完全犯罪

睡眠不足

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完全犯罪

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 地上15階建てのビルの屋上から見る景色は、何とも退屈なものだった。
 チカチカと目を貫くかの様な都会ネオンが僕を照らし、力を増したビルの隙間風が僕の背中を押す。そんな幻想的な空間は僕にとってはなんの変哲もない、いつも通りの夜、
『殺される!!!助けてくれぇ!!』
 いきなり静寂を破った物騒な声は、ずっと僕の鼓膜の中で響いていた。

『完全犯罪』

 7日前
 僕には殺したい奴がいる。名前は成葉燈なりは あかりという男だ。高校へ入ってからの3年間、ずっと僕にイジメを続けてきた奴だ。なぜどうして僕がいじめられなければいけないのか、そんなことは全くわからない。
 よくいじめられる方が悪いとかいう輩も多いけど、この状況を見ても同じことが言えるだろうか。ただただ相手に自分のストレスをぶつけているだけの行為を。
 そしてもう卒業間際となった今、イジメは更にエスカレートしていった。もう僕はこれ以上、イジメに耐えられない。体も心も痣だらけだ。だから奴を絶対に殺すと誓った、卒業式に…必ず。

 5日前
 僕は退屈で仕方ない半日授業を終わらせ、奴とおさらばする計画を練り上げるためと、少しの気分転換がてらにコンクリートのビルディングが蔓延る謂わば、都会の街へ下見に出た。そこで数分程度歩いていると、
「手が…震えてる…?」
 違和感を感じた僕は立ち止まり、手の方を見やると少し震えていた。
 だが、何でかは分からない。でも僕の手は確かに震えている。そして僕の心臓までも強く脈を打ち始め、呼吸もだんだんと荒くなっていく。
「…これが武者震いか…」
 そんな感覚までも僕は嬉しく思えた。奴とおさらばできる、その希望だけで僕の心は晴れていく。
「手が震えてやがる……体もやる気満々…みたいだな…ケリをつけてやるよ…! 僕が壊れる前に…!」
 震える自分の手を握りしめそう呟いた。
 そして歩き始めた街の中で、僕は様々な方法を頭の中で考える。
 (絞殺はどうかな? んー…いや、力が足りない。)
 (ならナイフとかでヤるのは? 避けられたら終わり。)
 (うーん。毒殺? まずどうやって毒を手に入れるのか。)
 (焼殺? ガソリンを撒いてから火をつける、これは手間がかかりすぎるな)
「どれも難しいな。証拠も残っちゃうし…最悪の場合返り討ちにされる…」
 僕は頭の中で色んなパターンを自問自答で試してみたが何もいいアイディアが思いつかない。そして僕は何かに導かれるように、行ったことのない道へと入ってみることにした。
「へー。ここにつながってるんだ。こんなところに交番あったのかー。……!?!?」
 その瞬間、僕の頭の中で脳細胞が活性化し脳汁が溢れ出す。頭がフル回転、そして完璧に組まれた完全犯罪のシナリオが流れ込んできた。
「こ、これは使えるなぁ…くっ…ふっふははははは!完璧だ!最高の完全犯罪だ!!」
 狂ったような歓喜と快楽が僕の中に込み上げてき、外へと溢れ出した声はビルに木霊する。

 3日前
「計画は整った…後は、この『動画』を餌に使って誘き寄せる…」
 刻一刻とその時はやってくる。それを実感するたびに僕の心臓は活動を速める。身体中に勢いよく血が流れるのを肌で感じられるほどに、そして呼吸が早まり、体温もだんだんと上がっていくのが感じられる。
 「僕ならできる…僕なら…僕なら…」
 そんな自己暗示は僕の勇気をさらに駆り立てる。

 当日。
 卒業式は静かに終わりを告げた。
 静寂に包まれた校内の廊下を、通り抜ける冷たい隙間風が酷く悲しさを増してゆく。
 校庭でみんなは写真を撮ったり、仲の良い者同士で会話をしたりして、高校最後の時間を楽しんでいるようだった。そんな中、校庭にいない一人の生徒がいた。そこにはいない一人の生徒は、教室の隙間風の生む重い空気に紛れ、一人スマホを握りしめニヤッと不気味な笑みを浮かべていた。
 それもそのはず、僕にとって高校の終わりの合図は『計画開始』の合図だからだ。
「さぁ、ゲームスタートだ。」
 誰もいない教室の中で僕は不気味な笑みともにそう呟いた。
 日が暮れるまではまだ時間がある黄昏時、周りのビルディングは紅色に照らされて幻想的な空間を作り上げていた。
 黄昏時に僕は寂れたビルの下にいた。
 古く錆びれた扉をからだ全体を使ってこじ開けようとしても、パラパラと錆が地面に溢れてゆくだけだ。
 バンッバンッバンッバンッ
 力尽くで扉に体当たりをすると扉は開いたが、その拍子に僕はコンクリートへ叩きつけらた。
「ぺっ!!まず!!」
 倒れ込んだ瞬間僕の口の中には異様な味が広がり、不快感を抑えきれない僕は唾を吐いた。倒れた拍子に口の中へと入ってきた錆を、唾と共に吐き出したが、まだ僕の口の中はジャリジャリとし、そして血ような味が口の中を支配する。
「ウザいな…そして幸先が悪い…」
 僕は錆びついた扉を恨みながらビルの中へと入ってゆく。
「案外暗いな…」
 ビルの中へ入った僕はもう転ばないように注意しながら歩く。中はかなり古びており埃が蔓延している。空気は重く、そしてとても臭い。
 奥へ進んでゆくと窓から漏れ出した光がチカチカと輝いており、僕の心は安堵した。
「階段…これを登れば後少しだ…」
 僕はゆっくりと鉄でできた階段に足をかける。
 コツ コツコツ・・・
 一段一段とゆっくり進んでゆく。
 上に行くに連れて僕の心の臓の運動率は上がってゆく。
 コツコツコツ、ドクドクドク、
 僕の足音はこの静寂を纏うビルの中に響く。そして僕の頭の中に響く鼓動が混ざり合い、響きあう。
 そんな些細な音ですら僕の物語のオープニングのように聞こえてくる。
「ここからさらに盛り上がる…楽しみだ…」
 コツコツコツ・・・
 上階へ行くにつれ僕の独り言の量は増えてゆく。
「燈…ずっと僕をいじめ続けやがって…今日で全て終わらせてやる…」
 手すりを強く握りしめながら呟く。
「後少し後少しで…」
 9階を過ぎた頃だろうか少し僕の体には疲労が溜まってゆく。
 足が痺れ、手すりにかける力が強くなる。息も上がり始め、違う意味で鼓動が速くなる。これがワクワクの鼓動なのか、疲労の鼓動なのか僕にはわからない。ただただ鼓動が高まる。
 コツ コツ コツ
 階段を登り始めた頃とは打って変わってコンクリートの閉鎖空間に響く足音は、重くゆっくりとした音に変わってゆく。
 流石に高校生と言えど、階段で15階まで上がるのは重労働だ。そして僕はクソインキャ、運動なんて全くできない。
 コツコツ コツ
 ギ、ギギギギー
「やっとついた…」
 屋上への扉を開いた瞬間に、赤い(紅)光が僕の目に飛び込んでくる。太陽の最期の足掻きかのように力強く光る紅はビルの窓に反射してチカチカと光っている。その景色に感化された僕はそっと呟く、
「天獄だ…」
 僕はこのキラキラと紅色に光る景色は一時的な幻想だと知っている。疲れて霞んでゆく瞳で捉えたからこそ綺麗に輝く景色、普段なら決して気づくことの出来ない天国。天国を知るためには地獄のような努力が必要となる。実際に天国なんて存在するかもわからないところへ逝くために、この地獄(現実)を生きる。僕はこの紅時(くれないどき)の景色を目にした時、改めて実感した。
「ふぅー…後は・・・」
 僕はスマホを取り出し親指がスマホの画面の上で、カッカッカッと音を立てて踊り出す。
 そして最後に爪の音をとても大きく鳴らして送信ボタンを押した。送り先は燈だ。内容はこう
『この動画をばら撒かれたくなかったら幣原町5丁目華迎通り、メッツ・東川ビル跡地まで来い。夕日が落ちるまでに来なければこの動画をばら撒く。ではal revoir』
 文字を打ち終えた僕は薄気味悪い笑みを浮かべる。
「罠にハマってくれれば僕の勝ち、ハマらなくても僕の勝ちっ!」

 5分後、
 ド!ド!ド!ド!ド!
 再び静寂を纏っていたビルの中に激しい足音が響き渡る。
 ドン!
 階段から屋上へと繋がる扉は思いっきり開かれ、そこからは苛立ちをマックスにした燈が現れた。
 その姿、ネクタイが緩んで、ズボンにあちこちに穴のある、とても制服とは思えない服装だった。不良の燈はまたどこかで喧嘩でもしたのだろうかと僕は考えたが、この状態は都合がいい。
「おい!俺を呼び出すとはいい度胸じゃねぇか?!あぁん?」
 彼は血の混じった赤い飛沫を撒き散らしながら僕に怒鳴りかかってくる。
「動画を晒すだぁ?んなしょうもないことやってみろぉ?ぶっ殺してやんよぉ?」
 彼はポケットからぐしゃぐしゃになっているタバコの箱を取り出して、中から一本タバコを取る。タバコを口に咥える前に地面へ、ペッ!っと血の混じった唾を吐く。そして彼はタバコに火をつけて一服し出す。
「君はまだ未成年じゃないのか?」
 もう恐れるもののない僕は燈に反抗する。
「ガタガタさわぐんしゃねぇ!ゴミが!」
 タバコを歯で齧り固定しながら僕に近づいてきて、胸ぐらを掴む。食道と頸動脈が圧迫されとても苦しい。
「おいおい、ここで…そ、そんなことしてもいいのか…よ…ぉ…?このビルのぉ……目…の前は…交番…だ!!」
 胸ぐらを掴んでいる彼の指へ思いっきり噛みつく。それと同時に彼は勢いよく僕を払いのけ、自分の指を手で押さえる。僕は背中からコンクリートに叩きつけられて、少し意識が飛びそうになる。
「痛てて…」
 立ちあがろうとする時、彼の指を見てみると、
 僕が噛んだ彼の指は紫色に滲んだ皮膚と、そこから湧き出る血と付着した涎が混ざってとてもグロテスクな状態になっている。
「貴様…よくもやってくれたな!!」
「まぁ、待てよ。今言った通り、目の前はっ、交番だ。ここで騒ぎを起こすつもりか?大学の推薦なくなるぞ?医大だっけ?不良の割に頭いいんだな。だからこの一個の動画のためにここまで来たのか?」
 俺は制服を直しながら、少し嫌味そうにいう。
 実際彼の親は医者で、そのストレスのせいで不良になったり、それでも晴れないストレスを僕へぶつけ続けてきたわけだ。
「ざまーないね…」
 彼に聞こえないほど小さな声で呟いた。
「チッ……」
 彼は図星を突かれた様で分かりやすく舌打ちをする。
「あれ。いつの間にか日が落ちてるね?」
 僕はそっと空を見上げると、紅色だった空はいつの間にか闇に包まれていた。
「でぇ!本題はなんなんだよ!!?」
 彼は痺れを切らしたのか大声で僕に怒鳴る。
「そろそろ時間もいい頃だ。」
 僕は彼の方を向き直してそう言う。
「さぁ!僕の完全犯罪の極相(クライマックス)と行こうか!」
 僕は『狂気』に狂った声でそう叫び、ビルの端の方へ歩いてゆく。
「何をするんだぁ?俺を殺すのか?やってみろよっ!!?」
 彼も『狂気』に狂ったような笑い声をビルに響かせる。
「じゃっ、物語に終止符(ピリオド)を加えようか。」
 僕は安全のためにつけられている古びた柵を飛び越え、後数十センチで落ちてしまいそうなところへバランスを取り立つ。
 地上15階建てビルの屋上から見る景色は、何とも退屈なものだった。
 チカチカと目を貫くかの様な都会ネオンが僕を照らし、力を増したビルの隙間風が僕の背中を押す。そんな幻想的な空間は僕にとってはなんの変哲もない、いつも通りの夜、一人の男が……いや、僕は
『殺される!!!助けてくれぇ!!』
 と叫びなら飛び降りた僕の顔は不気味な笑みを浮かべて笑っていた。
 (これで僕の勝ちだ!あいつは僕を殺した犯人となり捕まる!これこそ完全な犯罪、完全犯罪だ!!)
 まだ『狂気』に狂った声がビルに木霊している頃、地上では大きな鈍い音が響いたと思ったら、僕の声を掻き消すかのような悲鳴が響き渡っていた。サイレンの鳴り響くコンクリートの上で、暖かい『赤』に包まれながら僕の完全犯罪は完了し、『天獄』への階段に足をかけた。
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