上 下
131 / 336
第一部 四季姫覚醒の巻

第十章 封印解除 6

しおりを挟む
 六
 翌日。榎は再び、病院を訪れた。
 昨日とは違い、すんなりと面会の許可が下りたので、安心した。
「綴さん、こんにちは」
 ベッドの側へ歩みより、挨拶をする。綴は閉じていた目を開けて、榎を見て微笑んだ。
「君が、僕の病室に入ってくる夢を見たよ。久しぶりに会った感じがしないな」
 眠っていたらしい。まだ調子が良くないのだろうか。
「お体、大丈夫ですか? 具合が悪いって聞きましたが」
「大袈裟に騒ぐほどでもないよ。昨日、来てくれたんだってね。心配をかけてごめんね」
 綴の優しげな表情を見ていると、体の不調は感じられなかった。
 逆に榎を気遣ってくれる綴の優しさに、榎の心は温かくなった。
「今日は、楽しいお話、たくさん持ってきました。聞いてもらえますか?」
「喜んで」
 榎と綴は微笑みあった。榎は、以前、綴と別れてから昨日までの出来事を、包み隠さず話した。
 メモを録りながら話を聞いていた綴だったが、萩との壮絶な戦い、白神石に封じられた悪鬼の真相、伝師一族の闇を聞くと共に、表情を歪めていった。
「相変わらず、無茶するね、君たちは……」
 鬼閻に立ち向かっていった榎の話を受けて、綴は頭を抱えていた。
「今回の一連の出来事、伝師一族がとても迷惑をかけた。一族の末端の人間として、君たちに詫びなければならない」
 綴は居住まいを正して、榎に頭を下げた。
「本当に、申し訳なかった。やっぱり僕は、君を止めるべきだったんだ」
 榎たちを危険な目に遭わせた責任を感じる、綴の後悔が伝わってきた。
「あたしは、あたしの意志で、四季姫としての使命に挑んだんです。誰かに無理矢理、強制されたわけじゃない。誰も悪くないんです」
 榎は綴に責任があるなんて、思わない。
 今の時代に、責任を負わなくてはならない人間なんて、きっといない。
 語も言っていた。千年も前の罪なんて、とっくに時効だと。
「今まで綴さんにしてきたお話は、あたし一人の物語ではありません。皆で、紡いできた物語です。もちろん、綴さんも一緒に」
 綴の瞳をまっすぐに見つめ、榎は最大の感謝を伝えた。
「だからあたしは、後悔なんて一つもしていませんよ。綴さんや、みんなと出会えるきっかけを作ってくれた、この運命に、感謝しています」
 黙って榎の話を聞いていた綴の顔に、血が通った。
「僕も、君に会えて本当に良かった。晴らしい物語をありがとう、榎ちゃん」
 綴の笑顔が、眩しい。嬉しい。暖かい。
 榎も顔が熱くなり、気持ちが、急激に高まった。
「綴さん!」
「何だい?」
 落ち着いた声を聴いた瞬間、榎の気持ちの昂ぶりも、急激に静まった。
「……いえ、やっぱり、何でもないです」
「気になるな。どうしたの?」
 榎の心の波が激しい。穏やかに、鎮めないと。
 気持ちを持ち直し、榎は尋ねた。
「……夢の中で、あたしの姿を見ているとき、あたしの心の中の声は、聞こえますか?」
「流石に、人の心の声までは、聞こえないよ」
「本当ですか。よかった」
 綴は、不思議そうにしていた。
 榎は安心して、笑った。
 綴も、首を軽く傾けて、笑い返してくれた。
 夢でも分からないなら、大丈夫だ。心の中でなら、いつでも、心置きなく言える。
 ――綴さん、大好き。
 まだ今は、面と向かって伝える勇気はない。
 でも、いつか。もっと、強くなれたら。
「また今度、お話しますね」
「待っているよ、いつまでも」
 綴は、優しく微笑んでくれた。
 榎の心の封印解除は、まだ少し、お預けだ。
しおりを挟む

処理中です...