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第一部 四季姫覚醒の巻

第八章 秋姫対峙 2

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 翌日の昼過ぎ。四季が丘町立図書館の隣に作られた、大きな公園。
 木陰に設置されたベンチに、榎と周は並んで座っていた。
「ついに四季姫はん、仲間割れどすか」
 汗ばむ顔を扇子で仰ぎながら、周(あまね)が呟く。
 中央にある大きな噴水では、涼をとる親子連れや子供たちが、賑やかに飛沫を浴びている。
 陽射しが強い。蝉がやかましい。汗も止まらない。空には入道雲が湧き起こっていたが、夕立が来そうな気配すらない。
 足元から上がってくる熱気に茹(う)だりながら、榎は背を丸めて、俯いていた。
 椿と柊が、四季姫としての役割を投げた。放っておけば、四季姫は完全に、バラバラになってしまう。
 榎はこの先、何をどうすればいいかと考えながらも、途方に暮れていた。勝手にすると粋がってみても、慎重になりすぎて、なかなか動き出せない。
 四季姫の間の問題なのだから、四季姫にしか理解できないし、解決もできない。
 重々、分かっているが、今の現状を誰かに相談せずには、いられなかった。
 意気込んでいても結局、榎には一人で事態を解決する力も度胸もない。
 情けない話だが、真っ先に話の分かる周に泣きついていた。
「みんな、萩を嫌っている。気持ちは分かるよ。陰陽師として授かった力は同じのはずなのに、レベルも戦い方も、何もかもが違いすぎるんだ」
 見た目は揃っていて、纏まっている風貌に見えても、中身はバラバラだった。
 学校なども、理屈は同じだ。同じ制服を着て、同じクラスに所属していれば、一つに纏まっていると周囲からは見えるが、実際には小さなグループがたくさんあって、派閥が生まれていたり、一人で孤立している生徒もいる。
 その理由は、やっぱり居心地の良し悪しや、考え方の違いが大きいだろう。より考えを共感できるもの同士、より一緒にいて楽しいもの同士が、自然と寄り集まって結束を深め、他を寄せ付けない。
 椿も例外ではなく、典型的に決まった輪の中に落ち着いて篭る性格だ。人見知りが激しく、慣れない人間には、まず近寄らない。急に現れてテリトリーを荒らす萩の存在は、かなりのストレスになっているはずだ。
 逆に柊は、より垣根を越えて平等に人と接する性格をしている。人を見る目も確かだし、気さくで選り好みせず、誰からも好かれるタイプだ。
 だが、そんな柊があそこまで拒否反応を示すのだから、萩の性格は誰から見ても相当、歪んでいるのだろう。
「でも、萩は秋姫なんだ。あたしは夏姫で、椿は春姫。柊は、冬姫だろう? みんな揃って、四季姫なのに。みんなで力を合わせるために、今まで頑張ってきたのにさ。協力できないなんて、やっぱりおかしいよ」
 単なる友人関係ならば、お互いの意思を尊重して、無理に嫌いあう者同士に強要などしない。
 だが、今回揉めているメンバーは、どうしても一つに纏まらなくてはいけない、特別な存在だ。
 妥協なんて許されない。だから榎は、必死になっていた。
「榎はんが協調性を大事にしはる気持ちは、よく分かるんどす。はみ出しものを放っておけん、榎はんの優しい性格も、私は承知しておりますさかい」
 周はゆっくりと、言葉を選んで、榎の考えに同意してくれた。
 せやけど、と周は表情を曇らせた。
「あの萩という人は、別格すぎますな。元来、人間は自分自身や近しい者の命を守るための、防衛本能を持っとります。わが身を、大切な人を脅(おびや)かす敵となるものに、大きな嫌悪感や恐怖を抱き、自然と距離を置きたがる心理が無意識に働くどす」
 周の考えは、榎に対して、とても消極的なものに変化していった。
「萩はんの妖怪の倒し方は、あまりにも猟奇的で、残酷どす。あの巨大な鎌の刃先が、どこへ向けられるか予想もつかへん。妖怪だけでは済まへん気さえします。今の実力では、危害を加えられたときに、絶対に太刀打ちできんと理解しているから、椿はんも柊はんも遠ざかろうとしているのどす」
 周は実際、萩に刃を向けられているのだから、そう述べる理由も分かる。説得力もある。
 表面には出していないが、きっとすごく、怖かったはずだ。榎たちよりも、恐怖と嫌悪を抱いていても、おかしくない。
 なのに、可能な限り冷静に、榎の話を聞いて、合理的な意見をしてくれる。非常に有難かった。
 だけど、周の考えを甘んじて受けようとは、榎にはどうしても思えなかった。
「確かに、萩は誰に対しても攻撃的だ。委員長、前に言っていたよね。「陰陽師の中には、わざと妖怪を苦しめて倒そうとする奴もいた」って。きっと、そういう類なのかもしれない」
 萩にとって、妖怪退治は快楽そのもの。妖怪は滅ぼさなければならない、という大義名分を利用して、心底、楽しんでいるみたいに思えた。
 欲求を満たすために、四季姫の立派な使命を弄んでいた。
 さらに、その力を使って、仲間を、人を傷つける行為さえ、正当化しようとしている。
 人の道すら、踏み外しそうな勢いだ。本当に止めなければ、きっと後戻りできない場所まで、萩は行ってしまう。
「何とかして、萩の悪行を阻止したい。せめて萩が普段から何を考えているか、分かればいいんだけれど」
「無理でしょうな。榎はんも、萩はんと同じく、妖怪退治を楽しんではるんどすか? 違うでしょう? 戦う必要がなければ戦わんでもええと、思うていらっしゃるんではないどすか? きっと、椿はんも柊はんも、榎はんと同じ気持ちを持ってはります。でも、萩はんは違うんどす。せやから、分かり合えんのです」
 単純な正論を叩きつけられて、榎は黙る。
 本当に妖怪と戦いたいと思っているのか。はっきりと問われれば、榎だって、心から望んで妖怪退治をしているわけではないと、応える。
 榎たちがやらなければ、妖怪に苦しめられる人たちがいるから。
 だから、榎は覚醒した日に、決心した。
 力を持つ、選ばれた榎が、頑張って戦おうと。
 榎みたいに辛い思いを、他の誰かにさせないために。
 でも、もっと他に方法があるのなら。結果的に、苦しむ人たちがいなくなるなら、榎が今の方法で戦う理由は、なくなる。
「根本的な部分をいえば、たかが中学生の小娘が、いくら力を持ったからって、危険を冒して命がけで戦うか? って話どす。別に何もしなくても、誰かがやってくれるなら、無理に首を突っ込まんでもええと思うてしまいますわ」
 周の言葉は、常に正しい。でも、そこまで薄情にいわれると、なんだか切なかった。
「そんな風に、誰も手を差し伸べてこなかったから、萩はあんな性格になったんじゃないのかな? 萩だって以前は、あたしたちと同じ気持ちを持っていたかもしれない。でも、誰にも道を示してもらえず、力を貸してもらえずにいたせいで、目的が狂ってきたのだとしたら。早く萩を見つけてあげられなかった、あたしたちにも責任がある」
 少しだけ、榎は声を荒げていた。周を責めるつもりはないが、少し、八つ当たりしたい気分になった。
「あたしたちはまだ、萩について何も知らない。なぜ、あんなに残酷に、楽しそうに妖怪を倒せるのか。倒したがるのか。覚醒してから今の力を身につけるまでに、どれだけ苦労をしてきたのか。何か、辛い目に遭ってきたのかもしれない。事情を知れば、きっとお互いの考えを分かり合うきっかけになるはずだ」
 目指す先も分からず、一人で戦いに身を投じてきた歪んだ環境が、今の萩を作り上げたのだとしたら。
 理解して受け入れる体制を整えれば、更生だって可能ではないのか。
 話を聞いてもらって意見を言い合っているうちに、榎の中で漠然としていた気持ちが、だんだんと形になってきた。
 周は榎の気持ちを聞いて、遠い目をした。
「私は客観的な話しか申し上げられまへんけれど、たった一人の勝手な行いで、仲間がバラバラになるよりは、せめて三人だけでも纏まっておいたほうが、良いと思うどす」
 周は、萩の説得に良い可能性が残っているとは、考えていない。萩のせいで、榎たち三人の仲までも悪くなっては嫌だと思っている。
 周は平和主義者なのだろう。無駄な争いを、好まない。榎だって、同じ気持ちだ。
「榎はんが萩はんを気に懸け過ぎては、仮に萩はんを仲間に引き込めたとしても、椿はんと柊はんは反感を持って、余計に離れていってしまうんやないですか? 右を得れば、左を失う。その逆もまた、然り。世の中は上手く、難しくできておるどす」
「今のままなら、ね。けど、同じ考えを共有できれば、互いの考え方も変わってくると思うんだ。生まれる前から悪い人なんて、この世にはいないと思う。生きてきた過程の中で、萩の心を狂わせてしまうほどの何かがあったんだ。あたしたちは仲間としてその原因を知り、受け止めてあげるべきだと思っている。あたしにできれば、椿も柊も、萩を見る目を変えてくれるはずだよ」
「性善説どすか。人は生きていくうちに、だんだんと悪に染まる、という考えどすな。榎はんは、ほんまに、お人がよろしいな」
 少し呆れて折れた様子で、周は鼻で笑う。榎には何を言っても無駄だと、悟り始めた顔だった。
「難しい話は分からないけれど、今の性格が生まれ持ったものじゃないなら、まだ、修正は効くと思うんだ。あたしは、単純に萩と考えが合わないからって、仲間割れなんかしたくない」
 周の気持ちは分かるし、嬉しい。でも、どうしても榎は諦められなかった。
「みんなから否定されても、あたしはやっぱり、萩との関係を諦めたくないよ」
 榎の気持ちは、固まっていた。他の意見を聞いたところで、最初から何も、変化しなかったのかもしれない。
 でも周と会話をして、榎自身の気持ちの強さを、再確認できた。
「榎はんは、まっすぐなお人どすからな。もちろん、周囲の意見を聞くも聞かんも、榎はんの自由どす。最後は、榎はんが答を出さんといかんのどすから。榎はんなりに、頑張ってみてください。無理はせんように」
 周は榎の気持ちを尊重して、受け入れてくれた。本当は、榎に思い止まって欲しそうだった。残念そうな顔をしていた。
「ありがと、委員長。話、聞いてくれて」
 榎はお礼を言った。周は、苦笑して去っていった。
 周の後ろ姿を見ていると、微かに物寂しさも感じた。
 結局、榎の考えに賛同してくれる人は、一人もいなかったわけだ。
 だんだん、味方が減っていく。榎から突き放しているのだから、泣き言なんて吐けないが。
 たとえ一人になっても、榎は立ち止まるわけにはいかなかった。
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