四季姫Biography~陰陽師少女転生譚~

幹谷セイ

文字の大きさ
147 / 336
第二部 四季姫進化の巻

第十二章 冬姫進化 3

しおりを挟む
 朝食後。居間で待つ柊の元へ、了生が墨汁と筆を持ってきた。
 普段の作務衣姿ではなく、袈裟を纏って正装していた。
「修業に入る前に、冬姫様の力を抑えさせてもらいます」
 指示されるままに、柊は足の裏を了生に向けた。了生は墨をつけた筆で、柊の足に文字を書き始めた。
 小刻みに動く筆が足の裏を走り回り、堪え切れなくなった。
「ぎゃははは、了生はん、こそばい! 堪忍してや!」
「すぐに済みますから! 少しだけ、堪えてください」
 暴れたくなる足を何とか押さえ付け、柊は必死に我慢した。まだ始まっていないのに、既に過酷な試練を受けている気分だ。
 筆が離れ、安堵する。足の裏を見ると、ミミズがのたくった達筆な文字が、びっしりと書かれていた。
「習字が上手ですな。流石ですわ」
 仏僧のお勤めには、写経も含まれている。なので字の上手な坊主は、意外と多い。
「いちおう、書道初段なんで」
 褒めると、了生は照れていた。
「この印によって、冬姫様の力は吸い取られ、三割程度しか出せなくなりました。変身して陰陽師の技を駆使し、封印を解いてください」
 体に重を付けて、トレーニングする感覚か。イメージを掴み、柊は納得した。
「封印が解けたときには、今よりもさらに強くなれとるわけやな」
「その通り。己に打ち勝つための戦いです」
 了生は頷いた。
「負荷を掛けての修行の効果は、覿面です。成功すれば、古文書に記された技も問題なく発動できます」
 禁術を使うためのコツを掴む修業ではなく、まずは基礎力の底上げが大事らしい。
 地味な鍛練になりそうだが、強くなれるなら文句はない。
「ほな、いっちょう気張ろうか」
 要領が分かれば、さっさと実践するのみだ。柊は立ち上がり、庭へと繰り出した。
 爽やかな夏の風に吹かれながら、葉牡丹の形をした髪飾りを握りしめ、力を込めた。
「風乱れ 降り頻る雪 地に積もる 君と包めや 白き壁かな」
 青白い光が体を包み、周囲の気温が一気に下がる。真夏の空にそぐわない牡丹雪が、ひらひらと舞っていた。
「――冬姫、見参や!」
 柊は、青い着物を基調とした十二単を身に纏い、身長よりも長い薙刀を構えた。
「俺が相手になります。どんどん、強力な攻撃を仕掛けてください」
 変身した柊の前に、錫杖を持った了生が向かい合った。
 了生の強さは、今までの戦いで把握している。冬姫の力も抑えられている状態だし、全力でぶつかっても大丈夫だ。
「ほな、お言葉に甘えて。〝氷柱の舞〟!」
 柊は手始めに、術を放った。初めて了生と出会い、冬姫に覚醒した時に使用した、思い出の技だ。
 足元の砂利や苔が凍りつき、尖った氷柱が地面から突き出して、了生を襲う。
 だが、普段から見馴れている氷柱の半分程度の長さしかない。凍てついた地面の面積も狭く、了生にはあっさりと躱されてしまった。
「しょぼいなぁ! 冬姫はんの力が、めっちゃ弱なっとる……」
 力を封印された影響が思いの外、大きい。柊はショックを受けた。
 しかも、簡単な技を使っただけなのに、疲労が激しい。息が切れ、薙刀を支えにしなければ、まっすぐ立っていられなかった。
 目眩がする。貧血よりも、厳しい怠さに襲われた。
「体に、力が入らへん。ごっつう、しんどいわ」
「焦らずに。時間はあります。ゆっくり、体を順応させていきましょう」
 初日から、かっ飛ばすつもりだったが、体力不足であえなく撃沈した。
 変身を解いた柊は、了生に支えられて部屋に戻った。

 * * *
 夜は、了海の作った味の薄い精進料理を貰い、早目に床についた。
 明日からは、もっと頑張らなければならない。
 気合を入れるが、体は疲れきって、地面に張り付きそうに重い。なのに、頭はとても冴えて、なかなか寝付けなかった。
 山の上にある寺は、麓よりも涼しく過ごしやすい。だが、妙に寝苦しさを覚えて、柊は起き上がった。四つん這いになって障子を開くと、夜空には満点の星と、少し欠けた月が輝いていた。
 縁側の柱にもたれ掛かり、柊は呆然と、空を見上げた。
 静かだ。田園地帯の夏は、蛙の鳴き声が五月蝿くて、窓も開けていられないのに。
 慣れていないからだろうか。寺の夜は静かすぎて、妙に物寂しさを覚えた。
 孤独や静寂には、慣れたつもりでいた。だが、昼間の賑やかさとのギャップが大きすぎて、気持ちが不安定になる。
 ――己に打ち勝つための戦い。
 了生は柊に課せられた修業を、そう表現した。
 柊自身に打ち勝たなければ、強くなれない。言い換えれば、柊の心は弱いのだろう。
 親がそばにいなくたって、一人で逞しく生きてきたのだから。柊は、強い精神力を持っていると自負していた。なのに一番、自信のあったものを弱点として指摘されると、悔しかった。
 どうなった状態が、強いといえるのだろう。改めて考えると、さっぱり分からない。この修業、本当に柊が引き受けて良かったのだろうか。心の強さなら、榎のほうが格段に強い。
 急に気持ちが沈み、柊は膝を折って、蹲った。
「どうなさいました。具合でも、悪いですか?」
 声をかけられ、顔をあげる。浴衣姿の了生が、月明かりに照らされて立っていた。手洗いの帰りだろうか。
 心配そうな顔で、見下ろしてくる。柊は首を横に振り、笑い返した。
「寝付けんくて。柄にもなく頑張って修業なんてやったから、体が吃驚しとるんでしょうな」
 嘘ではない。少し前まで、金縛りみたいに体が動かなかった。気持ちが重くなって、ようやくバランスが取れた感じだ。
「何かに熱心に打ち込むなんて、本来のうちの性分には合わんのですわ。努力しても、ほんまに望む結果ほど、出ませんからな」
 会話の流れから、何気なく本音が漏れた。昔から本気で何かに打ち込んでも、報われた時などなかった。だからいつしか、勉強にしても趣味にしても、適当に浅く広くやるだけだった。
 冬姫の修業は、一人で行う、久しぶりの全力投球だ。正直、柊らしくないと、驚いている部分もあった。
 冗談感覚で軽く笑って見せたが、了生の表情に変化はない。少し、不安で翳っている気もした。
「大丈夫です。修業は、きっちりやりますさかい。皆さんが真面目に付き合うてくれとるんや、手は抜かれへんもんな」
 慌てて、弁明しておいた。自信がなくても、修業を諦める意志は決してないのだと、きちんと伝えた。
「隣、よろしいですか?」
 了生は少し考え込んだ顔をした末に、柊の横に腰を据えた。
「頑張りすぎたら、逆効果です。もっと、肩の力を抜きましょう」
 肩を、軽く叩いてくる。途端に、体から力が抜けた。自覚がなかったが、相当、力んでいた証拠だ。
「努力しても報われんからと、逃げて諦める心もまた、煩悩の一つなんです。何らかの結果が出る前に、失敗を恐れて止めてしまう。未来への道を閉ざして現状維持すれば、心は傷つかずに済むでしょう。でも、本当の幸福は得られんままや」
 思いっきり、痛いところを突いてきた。
 柊にだって、了生の言葉の意味は嫌ほど分かる。でも、現状維持のほうが幸福だと思う人間だって、この世にはいる。別に、悪くないはずだ。
 その考えが、〝弱い心〟なのかもしれないが。
「古文書に書かれた禁術を会得するためには、技術も必要ですが、心の強さが大切になります。半端な覚悟で習得に挑めば、術に食われてしまいかねん。ですから、柊さんには何が何でも、強くなってもらわなあかん」
「うちの弱点が心がやと、何ですぐに分かりましたんや?」
「時々見せる顔が、やけに切なく感じるときがありました。四季姫の皆さんと一緒にいるときにも、一瞬、どこか遠くに一人でおるみたいな目をしておられた」
 そんな一面まで見られていたとは。急に、恥ずかしさが込み上げてきた。
「危険な術ですが、ものにできれば、必ず柊さんや四季姫の皆さんを守ってくれるはずや。せやから、一緒に頑張りましょう」
 意気込む了生を、柊は唖然と見つめていた。
 どうすれば、了生みたいに気持ちを奮い立たせられるのだろう。漠然と、考えていた。
「何や、俺ばっかり張り切ってしもうて、すみません。今回は、俺にとっても、良い修業になりますんで」
 柊との温度差に気付いて、了生は恥ずかしそうに頭を掻いた。恥じるべきは、柊のほうなのだが。
「俺の中の、情けない煩悩を捨て去るために、四季姫様の修業のお手伝いは、とても刺激になるんです」
 意外な返答だった。了生ほど、強く卓越した人にも、煩悩があるのか。
「俺も、母親がおりません。生まれてすぐに亡くしましてな。顔も知りません。ずっと父親と二人で暮らしてきました。柊さんよりは恵まれとるんでしょうが、物寂しさはずっと抱えておりました」
 柊の表情が、強張った。一瞬、頭の中に、出て行った母親の記憶が蘇る。
 死んだと分かっている別れと、生きていても二度と会えない別れ。
 どちらのほうが辛いのだろう。考えても、比べられなかった。
「我が身に巣食う孤独感こそが、俺の弱さやと思うとります。朝や宵と暮らしはじめて、家が賑やかになって、ようやく確信できました」
 今でこそ寺は馬鹿みたいに騒がしいが、朝と宵が来る前は、了海との二人きりの生活だ。今の師走家と同じく、質素で静かな生活だったに違いない。
 おまけに、人里から離れた、静寂に包まれた空間。了生が寂しいと感じる気持ちは、痛い程よく分かった。
「孤独の闇は、決して一人では祓えんのです。ですから、柊さんと共に修業に打ち込んでいけたら、とても心強い」
 前向きに強くなろうと、煩悩を捨て去ろうと、了生は戦っている。
 柊となら、戦っていけると言ってくれる。
 一人ではない。全ての言葉が、妙に心に響く。胸が締め付けられた。
 気付くと、柊の両目から、涙が零れていた。
「すんません。何でやろうな、急に」
 人前で涙を見せるなんて、弱さの極みだ。情けなくなる。何度も腕で拭うが、涙はとめどなく溢れてきた。
 了生はそっと、柊の頭を撫でてくれた。柊は大人しく、了生の優しさを甘んじて受けた。
「いつか心を痛めずに、心から笑える日が来ると、ええですね」
 穏やかな日が、訪れるときは来るのだろうか。
 了生と共になら、厳しい修業も乗り越えられるかもしれない。
 いや、必ず、乗り越える。柊は素直に決意した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜

遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった! 木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。 「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」 そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

汚部屋女神に無茶振りされたアラサー清掃員、チートな浄化スキルで魔境ダンジョンを快適ソロライフ聖域に変えます!

虹湖🌈
ファンタジー
女神様、さては…汚部屋の住人ですね? もう足の踏み場がありませーん>< 面倒な人間関係はゼロ! 掃除で稼いで推し活に生きる! そんな快適ソロライフを夢見るオタク清掃員が、ダメ女神に振り回されながらも、世界一汚いダンジョンを自分だけの楽園に作り変えていく、異世界お掃除ファンタジー。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...