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第一部 四季姫覚醒の巻

第七章 姫君召集 3

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「まあ、腹ごしらえは大事なわけだけれど……。なんで妖怪たちまで、そば飯に群がっているんだ?」
 鉄板のカレーそば飯に、まるで残飯を漁るかの如く食いついている大きな烏を見て、榎は目を細めた。
 山伏姿の、足が三本ある烏。妖怪、八咫烏(やたがらす)だ。
 他にも、狸の妖怪――狸宇(りう)や、名も知らぬ小さな下等妖怪たちが、ちまちまと榎たちの昼食をかっさらっていく。
 鉄板の上に載せたままになっているからといって、余りものでは決してない。後からおかわりしようと思っていたのに。割り込む隙もなくなっていた。
「佐々木っちゃん、家に仮住まいしとる妖怪も、連れてきたんか?」
 微妙な顔で尋ねる柊に、周も微妙な笑みを返した。
「いえ、連れてきたつもりは、ないんどすけど……。いつの間にか、大人数になっとりますな」
 後をついてきたのだろうか。それとも、この山に、他の用事でもあるのか。
「おい、妖怪たち。なんでキャンプ場に来てまで、あたしたちの昼飯を横取りしているんだ」
 尋ねると、八咫は満足そうに腹を擦りつつ、つれなく鼻を鳴らした。
「腹が減っては、戦(いくさ)はできぬ! ゆえに、腹ごしらえは万全にしておかねば」
 八咫の意味深な発言に、榎たちの不信感が増した。
「戦って、どこかへ戦いにいくのか? 相手は誰だ?」
「言えぬ! 宵月夜さまから仰せつかった、重要かつ、極秘の任務であるからして!」
 問い質すが、拒まれた。意外とお喋りな烏だが、肝心な部分は、きちんとわきまえて、口を閉ざしてくる。
 極秘で重要な任務とは、何だろうか。
 宵月夜は、封印から解き放たれて以降、ずっと秘密裏に、白神石の探索を行っていた。白神石は、宵月夜を再び封印するために必要な、強い力が封じ込められた石だ。
 榎たちとの接戦の末、白神石は宵月夜の手に渡った。だから当面の目的は果たされて、今は大人しくしていると思っていたのだが。
 まだ、何かよからぬ悪巧みをしているのだろうか。相手が話したくなくても、黙って聞き流すわけにはいかない。
 榎と柊は顔を見合わせて、頷いた。素早く妖怪たちを追っ払い、鉄板の上の料理を箸や箆(へら)でかき集め、持参していたタッパーに詰め込んだ。八咫や他の妖怪たちは焦った声を上げて、物欲しげな表情でタッパーを見つめていた。
「何を企んでいるのか話せ。さっさと言わないと、残りはあたしたちで全部、食っちまうぞ」
 割り箸を構えて、そば飯を口に運びながら、柊と二人で嫌味に笑ってみせる。
「おのれ! 食糧を質(しち)に取るとは、下衆で卑怯な四季姫どもめぇっ!」
 妖怪たちから、悔し紛れのブーイングが飛ぶ。だが、元々は榎たちのご飯だ。なんと野次られようが、痛くも痒くもない。
「えのちゃんも、ひいちゃんも、すっごく楽しそうね……」
「あの、悪餓鬼気質を丸出しにした顔こそ、お二人の偽りなき真の姿どす」
 椿と周からは、白い目で見られていた。
「ぐぬぬ、兵糧(ひょうろう)のためには情報さえもを売らねばならぬ。弱き下等妖怪の性であるか……」
 なんだか大袈裟な気がするが、八咫は腹を括った。
 所詮は動物。食欲を前にして、理性を保てるわけがない。悔しそうな顔をしながらも、八咫は食の誘惑に敗北し、やけっぱちに嘴(くちばし)を動かし始めた。
「この山には、千年前に封印石を作り、四季姫に献上した一族――嚥下(えんげ)家の末裔が住んでおる。そやつを探し、捕えるために、宵月夜さまを慕う下等妖怪を集め、総出でやってきたのだ!」
 あまりに突飛な発言に、榎たちは驚きと困惑に襲われた。
 前世の四季姫たちが石を使って封印を施したのだから、その石も、同じく四季姫たちが用意したものだとばかり思っていた。黒神石や白神石を作った人間が、別に存在したのか。
「なして、そんな真似をなさるんや。私の家に住む代わりに、人間に危害は加えへんと、約束してくださったはずどすえ?」
 陰陽師に関わる人間の末裔とはいえ、現代ではきっと、ただの民間人のはず。妖怪が無抵抗な相手を傷つける真似をすれば、以前と変わらない。約束違反だ。
 周の悲しげな問いかけに、八咫は申し訳なさそうに項垂れた。
「周どの、この件ばかりは譲るわけにはいかぬのだ、許してくだされ。封印石を作った技術を受け継ぐものならば、封印石を打ち壊す術もまた、受け継いでおるはず。我らは白神石の中に封じられたもの・・ごと、あの石を破壊せねばならぬのだ」
 白神石の中には、宵月夜を再び封じる力を持つ、対を成す妖怪――朝月夜が封じられている。
 宵月夜は、手に入れた白神石を、朝月夜もろとも消滅させる気だ。
 だから、石を作った方法を受け継ぐ人間を見つけて、脅して壊させるつもりなのだろう。
「駄目よ。白神石を破壊なんて、絶対にさせないわ!」
 椿が憤って、大声を上げた。普段は滅多に見られない、椿の激しい剣幕に驚きながらも、榎は頷いた。
「もちろんだ。白神石を壊させるわけにはいかないし、妖怪たちに狙われている人も、放ってはおけない」
 過去に、四季姫や平安京の平和ために、封印石を用意してくれた人の末裔。すなわち、前世の四季姫たちの恩人の血を引く一族でもある。
 今は何の縁もなく、平和に暮らしているだろうその人々を、危険に巻き込みたくない。現代に生きる陰陽師――四季姫として、何としても妖怪の猛威から救わなくては。
「今更、邪魔に入ろうとしたところで、無駄な話! 宵月夜さまは既に、嚥下の民の居場所を存じておられる。早くも、向かっておられるはずだ!」
 榎たちが行動を始めると、八咫を筆頭にして、妖怪たちは素早く山の中へと去っていった。
 宵月夜と合流するつもりだ。急いで追いかければ、末裔の人がいる場所へ辿り付ける。
「皆さん、先に妖怪はんたちの後を追ってください! 私は、キャンプの設備を片付けてから、追いかけるどす」
 火の元や荷物の管理を周に任せて、榎たちは妖怪たちが入っていった木々の間へ、突っ込んでいった。
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