筋力と魔力を-9999にされ、魔法が使えないし、箸すらまともに持てなくなったけど、俺は元気です。

Joshua

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第1層 待ちに待った朝

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数千年前、人々は本物の空の下で神の祝福を受け、平穏の中で暮らしていた。
しかしある時、夜空に浮かび人類を見守っていた月が砕け、厄災となって炎を纏い、地上に降り注いだ。
血と火炎で大地は深紅に染まり、ほとんどの生命が爛れた。
生き残った僅かな人類は、一縷の望みをかけて“神塔”を上ることを決意する。
青々と命の満ちた大地を取り戻したい……。その願いを携えて、いつ終わるかもわからない塔を上り続ける。
その頂上に、万物の願いを叶える神がいる信じて。




 「……お坊ちゃま……エルお坊ちゃま」

優しい声に、夢から現へと引き戻された俺は、寝起きのぼやけた視界をこすりながら、ベッド横から聞こえた声の方向へ、顔を倒す。
そこには我が家のメイドである老婆の、柔らかな笑顔があった。
二度寝に引き込もうとする睡魔と戦いながら、俺は上体を無理やり起こす。

「あ……あぁ……ばあちゃんおはよう」

 いつもと変わらない朝の情景。
 俺の挨拶に、ばあちゃんは嬉しそうに目尻に一層シワを寄せる。
 そして白髪を後ろでまとめたお団子ヘアーを、見せつけるように、元々曲がっている腰をさらに曲げてお辞儀をする。

「おはようございますエルお坊ちゃま。朝食の用意はできておりますので、いつでもお召し上がりくださいね。今日は大切な日ですから、このお婆、腕によりをかけて作らせていただきした。」

 そう言うと、老婆は頼りない力こぶを作り、軽くはたいて見せた。
 そのしぐさを見て俺は思わず苦笑いを浮かべる。

「そんなか弱い力こぶじゃ、今日の朝食に不安がよぎっちまうよ。けどありがとな、ばあちゃん」

 俺の感謝を受け、満足そうに、えぇえぇ、と頷く。

「それでは私は、フユリちゃまも起こさなくてはなりませんので、これで失礼しますね」

 その言葉に、適当にハイハイと返事をする。そんな俺にペコりとか軽く会釈をし、ゆっくりと部屋を後にする。
 俺はその小さな背中を見送り終わると、俺は立ち上がり、歩きながら凝り固まった筋肉を伸ばす。
 そして閉まりきったカーテンを勢いよく開けた。
 ガラス窓の向こうに、広大な景色が眼下に広がる。
 どこまでも続きそうな、新緑の草原。
 なだらかに下る草原を、唐突に区切るように現れる窪地には、巨大な都市が佇んでいる。
 更にその奥には、この世界を囲むための果てしなく高い壁あった。
 この世界に空は無く、代わりに空色の岩壁が天井を蓋し、その中央には、動かない光玉が埋め込まれている。
 その動くことを知らない偽物の太陽は、俺たちの世界に、暖かさも愛もない、ただ事務的に光を注いでいた。
 400階層 第4学術都市。この歪んだ正十二面体の箱庭が俺の故郷。
 そして今日、俺はここを旅立つ。




 人は両親から受け継いだスキルを、1つ持って生まれる。例外もあるが、俺たちの御先祖様は、そのスキルを駆使してえっちらおっちら、この塔を登ってきた。
 ただここまでの道のりも、当たり前だが簡単ではない。過去何度も結果が出ない低迷期があった。
 そしてその度に天才が、その停滞を切り開き、今に至る。
 そしてその今、その天才と呼ばれているのが、武神と呼ばれる父と、魔神と呼ばれる母。俺の両親だ。
 その2人の能力は人類史上類を見ない、ステータスの限界値を超えて成長し続けるというものだった。しかも成長ボーナスのおまけ付きだ。
 んでもって、その怪物2人が愛し合って生まれたのがこの俺様、フォルツェ・エルドレって訳だ。
 両親の能力のどちらかを引き継げば御の字だったのだが、俺は両方引き継いだ。
 見慣れた400階層を見ながら惚けていると、腹の虫が朝食をねだって騒ぎ出した。
 どれだけ強いスキルを持っていても、空腹には勝てない今日この頃。
 仕方なく食卓に向かうことを決心した俺は、スリッパに足を通すと、欠伸を噛み殺しながら自室を後にする。
 部屋を出てすぐに、左右に伸びる無駄に長い廊下が俺
を出迎える。
 腹が減っている時には堪える食卓への長い道のりも、待ちに待った今日を迎えたと思うだけで、嫌味の代わりに鼻歌がこぼれ出す。
 廊下に敷かれた赤い絨毯の、柔らかな踏み心地をスリッパ越しに感じながら、俺はこれまでの人生を振り帰っていた。
 思えばこの18年……このクソ長い廊下に並に長かった。
 途方もない才能に恵まれた俺は、齢14歳で筋力、魔力をカンストである9999まで育て上げた。
 凡人共が一生かけて到達する領域に、あっという間に到達した俺。
 もうこの時点で、冒険者として、この塔の攻略に参加したかったが、許されなかった。
 18歳になったら行う、神器授与の儀式を終えなければ、冒険者になれないからだ。
 そして今日、晴れて神器授与を受けることの出来る日となったのだ。
 やっと攻略に参加出来る!
 己の力を存分にぶつけることが出来る!
 胸に湧き上がる高揚をそのままに、スキップと鼻歌を織り交ぜながら、食卓へ向かう。
 廊下を進み、階段を降り、1階には着いて少し歩くた目的地だ。
 扉を開けて入る。長方形の細長い机に真っ白なテーブルクロスがかけられている。
 その両端には、これでもかってくらいの豪勢な食事が並べられてきた。
 俺はいつもの席を目指し、腰を下ろすと手を合わせる。

「いただきます!」

 その挨拶を皮切りに、目の前のローストチンにかぶりついた。
 沢山のパンに、ローストチン、真っ赤に茹で上がったロブスターに、スープに……とこんな調子で俺の目の前には7皿程のご馳走が並んでいる。
 一般的な朝食とは、かけ離れた量だと、多くの人が思うだろうが、父親譲りの巨大な体を引き継いだ俺には丁度いい量だった。
 しばらく1人で食事を楽しんでいた俺だが、木製の扉がだるそうに開く音が聞こえ、そちらに視線を向ける。
 そこから現れたのは、俺の妹であるフユリだった。
 寝癖で乱れたショートの黒髪に、上下ジャージの服装。
 そして右手には、人間の頭の数倍はあるような重しが両端についたダンベルを握っていた。

「おはよう、フユリ」

「……」

  俺の挨拶に反応して、こちらにチラリと顔を向けるが、眠気の混じった無愛想な表情が一層無愛想になるだけで、挨拶は帰ってこなかった。
 俺と対面する椅子に腰を下ろすと、ボソリと、いただきます、とだけ言う妹。
 目尻に涙を浮かべる俺を他所に、フユリはダンベルカールをしながら朝飯をチマチマと食べ始める。
 武神の血を引いたフユリは、日常のほとんどを筋トレをして過ごすことで、筋力の向上に努めている、が。
 さすがに食事中まで筋トレするのはいただけない。

「フ……フユリ? 食事中に筋トレは、お兄ちゃん良くないと思うぞ」

 その言葉に、舌打ちしながらこちらを見るフユリ。

「クソアニキのお節介マジでウザイ。てか前に、二度と話しかけるなって言ったよね。記憶力無いね、海馬腐ってんのか?バカ、アホ、筋肉ダルマ……あと口が臭い」

「……」

 暴言のとめどないラッシュに、俺の涙腺というダムは崩壊した。
 こんなに悲しい家族団欒があるだろうか。
 いつもならばあちゃんの孫娘のピテアが、間をとり持ってくれるのだが……そういえば今日は見かけていないな。
 涙を拭いながらそんなことを考えていると、再び扉が開き、ばあちゃんがニコニコ顔を覗かせる。

「エルお坊ちゃま、荷物まとめ終わりましたので、玄関置いておきますね」

「あ……あぁ、ありがとうばあちゃん」

 妹からの言葉のボディーブローを受けていた俺は、声を震わせながら感謝を述べていると、ふとさっきよぎった疑問が頭の中に蘇る。

「そいういえば……ばあちゃん、ピテア今日見ねぇけど、どこかに出かけているのか?」

「ピテアなら、一足先に中央都市に向かいましたよ。あの子も今年で坊っちゃまと同じ18ですからねぇ。きっと神器授与の会場で会えますよ」
 
 そういえばそうだった。あいつも俺と同い年だったなぁ。第400層の端の端に建てられた我が家は、神器授与を行う中央都市から離れに離れている。
 馬車使っても数時間かかるのだから、早めに家を出るのは当然か……。
 神器授与は午前10時から開会のはずだから、俺も早めに出た方が良さそうだなぁ。
 口にロブスターの身を詰め込み、モグモグと食べていると、ふと思った。
 今何時だ?
 冷たい汗が背筋を伝う。今すぐに確認するべきなのに、本能がそれを制止する。
 それを振り切り、動揺を押し潰しながら、ばあちゃんに聞く。

「ば……ばあちゃん、今って何時?」

 ばあちゃんは、ニコニコとした表情を一切崩さずに答えた。

「今ですかぁ……今は9時45分ですよ?」

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