供養のためのショートショート群

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「貴方が一文字書く間に、私は十文字書きますよ」と言われた話

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鳥肌が立つそれは、一文で十分だ。
いやむしろ、一文でなければならない。
言葉に打ち震え文字の裏を匂う。
脳ミソの真ん中から喉の奥に垂れてきて、舌の上で転がる、溶ける。
そして耳を抜ける。
長くてはいけない。
くどい。
ただ短くてもいけない。
足りない。
単語同士の関係、繋がりが、決して無駄なく、美しくすらある構成。
余分なものは一文字すら許されない。
例えるなら、視界を濁らすものが一つとして存在しない澄み切った湖。
そんな美しい一文。
僕は、それが書きたい。

「進捗どうですか」
彼女は僕の部屋に入るなりスタスタとこちらへ近付いてくると、開口一番そう言うのだった。
それはあまりにも、単刀直入がすぎるだろう。
担当さんだけに?
ごめんなさい今は耳がチクワなので右から話しかけられても左側に抜けます。
「水本さん、進捗は、どうですか」
低音ボイスが耳に染みるぜ、担当さんよ。
頭の上から降り注ぐ声に、威圧感を感じざるを得ない。
耳がカマボコでどちらから話しかけられても脳に届かないめぅごめんなさい。
「進捗はどうだって聞いてんだ!!」
「ひぃ…」
まるでヤクザだ。
まぁ、それが彼女、担当さんこと僕の担当編集者さんのお仕事なのだから仕方がないのだろう。

僕はしがないしがない、一端の物書きだ。
紙と筆のみで金を稼ぐナイスガイ、アウトロー。
僕はパソコン使うけども。
俗に言う作家、というやつだ。
だか、ここのところどうにも筆が進まない。
パソコンだけれども。
描きたい世界が不明瞭で、モヤモヤで、故に文字化出来ず。
かつては口からダダ漏れていたアイディアも、てんで枯れてしまっていて。
「進捗は?」と聞かれましても、うんともすんとも行かんのですよ。
担当さんがいくら恫喝しようとも、僕の指先からは一文節たりとも出ては来ないのです。
「ですので、是非ともこのヘッドロックを解除していただきたイタタタ」
「物語を作れない作家なんぞ火のつかないライターと同じです。世界が不明瞭ならば一度壊して再構築しましょう。さあ頭を開けてください」
頭を固定している腕の力が強まる。
「まままままっちくり、火がつかないのはガス欠だけが原因じゃない!かもしれない!」
「と、言うと?」
「安いライターはよくガスが詰まるんだ!寒いとガスは気化しにくいし、風が強くても火はつかない!」
「だからなんだ!お前の仕事は火をつけることじゃないだろうが!!」
腕の力がさらに強まる。
あぁ、いよいよ頭蓋骨がきしみ始めたぞ。
「いいや!僕の仕事は火をつけることだ!僕の作る世界が見た人の心を燃やすんだー!」
もう、自分でも何を言っているのかわからない。
売り言葉に買い言葉、とはこのことだ。
ようやく担当さんがヘッドロックを解除してくれる。
死にかけた…。
「はっ!そんな醜態晒して良くもまぁヌケヌケと言えますね。事実はどうあれ編集部があなたを”ガス欠だ”と判断すれば、連載は打ち切りあなたは無職です」
ぐぅのねも出ません。
「なんで書けないんですか。体調でも優れませんか」
「いやぁ、僕にもわからないんだそれが。謎のプレッシャーが僕を追い詰める、」
「謎ではなく納期では?」
「あぁいや、違うんだ…なんと言うか…。これまで書いてきた物語達が、今思いついた一文よりも優秀で、それをきっと読者は許してくれない。沢山紡いできた文字達が、それよりも美しい表現を求めて世界をかき乱す…」
「はぁ…。このメンヘラ野郎が。あなたの書く世界は面白いです、私が読者を代表して言います。もっと自信を持ってください」
「物語を書かない人間はいつもそう言う」
「めんどくせぇな」
さっきから女性が使っていい言葉遣いではない。
「私も物書きとして作品を作っていた時代はあります」
「え!担当さん小説書いてたの!?」
「昔の話です。それに、小説と言える様なものではありませんでした。趣味で書いてサイトに投稿していた程度です」
「へぇ、意外だ」
「あなたの十倍は早く書いていました。あなたの一文が私の十文です」
「…」
そりゃ僕ちん元々書くの遅いですけども…。
そんなにハッキリと…。
「それを考慮した上で、あなたの作品はすごいと言っているのです」
「…、え?」
「あなたの書く一文は私の書く十文の百倍濃いです。世界は壮大、細部は繊細、描写と演出。どれをとっても美しい。だから読者は待つんです、あなたがどれほど休載しようと、あなたの世界をまた見たくて」
担当さんはスっと後ろを向くと、スタスタと部屋を出ていこうとする。
「ま、待って、」
「私も」
「、うん」
「読者です。続きを待っています。さっさと書いてください」
そう言うと、担当さんは部屋を出ていった。

「あぁ、なんか、火がついたな」
どうやらライターは担当さんの方だったらしい。
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