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4.変人クラスメイト
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特に悩みさえ持った記憶のない米斗が、他人の悩みについて、真剣に悩む羽目になるとは。
学校に着き、千具良と分かれた後、米斗は自分の席でボケーと考えていた。もちろん、千具良の台詞についてだ。
なぜ千具良は、そんなに平常心に拘るのか。確か米斗に告白してきた理由も、「平常心に惚れた」からだった。さほど気にしてはいなかったが、今となっては、その真意を聞いてみたい気もした。
今朝、話をして分かったが、千具良は言いたいことをはっきり言えない、気の小さい娘だ。相手の反応を先読みして、どう言った返答をすれば相手が満足するか、自分に不満を抱かないか、そればかり考えているから言葉につまり、本音を心の奥に押し込めてしまう。
確かに、相手の気持ちなんて特に深く考えていない米斗とは、正反対だろう。他人の反応なんて知ったこっちゃない生活を送ってきたため、千具良の考えをよく分かってやれない。
「……やっぱり、考えても分からんもんは分からんな」
悩んだところで、答えなんて出ない。そう結論が出ると、無関心な性質が勝って思考回路が停止した。
考えて分からないのなら、やっぱり千具良から話してくれる時を気長に待つしかない。そのためには、やはり平常心を鍛えてやるべきなのだろうか。
だが、平常心なんて、教わって身に付くものでもないと思う。物心付いた頃から物事に深い関心がなかった米斗だから、自分の人並み外れて落ち着いた性格は先天的なものなのだと、ずっと思ってきた。その本能的な行動を人に伝授するなんて、可能なのだろうか?
再び頭を回転させようとしてボケーっとしていると、突然、正面からラリアットをかまされ、米斗は床に椅子ごと倒れた。
「おらぁ、米斗! テメエ、俺を出し抜いて、いつあんな可愛い娘を捉まえたんだコラ!」
米斗の首に食い込む腕の主が飛び掛り、絞め技を食らわしてきた。体の柔らかい米斗は絞め技の流れに乗って柔軟に体を曲げ、ダメージをうまく軽減しているため、見た目ほど苦にはならない。
だが強制的に思考回路を中断させられて、いささか腹が立ち、珍しく不機嫌さを表に出してみた。といっても、傍から見れば、ただの無表情となんら変わりないだろう、そんな些細な表情の変化は、兄の北斗でないと、きっと見抜けない。
「何をするんだ、武藤」
「やかましい、お前が俺より先に彼女を見つけるなんて、ムハンマドが許してもこの俺が許さん!」
米斗のクラスメイト、一般的に友人、と呼べる部類に入る男子生徒、武藤は鼻息も荒く憤っていた。それでも、プロレス好きの武藤は機嫌が良かろうと悪かろうと日常茶飯時に技をかけてくるので、米斗は今さら動揺する気も起こらない。
ついでに一家揃ってイスラム教徒という日本では限りなく珍しい環境で育ったせいか、世の中の出来事に不満があると、やたらと教えを笠に着て屁理屈を飛ばしてくる。
無宗教の米斗にとっては、いい迷惑だ。
「武藤、お前のいいところは牛肉を食べないところだけだな」
「それはヒンドゥー教だ! 俺たちイスラームは豚を食わんのだ。基本的に他の肉も、よほどのことがない限り、食わんがな」
「そうか。別にどっちでもいいけど、生き物は大事にしないとな。イスラム教の豚愛心は俺も見習いたいくらいだ」
「別に豚が好きだから食べないわけではない、汚らわしい動物だから食わんのだ。と言うかお前、イスラム教を馬鹿にしてるだろう」
「いいや、尊敬している。特に断食するところなんかは」
「たいていの宗教はしてるだろう。俺は今確信した、やっぱりお前はイスラム教を馬鹿にしている!」
「奇遇だな。俺も今、自分がイスラム教を馬鹿にしているなと確信し始めたところだ」
「むっかー! ふざけやがってー!」
「まあまあ、そんなに怒るな、武藤」
「あー腹立つ! おい富田、お前からもなんか言え!」
武藤に話を振られ、米斗の左斜め後ろの席で黙々と読書に勤しんでいた、分厚いメガネをかけた男子生徒、富田が本に栞を挟んで畳んだ。
全身、骨と皮。へろへろの、風が吹けば飛んでいってしまいそうな、もやし体型。牛乳瓶の底のような分厚く濁ったメガネが光り、右斜め前の二人を睨み付ける。
「ならば、僕からも言わせてもらおう。落合くん、君にはオカルト研究部の一員としての自覚が足りないのではないかね? たかが女なんぞに貢ぐほどの資金があるのなら、その全額を部費として寄贈したまえ」
「そうだ、そうだ! 俺ん家なんか、不景気でメッカ巡礼に行く旅費もねえってのに!」
友人が二人揃って野次を飛ばしてきた。別に彼女に貢いでいるわけではないが、言っても信用されないので面倒くさい説明は省く。そのまま誤解が続いても困る道理はない。全て時が解決してくれるだろう。
なので、もっと気になった点を口に出してみた。
「富田。オカルト研究部の部員は、お前一人だろう」
「寝言は寝てから言いたまえ、落合くん。君は既にメンバーに盛り込まれているのだよ。武藤くん、君もね」
「俺は、入った覚えはない」
「俺だって、プロレスとムスリム以外に興味はねえ」
「うがー! 何だ貴様ら、超常現象を馬鹿にするのか! 最近続いている群発地震は宇宙人からの宣戦布告なのだぞ、これを解読できるチャンスは今しかない、今せずにいつすると言うのだ。そのためには資金も人手も足りん、貴様らの脳を改造して僕の優秀なしもべにしてくれるわ!」
今度は富田が暴れだした。こうなっては、教室にいる誰にも、止めることはできない。三人はただ静かに、存在を視界から遮断された。
「こら、お前ら! また暴れとるんか。HR始めるぞ、さっさと席に着け!」
チャイムと同時に、担任が入ってきて渇を入れた。四十代盛りの威厳たっぷりな体育教師、黒和が怒鳴った。
数年前、この町を拠点にブイブイいわせていた暴走族を完膚なきまでに叩きのめし、追い出したと言う都市伝説も拍車をかけ、校内で黒和に逆らうものはいない。
黒和にかかれば、こんなアホ生徒三人を鎮めるなんて、赤子の手を捻るよりも容易いだろう。
米斗も武藤も富田も、まるで握り潰される直前のハムスターみたいな複雑な心境で、大人しく着席した。
「よーし。では連絡事項からな。今日の一限目、落合先生の授業だが、急用で遅刻されているので自習だ」
「兄貴が? でも今朝は普通に出勤の準備してたけど」
米斗が疑問を淡々と口に出す。黒和は肩を竦めた。
「さあ、俺も詳しくは知らんが、出勤途中に事件に巻き込まれたとかでな」
「へえ。」
実の兄の身に何が起こったとしても、さほど興味も関心も沸かなかったので、適当に流した。
学校に着き、千具良と分かれた後、米斗は自分の席でボケーと考えていた。もちろん、千具良の台詞についてだ。
なぜ千具良は、そんなに平常心に拘るのか。確か米斗に告白してきた理由も、「平常心に惚れた」からだった。さほど気にしてはいなかったが、今となっては、その真意を聞いてみたい気もした。
今朝、話をして分かったが、千具良は言いたいことをはっきり言えない、気の小さい娘だ。相手の反応を先読みして、どう言った返答をすれば相手が満足するか、自分に不満を抱かないか、そればかり考えているから言葉につまり、本音を心の奥に押し込めてしまう。
確かに、相手の気持ちなんて特に深く考えていない米斗とは、正反対だろう。他人の反応なんて知ったこっちゃない生活を送ってきたため、千具良の考えをよく分かってやれない。
「……やっぱり、考えても分からんもんは分からんな」
悩んだところで、答えなんて出ない。そう結論が出ると、無関心な性質が勝って思考回路が停止した。
考えて分からないのなら、やっぱり千具良から話してくれる時を気長に待つしかない。そのためには、やはり平常心を鍛えてやるべきなのだろうか。
だが、平常心なんて、教わって身に付くものでもないと思う。物心付いた頃から物事に深い関心がなかった米斗だから、自分の人並み外れて落ち着いた性格は先天的なものなのだと、ずっと思ってきた。その本能的な行動を人に伝授するなんて、可能なのだろうか?
再び頭を回転させようとしてボケーっとしていると、突然、正面からラリアットをかまされ、米斗は床に椅子ごと倒れた。
「おらぁ、米斗! テメエ、俺を出し抜いて、いつあんな可愛い娘を捉まえたんだコラ!」
米斗の首に食い込む腕の主が飛び掛り、絞め技を食らわしてきた。体の柔らかい米斗は絞め技の流れに乗って柔軟に体を曲げ、ダメージをうまく軽減しているため、見た目ほど苦にはならない。
だが強制的に思考回路を中断させられて、いささか腹が立ち、珍しく不機嫌さを表に出してみた。といっても、傍から見れば、ただの無表情となんら変わりないだろう、そんな些細な表情の変化は、兄の北斗でないと、きっと見抜けない。
「何をするんだ、武藤」
「やかましい、お前が俺より先に彼女を見つけるなんて、ムハンマドが許してもこの俺が許さん!」
米斗のクラスメイト、一般的に友人、と呼べる部類に入る男子生徒、武藤は鼻息も荒く憤っていた。それでも、プロレス好きの武藤は機嫌が良かろうと悪かろうと日常茶飯時に技をかけてくるので、米斗は今さら動揺する気も起こらない。
ついでに一家揃ってイスラム教徒という日本では限りなく珍しい環境で育ったせいか、世の中の出来事に不満があると、やたらと教えを笠に着て屁理屈を飛ばしてくる。
無宗教の米斗にとっては、いい迷惑だ。
「武藤、お前のいいところは牛肉を食べないところだけだな」
「それはヒンドゥー教だ! 俺たちイスラームは豚を食わんのだ。基本的に他の肉も、よほどのことがない限り、食わんがな」
「そうか。別にどっちでもいいけど、生き物は大事にしないとな。イスラム教の豚愛心は俺も見習いたいくらいだ」
「別に豚が好きだから食べないわけではない、汚らわしい動物だから食わんのだ。と言うかお前、イスラム教を馬鹿にしてるだろう」
「いいや、尊敬している。特に断食するところなんかは」
「たいていの宗教はしてるだろう。俺は今確信した、やっぱりお前はイスラム教を馬鹿にしている!」
「奇遇だな。俺も今、自分がイスラム教を馬鹿にしているなと確信し始めたところだ」
「むっかー! ふざけやがってー!」
「まあまあ、そんなに怒るな、武藤」
「あー腹立つ! おい富田、お前からもなんか言え!」
武藤に話を振られ、米斗の左斜め後ろの席で黙々と読書に勤しんでいた、分厚いメガネをかけた男子生徒、富田が本に栞を挟んで畳んだ。
全身、骨と皮。へろへろの、風が吹けば飛んでいってしまいそうな、もやし体型。牛乳瓶の底のような分厚く濁ったメガネが光り、右斜め前の二人を睨み付ける。
「ならば、僕からも言わせてもらおう。落合くん、君にはオカルト研究部の一員としての自覚が足りないのではないかね? たかが女なんぞに貢ぐほどの資金があるのなら、その全額を部費として寄贈したまえ」
「そうだ、そうだ! 俺ん家なんか、不景気でメッカ巡礼に行く旅費もねえってのに!」
友人が二人揃って野次を飛ばしてきた。別に彼女に貢いでいるわけではないが、言っても信用されないので面倒くさい説明は省く。そのまま誤解が続いても困る道理はない。全て時が解決してくれるだろう。
なので、もっと気になった点を口に出してみた。
「富田。オカルト研究部の部員は、お前一人だろう」
「寝言は寝てから言いたまえ、落合くん。君は既にメンバーに盛り込まれているのだよ。武藤くん、君もね」
「俺は、入った覚えはない」
「俺だって、プロレスとムスリム以外に興味はねえ」
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今度は富田が暴れだした。こうなっては、教室にいる誰にも、止めることはできない。三人はただ静かに、存在を視界から遮断された。
「こら、お前ら! また暴れとるんか。HR始めるぞ、さっさと席に着け!」
チャイムと同時に、担任が入ってきて渇を入れた。四十代盛りの威厳たっぷりな体育教師、黒和が怒鳴った。
数年前、この町を拠点にブイブイいわせていた暴走族を完膚なきまでに叩きのめし、追い出したと言う都市伝説も拍車をかけ、校内で黒和に逆らうものはいない。
黒和にかかれば、こんなアホ生徒三人を鎮めるなんて、赤子の手を捻るよりも容易いだろう。
米斗も武藤も富田も、まるで握り潰される直前のハムスターみたいな複雑な心境で、大人しく着席した。
「よーし。では連絡事項からな。今日の一限目、落合先生の授業だが、急用で遅刻されているので自習だ」
「兄貴が? でも今朝は普通に出勤の準備してたけど」
米斗が疑問を淡々と口に出す。黒和は肩を竦めた。
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