四季姫Biography~陰陽師少女転生譚~

幹谷セイ

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第二部 四季姫進化の巻

第二十章 時渡儀式 2

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 二
 一時間後。
 榎達は再び、時渡りの陣の前に集合した。
 各々、覚悟と決意を固めて、迷いのない表情がしっかりと定まっている。
「手筈は全て、こちらで整えてある。其方たちはこの陣より地脈の中に入り、定められた道を辿って行き着く出口まで向かえばよい。その先が、語の向かった地――千年前の平安京だ」
 紬姫が、簡潔に時渡りの方法を説明する。
 付け加えて、月麿によって、時渡りを行った後についての説明もされた。
「語殿が飛んだ時代は、恐らく麿が時渡りを行うより、少し前の頃と推測される。その頃の情勢は、非常に不安定であり、様々な天変地異や暴動が京で起こっておった。それらの原因は全て四季姫たち――伝師一族にあると、誰もが思っておる。悪鬼は鬼閻を封じられた怒りから血眼で四季姫を探しておるし、妖怪たちも、宵月夜と朝月夜を封じてしまった四季姫たちに恨みを募らせ、復讐の機会を伺っておる。従って、四季姫は四面楚歌の状況に置かれ、逃げ回っておる頃じゃ。決して安易に公の場で、四季姫の力を行使してはならぬぞ。下手をすれば、お主たちが前世の四季姫たちに代わって捕らえられ、殺されてしまうかもしれぬ」
 念を押されるとともに、平安時代の世界が急に恐ろしく思え、身震いした。
 少なくとも、時を渡って向かった先では、四季姫は絶対に歓迎される存在ではないわけだ。
「怖いお話どすな……。少しでも怪しまれんように、気をつけんといかんどす」
「目立たんようにせんとな」
「その通りですわ。ですから皆さんには、こちらのお着物を」
 奏は、自宅から持ってきらしい大きなトランクを開き、中から麻で織られた質素な着物を取り出した。奏はこの衣装が、平安時代に平民が着ていた服を再現したものだと説明した。
「文明も風習も、何もかもが違う時代に行くのです。今の格好のままで行けば目立ちますし、必ず無駄なトラブルに巻き込まれます。タイムスリップの話には、ありがちな展開ですわ」
「なるほど! だから最初から、平安時代の人の格好をしておくんだな!」
 納得した榎達は、さっそく屋敷に入って着物に着替えた。分厚めの一枚地の白い麻布に、ちょっとした花柄の模様が刺繍されている。帯をしめて草履を履き、頭には手ぬぐいを巻いておいた。
 足元も素足だし、冬に外を歩くには、少し肌寒い格好だ。風邪を引かないか、少し心配だった。
 でも、昔の人はこんな薄着で厳しい冬を乗り越えていたのだから、多少は我慢しなければならない。
 外に出ると、既に着替えを済ませた柊が、榎の姿を見て嫌味に笑った。
「なかなか、よう似合うとるやないか。村娘B」
「何だよ、村娘Bって、中途半端な。普通に考えて、あたしが村娘Aだろうが」
「何を寝言いうとるんや。うちが村娘Aに決まっとるやろう。Bが不満やったら、Dにしたろか!?」
「ふざけんな! お前に配役を決める権利なんて、ないだろうが! あたしがAなんだ」
「うちがAや!」
「果てしなく、どうでもええどす」
「平安時代に行ってまで喧嘩してたら、本当に怒るわよ?」
 またしつこく言い合っていると、後から出てきた楸と椿に白い目を向けられた。
 揃ったみんなの姿は、なかなか様になっていた。楸の眼鏡はこの際、やむを得ないとしても、一見して榎達が平安時代の人間ではないとは、きっと誰も思わないはずだ。
「相変わらず、支度の手際が良いな、奏」
「このくらいのお力添えしか、できませんもの。たかが他人である、わたくしたちのために、皆さんに命を懸けろと言っているのですよ。なのに、何のお力にもなれないなんて、こんな不甲斐ない話、ありませんわ……」
 要領の良さを紬姫に褒められても、奏の表情は晴れなかった。いつもなら、もっと自信満々にふんぞり返って自画自賛しているのに、今は元気がない。
「奏さんは、他人なんかじゃありません。今までにたくさん、力を貸してくれた恩人だし、友達です」
「奏さんには、何度も命を助けられたわ。だから今度は、椿たちが恩返しをするの」
 榎達が笑いかけると、奏は感極まって涙を流し、何度も何度もお礼をいった。
「大変な目に遭わせるのだからこそ、我らもできる限りの力を尽くさねばならない。陣を維持するため、少しでも力が必要だ、お前にも協力してもらうぞ。泣いている暇はない」
「四季姫たちがこの時間に戻ってくるまで、この陣の制御を必ずやり遂げなければなりませぬ。ほんの僅かな間でしょうが、麿たちも、命を、全神通力を差し出して挑む所存でごじゃる」
 紬姫と月麿に喝を入れられ、奏は涙を拭って、強く頷いた。
「麿、本当に、この時代に残ってもらって、いいのか?」
 榎は、月麿に対して遠慮気味に尋ねた。
「今なら、時渡りをすれば、元暮らしていた時代に帰れる。最初で最後のチャンスになるかもしれないのに」
 今後、儀式を行えたとしても、行き先の時代を固定する方法を、榎たちは知らない。
 この機会を逃せば、二度と平安時代に向けて、時渡りを行えなくなるかもしれない。
「気に病むな。もう、京に未練はないでおじゃる」
 月麿は寂しげに笑い、太い首を左右に揺すった。
「戻ったところで、麿の居場所はどこにもない。紬姫様も、この勝手の分からぬ時代で長き時を生きてこられた。麿も運命を受け入れて、時の流れるままに生きるでおじゃる」
 月麿の決意は、固い。
 平安時代に戻りたかった理由も、紬姫と同じ時代、場所で人生を終えたいという願いがあったからだろう。紬姫が現代にいると分かった今、再び時を渡る理由は、ないのかもしれない。
「京の平穏と我らの未来は、全てお前たちに託す。どうか、伝師一族を救ってくれ。そして、無事に帰って来てくれ」
 力強い言葉に勇気をもらい、榎も大きく頷いた。
「ありがとう。絶対に、戻ってくるよ」
 続いて、陣の側に了海と、消え入りそうになっている了生がやってきた。
「わしらも、陣の維持に協力させていただきます」
「そちらのお若いの、体は大丈夫なのか」
 紬姫は遠慮がちに、了生に目を向ける。了生は顔色も分からないほど透けはじめていたが、声はしっかりとしていた。
「心配ご無用。いくら消えかかっとるからというて、大人しく寝とるなんて、性に合わん」
「了生はん、無理せんといてください」
 柊が泣きそうな顔で、了生に歩み寄る。触れられないと分かっていながらも、手を伸ばして必死で腕を掴もうとする。
 了生も優しく微笑み、透けた手を柊の頬に寄せた。
「同じ言葉、柊さんにお返しします。俺らの命、あなたに託さねばならん現状が、ほんまに情けない。どうか、ご無事で。もし、この命存えたとしても、この先の人生にあなたがおらんかったら、生きとっても死んどっても、何も変わりない」
「心配せんと、待っといてください。必ず、お二人のご先祖さんをお助けしますさかい!」
 了生の言葉を受け、柊は強く、頷いて見せた。
「なーんか、柊と了生さんって、いい感じだよな。大人のカップル的な。あれ、もしかして……?」
 見つめ合う二人を眺めていて、榎はふと、二人の関係に気付いた。
「今頃どすか?」
「えのちゃんって、意外と鈍感よね……」
 榎にとっては、とんでもない大発見だったが、みんな既に知っていたらしく、呆れられた。
 その直後、朝と宵も準備を整えて、屋敷の奥から姿を現した。
「完全に、朝月夜と宵月夜に戻った、って感じだな」
 二人とも、妖怪だった頃に身につけていた、白と黒の着物を纏っていた。かつての戦いを繰り広げた思い出が蘇り、榎は妙に懐かしく感じる。
「昔の着物、一応取っといて良かった」
「この格好も、随分、久しぶりに感じます」
 二人は了海親子に向き直り、深々と頭を下げた。
「爺さま、兄上さま。短い間でしたが、大変お世話になりました」
 礼と別れを告げる二人を見て、椿が何かを言いかけたが、楸が無言で制止した。
 朝と宵にとって、本当の故郷は平安時代だ。時を渡って戻るのならば、そのままその時代に残ろうと、考えているのかもしれない。
 了海親子も薄々感じていたのか、黙って二人の言葉に耳を傾けていた。
「僕たちみたいな、得体の知れない素性の者を、家族同然に扱ってくれた。この感謝は、言葉では伝えきれません」
 震える口を押さえ付けようと、歯を食いしばる朝の頭を、了生が撫でる仕種で包み込んだ。
「堅苦しい挨拶は、いらん。部屋は全部、そのままにしとくから。いつでも、戻ってこい」
 優しい了生の声に、堪えられなくなり、朝と宵の瞳から涙が溢れ出した。
「兄(あん)ちゃん、俺たちが帰ってくるまで、絶対に消えるなよ!」
「できれば、兄上さまからは、もっと多くのことを学びたいです」
「ああ、約束する。ちゃんと待っとくから。お前たちも、必ず、四季姫さまたちを守ってくれ」
 了生に頼まれ、二人は何度も何度も頷いた。
 その様子を見ながら、椿は安堵の表情を浮かべていた。大して、楸の表情には影が過る。
 別れの挨拶を済ませ、揃って祭壇に歩み寄る。合図を送りあった直後、奏と紬姫が急に苦しみだし、膝を折った。
「奏さん、紬姫! 大丈夫ですか!?」
 榎は慌てて駆け寄るが、すぐ手前に来て指しのべた手を止めた。
 了生に引き続き、伝師の二人の体までもが、透けはじめていた。
「消えかかっておるか。どうやら、妾の身も、そろそろ危ういのかもしれぬな」
 千年前の紬姫の身に、危機が迫っている。
「じゃあ、綴さんも……」
 この場所からは見えないが、きっと綴の体も、消えかかっている。
 もたもたしては、いられない。
「急ごう。早く、時を渡ろう!」
 榎の掛け声に併せて、全員が頷いた。
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