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第二部 四季姫進化の巻

十五章 Interval ~深淵の悪鬼と少年~

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 四季が丘の山中で、深淵の悪鬼たちは忙しなく移動を続けていた。
 今は弱々しいが、逞しく、まだ生命力に満ち溢れた邪気の波動が、どこからか流れ込んでくる。
 懐かしい気配だ。忘れようにも忘れられない。
 今まで望み、乞い焦がれ、幾度も幾度も取り戻そうと奮闘した、あの魂の存在を感じた。
 手を伸ばせば届くのではないかと思える程、近い場所に。
 確信した。あのお方はいらっしゃる!
「気配が感じられる。長の邪気が、すぐ近くで我らを呼んでおる!」
 かつて、四季姫たちによって封じられ、退治された悪鬼の長―?鬼閻の微かに残った魂の断片が、深淵の悪鬼たちに訴えかけていた。
 体を取り戻したい。この世に再び、蘇りたい、と。
 主の願いも叶えられずに、何が部下か、崇拝者か。
 この世に悪鬼の繁栄を取り戻すため、鬼閻はなくてはならない存在だ。
 絶対に、失ってはならない。何が何でも、望みを成就しなくては。
「一刻も早く、我らが長の魂を手に入れ、復活させるのだ!」
 やっと、気配の出所を見つけた。
 茂みから覗くと、その先に鬼閻の魂を宿した剣を手にした、夏姫がいた。
「四季姫たちがいる。四人とも、揃っている」
「鬼蛇までいるぞ。どうなっているのだ」
 夏姫と鬼蛇が、戦っていた。戦いは双方、互角。
 鬼蛇は深淵の悪鬼を、実の父である鬼閻を裏切って四季姫に味方したのだと思っていたが。違うのだろうか。
「何にしても、復活の儀式を行うためには、四季姫どもを大人しくさせねばならぬ。長の存在に気付き、妨害されては元も子もない」
 鬼閻の魂の僅かな断片は、鬼閻に止めを刺した、夏姫の神剣に寄生している。新たな肉体を与えるにしても、まずは四季姫から魂を取り戻さなければ、話にならない。
 鬼閻の気配を近くに感じるのならば、同じ場所に四季姫たちもいるはず。
 その四季姫たちは、新たなる力を続々と覚醒させ、悪鬼さえもを亡き者にする術を会得している。
 実際、同胞ともいえる深淵の悪鬼のうちの一体は、最も弱い四季姫だと高をくくっていた春姫に、残骸さえ残さず消滅させられた。最早、ただの小娘だと侮ってはいられない。
 新たある脅威となりつつある四季姫を大人しくさせるためにも、鬼閻の復活は必須であり、絶対に失敗してはならなかった。
 主のためならばどんな犠牲も厭わない、とは豪語しつつも、やはり危険と分かっている場所に飛び込むには、抵抗があった。恐れを知らずに命を捧げられるほど、馬鹿には、なりきれなかった。
 望むものを前にして、手も足も出せない現状がもどかしい。
 かといって、深淵の悪鬼たちも命は惜しい。可能ならば、自分たちの手は汚さずに、何も干渉せずに、ことを済ませたい。
「妖怪の子供では、うまくいかなかった。もっと、連中が疑いもしない、身近な存在を利用せねばならぬ」
 何か、良い材料がその辺りに転がってはいないか。
 歯痒さと必死に戦っていた、まさにその時。
 突然、深淵の悪鬼たちの側の茂みが揺れ動き、小さな影が飛び出してきた。
 幼い、男の子供だった。こんな山の中で、子供が一人とは、珍しい。
 好奇心で探検にでも出たのか、親に叱られて逃げてきたのか。
 理由は知らないが、滅多にお目にかからない珍客だ。
 悪鬼たちの姿が見えるらしく、子供は目の前に突然現れた黒い集団に、驚きの色を浮かべた。
「子供か。迷い子か」
「人間の子供であれば、四季姫どもも油断するのではないか?」
「確かに。この子供を手なずけて、利用すればいい」
 深淵の悪鬼たちは、硬直した子供を、ゆらりとした動きで取り囲んだ。
「あなたたちは、誰?」
 子供は不思議そうな表情で、悪鬼に語り掛けてくる。
 悪鬼たちは笑った。
「暗い暗い、山の中。悪鬼と出会って、無事に家まで帰れると思うなよ」
「己が身の危険を顧みず、くだらない勇気を振りかざした行いを悔いるがいい」
 悪鬼たちは、子供の周りをグルグルと回る。
 次第に、子供の顔から表情が消え、瞳は焦点を失っていった。
「悪鬼……」
 子供の呟きと同時に、悪鬼たちは一斉に身を膨らませて広がり、子供の姿を黒い体で覆いつくした。
「子供よ、お前の名は、何と申す?」
 悪鬼の問いかけに、子供はゆっくりと、答えた。
「伝師 語――」
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