 ある程度話し終えると、綴は楽しそうにノートと万年筆を手に、ガリガリとものすごい速さでメモを書き込んでいく。
 綴は、榎たち四季姫の活躍を題材にした小説を書くのだと言っていた。完成した暁には、一番最初に読ませてもらえるという条件で、半ば強引に二つ返事で了承させられた。
 最初は恥ずかしいし、榎みたいな人間に物語の主役なんて張れるはずもないと拒んでいたが、最近は綴がどんな話を書き進めているのか、少し楽しみになってきていた。
 どのくらい、物語はすすんでいるのだろう。ラストは、どうなるのだろう。楽しそうに物語を紡いでいる綴の姿を見ていると、榎も心が躍った。
「四季姫も、早くも三人か。だんだん、登場人物の灰汁(あく)が強くなってきたね。物語としては、けっこう面白いよ」
 綴も、仲間が増えて楽しくなったと、喜んでいた。
「まあ、何と言いますか、変わり者揃いですから……」
 とはいえ、現実が現実だから、不安もあった。あのキャラの濃い連中――といっては椿たちに失礼だが、綴の書く立派な小説の中に登場させる人材としては、如何なものか。榎も他人事とは言えないが。
 期待半分、心配半分、といった感じだ。
「四季姫の生まれ変わりとして生を受けた子たちには、それぞれに前世を連想させる共通点がありそうだね」
 書き出したノートを読み直しながら、興味深そうな口振りで綴が言った。
「どういう意味ですか?」
「たとえば、榎ちゃんは夏生まれじゃないかな?」
 いきなり尋ねられ、榎は驚いた。ご名答だ。
「はい、六月です。いちおう、夏になりますかね」
 微妙な季節だが、春ではない気がする。初夏といったところか。
「きっと、夏に生まれたから、君は夏姫なんだよ」
 単純な解説だったが、綴が言うと、何だか説得力があった。
「たぶん、春姫は春生まれ、冬姫は冬生まれと、それぞれの力の属性となっている季節に生まれているのではないかと思うんだ」
 榎は意外な特徴に驚いた。確かに、椿も春生まれだと言っていたし、柊も何だか冬っぽい。
「他に、それぞれの季節を象徴する名を与えられていたり。単なる偶然とは思えないね」
 あまり意識していなかったが、三人とも、それぞれに四季姫として司った季節と密接な特徴を持っている。
 非常に理に適った事実の発見に、榎は感心した。
「綴さんの仰る通りですね。じゃあ、まだ見つかっていない秋姫も、秋生まれで、秋にちなんだ名前を持っているかも……?」
「その可能性は、大いにあるね。仲間探しの手掛かりになればいいけれど」
「ものすごくなりますよ! ありがとうございます!」
 それだけ特徴が分かれば、残りの四季姫探しも容易いものだ。かなりの候補を絞り込める。
 榎は心から、綴に感謝した。綴は少し照れた様子で、微笑みかけてくれた。
 再び綴はノートに視線を落とし、しばらく物思いに耽っていた。物語の続きを、構想していたのかもしれない。
 少しして、深く息を吐いた。
「周囲が賑やかになって、榎ちゃんの妖怪退治も学校生活も、楽しそうだね。僕ももう少し、体が自由に動けば、楽しい輪に入る余地もあったかもしれないな」
 綴の声音には、寂しげかつ、羨望の色が濃かった。
 もし、綴の体が悪くなくて、普通に学校に通う高校生だったら。
 榎は想像を膨らませてみた。
「綴さんは、普通に学校に通っていても、あまり人とつるまずに、裏庭で本とか読んでいそうですよね。クールな一匹狼、みたいに」
 頭の中に浮かび上がったイメージを、率直に伝えた。綴は不思議そうな顔をして、榎の言葉を聞き入れていた。
「そうかい? 確かに、普段から騒がしい人付き合いは苦手だけれど……。自由に人と接するチャンスがあれば、人生観も広がったかもしれない、とは思うよ」
 綴が日常生活に求めるものは、榎の印象とは少し違うらしい。
 ずっと入院生活を続けている綴には、普通の学生生活を送った経験がない。
 どんな気持ちで日々を送っているか、榎には想像もできなかった。でも、もちろん、当たり前に過ごせるはずの日常が、綴にはないのだと想像すると、複雑な気持ちにはなった。
 早く、病気が良くなればいいのに。
 だが、先天性の病弱な体質だと言っていた。進歩した現代の医学でも、直せないものなのだろうか。
 考え込んでいるうちに、いつの間にか室内が静まり返っていた。
 何だか重苦しい雰囲気は嫌だなと、榎は慌てて、話題を探した。
「綴さんは、白神石、なんて石を知りませんか? 前に奏さんから聞きましたけれど、伝師は四季姫とも関係がある、陰陽師の一族なんですよね? ひょっとしたら、何かご存知かなと思って」
 他に、触れる話がなかった。でも、綴の家庭環境について興味があったし、聞いてみる価値はあるはずだと、榎は率直に尋ねた。
 伝師という一族は、月麿がかつて仕えていた陰陽師の家系の子孫だ。ならば、先祖代々受け継がれている情報なども、あるかもしれない。
「僕は、伝師や陰陽師について、君に話せそうな情報は何も持っていないんだ」
 だが、綴は寂しげな笑顔を浮かべて、ゆっくりと首を横に振った。
「伝師の一族にとっても、僕は特異な存在だから。ごめんね。榎ちゃん」
 綴の辛そうな姿を見ていると、妙に胸が痛んだ。綴はずっと、病院で闘病生活を送っているわけだし、お家の情報なんて把握している余裕などないのかもしれない。もしくは、爪弾(つまはじ)きにされて、家からも何も聞かされていないのか。
 四季姫の存在だって、最初は知らなかったくらいだ。何も知らない現状に、綴が負い目を感じていたらどうしようと、榎は申し訳なく思った。
「いいえ! あたしこそ、急に変な話を振って、ごめんなさい……」
 謝ったが、気持ちが沈んで、語尾の勢いが弱くなる。俯いたまま、顔を上げられなくなった。
「榎ちゃんが気負わなくてもいいんだよ。僕を、必要としてくれたんだよね? 嬉しいよ、ありがとう。僕なんかでも、力になれるといいんだけれど……」
 綴は体を起こして、榎の側に顔を寄せてきた。優しく、囁く口調で、榎を慰めてくれた。
 榎が顔を上げると、すぐ側で、綴は笑ってくれていた。いつも通りの、穏やかな笑顔だった。
「奏なら、何か情報を持っているかもしれないな。一度、きいてみるといい」
 少し考えて、綴は助言してくれた。榎は控えめに頷いた。
「分かりました。一度、奏さんと連絡をとってみますね」
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