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第一部 四季姫覚醒の巻
第九章 陰陽真相 1
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一
「お主が、秋姫であったか。以前から四季姫たちの周囲をやたらと、ちょろちょろしておるとは思うておったが」
月麿が、本物の秋姫――長月(ながつき)楸(しゅう)に向かって声を掛けた。どことなく、安心した表情だ。
手に負える様子のなかった萩を相手にするよりも、ずっと気持ちが楽だと、顔に書いてあった。
奏も安堵の息を吐き、穏やかに微笑んでいた。
「本当に。まさしく灯台下暗し、ですわね。ですが、あの萩というお方は、いったい……?」
同時に、奏の微笑の奥には、一抹(いちまつ)の不安も過(よ)ぎっていた。
榎たちも、同じ気持ちだった。結局、萩の存在も行動理由も、分からず仕舞いだ。
「悪鬼(オニ)には、違いないと思います。ですが、どういった経緯から、秋姫と偽って皆さんの前に現れたんかは、分かりまへん」
萩が偽者だと、いち早く気付いて探りを入れていた楸でも、理由を詳しく知るまでは至らなかった。悔しそうに眉を顰めて、萩が去っていった方角を見つめていた。
「四季姫が揃わないように、妨害に来たのかしら? だとすると、悪鬼にとっては、四季姫は集まっては困る存在なの?」
椿も、不安そうに憶測を廻らせるが、想像の域を出ない。
「萩は、何も語らなかった。今となっては、答を見つける手立てはないよ」
みんなで意見を出し合ったところで、正しい答は出せない。
でも、ただ悪鬼だった、なんて結論だけを突き付けられても、榎には納得できそうになかった。
今でも、萩の存在は、榎の中で大きなしこりとなって、こびりついている。
またいつか、萩は榎たちの前に現れるかもしれない。もう、仲間とは呼べない存在になっているかもしれないが。
それでも、その時が訪れるならば、榎は何が何でも、真相を聞き出すつもりでいた。
榎が話を区切ると、楸が辺りを斑(くま)なく見渡して、再度、頭を下げた。
「皆さん。私が黙っておったせいで、余計な手間をかけさせてしもうて、申し訳ありませんでした」
楸がもっと早く、秋姫として名乗り出ていれば、萩には秋姫の座を利用して悪事を働く隙はなかった。
その事実を、楸は誰よりも身に沁みて実感し、悔いていた。
だが、榎はずっと、楸の妖怪に向き合っていく一生懸命な姿を見てきたから、責める気になんてなれなかった。
妖怪たちと接点を持ちたかった、詳しく情報を集めたいと思っていた楸の心境を考えれば、慎重な楸が、素性を隠し続けた気持ちも分かる。
「楸は悪くないよ。本物の秋姫の気配に気付けなかった、あたしたちに問題があったんだ」
むしろ、榎たちが萩を偽者だと、楸が本物だと、察知できていれば、何も問題はなかったはずだ。
楸が秋姫として戦いたくないと思っていたのなら、全て受け止めた上で、何か別の方法を、一緒に考えられたかもしれない。
榎たちこそ、楸に謝るべきだ。たくさん気を揉ませて、心配を懸けた。
「まあ、一緒に暮らしとった妖怪どもが、気付きもせんかってん。うちらが気付かんでも、別に可笑しゅうないわ」
妖怪に対して皮肉全開で、柊が鼻を鳴らした。図星を突かれた妖怪たちは、ばつが悪そうに、悔しげな表情を浮かべていた。
長らく一緒に暮らしていた、一番身近にいた妖怪たちでさえ、楸の持つ秋姫の気配に気付かなかったのだから、楸の力のコントロールは、相当のものだ。言い訳にしかならないが、榎たちだって気付けずにいても当然だった。
ただ一人、宵月夜だけは、複雑な表情をしつつも、まっすぐに楸を見つめていた。楸が宵月夜に正体を明かしていたとは思えないが、宵月夜は何かを感じ取っていたかもしれない。
まだ、ざわついている妖怪たちに向き直り、楸は心から侘びを述べた。
「私に心を開いてくださって、仲良うしてくださって、感謝しとります。ですが、もう私に近付いてはあきまへん。勝手な話ですが、私は秋姫として戦うと決めました。四季姫の立場に付く以上、この先は、あなたたちの肩を持つわけには、いかへんのどす。せめて、狩られぬように、私たちの目に触れん、遠い場所へお逃げください」
その謝罪は、同時に、別れの言葉でもあった。
妖怪と戦う使命を持つもの――四季姫として楸がつけた、けじめだ。
妖怪たちは、なんとも悲しそうな顔をして、小声でざわめいていた。楸に縋るわけにもいかず、引くにも引けない、複雑な立ち位置で挟み撃ちにあっていた。
おろおろする、妖怪たちの気持ちも分かる。妖怪たちが楸に寄せていた信頼は、とても大きなものだっただろう。確かな絆が、双方の間には生まれていた。
楸には大きな恩があるから、一方的にその絆を断ち切られても、妖怪たちは楸を責められない。でも納得できずに惑っていた。
「八咫(やた)、皆を連れて、秋姫の指示に従え。夏姫との約束は果たされた。俺たちも、報いなければならない」
混乱を鎮めるために、宵月夜が一声を放った。動揺して身動きが取れなくなっていた八咫が、その声で我に返る。
大きな翼を勢いよく開いて、妖怪たちに向かって嘴を開け放った。
「皆のもの、去るのだ。周(あまね)どのは、秋姫でありながら、我らの存在を敬い、助けてくださった。だがこの先、秋姫として使命を果たすためには、我らの存在が大きな隔たりとなるのだ。周どのに心から感謝し、礼を尽くしたいと考えるものは、我と共に来い」
八咫の意に反する妖怪は、一匹もいなかった。
みんな、素直に楸の側を離れて、静かに山を去って行った。
後ろめたさや、心残りがないといえば、きっと嘘になるだろう。妖怪たちが後ろ髪を引かれている様子が、強く伝わってきた。
楸は顔色一つ変えず、離れていく妖怪たちの後ろ姿を見送っていた。弓を握る手に、強い力が篭っている。
小さな声で、「お元気で」と呟いていた。
楸の表情を覆う平静さが、装われたものなのだと、榎にはすぐに分かった。楸は心の中で、どんな思いを巡らせているのだろう。
きっと、榎の知る少ない語彙では表現できないほど、複雑な感情だと思う。
どんな言葉で表そうとしても、きっと楸の本当の気持ちには当て嵌まらない。
だから仲間として、黙って、楸の決めた現実を受け止めようと思った。
妖怪たちがいなくなった広場。宵月夜だけが一人残り、まっすぐに楸を見据えていた。
榎との取引を完遂するため。
再び、榎たちの手によって封印されるために、仲間と袂を分かち、この場に残った。
「お主が、秋姫であったか。以前から四季姫たちの周囲をやたらと、ちょろちょろしておるとは思うておったが」
月麿が、本物の秋姫――長月(ながつき)楸(しゅう)に向かって声を掛けた。どことなく、安心した表情だ。
手に負える様子のなかった萩を相手にするよりも、ずっと気持ちが楽だと、顔に書いてあった。
奏も安堵の息を吐き、穏やかに微笑んでいた。
「本当に。まさしく灯台下暗し、ですわね。ですが、あの萩というお方は、いったい……?」
同時に、奏の微笑の奥には、一抹(いちまつ)の不安も過(よ)ぎっていた。
榎たちも、同じ気持ちだった。結局、萩の存在も行動理由も、分からず仕舞いだ。
「悪鬼(オニ)には、違いないと思います。ですが、どういった経緯から、秋姫と偽って皆さんの前に現れたんかは、分かりまへん」
萩が偽者だと、いち早く気付いて探りを入れていた楸でも、理由を詳しく知るまでは至らなかった。悔しそうに眉を顰めて、萩が去っていった方角を見つめていた。
「四季姫が揃わないように、妨害に来たのかしら? だとすると、悪鬼にとっては、四季姫は集まっては困る存在なの?」
椿も、不安そうに憶測を廻らせるが、想像の域を出ない。
「萩は、何も語らなかった。今となっては、答を見つける手立てはないよ」
みんなで意見を出し合ったところで、正しい答は出せない。
でも、ただ悪鬼だった、なんて結論だけを突き付けられても、榎には納得できそうになかった。
今でも、萩の存在は、榎の中で大きなしこりとなって、こびりついている。
またいつか、萩は榎たちの前に現れるかもしれない。もう、仲間とは呼べない存在になっているかもしれないが。
それでも、その時が訪れるならば、榎は何が何でも、真相を聞き出すつもりでいた。
榎が話を区切ると、楸が辺りを斑(くま)なく見渡して、再度、頭を下げた。
「皆さん。私が黙っておったせいで、余計な手間をかけさせてしもうて、申し訳ありませんでした」
楸がもっと早く、秋姫として名乗り出ていれば、萩には秋姫の座を利用して悪事を働く隙はなかった。
その事実を、楸は誰よりも身に沁みて実感し、悔いていた。
だが、榎はずっと、楸の妖怪に向き合っていく一生懸命な姿を見てきたから、責める気になんてなれなかった。
妖怪たちと接点を持ちたかった、詳しく情報を集めたいと思っていた楸の心境を考えれば、慎重な楸が、素性を隠し続けた気持ちも分かる。
「楸は悪くないよ。本物の秋姫の気配に気付けなかった、あたしたちに問題があったんだ」
むしろ、榎たちが萩を偽者だと、楸が本物だと、察知できていれば、何も問題はなかったはずだ。
楸が秋姫として戦いたくないと思っていたのなら、全て受け止めた上で、何か別の方法を、一緒に考えられたかもしれない。
榎たちこそ、楸に謝るべきだ。たくさん気を揉ませて、心配を懸けた。
「まあ、一緒に暮らしとった妖怪どもが、気付きもせんかってん。うちらが気付かんでも、別に可笑しゅうないわ」
妖怪に対して皮肉全開で、柊が鼻を鳴らした。図星を突かれた妖怪たちは、ばつが悪そうに、悔しげな表情を浮かべていた。
長らく一緒に暮らしていた、一番身近にいた妖怪たちでさえ、楸の持つ秋姫の気配に気付かなかったのだから、楸の力のコントロールは、相当のものだ。言い訳にしかならないが、榎たちだって気付けずにいても当然だった。
ただ一人、宵月夜だけは、複雑な表情をしつつも、まっすぐに楸を見つめていた。楸が宵月夜に正体を明かしていたとは思えないが、宵月夜は何かを感じ取っていたかもしれない。
まだ、ざわついている妖怪たちに向き直り、楸は心から侘びを述べた。
「私に心を開いてくださって、仲良うしてくださって、感謝しとります。ですが、もう私に近付いてはあきまへん。勝手な話ですが、私は秋姫として戦うと決めました。四季姫の立場に付く以上、この先は、あなたたちの肩を持つわけには、いかへんのどす。せめて、狩られぬように、私たちの目に触れん、遠い場所へお逃げください」
その謝罪は、同時に、別れの言葉でもあった。
妖怪と戦う使命を持つもの――四季姫として楸がつけた、けじめだ。
妖怪たちは、なんとも悲しそうな顔をして、小声でざわめいていた。楸に縋るわけにもいかず、引くにも引けない、複雑な立ち位置で挟み撃ちにあっていた。
おろおろする、妖怪たちの気持ちも分かる。妖怪たちが楸に寄せていた信頼は、とても大きなものだっただろう。確かな絆が、双方の間には生まれていた。
楸には大きな恩があるから、一方的にその絆を断ち切られても、妖怪たちは楸を責められない。でも納得できずに惑っていた。
「八咫(やた)、皆を連れて、秋姫の指示に従え。夏姫との約束は果たされた。俺たちも、報いなければならない」
混乱を鎮めるために、宵月夜が一声を放った。動揺して身動きが取れなくなっていた八咫が、その声で我に返る。
大きな翼を勢いよく開いて、妖怪たちに向かって嘴を開け放った。
「皆のもの、去るのだ。周(あまね)どのは、秋姫でありながら、我らの存在を敬い、助けてくださった。だがこの先、秋姫として使命を果たすためには、我らの存在が大きな隔たりとなるのだ。周どのに心から感謝し、礼を尽くしたいと考えるものは、我と共に来い」
八咫の意に反する妖怪は、一匹もいなかった。
みんな、素直に楸の側を離れて、静かに山を去って行った。
後ろめたさや、心残りがないといえば、きっと嘘になるだろう。妖怪たちが後ろ髪を引かれている様子が、強く伝わってきた。
楸は顔色一つ変えず、離れていく妖怪たちの後ろ姿を見送っていた。弓を握る手に、強い力が篭っている。
小さな声で、「お元気で」と呟いていた。
楸の表情を覆う平静さが、装われたものなのだと、榎にはすぐに分かった。楸は心の中で、どんな思いを巡らせているのだろう。
きっと、榎の知る少ない語彙では表現できないほど、複雑な感情だと思う。
どんな言葉で表そうとしても、きっと楸の本当の気持ちには当て嵌まらない。
だから仲間として、黙って、楸の決めた現実を受け止めようと思った。
妖怪たちがいなくなった広場。宵月夜だけが一人残り、まっすぐに楸を見据えていた。
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