1 / 1
線香花火
しおりを挟む
僕は相棒の申し出を、断る事ができなかった。僕達は歌手を目指していた。
ステージでスポットライトを浴びて歌を歌う。熱狂する観客。僕達は夢見て、街角で歌い続けた。
しかし、未だ僕達の歌を聴くために、集まってくれる人はいない。虚空に向かって歌い続ける日々。
「俺、彼女と結婚することにしたんだ」
相棒の可愛いい彼女の顔が浮かぶ。
「良かったじゃないか」
「ありがとう。でも条件を出されたんだ」
「条件?」
「そうさ、定職についてくれって」
僕は何も言えなかった。無収入で結婚などできる訳ない事はわかっている。でも、僕達の夢はどうなる。
「そろそろ潮時だよ。じゃーな」
僕は黙って相棒の後姿を見送った。今までのしがらみから解き放たれ、清清したと言わんばかりのその背中に、石を投げつけてやりたかった。が、それは、自分自身への苛立ち以外の何ものでなかった。
僕は重い足を引きずり、アパートの近くの公園へ向かった。僕の部屋には扇風機さえなく、西日が照りつける部屋は暑くてとても居られない。いつもこの公園に避暑していた。
ベンチに座り一人たそがれていると、そんな僕の前に少女が立ちはだかった。
ランドセルを背負っているのだから、小学生なんだろうけど、何か違和感がある。そう、その少女は、小学生にしては
少し大人びているのだ。
「お兄ちゃん、なにしてるの?」
僕は一瞬言いよどんだ。
「これ、ギターね」
僕の横に置かれたギターケースを指差した。
「ねえー、ギター弾いてよ」
少女は僕に当たり前のように命令した。僕は何となく逆らいきれず、ギターを取り出し歌い出した。
「歌は上手ね。プロを目指してるの?」
僕はうなずいた。
「シロートとしては、なかなかだけど、プロとしてはまだまだね」
こんな小学生にまで言われるなんて。
「でも、私はすきよ。ファン第一号になってあげる」
憎たらしいけど、嬉しいひと言を言って立ち去った。
僕は相棒がいなくなっても、街頭に立ち続けた。しかし、それはただの惰性にしか過ぎない。前より増して虚しい気持ちは深まるばかりだ。それでも、歌をやめる気にはなれなかった。
今日もまた公園のベンチに座り、夜が来るのを待っていた。すると、あの少女がバケツを持ってあらわれた。
水が入っているのか、重そうに持ちながら、もう一方の手には何かを握りしめていた。
前と同じように僕の前に立つと、その握りしめていたものを、ぬっと僕の顔の前に突き出した。
「花火やりましょう。私ライター持ってないの。お兄ちゃんなら持ってるでしょう」
僕の目の前にあるのは、線香花火の束だった。
「いいけど、まだ明る過ぎるよ」
「じゃ、暗くなるまで歌って」
少女一人のためのミニコンサート。一人でも聞いてくれる人がいるのは嬉しい。ゆるやかに夜のとばりは降りて行く。
線香花火に火を付けると、パッパッと
火の玉が飛び出し、火の舞に見とれた。
花火は小さな丸い塊となり、地面へと落ちて行く。最後は何ともはかない花火だ。
「線香花火は、私の花火なの」
少女は花火のきらめきを見ながら、
ぽつりと話し始めた。
「私、病院に入院してたの。かなり重くて、もう助からないと思ったわ」
少女は遠くを見つめていた。
「長い間入院してて、夏休みに一晩だけ家に帰れることになったんだけど、これが家に帰れる最後かなっておもったわ」
僕は何も言えず、線香花火を見つめていた。
「その夜は、みんなで花火をしたの。
私もこの花火みたいに、丸い火の玉になって落ちて行くのかなって、思ったんだけど....」
少女は飛び散る火花を、見たまま黙り込んでしまった。勢いの良かった火花もいつしか弱々しくなり、丸い明るい塊になった。
「ほら見て、小さな火の粉がでている」
少女の言う通り、丸い火の玉から弱い火花が飛び出す。
「もうすぐ消えてしまうのに、未練たらしく、最後の最後まで火花を出すのよ、この花火は。その時思ったの、私も
未練たらしく最後の最後まで生きてやる。死ぬまで未練たらしく生きてやるんだって思ったら、すごく気が楽になったの」
消えようとする花火に、新しい花火を近づけ火をつけた。新しい花火は勢いよく炎を散らす。
「それから、どんどん病気が良くなって、お医者さんは奇跡だと言っていたわ」
線香花火は最後の一本になっていた。
「もう二度と学校へは戻れないと思ってたけど、また学校にも戻れたの。本当なら私、中学生よ」
僕には死と真っ正面から向かい合った少女が、僕よりはるかに大人に見えて仕方なかった。
そして、僕も未練たらしく、最後の最後まで歌手になることにしがみつくことにした。
街角に立ち歌っていると、たまにその少女の姿を見かけた。ランドセル姿から、いつしかセーラー服に変わり、社会人へと変わっていった。
歳月は流れた。とうとう僕のあがきを告げた。相棒と同じように恋人に言われたのだ。
「結婚するなら定職について」と
僕も恋人との結婚をとった。歌手になることをあきらめた。でも歌を捨てたわけじゃない。今はボランティアで、老人ホームなどで歌い続けている。
「明日は老人ホームよ。演歌でいきましょう」
僕の新しい相棒は女房だ。
「演歌か....」
僕は演歌が苦手だ。演歌が好きな外国人の気が知れない。
「何言ってるの。演歌は日本人の心よ。おじいちゃんやおばあちゃんが喜んでくれるわ」
路上でむなしく歌うより、演歌を喜んで聞いてくれる人の前で歌うことが、どんなに幸せなことか、身に染みている。
ボランティアで歌うことを勧めてくれたのは女房だ。そこで本当の歌う喜びを知った。 いや、僕に本当の歌う喜びを
味合わせたくて、ボランティアを勧めたのかもしれない。
「ねぇー、久しぶりに花火をしない?」
「いいね、何だか懐かしいな」
女房は僕の前に、ぬっと線香花火の束を突き出した。そう、線香花火は僕達の花火なのだ。
ステージでスポットライトを浴びて歌を歌う。熱狂する観客。僕達は夢見て、街角で歌い続けた。
しかし、未だ僕達の歌を聴くために、集まってくれる人はいない。虚空に向かって歌い続ける日々。
「俺、彼女と結婚することにしたんだ」
相棒の可愛いい彼女の顔が浮かぶ。
「良かったじゃないか」
「ありがとう。でも条件を出されたんだ」
「条件?」
「そうさ、定職についてくれって」
僕は何も言えなかった。無収入で結婚などできる訳ない事はわかっている。でも、僕達の夢はどうなる。
「そろそろ潮時だよ。じゃーな」
僕は黙って相棒の後姿を見送った。今までのしがらみから解き放たれ、清清したと言わんばかりのその背中に、石を投げつけてやりたかった。が、それは、自分自身への苛立ち以外の何ものでなかった。
僕は重い足を引きずり、アパートの近くの公園へ向かった。僕の部屋には扇風機さえなく、西日が照りつける部屋は暑くてとても居られない。いつもこの公園に避暑していた。
ベンチに座り一人たそがれていると、そんな僕の前に少女が立ちはだかった。
ランドセルを背負っているのだから、小学生なんだろうけど、何か違和感がある。そう、その少女は、小学生にしては
少し大人びているのだ。
「お兄ちゃん、なにしてるの?」
僕は一瞬言いよどんだ。
「これ、ギターね」
僕の横に置かれたギターケースを指差した。
「ねえー、ギター弾いてよ」
少女は僕に当たり前のように命令した。僕は何となく逆らいきれず、ギターを取り出し歌い出した。
「歌は上手ね。プロを目指してるの?」
僕はうなずいた。
「シロートとしては、なかなかだけど、プロとしてはまだまだね」
こんな小学生にまで言われるなんて。
「でも、私はすきよ。ファン第一号になってあげる」
憎たらしいけど、嬉しいひと言を言って立ち去った。
僕は相棒がいなくなっても、街頭に立ち続けた。しかし、それはただの惰性にしか過ぎない。前より増して虚しい気持ちは深まるばかりだ。それでも、歌をやめる気にはなれなかった。
今日もまた公園のベンチに座り、夜が来るのを待っていた。すると、あの少女がバケツを持ってあらわれた。
水が入っているのか、重そうに持ちながら、もう一方の手には何かを握りしめていた。
前と同じように僕の前に立つと、その握りしめていたものを、ぬっと僕の顔の前に突き出した。
「花火やりましょう。私ライター持ってないの。お兄ちゃんなら持ってるでしょう」
僕の目の前にあるのは、線香花火の束だった。
「いいけど、まだ明る過ぎるよ」
「じゃ、暗くなるまで歌って」
少女一人のためのミニコンサート。一人でも聞いてくれる人がいるのは嬉しい。ゆるやかに夜のとばりは降りて行く。
線香花火に火を付けると、パッパッと
火の玉が飛び出し、火の舞に見とれた。
花火は小さな丸い塊となり、地面へと落ちて行く。最後は何ともはかない花火だ。
「線香花火は、私の花火なの」
少女は花火のきらめきを見ながら、
ぽつりと話し始めた。
「私、病院に入院してたの。かなり重くて、もう助からないと思ったわ」
少女は遠くを見つめていた。
「長い間入院してて、夏休みに一晩だけ家に帰れることになったんだけど、これが家に帰れる最後かなっておもったわ」
僕は何も言えず、線香花火を見つめていた。
「その夜は、みんなで花火をしたの。
私もこの花火みたいに、丸い火の玉になって落ちて行くのかなって、思ったんだけど....」
少女は飛び散る火花を、見たまま黙り込んでしまった。勢いの良かった火花もいつしか弱々しくなり、丸い明るい塊になった。
「ほら見て、小さな火の粉がでている」
少女の言う通り、丸い火の玉から弱い火花が飛び出す。
「もうすぐ消えてしまうのに、未練たらしく、最後の最後まで火花を出すのよ、この花火は。その時思ったの、私も
未練たらしく最後の最後まで生きてやる。死ぬまで未練たらしく生きてやるんだって思ったら、すごく気が楽になったの」
消えようとする花火に、新しい花火を近づけ火をつけた。新しい花火は勢いよく炎を散らす。
「それから、どんどん病気が良くなって、お医者さんは奇跡だと言っていたわ」
線香花火は最後の一本になっていた。
「もう二度と学校へは戻れないと思ってたけど、また学校にも戻れたの。本当なら私、中学生よ」
僕には死と真っ正面から向かい合った少女が、僕よりはるかに大人に見えて仕方なかった。
そして、僕も未練たらしく、最後の最後まで歌手になることにしがみつくことにした。
街角に立ち歌っていると、たまにその少女の姿を見かけた。ランドセル姿から、いつしかセーラー服に変わり、社会人へと変わっていった。
歳月は流れた。とうとう僕のあがきを告げた。相棒と同じように恋人に言われたのだ。
「結婚するなら定職について」と
僕も恋人との結婚をとった。歌手になることをあきらめた。でも歌を捨てたわけじゃない。今はボランティアで、老人ホームなどで歌い続けている。
「明日は老人ホームよ。演歌でいきましょう」
僕の新しい相棒は女房だ。
「演歌か....」
僕は演歌が苦手だ。演歌が好きな外国人の気が知れない。
「何言ってるの。演歌は日本人の心よ。おじいちゃんやおばあちゃんが喜んでくれるわ」
路上でむなしく歌うより、演歌を喜んで聞いてくれる人の前で歌うことが、どんなに幸せなことか、身に染みている。
ボランティアで歌うことを勧めてくれたのは女房だ。そこで本当の歌う喜びを知った。 いや、僕に本当の歌う喜びを
味合わせたくて、ボランティアを勧めたのかもしれない。
「ねぇー、久しぶりに花火をしない?」
「いいね、何だか懐かしいな」
女房は僕の前に、ぬっと線香花火の束を突き出した。そう、線香花火は僕達の花火なのだ。
0
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
✿ 私は夫のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい
設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀
結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。
結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。
それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて
しなかった。
呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。
それなのに、私と別れたくないなんて信じられない
世迷言を言ってくる夫。
だめだめ、信用できないからね~。
さようなら。
*******.✿..✿.*******
◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才 会社員
◇ 日比野ひまり 32才
◇ 石田唯 29才 滉星の同僚
◇新堂冬也 25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社)
2025.4.11 完結 25649字
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜
日々埋没。
ファンタジー
「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」
かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。
その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。
レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。
地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。
「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」
新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。
一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。
やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。
レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。
【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。
真実の愛ならこれくらいできますわよね?
かぜかおる
ファンタジー
フレデリクなら最後は正しい判断をすると信じていたの
でもそれは裏切られてしまったわ・・・
夜会でフレデリク第一王子は男爵令嬢サラとの真実の愛を見つけたとそう言ってわたくしとの婚約解消を宣言したの。
ねえ、真実の愛で結ばれたお二人、覚悟があるというのなら、これくらいできますわよね?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
先が気になったのでお気に入り登録させてもらいました(^^)
読んで頂きありがとうございました。
創作の刺激になります。今後ともよろしお願いします。