四季姫Biography~陰陽師少女転生譚~

幹谷セイ

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第二部 四季姫進化の巻

第十八章 夏姫進化 7

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 七
『水無月榎は、素直で純粋であるがために、非常に危険な思考を持っている。大切な相手のためならば、己の命を懸けることも厭わない。僕が人柱になると知れば、必ず身代わりになろうとするだろう。だから、決して真実を知られてはいけない。四季姫の使命は、既に終わったのだと、突き放してでも思い込ませなければならない』

『全ては、夏姫の急激な成長を、強い心を持って制止できなかった僕に責任があるのだから。夏姫の成長が、身の破滅を招くと分かっていながらも、僕は強くなっていく夏姫の姿に惹かれ、思い焦がれ、もっともっと、その先を見たいと望んでしまった』

『終わるはずだった物語。僕は、その続きを見たかった。知れば知るほど興味が湧き、求められれば求められるほど、切なく苦しい中に、希望と喜びが溢れてきた』

『僕は、憎むべきだった夏姫を、本当に愛してしまったから、あえて突き放す。せめてもの償いに、彼女の未来を救いたい。僕の命に懸けても』

 綴が書き残した物語には、あらゆる感情が言葉の、大量に詰め込まれていた。
 最後は震える筆跡で、こう締め括られていた。

『――夏姫よ。君はなぜ、戦うのか?
  美しい肌を傷つけ、体力を、命さえもを削りながら戦い続けた果てに、何を見出しているのか?
  願わくば、君が戦いなど忘れて、一人の可憐な少女として、流れゆく時を静かに生きて欲しいと、心から願う。
 次に会う時には、君は夏姫ではなく、僕は化け物でもなく。ただの人間として巡り会いたい。たとえ現世で叶わなくても、来世でも、その先でも』

『せめて一度だけ、君の隣を歩いてみたかった――』

  * * *

 原稿の束を閉じ、榎は項垂れて地面を見つめた。
「何が、綴さんの本当の気持ちなんですか……? あたしは、どの言葉を信じればいいんですか?」
 綴は、言葉を自在に操る。心の中で思っていようがいまいが、どんな感情でも込めて、言葉を紡げる。
 歯の浮く台詞だって、懺悔だって、いくらでも作り出せる。
 綴の行動の真意が、今までに頭に入ってきた、どの言葉に込められているのか。榎には判断がつかなかった。
 何よりも、綴に疑いの心しか向けられなくなっている、榎自身に自己嫌悪した。
「この原稿に書かれた内容こそが、真実だと思ってよいと思います。お兄さまは決して、私欲のために人柱になったわけでは、なかったのです。全ては、四季姫を、あなたを守るために……」
 奏の言葉が切れる。綴の強い意志に感極まり、涙を流し始めた。
 榎は、とても泣く気にはなれない。そんな気遣い、榎にとっては何の意味も持たない。
「どれもこれも、聞きたくない言葉ばっかりだ。どうして、何もかも、勝手に決めてしまうんだ。綴さんだって、あたしの気持ちを何も分かっていないじゃないか!」
 綴の危惧したとおり、榎は真実を知れば、綴を助けるために突っ走っただろう。でも、引き離されたところで諦めるほど、淡泊な性格でもない。
 全て、綴の誤算だ。勝手に榎の行動を予測したくせに、予測しきれなかった。
 一言でも榎に相談してもらえれば、一緒に協力して、別の戦い方を考えられたかもしれないのに。
 それほどまでに信用されていなかったのだと思うと、榎は情けなくなった。
 文句を言おうにも、綴はもう、声の届く場所にはいない。
 怒りのはけ口が見つからず落胆していると、突然、地脈を押さえている陣が火花を散らしはじめた。
「榎さん、危ない!」
 地脈の側に座り込んでいた榎を、奏が慌てて引き離す。
 榎は体に力が入らず、ただ動かされるがままに引きずられて、陣から距離をとった。
「いかん、封印が暴走しかかっておる! やはり、新たな長の力だけでは、抑え込めなかったか……」
 酷くなる火花に、月麿が慌てだす。中で綴が行っている制御だけでは、地脈の膨大な力をコントロールしきれていない。
 何もせずに放っておけば、陣は壊され、地脈は外に吹き出す。
 綴の命懸けの努力が、全て無駄になってしまう。
 榎は、陣に向かって歩み寄った。体は重く、怠い。それでも力を振り絞った。
「あたしも、一緒に止める。綴さん一人に、全部を押し付けるなんて、絶対に嫌だ!」
 結局、何もできないまま、終わらせるわけには行かない。
 せめて、綴の願いだけでも成就させてみせる。
 榎にできる、最後の手助けだ。
 いまにも壊れそうな陣の結界の中で暴れる地脈に、手を翳す。地脈は強烈な電流を発し、触れると榎の腕は痺れて、激しい閃光が迸った。
「無理ですわ! あなたは禁術を使ったばかりで、まともに立てないほど衰弱しているのですよ!?」
 榎の身を案じ、奏が再び、榎を引き離そうと腕を掴んできた。榎はその腕を振り払う。
 力が抜けて、膝をついた。だが、止まるつもりは毛頭ない。何が何でも、前へ進み続ける。
「綴さんだって、這いながら、あの祭壇まで行ったんだ。あたしだって、命を懸けなきゃ、綴さんに何も返せないんだ!」
 腕を一気に、地脈の流れに突っ込む。腕から煙りが立ち、激しい熱さと痛みに襲われる。
 地脈が、綴が、榎の侵入を拒んでいるのかもしれない。
 それでも、榎は止まらない。
 体がボロボロになっても、綴が作り上げた陣を守る、力の一部になれるなら、構わない。
 更に力を込めようとした時、榎の腕を誰かが掴んだ。
 白く、細い腕だった。奏のものではない。恐ろしく、冷たかった。
「綴が守り抜いた命だ。無駄にするな」
 凛と鳴る、鈴の音みたいに透き通った声が、耳元で囁く。
 榎を引き止める、腕の主だろう。その人がもう片方の手を地脈に翳すと、榎の腕を襲った熱や痛みが引いた。
 同時に火花もおさまり、地脈の動きが安定した。
「地脈の暴走が、止まった……」
 月麿が驚いた様子で、地脈を見つめている。
 奏が唖然としながら、榎の腕を押さえるその人を、「お母さま」と呼んだ。
「奏。そなたには、いつも苦労をかけるな」
 榎は、ゆっくりと振り返った。
 すぐ背後に、真っ白の長い髪を結い上げた、清楚な美貌の女性が立っていた。綴によく似た、視線を向けられると鳥肌が立ちそうな、妙な威圧感があった。
 この人が、綴や奏の母親。
 伝師一族を影で支えてきた、裏の長。
「地脈との接合が切れたから、もしやと思うて様子を見に来たが……。わらわを出し抜いて、よくまあ、好き放題やったものだな」
 長は小さな声で周囲の者達を罵り、息を吐いた。
 呆れた表情もまた、凛として美しい。
「そ、そんな、在り得ん! あの時、確かにお隠れに……。いやしかし、これほどにお年を召されて……」
 長の姿を見た月麿が、急に狼狽しはじめた。腰を抜かし、榎の側に立つ着物姿の女性を、まるで幽霊でも見る目で怯えて見つめる。
「なぜ、あなた様が、この時代におられるのです!?」
 月麿は悲鳴に近い声をあげた。
「紬姫さま……」 
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