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第二部 四季姫進化の巻
第十五章 夏姫鬼化 10
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十
気がつくと、榎は地面に横たわっていた。なぜだか分からないが、額がズキズキする。
体を起こした榎に、椿が駆け寄ってくる。
「えのちゃん、大丈夫? 体、何ともない?」
「あたし、どうして倒れているんだ?」
「やっと、正気に戻ったな。憎しみに駆られて、暴走してはいかんぞ」
側で、父親――樫男が声を掛けてきた。なぜ、樫男がいるのだろう。
しかも、樫男の頭からは角が生えている。相当、怒っているのだろうか。だが、樫男の雰囲気は穏やかだ。
倒れている間に、何が起こったのだろう。
意識が遠退くまでの記憶を思い出そうと、痛む額を摩る。
「あれ? おでこに何かある」
何か、尖った突起が生えていた。
「角が生えているのよ」
椿に教えてもらい、榎は声を上げた。
「おおおー!? ついに、あたしの頭にも角が!」
「何や、驚くっちゅうよりは、喜んどるがな」
榎の反応を見た柊が、訝しそうにしていた。
もちろん、驚きもあるが、喜びも同じくらいあった。
「榎はんや、榎はんのお父はんに角が生えとる理由に、心当たりでも?」
楸の問い掛けに、榎は少し考えた。
「お父さんや兄ちゃんたちは、まあ、昔から本気で怒ると、よく角を生やしていたけれど。あたしにまで生えるとは思っていなかったなぁ」
額から生える角は、榎にとっては大して珍しい物でも何でもない、至極普通の光景でもあった。
昔から、どうして榎と母の梢だけ角がないんだろうと、いつもつまらなく思っていたくらいだ。
だが、榎の発言は、周囲に何か微妙な抵抗感を与えたらしい。みんな、榎が何を言っているのか分からない様子で、表情を固まらせていた。
「榎はんのお宅では、角は普通に生えとるもんなんどすか?」
困惑している楸に、榎は大きく頷いた。
「みんなの家は、違うのか? 男の人はみんな、マジ切れすると角が生えるもんなのかと思っていたけれど」
「「生えない、生えない」」
みんな、手と首を振って揃って否定してくる。
一般家庭では、男だろうが何だろうが、角とは無縁らしい。
「違うのか。あたしの家だけかぁ……」
嬉しさ半分、周囲の理解を得られない、がっかり感半分といったところだ。
でも、女の子に角は生えないのだと教えられていたから、諦めていたのだが。
不思議と、榎の額にも、角が生えた。かなり嬉しい出来事でもあった。
気持ちが落ち着くと同時に、角は縮んで、額の奥に戻っていった。その後は、榎がどれだけ念じても、角は生えてこなかった。
みんなは、奏からもらった薬の影響で、一時的に飛び出てきたのではないか、と説明してくれた。榎に生えた角は、月麿の姿の変貌と同じで、一時的なものだったのかもしれない。
樫男は、響を木の幹に座らせて、腕に破いた服を巻き付けていた。響は右脇から、ひどい出血をしていた。
側には、血まみれになった夏姫の剣が落ちていた。
ふと、悟る。榎が、鬼の力を暴走させて、響を突き刺したのでは。
だが記憶が、まったくない。知らない間に、誰かを攻撃して、傷付けるなんて。相手が悪鬼とはいえ、榎は少し恐ろしく感じた。
もし、この危険な暴走の矛先が、大切な人たちに向いたら。
想像もしたくない。
先日倒した妖怪――件が最期に残した言葉が、脳裏に蘇る。
『――もうすぐ、鬼の子等による。饗宴 が始まる。お前は呪いに翻弄され、大切なものを失うだろう 』
あの言葉は、榎に向けて放たれたものだったのだろうか。では、大切なものとは――?
不吉な気持ちに取り付かれて立ち尽くす榎の元に、樫男が近付いてきた。
「響くんは大丈夫だ。命に別状はない」
応急処置を終えた響は、少し青褪めた顔をしていたが、意識ははっきりしていた。
「最初の鬼化は、暴走しやすいものだ。お前の場合は変化が遅かったから、その分、暴れ方も派手になったのだろうな」
俯く榎の肩を叩き、樫男は宥めてくれた。
「それで結局、お二人には、なして角が……?」
恐る恐る、といった感じで、楸が尋ねてきた。少し遠巻きに榎たちを見ている三人に、樫男は苦笑いを浮かべて頭を掻いた。
「いやあ、見苦しいところを見られてしまったな。話しても、信じてもらえるか分からんが……」
少しためらいがちに、樫男は語る。
「水無月家は千年以上続く、前鬼という鬼の一族の末裔なのだよ」
楸たちの表情に、驚きが広がる。
榎も、初めて聞く話に驚いた。
「ですが、前鬼の末裔にあたる人たちは、奈良地方で修験者のために宿坊を開いて、血筋を長年守り続けておったはずどす。その各家も、現在はほとんど血筋が途絶えておるそうどすが……?」
楸が困惑した様子で首を傾ける。
楸なりに、鬼についての伝承や歴史などを調べたのだろう。樫男の話は、世の中で知られている史実とは違うらしい。
「表の世で、宿坊を守り続けている者たちは、前鬼の子供たち――五鬼の名と使命を守るために袂を別った表の一族だ。対して、我々は名は捨てたが、血を守ってきた裏の一族、というわけだな」
樫男の説明を、みんな興味深そうに聞いていた。
「前鬼の、一族……」
榎は改めて、水無月家の知られざる歴史を実感した。
前鬼とは、四季姫が封じ、榎達が倒した悪鬼――鬼閻の父親に当たる鬼だ。
つまり、血筋を辿っていけば、榎は鬼閻とも血の繋がりがあるわけだ。
ならば、鬼閻の息子である鬼蛇――響とも、血縁関係にあるといえる。
その事実に気付き、榎は響を指さして、驚きの声を上げた。
「じゃあ、この悪鬼と遠い親戚だ、って言ってた話も、本当なの!?」
「もちろんだ。どうして嘘を吐かなくちゃいかんのだ」
きょとん、とした顔を向けてくる樫男の様子に、榎はますます戸惑った。
「いや、もしかして、洗脳されて、知り合いだと言わされているんじゃないかと思っていたんだ。だって、相手は悪鬼なんだし……」
俯いて小声で弁明する榎を見て、樫男は軽く息を吐いた。
「その様子だと、京都に来て悪鬼について、色々と見知ってきたらしいな。まあ、慎重に付き合わなければならん相手ではあるが、先入観で悪いものと決めつける態度は、よくない。どんな相手に対してもな」
樫男の言葉には、説得力がある。榎も、初めて接する相手に対しては、独断の偏見を持たないようにと気をつけていたつもりだったが。
響に関しては、悪鬼という存在だけで、悪い印象を持っていたかも知れない。
悪い面を自覚して、少しだけ、反省した。
「だが、今回ばかりは悪鬼側に非があると判断してもよさそうだ。ほれ、響くん、しゃきっとせんか! あの程度の頭突きでくたばるほど、軟じゃなかろう」
杉の木にもたれ掛かってぐったりしていた響に、樫男が喝を入れる。
「いや、充分な威力でしたよ。少しは手加減してくださいよ、小父さん」
響は表情を引き攣らせていた。
「何を言っとる。妙な企みに、うちの娘を巻き込みおって。当然の報いだ」
「いやね、この娘さん、小父さんにそっくりで本当に頑固だから。ろくに話すら聞いてもらえないもんで、ちょーっと強引な手に走らざるを得なかったというか。もちろん、危害を加えるつもりなんて、なかったんですよ?」
樫男に問い詰められ、響は苦笑い混じりに、言い訳じみた説明を始めた。
「何をして、娘を脅したんだ?」
「まあ、ちょっと、悪役ぶって、小父さんの命が惜しければ……みたいな台詞をですね」
「そんなデマを流すために、わざわざ、わしを京都まで呼び出したわけか」
「デマって……。じゃあ、お父さんを人質に取ったって話は、嘘なのか!?」
榎が割り込むと、響は肩を竦めて鼻で笑った。
「当然でしょう? 小父さんが大人しく、私なんかに掴まるわけないし。小父さんを捕えるなんて、ほとんど命懸けですよ。無駄に体力を消耗するだけです」
樫男の怪力は、悪鬼でさえも一目置く強さらしい。
最初から、樫男に危害を加えるなんて、響には無理だったわけか。
安心はできたが、騙されて、いいようにこき使われていたのだと思うと、腹が立った。
「でも、家を建てて欲しいって話は、本当なんですよ。だから、できれば最後までお願いしたいんですが」
「そりゃあ、お前さんの返答次第だ。二度とうちの娘に、ちょっかい掛けるな」
「えー、そのお約束は、守れる自信が……。いえ、冗談ですよ。分かりました。もう、こちらから近付く真似は致しませんから」
樫男の静かな剣幕に圧迫され、響はすごすごと引き下がった。
「だ、そうだ。榎も、今回の件は水に流すんだ」
榎も、しぶしぶと頷いた。
「響くんは、恐ろしい悪鬼と呼ばれる血族に属する者だが、常識はわきまえて、世の中に順応して暮らしている。話せば分かる奴だ」
樫男によって、この場の騒ぎは収束した。
榎は、もっと怒られるかと思ったが、榎の行動についても色々と考えを巡らせてくれたらしく、長いお説教は免れた。
「お前は、父さんを助けようと思って、響くんの脅しにも屈せずに、頑張ってくれたんだな。立派だったぞ」
「お父さん……」
榎の頑張りを評価して、頭を撫でてくれた。久しぶりに褒められた気がする。嬉しい気持ちが込み上げてきた。
「ところで、みんなして、その大仰な格好は何だ? 仮装祭りか?」
十二単姿の四人を見て、樫男は不思議そうな顔をしていた。
「いや、この格好は、その……」
榎たちは、どう説明すればいいものやらと、見を竦ませて硬直する。
「〝四季姫〟ですよ、おじさん。前に話したでしょう? あなたの娘さん、夏姫になっちゃっているんですよ」
何から話すべきかと戸惑っていると、響がさらりと簡潔に説明した。樫男の表情が、緊張と驚きに包まれる。
「四季姫とは。もしや、千年前の……」
「お父さん、四季姫を知っているの?」
尋ねると、頷きが返ってきた。
「直接的な縁はないが、前鬼の一族の追放者――鬼閻と関係のある伝承が、残っているからな。響くんからも、話は聞いていた」
樫男が四季姫について知識を持っているとは。意外だった。樫男は遠い目をして、深く息を吐いた。
「大昔の伝説が、徐々に現実に蘇りつつある。現在は、そんな動きの激しい時代なのか」
榎達たち四季姫について、深く詮索はしてこなかった。ある程度、納得した素振りで、響に近付いた。
「響くんは、わしが責任をもって締め上げておこう。榎を脅した理由も、きちんと吐いてもらわねばならんしな」
響の首根っこを掴んで、いつもの豪快な笑顔を浮かべた。逆に、響の表情は怯えで引き攣っていた。
「小父さん。私、そろそろ帰らないと。連れが心配しますんで」
「ん? 何か言ったか?」
「……いいえ、何でもありません」
反論もできず、響は樫男のなすがままだった。
「榎。お前には、他に助けなければならぬ人が、いるのではないのか?」
二人のやり取りを唖然と見ていた榎に、樫男が示唆した。我に返った榎の脳裏に、綴の姿が浮かぶ。
「怒りに囚われ、鬼の力を引き出してしまうほど、助けたかった相手なのだろう。ちゃんと側にいてあげなさい」
優しく微笑み掛けられ、榎は強く頷いた。
「榎さん、一つだけご忠告を」
急いで、倒れている綴の元に向かおうとした榎に、響が声をかけてきた。
「あの男を助けた件、あなたいずれ、後悔しますよ」
響の表情には、挑発もからかいも見られなかった。本気の忠告だ。
なぜ、響が綴に対して敵意を抱くのかは、まだ分からない。
榎は何も反さず、黙って響に背を向けた。
気がつくと、榎は地面に横たわっていた。なぜだか分からないが、額がズキズキする。
体を起こした榎に、椿が駆け寄ってくる。
「えのちゃん、大丈夫? 体、何ともない?」
「あたし、どうして倒れているんだ?」
「やっと、正気に戻ったな。憎しみに駆られて、暴走してはいかんぞ」
側で、父親――樫男が声を掛けてきた。なぜ、樫男がいるのだろう。
しかも、樫男の頭からは角が生えている。相当、怒っているのだろうか。だが、樫男の雰囲気は穏やかだ。
倒れている間に、何が起こったのだろう。
意識が遠退くまでの記憶を思い出そうと、痛む額を摩る。
「あれ? おでこに何かある」
何か、尖った突起が生えていた。
「角が生えているのよ」
椿に教えてもらい、榎は声を上げた。
「おおおー!? ついに、あたしの頭にも角が!」
「何や、驚くっちゅうよりは、喜んどるがな」
榎の反応を見た柊が、訝しそうにしていた。
もちろん、驚きもあるが、喜びも同じくらいあった。
「榎はんや、榎はんのお父はんに角が生えとる理由に、心当たりでも?」
楸の問い掛けに、榎は少し考えた。
「お父さんや兄ちゃんたちは、まあ、昔から本気で怒ると、よく角を生やしていたけれど。あたしにまで生えるとは思っていなかったなぁ」
額から生える角は、榎にとっては大して珍しい物でも何でもない、至極普通の光景でもあった。
昔から、どうして榎と母の梢だけ角がないんだろうと、いつもつまらなく思っていたくらいだ。
だが、榎の発言は、周囲に何か微妙な抵抗感を与えたらしい。みんな、榎が何を言っているのか分からない様子で、表情を固まらせていた。
「榎はんのお宅では、角は普通に生えとるもんなんどすか?」
困惑している楸に、榎は大きく頷いた。
「みんなの家は、違うのか? 男の人はみんな、マジ切れすると角が生えるもんなのかと思っていたけれど」
「「生えない、生えない」」
みんな、手と首を振って揃って否定してくる。
一般家庭では、男だろうが何だろうが、角とは無縁らしい。
「違うのか。あたしの家だけかぁ……」
嬉しさ半分、周囲の理解を得られない、がっかり感半分といったところだ。
でも、女の子に角は生えないのだと教えられていたから、諦めていたのだが。
不思議と、榎の額にも、角が生えた。かなり嬉しい出来事でもあった。
気持ちが落ち着くと同時に、角は縮んで、額の奥に戻っていった。その後は、榎がどれだけ念じても、角は生えてこなかった。
みんなは、奏からもらった薬の影響で、一時的に飛び出てきたのではないか、と説明してくれた。榎に生えた角は、月麿の姿の変貌と同じで、一時的なものだったのかもしれない。
樫男は、響を木の幹に座らせて、腕に破いた服を巻き付けていた。響は右脇から、ひどい出血をしていた。
側には、血まみれになった夏姫の剣が落ちていた。
ふと、悟る。榎が、鬼の力を暴走させて、響を突き刺したのでは。
だが記憶が、まったくない。知らない間に、誰かを攻撃して、傷付けるなんて。相手が悪鬼とはいえ、榎は少し恐ろしく感じた。
もし、この危険な暴走の矛先が、大切な人たちに向いたら。
想像もしたくない。
先日倒した妖怪――件が最期に残した言葉が、脳裏に蘇る。
『――もうすぐ、鬼の子等による。饗宴 が始まる。お前は呪いに翻弄され、大切なものを失うだろう 』
あの言葉は、榎に向けて放たれたものだったのだろうか。では、大切なものとは――?
不吉な気持ちに取り付かれて立ち尽くす榎の元に、樫男が近付いてきた。
「響くんは大丈夫だ。命に別状はない」
応急処置を終えた響は、少し青褪めた顔をしていたが、意識ははっきりしていた。
「最初の鬼化は、暴走しやすいものだ。お前の場合は変化が遅かったから、その分、暴れ方も派手になったのだろうな」
俯く榎の肩を叩き、樫男は宥めてくれた。
「それで結局、お二人には、なして角が……?」
恐る恐る、といった感じで、楸が尋ねてきた。少し遠巻きに榎たちを見ている三人に、樫男は苦笑いを浮かべて頭を掻いた。
「いやあ、見苦しいところを見られてしまったな。話しても、信じてもらえるか分からんが……」
少しためらいがちに、樫男は語る。
「水無月家は千年以上続く、前鬼という鬼の一族の末裔なのだよ」
楸たちの表情に、驚きが広がる。
榎も、初めて聞く話に驚いた。
「ですが、前鬼の末裔にあたる人たちは、奈良地方で修験者のために宿坊を開いて、血筋を長年守り続けておったはずどす。その各家も、現在はほとんど血筋が途絶えておるそうどすが……?」
楸が困惑した様子で首を傾ける。
楸なりに、鬼についての伝承や歴史などを調べたのだろう。樫男の話は、世の中で知られている史実とは違うらしい。
「表の世で、宿坊を守り続けている者たちは、前鬼の子供たち――五鬼の名と使命を守るために袂を別った表の一族だ。対して、我々は名は捨てたが、血を守ってきた裏の一族、というわけだな」
樫男の説明を、みんな興味深そうに聞いていた。
「前鬼の、一族……」
榎は改めて、水無月家の知られざる歴史を実感した。
前鬼とは、四季姫が封じ、榎達が倒した悪鬼――鬼閻の父親に当たる鬼だ。
つまり、血筋を辿っていけば、榎は鬼閻とも血の繋がりがあるわけだ。
ならば、鬼閻の息子である鬼蛇――響とも、血縁関係にあるといえる。
その事実に気付き、榎は響を指さして、驚きの声を上げた。
「じゃあ、この悪鬼と遠い親戚だ、って言ってた話も、本当なの!?」
「もちろんだ。どうして嘘を吐かなくちゃいかんのだ」
きょとん、とした顔を向けてくる樫男の様子に、榎はますます戸惑った。
「いや、もしかして、洗脳されて、知り合いだと言わされているんじゃないかと思っていたんだ。だって、相手は悪鬼なんだし……」
俯いて小声で弁明する榎を見て、樫男は軽く息を吐いた。
「その様子だと、京都に来て悪鬼について、色々と見知ってきたらしいな。まあ、慎重に付き合わなければならん相手ではあるが、先入観で悪いものと決めつける態度は、よくない。どんな相手に対してもな」
樫男の言葉には、説得力がある。榎も、初めて接する相手に対しては、独断の偏見を持たないようにと気をつけていたつもりだったが。
響に関しては、悪鬼という存在だけで、悪い印象を持っていたかも知れない。
悪い面を自覚して、少しだけ、反省した。
「だが、今回ばかりは悪鬼側に非があると判断してもよさそうだ。ほれ、響くん、しゃきっとせんか! あの程度の頭突きでくたばるほど、軟じゃなかろう」
杉の木にもたれ掛かってぐったりしていた響に、樫男が喝を入れる。
「いや、充分な威力でしたよ。少しは手加減してくださいよ、小父さん」
響は表情を引き攣らせていた。
「何を言っとる。妙な企みに、うちの娘を巻き込みおって。当然の報いだ」
「いやね、この娘さん、小父さんにそっくりで本当に頑固だから。ろくに話すら聞いてもらえないもんで、ちょーっと強引な手に走らざるを得なかったというか。もちろん、危害を加えるつもりなんて、なかったんですよ?」
樫男に問い詰められ、響は苦笑い混じりに、言い訳じみた説明を始めた。
「何をして、娘を脅したんだ?」
「まあ、ちょっと、悪役ぶって、小父さんの命が惜しければ……みたいな台詞をですね」
「そんなデマを流すために、わざわざ、わしを京都まで呼び出したわけか」
「デマって……。じゃあ、お父さんを人質に取ったって話は、嘘なのか!?」
榎が割り込むと、響は肩を竦めて鼻で笑った。
「当然でしょう? 小父さんが大人しく、私なんかに掴まるわけないし。小父さんを捕えるなんて、ほとんど命懸けですよ。無駄に体力を消耗するだけです」
樫男の怪力は、悪鬼でさえも一目置く強さらしい。
最初から、樫男に危害を加えるなんて、響には無理だったわけか。
安心はできたが、騙されて、いいようにこき使われていたのだと思うと、腹が立った。
「でも、家を建てて欲しいって話は、本当なんですよ。だから、できれば最後までお願いしたいんですが」
「そりゃあ、お前さんの返答次第だ。二度とうちの娘に、ちょっかい掛けるな」
「えー、そのお約束は、守れる自信が……。いえ、冗談ですよ。分かりました。もう、こちらから近付く真似は致しませんから」
樫男の静かな剣幕に圧迫され、響はすごすごと引き下がった。
「だ、そうだ。榎も、今回の件は水に流すんだ」
榎も、しぶしぶと頷いた。
「響くんは、恐ろしい悪鬼と呼ばれる血族に属する者だが、常識はわきまえて、世の中に順応して暮らしている。話せば分かる奴だ」
樫男によって、この場の騒ぎは収束した。
榎は、もっと怒られるかと思ったが、榎の行動についても色々と考えを巡らせてくれたらしく、長いお説教は免れた。
「お前は、父さんを助けようと思って、響くんの脅しにも屈せずに、頑張ってくれたんだな。立派だったぞ」
「お父さん……」
榎の頑張りを評価して、頭を撫でてくれた。久しぶりに褒められた気がする。嬉しい気持ちが込み上げてきた。
「ところで、みんなして、その大仰な格好は何だ? 仮装祭りか?」
十二単姿の四人を見て、樫男は不思議そうな顔をしていた。
「いや、この格好は、その……」
榎たちは、どう説明すればいいものやらと、見を竦ませて硬直する。
「〝四季姫〟ですよ、おじさん。前に話したでしょう? あなたの娘さん、夏姫になっちゃっているんですよ」
何から話すべきかと戸惑っていると、響がさらりと簡潔に説明した。樫男の表情が、緊張と驚きに包まれる。
「四季姫とは。もしや、千年前の……」
「お父さん、四季姫を知っているの?」
尋ねると、頷きが返ってきた。
「直接的な縁はないが、前鬼の一族の追放者――鬼閻と関係のある伝承が、残っているからな。響くんからも、話は聞いていた」
樫男が四季姫について知識を持っているとは。意外だった。樫男は遠い目をして、深く息を吐いた。
「大昔の伝説が、徐々に現実に蘇りつつある。現在は、そんな動きの激しい時代なのか」
榎達たち四季姫について、深く詮索はしてこなかった。ある程度、納得した素振りで、響に近付いた。
「響くんは、わしが責任をもって締め上げておこう。榎を脅した理由も、きちんと吐いてもらわねばならんしな」
響の首根っこを掴んで、いつもの豪快な笑顔を浮かべた。逆に、響の表情は怯えで引き攣っていた。
「小父さん。私、そろそろ帰らないと。連れが心配しますんで」
「ん? 何か言ったか?」
「……いいえ、何でもありません」
反論もできず、響は樫男のなすがままだった。
「榎。お前には、他に助けなければならぬ人が、いるのではないのか?」
二人のやり取りを唖然と見ていた榎に、樫男が示唆した。我に返った榎の脳裏に、綴の姿が浮かぶ。
「怒りに囚われ、鬼の力を引き出してしまうほど、助けたかった相手なのだろう。ちゃんと側にいてあげなさい」
優しく微笑み掛けられ、榎は強く頷いた。
「榎さん、一つだけご忠告を」
急いで、倒れている綴の元に向かおうとした榎に、響が声をかけてきた。
「あの男を助けた件、あなたいずれ、後悔しますよ」
響の表情には、挑発もからかいも見られなかった。本気の忠告だ。
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