133 / 336
第二部 四季姫進化の巻
第十一章 悪鬼奇襲 1
しおりを挟む
一
『榎、久しぶりね。元気にしている?』
受話器の向こう側から、母――梢の声が流れてくる。
「うん、元気だよ。いつも通り」
榎は陽気に返事をした。梢は安心した息を吐く。
以前、電話で話したときよりも、その口調に明るさと軽快さがあった。梢の機嫌が良い証拠だ。
『今日はね、嬉しい報告があるの。借金の形に入っていた水無月の家、やっと買い戻せたわよ』
榎は驚きの声をあげた。
名古屋を経って、五ヶ月。京都で目まぐるしい生活を送っていた榎にとっては、名古屋の実家がとても懐かしく感じた。
「じゃあ、みんな、家に帰ってきているんだね?」
『そうよ。久しぶりに、家族全員揃うのよ。もう、住む場所の心配もしなくて良いわ。二学期からなら、転校するにしてもキリがいいし。――名古屋へ、戻っていらっしゃい』
梢の優しい声。榎は即座に、返事ができなかった。
名古屋へ、帰る。
初めて京都へ着た頃に、同じ報告を受けていたならば、きっと大喜びしただろう。
でも今は、複雑な気持ちに襲われていた。
京都で得た特別な出会い、特別な出来事。たくさん、たくさんあった。
大事な思い出が、榎を京都に引き留めようとしていた。
帰りたくない。榎の、正直な気持ちだった。
だが、いつまでも如月家の家に居候をして、迷惑を掛けるわけにはいかない。まだ未成年だし、自分の家に帰って、家族と一緒に暮らすほうが、いいに決まっている。
四季姫としての目的は果たした。
鬼閻を倒し、世界の平和も守られた。
だからもう、夏姫として京都で戦いを続ける意味は、ない。
小さな声で、榎は肯定の返事をした。
「引越しや転校の段取りは進めておくからね。如月のお母さんと、代わってくれる?」
梢はとんとん拍子に準備を進めていく。榎はいわれるがままに、桜に受話器を託した。
階段の手前で立ち尽くしていると、背後から勢いよく背中を叩かれた。椿だ。
「えのちゃん! お電話、お家から?」
相変わらず、テンションが高い。
最後の戦いを終えてから、早一週間。椿は勝利の余韻に浸って、浮かれっぱなしだ。
榎の沈んだ姿を見て、少しだけ椿は冷静さを取り戻した。
「どうしたの? 急に神妙になって」
「うん。……明日、みんなで会わないか? 連絡は、あたしからしておくから」
「いいけれど、どこで?」
「了封寺に。二人の様子を、見に行こうかなって」
力を封じ込め、人間としての生活をスタートさせた、二人の兄弟。
朝月夜と宵月夜の見舞いに行こうと決めた。
「賛成! 椿も気になるわ。ちゃんと、人間の生活に、馴染めているかしら」
再び、椿のテンションが最高潮になった。
何とかはぐらかせたと、安心した。
椿にだけ報告するのも、気が引ける。どうせなら、全員に、一度で伝えてしまいたい。
お世話になった嚥下家の人たちにも、――四季姫として一緒に戦ってきた、三人の仲間たちにも。
別れを切り出すために、かなり勇気が必要だ。
浮かれている椿とは裏腹に、榎の気持ちは冴えなかった。
『榎、久しぶりね。元気にしている?』
受話器の向こう側から、母――梢の声が流れてくる。
「うん、元気だよ。いつも通り」
榎は陽気に返事をした。梢は安心した息を吐く。
以前、電話で話したときよりも、その口調に明るさと軽快さがあった。梢の機嫌が良い証拠だ。
『今日はね、嬉しい報告があるの。借金の形に入っていた水無月の家、やっと買い戻せたわよ』
榎は驚きの声をあげた。
名古屋を経って、五ヶ月。京都で目まぐるしい生活を送っていた榎にとっては、名古屋の実家がとても懐かしく感じた。
「じゃあ、みんな、家に帰ってきているんだね?」
『そうよ。久しぶりに、家族全員揃うのよ。もう、住む場所の心配もしなくて良いわ。二学期からなら、転校するにしてもキリがいいし。――名古屋へ、戻っていらっしゃい』
梢の優しい声。榎は即座に、返事ができなかった。
名古屋へ、帰る。
初めて京都へ着た頃に、同じ報告を受けていたならば、きっと大喜びしただろう。
でも今は、複雑な気持ちに襲われていた。
京都で得た特別な出会い、特別な出来事。たくさん、たくさんあった。
大事な思い出が、榎を京都に引き留めようとしていた。
帰りたくない。榎の、正直な気持ちだった。
だが、いつまでも如月家の家に居候をして、迷惑を掛けるわけにはいかない。まだ未成年だし、自分の家に帰って、家族と一緒に暮らすほうが、いいに決まっている。
四季姫としての目的は果たした。
鬼閻を倒し、世界の平和も守られた。
だからもう、夏姫として京都で戦いを続ける意味は、ない。
小さな声で、榎は肯定の返事をした。
「引越しや転校の段取りは進めておくからね。如月のお母さんと、代わってくれる?」
梢はとんとん拍子に準備を進めていく。榎はいわれるがままに、桜に受話器を託した。
階段の手前で立ち尽くしていると、背後から勢いよく背中を叩かれた。椿だ。
「えのちゃん! お電話、お家から?」
相変わらず、テンションが高い。
最後の戦いを終えてから、早一週間。椿は勝利の余韻に浸って、浮かれっぱなしだ。
榎の沈んだ姿を見て、少しだけ椿は冷静さを取り戻した。
「どうしたの? 急に神妙になって」
「うん。……明日、みんなで会わないか? 連絡は、あたしからしておくから」
「いいけれど、どこで?」
「了封寺に。二人の様子を、見に行こうかなって」
力を封じ込め、人間としての生活をスタートさせた、二人の兄弟。
朝月夜と宵月夜の見舞いに行こうと決めた。
「賛成! 椿も気になるわ。ちゃんと、人間の生活に、馴染めているかしら」
再び、椿のテンションが最高潮になった。
何とかはぐらかせたと、安心した。
椿にだけ報告するのも、気が引ける。どうせなら、全員に、一度で伝えてしまいたい。
お世話になった嚥下家の人たちにも、――四季姫として一緒に戦ってきた、三人の仲間たちにも。
別れを切り出すために、かなり勇気が必要だ。
浮かれている椿とは裏腹に、榎の気持ちは冴えなかった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜
遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった!
木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。
「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」
そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
汚部屋女神に無茶振りされたアラサー清掃員、チートな浄化スキルで魔境ダンジョンを快適ソロライフ聖域に変えます!
虹湖🌈
ファンタジー
女神様、さては…汚部屋の住人ですね? もう足の踏み場がありませーん><
面倒な人間関係はゼロ! 掃除で稼いで推し活に生きる! そんな快適ソロライフを夢見るオタク清掃員が、ダメ女神に振り回されながらも、世界一汚いダンジョンを自分だけの楽園に作り変えていく、異世界お掃除ファンタジー。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる