ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ

文字の大きさ
89 / 285
五章 白の神官の輪廻

89. あり得た筈の、世界の滅亡

しおりを挟む
 一人の男が泣いていた。
 愛した女を亡くして、泣いていた。

 彼は同胞の魔力器官を、命を、次々と丁寧に奪って行く。

 最愛の女のいない世界を、滅ぼすために。
 彼にとって唯一の女と、決して、決して、永遠に結ばれることのない世界を、滅ぼすために。

 四人の同胞の死屍の上で。正しい葬送を行わなければ、決して朽ちることのない、その死屍の上で。

 抵抗する最後の一人を、組み敷いた。

 それの弱点は知っている。よく知っている。

「月のなくなった暗闇の世界で、お前は独り、何処へ向かう?」

 エデンの冷えた囁き。

 それは目を見開き、そして一瞬男を憐れむように、瞳を揺らし。
 抵抗するのを、やめた――

 彼は最後の一人の心臓を、引き抜いた。
 その魔力器官も奪い、己の権能すら凌駕する、破滅の黒竜を呼び覚ます。

「くはっ、んはははは」

 彼は黒竜と同化し、人々を、思い出を、世界を、己を。
 何もかも。
 ただただ全てを破壊する存在に、成り果てた。


 ――――やめて!

 マグダリーナはこの凄惨な夢から早く逃げ出したかった。
 なんとか身体を動かして、起きなければ!

 ――――やめて! やめて! やめて! やめて!

 お願い、世界を滅ぼさないで!

 ――――エデン!!!

 強い意志の力で、なんとか起き上がる。
 ベッドの横に、精霊エルフェーラが佇んでいた。
 悲しげに、何処か遠くを見つめ、涙を流していた。

(貴女が見せた夢なの? エルフェーラ様)

『恐ろしい思いをさせてごめんなさいね。でも貴方達には知っておいて欲しかった。神の謀り事。女神の子スーリヤが、お腹の子と共に死んでいた場合の世界を。エステラはただ、ニレルに世界を諦めさせない……エデンに最後まで抵抗して勝利する為の、楔。ただの、生きる理由だったの。それだけだったのに』

 エルフェーラは、はらはらと涙を流した。

『それなのに、しっかりエデンの心まで変えて、訪れる筈の終末を完全回避し、創世の女神の存在を人々に甦らせ、さらにあんな……あんな美味しいものまで……っ』

 ――嬉し涙だった。

『もちろんエステラ一人ではなくて、貴方達の存在、働きもあってこそ。だから、何があっても忘れないで。本当に運命を紡いでいるのは、今生きている人々だと。わたくしも創世の女神も、いつでも貴方達を見守っていますよ』

 そこでマグダリーナは、もう一人の女神の子のことを思い出して、消えゆくエルフェーラに手を伸ばした。

 バリバリと膜のようなものを破ったような感触がして、朝日を浴びる。

 女神に会っていたのも夢で、今本当に目が覚めたのだ。



◇◇◇



 昨夜は遅くまで焼肉パーティーだっため、朝練はなしにして、皆ゆっくりとした朝を過ごした。

 ブレアとフェリックス、ルシンの三人の健康状態を見るために、イラナが朝からショウネシー邸にいる。

 長い年月、少量ずつ毒を飲まされていたブレアには、サトウマンドラゴラ茶が効くようで、一日三杯、朝昼晩と妖精蜂の蜂蜜を入れて飲むよう処方された。

 ハンフリーがそれらを用意すると、ブレアは貴重な妖精蜂の蜂蜜がすぐに出てきた事に驚いていた。

 フェリックスはしっかり食べてしっかり休めば問題ないと診断され、ハンフリーと一緒に規則正しい生活をすることを処方された。

 ルシンも同様で、古傷や失われた精石に関しては、エステラの管轄とされた。

 とにかくフェリックスもルシンも痩せすぎで、肌も髪もパサつき、エルフの血筋の美貌が正しく発揮されていなかった。
 一先ずマーシャとメルシャに髪を整えてもらう。

「お二人とも、かなり傷んでますので、ばっさり切ってしまいますわね」
「お二人のお顔立ちでしたら、長くしても映えるのに残念ね」

「仕方ないわ。これからしっかり栄養を取って綺麗な髪を生やして貰いましょう」
「特にフェリックス様はハンフリー様の従者になるんでしたら、身だしなみはしっかりなさらないと」

「そ……そうなのか?」
「「そうですよー」」

 双子のメイドは口も回るが、手も早い。サクサクと髪を切っていく。


◇◇◇



 フェリックスとルシンの散髪中、マグダリーナをはじめ、サロンに集まった面々の何人かがチラチラとエデンを見て、何か言いかけて視線を逸らす。

 マグダリーナはその空気で、あの夢を見たのは自分だけじゃ無いと感じた。


「ナニかなキミ達、俺に見惚れるのは仕方ないが、惚れるのはダメだぞ。んはははは」

 マグダリーナが恐る恐るたずねる。

「エデンはもう、世界を壊そうとは思わないの?」
「んん~?」

 エステラが情報源は自分だよと手を振るのを見て、エデンは納得した顔をする。

「思わないね。いつか生まれ変わるディオンヌと出会う世界だ。大事にするさ」
「そっか、そうよね……」

 マグダリーナはほっとして、身体の力を抜いた。


「この際だから、私も聞いても良いかしら?」
 レベッカが手を挙げた。

「ナニかな?」

「創世の女神様は、はじめに精霊からハイエルフをお作りになったのよね? それは人や獣みたいに番って産まれるのとは違いますわよね? 小精霊みたいに、ふわっと現れましたの? だとすると、赤ちゃんの期間はなくて成人として? エルフェーラ様はどうやってお生まれになったの?」

「ナカナカ楽しい質問だ。そして鋭い。レベッカの想像通り、一番はじめのハイエルフは幼少期のない成人の状態で、世界に現れた。そういえば最近、エステラにクッキー作りを習ってたか。アレを想像すれば良い。ボウルに材料を入れて作った生地を幾つかに分けて成型する。少しずつ材料の配合が違うボウルが、確か創世時には他に八つあった。一つのボウルの中の生地は三つ分、三人兄妹だ。同じ生地でも形を変えれば、個性ができる。女神も初めての作業だ。仕上げの焼きは、丁寧にまず一つずつ。一番初めのボウルで一番初めに焼かれたクッキーがこの俺だ、んはは。そしてエルフェーラはその次に焼かれたクッキーだ」

「待って、それじゃあエデンさんはエルフェーラ様のお兄様?!」
「んははは! 残念だが違う。俺は一人分の材料で、まず試しに作られたクッキー第一号だからな」

「そうなんですの……あらでも三人兄妹って……エルフェーラ様の妹がディオンヌさんで……ということは、もう一人どなたかいらっしゃるの?」

 レベッカのその疑問には、ニレルが答えた。

「叔母上には双子の兄がいて、ルシンという名だったよ」
「では、ルシンお兄様の名はそこから?」
 エステラは頷いた。

 マグダリーナも、ちょっと気になって聞いてみる。

「そういえばニレルはエルフェーラ様の事を、お母様とか母上とかって言わないの?」

 珍しくニレルの耳がぴこりと動いた。

「云わないよ。僕の母だった時間より、世界中で女神として信仰されてきた時間の方が長い存在なんだ……今更」
「どんな顔して良いかわからないのよね」

 エステラがニレルの頬をつつきながらそう言って笑った。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました

akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」 帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。 謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。 しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。 勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!? 転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。 ※9月16日  タイトル変更致しました。 前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。 仲間を強くして無双していく話です。 『小説家になろう』様でも公開しています。

小さな貴族は色々最強!?

谷 優
ファンタジー
神様の手違いによって、別の世界の人間として生まれた清水 尊。 本来存在しない世界の異物を排除しようと見えざる者の手が働き、不運にも9歳という若さで息を引き取った。 神様はお詫びとして、記憶を持ったままの転生、そして加護を授けることを約束した。 その結果、異世界の貴族、侯爵家ウィリアム・ヴェスターとして生まれ変ることに。 転生先は優しい両親と、ちょっぴり愛の強い兄のいるとっても幸せな家庭であった。 魔法属性検査の日、ウィリアムは自分の属性に驚愕して__。 ウィリアムは、もふもふな友達と共に神様から貰った加護で皆を癒していく。

世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。 神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。 『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』 平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。

異世界は流されるままに

椎井瑛弥
ファンタジー
 貴族の三男として生まれたレイは、成人を迎えた当日に意識を失い、目が覚めてみると剣と魔法のファンタジーの世界に生まれ変わっていたことに気づきます。ベタです。  日本で堅実な人生を送っていた彼は、無理をせずに一歩ずつ着実に歩みを進むつもりでしたが、なぜか思ってもみなかった方向に進むことばかり。ベタです。  しっかりと自分を持っているにも関わらず、なぜか思うようにならないレイの冒険譚、ここに開幕。  これを書いている人は縦書き派ですので、縦書きで読むことを推奨します。

間違い転生!!〜神様の加護をたくさん貰っても それでものんびり自由に生きたい〜

舞桜
ファンタジー
「初めまして!私の名前は 沙樹崎 咲子 35歳 自営業 独身です‼︎よろしくお願いします‼︎」  突然 神様の手違いにより死亡扱いになってしまったオタクアラサー女子、 手違いのお詫びにと色々な加護とチートスキルを貰って異世界に転生することに、 だが転生した先でまたもや神様の手違いが‼︎  神々から貰った加護とスキルで“転生チート無双“  瞳は希少なオッドアイで顔は超絶美人、でも性格は・・・  転生したオタクアラサー女子は意外と物知りで有能?  だが、死亡する原因には不可解な点が…  数々の事件が巻き起こる中、神様に貰った加護と前世での知識で乗り越えて、 神々と家族からの溺愛され前世での心の傷を癒していくハートフルなストーリー?  様々な思惑と神様達のやらかしで異世界ライフを楽しく過ごす主人公、 目指すは“のんびり自由な冒険者ライフ‼︎“  そんな主人公は無自覚に色々やらかすお茶目さん♪ *神様達は間違いをちょいちょいやらかします。これから咲子はどうなるのか?のんびりできるといいね!(希望的観測っw) *投稿周期は基本的には不定期です、3日に1度を目安にやりたいと思いますので生暖かく見守って下さい *この作品は“小説家になろう“にも掲載しています

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

処理中です...