ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ

文字の大きさ
198 / 285
十章 マグダリーナとエリック

198. 婚約破棄騒動

しおりを挟む
 大体の方向性が見えてきたので、王弟殿下のことはエステラとヴァイオレット氏に任せて、マグダリーナは直近の行事……学園の舞踏会の準備に取り掛かることにする。

 パートナー問題に関しては、マグダリーナとヴェリタス、レベッカとライアンで完全に身内でなんとかできるので問題ない。
 それでも、数少ない手持ちのドレスの中から、どれを選ぶか悩むのだ。

 エリック王子から頂いた布地で、ヴァイオレット氏にオーダーしているドレスは本番の社交用……エリック王子の成人の祝いの舞踏会のための物なので、学園の舞踏会用にはわざわざ仕立てない。

 平民のチュニック一枚が六万から七万エルする世界なのだ。

 特に女性のドレスはすごく高価……いいや、ものっすごく高価。
 マグダリーナとレベッカはこれからの成長に期待したい年齢なので、マゴー制作班に今までのドレスのサイズ直しとリフォームをしてもらう気でいた。
 もちろんライアンも。

 ナード達のかっぱらい品にあった上質の麻布は、男性用のチュニックとズボン、女性用のワンピースに仕立てられ、領民達に配られた。皆もったいなくて、新年に着ると言っていたらしい。それまでに腕に覚えのある女性達は、そこにつける刺繍などの手仕事を請け負って小金を稼いでいた。

 本来なら、こういう物価の高い物を消費して経済を回すのが貴族の役目だが、ショウネシー家はまだまだ財が少ないと言って良い。決闘騒ぎで得た五億エルの慰謝料も、貴族として普通に生活していたら、容易く消費できてしまうことが想像できてしまう。マグダリーナには、怖くて思い切った贅沢はできなかった。

 全てはこの世界の物価が高すぎるせいだ。

 多少の道具は使用しているとは言え、原材料から加工まで手作りの上に、商人が仕入れる為の費用と利益が乗せられ販売される。
 それは場合によっては仕入れ原価の何倍にもなったりするのだ。魔物も賊も出る商団の旅程は、命懸けでもある。

 マグダリーナとレベッカは、おしゃべりしながら、ドレスを真剣に眺める。
「こっちはお茶会用だったかしら? 色は好きなんだけど……」

 マグダリーナの呟きを拾って、マーシャが他のドレスを持ってきた。
「そちらはお茶会用ですわ。舞踏会用はこちらとこちらになります」
「何が違うのかわからないわ……」

 途方に暮れるマグダリーナに、マーシャが教えてくれる。
「スカートの膨らみ具合が違うんですよ。お茶会や晩餐用は座っていることの方が多いので、芯材などは入れずにペチコートを重ねるだけですけど、舞踏会では踊った時に綺麗に見えるよう、皺にならないよう、魔獣のヒゲを芯材にして、形を整えているのですわ」

「ぱっと見わからないものなのね」
「それは制作者の腕が良いからですわ」

 マーシャはそう言ってぱぱっとマグダリーナにドレスを当てると、ベースにするドレスの候補を決めてくれた。
 元々の手持ちが少ないので、ドレスの用途が分かれば、悩むほどのことではなかったのだ。マグダリーナは、己の勉強不足を反省した。いまこの一時は。



◇◇◇



 学園の生徒達ももちろん、舞踏会に向けてそわそわしていた。
 主にパートナー選びについてだ。

 婚約者がいるものは、その相手をパートナーにするのが通例。だが中等部で婚約者が決まってる者は多くない。

「マグダリーナ嬢は舞踏会のパートナーはもう決まっているの?」
 クラスメイトの男子が声を掛けてきた。周囲が耳をそば立てている気配がする。

「ええ、従兄弟のアスティン子爵にパートナーをしてもらいます」

 領地経営科は男子が多いし、事情通も多い。この答えは予想の範囲内だろう。
 彼らには別の目的がある事を、マグダリーナは熟知していた。

「それじゃあ妹さんは?」

 そうら、来た。
 マグダリーナはにっこり笑って、背の高い赤毛の少年を手で示す。

「いやいやいや、あいつモテるんだ。今朝からずっと、女子からの申し込みを断ってるんだぜ。妹さんのパートナーは僕がするから、あいつに他のパートナー選ぶよう説得してくれない?」

「まあ、気づかなかった……ライアン兄さんそんなに?」

 いや、本当に実際そんな場面は見ていない。
 本当だとするとどこでそんなドラマが展開しているのか、確認しないといけない。

「とりあえず、レベッカと相談はしてみるわ」

 男子生徒は喜んだが、タマが容赦なく言った。
「相談するのはお前のことじゃないのー。ランのモテ現場を見学することなのー」

「すみません、うちのスライムが失礼を……というわけで、目撃場所を教えていただけませんか?」
「交換条件は?」

 領地経営科や文官科はこういうところがある。情報もタダでは教えない商人気質だ。将来交渉事も仕事になってくるし、それは別にいい。

 問題はマグダリーナが何を提示できるかだ。

 彼はレベッカを舞踏会のパートナーにしたいのかも知れないけど、可愛い妹を交渉事に使うわけにいかない……家政科の誰かを紹介するか……

 マグダリーナが高速で考えていたとき、またしてもタマが。

「そんなこと言ってるから、モテないのー」
「タマ! すみません本当に」

「タマ嘘言ってないよ! 女の子に交換条件だす男の子最低だもん」
「これは商人同士の情報交換みたいなことだから、別にいいのよ」

「知らないもん。周囲のニンゲンそこまで分かんないもん。最低の男の子だとしか見えないのー」

「なるほど、確かに一理ある……」

 男子生徒は妙に納得して、タマの言葉に価値があったと、ライアンモテ現場発生地点を教えてくれた。

 マグダリーナは早速、腕輪の魔導具で周囲に音が漏れない魔法をかけて、レベッカに通信を送る。

『リーナお姉様どうしましたの?』
「クラスメイトから、ライアン兄さんがモテモテで女子からのパートナーの申し込みを断りまくってるって聞いたの」
『女子から!? 普通女子から誘いに行きませんのよ? どういうことですの?  あ!』
「何か心あたりあったの?」

『その……家政科のお姉様方や婚約者のいた方で、婚約破棄された方が複数人いらっしゃるようで……』
 レベッカにしては、歯切れの悪い喋り方だ。

「それで?」
 魔法通信越しに、レベッカのため息が聞こえた。
『私に不適切な態度をとっていたことが、婚約者側の家にバレて破談になったそうですの……それで、何人かの方に婚約破棄を取り消すよう執りなして欲しいと言われまして……』

 それは。
 どんだけ面の皮が厚いんだか……

「それはレベッカに何の関係も責任もないことだわ……もし、しつこくされたら家同士の問題なのだから、お父様を通すように言ってあしらっておくのよ」
『わかりましたわ。リーナお姉様もライアンお兄様を見に行く時は、必ず私にも声をかけて下さいね!』
「ええ、もちろんよ」

 魔法を解除して、マグダリーナはタマに向き合った。
「そういえばタマちゃんって、スライムの割には、人の恋愛について興味深々なのね」

 ここ最近観察して思ったのだが、実際よく見ていて、今すれ違った子はあの男の子が好きーとか言っている。
 そしてまるで答え合わせのように、タマが看破した相手の鑑定にも、そんな個人情報が追加される。

「タマねー、人がお家だったし、人の繁殖行動には興味深々なのー。スライム繁殖しないからねー。リーナが子作りする時も、タマが隣で応援してあげるねー」
 無邪気な笑みでタマは言うが、マグダリーナの返事は一つだ。

「絶対、ダメよ!」
「ええぇ」
 タマは不満そうだが、どんなに可愛いくお願いされても、ダメなものはダメなのだ。

 しかしどれだけの女生徒が婚約破棄されたのか知らないけど、学園の舞踏会の次は、大本番の第一王子の成人祝いの舞踏会があるのだから、大変だろう。
 いっそパートナーなんか、その場でアミダか何かで決めてくれれば楽なのに……そう思ってから、あまりにも枯れた己の思考に、マグダリーナは落ち込んだ。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました

akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」 帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。 謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。 しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。 勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!? 転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。 ※9月16日  タイトル変更致しました。 前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。 仲間を強くして無双していく話です。 『小説家になろう』様でも公開しています。

小さな貴族は色々最強!?

谷 優
ファンタジー
神様の手違いによって、別の世界の人間として生まれた清水 尊。 本来存在しない世界の異物を排除しようと見えざる者の手が働き、不運にも9歳という若さで息を引き取った。 神様はお詫びとして、記憶を持ったままの転生、そして加護を授けることを約束した。 その結果、異世界の貴族、侯爵家ウィリアム・ヴェスターとして生まれ変ることに。 転生先は優しい両親と、ちょっぴり愛の強い兄のいるとっても幸せな家庭であった。 魔法属性検査の日、ウィリアムは自分の属性に驚愕して__。 ウィリアムは、もふもふな友達と共に神様から貰った加護で皆を癒していく。

世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。 神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。 『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』 平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。

異世界は流されるままに

椎井瑛弥
ファンタジー
 貴族の三男として生まれたレイは、成人を迎えた当日に意識を失い、目が覚めてみると剣と魔法のファンタジーの世界に生まれ変わっていたことに気づきます。ベタです。  日本で堅実な人生を送っていた彼は、無理をせずに一歩ずつ着実に歩みを進むつもりでしたが、なぜか思ってもみなかった方向に進むことばかり。ベタです。  しっかりと自分を持っているにも関わらず、なぜか思うようにならないレイの冒険譚、ここに開幕。  これを書いている人は縦書き派ですので、縦書きで読むことを推奨します。

間違い転生!!〜神様の加護をたくさん貰っても それでものんびり自由に生きたい〜

舞桜
ファンタジー
「初めまして!私の名前は 沙樹崎 咲子 35歳 自営業 独身です‼︎よろしくお願いします‼︎」  突然 神様の手違いにより死亡扱いになってしまったオタクアラサー女子、 手違いのお詫びにと色々な加護とチートスキルを貰って異世界に転生することに、 だが転生した先でまたもや神様の手違いが‼︎  神々から貰った加護とスキルで“転生チート無双“  瞳は希少なオッドアイで顔は超絶美人、でも性格は・・・  転生したオタクアラサー女子は意外と物知りで有能?  だが、死亡する原因には不可解な点が…  数々の事件が巻き起こる中、神様に貰った加護と前世での知識で乗り越えて、 神々と家族からの溺愛され前世での心の傷を癒していくハートフルなストーリー?  様々な思惑と神様達のやらかしで異世界ライフを楽しく過ごす主人公、 目指すは“のんびり自由な冒険者ライフ‼︎“  そんな主人公は無自覚に色々やらかすお茶目さん♪ *神様達は間違いをちょいちょいやらかします。これから咲子はどうなるのか?のんびりできるといいね!(希望的観測っw) *投稿周期は基本的には不定期です、3日に1度を目安にやりたいと思いますので生暖かく見守って下さい *この作品は“小説家になろう“にも掲載しています

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

処理中です...