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14 久住秀雄 その5
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秀雄は寝室に入ってベッドに座り、由紀子の携帯で晴彦に電話した。自分の携帯からだと晴彦が叱られるのを恐れて電話に出ない可能性があるからだ。
「お母さん?」
晴彦はすぐに電話に出た。元気そうな声に不覚にも涙が出そうになった。
「晴彦、お父さんだ」
呼びかけると、息子が息を呑み緊張するのが分かった。
無事で安心した、と続けると、頷くような声が返った。
「お父さんもお母さんもお前を死ぬほど心配した。だから今は同じ位怒っている」
「……ごめんなさい」
一言言ったきり、晴彦は黙り込む。
「お前に色々言いたいことも聞きたいこともあるが、それは後回しにする」
ここで叱ると気の弱い息子は委縮してますます喋らなくなるので、秀雄は一つ深呼吸して頭を切り替えた。
「お母さんに聞いたが、お前、家に帰りたくないと言ったそうだな。それに考えたいことがあると」
晴彦が答えないのは予想済みだったので、構わず話を続けた。
「お母さんはすぐにでもお前に帰って来てもらいたいと思っている。お父さんも同じだ。知らない所にいるお前の事が心配だし、見知らぬ人にこれ以上迷惑をかけたくもない」
だけど、と秀雄は言葉をつないだ。
「どうしてもと言うなら、お前が自分で帰るのを待ってやる」
「……え」
息か声か判断のつかない音が耳を掠めた。
「お前が何か考えたいって言うならそれは大事な事なんだろう。だったら結論が出るまで待ってやるのは親の務めだ」
息子の意思を尊重する父を演じながら、内心その欺瞞を秀雄は嗤った。
岸原に指摘された通り、これは息子と対峙するのを先延ばしにする時間稼ぎだ。
新聞記者をしているくらいだから人の話を聞くのは苦ではない。が、身内の、それも深い内面の話となると別だ。共に暮らしているからこそ知りたくない事もある。
他人なら嫌な面を見てつきあいたくないと思えば交際を絶つなりして逃げられるが、家族からは逃げられない。逃げられないから尚更、向き合うのが煩わしい。
そう、煩わしいのだ。
回っている歯車が止まると再度回し始めるためにはある程度の力と時間を要する。
うまく回ってくれていればそんな力も時間もいらなかったのにと思う、そんな煩わしさだ。
由紀子とはお互い分かり合っていると信じていた。しかし彼女は孤独だと泣いて壊れ、自分には彼女のその心情が理解できなかった。
由紀子の事は全て理解しているつもりで彼女の孤独感に気付かず、長い時間をかけて歪ませていた。
由紀子の心を蝕んだのは晴彦の家出ではなく、夫の自分だ。
それが晴彦の家出がきっかけで表面化しただけなのだと突き付けられた気がして、相当に心を削られた。
由紀子を医者に診せて、お互いの間にできた溝を埋める。それだけでも辟易するほど面倒なのに、この上晴彦が帰って来たら家出の理由と心情を聞き、これからの事を話し合わなければならない。普段から口の重い晴彦が素直に話をするかどうかも分からず、逆に自分には理解できない心情を長々と言い連ねられるかもしれない。
どちらにせよその話し合いに費やされるだろう労力を考えただけで今からうんざりしてしまう。
晴彦が無事で一応安心できる人間に保護されている上にそこに暫く居たいと言っているのは、秀雄にとっては面倒事を先送りする良い口実だった。もし晴彦が羽崎の所に滞在している間に自分の悩みや感情に折り合いをつけて外に吐き出す必要がないくらい落ち着いてくれたら、思春期特有の荒ぶりに付き合わずに済む。
「本当に良いの? 僕、ここにいても」
恐る恐る問うてきた晴彦に、秀雄は僅かに苦笑して答えた。
「それはもう羽崎さんに聞くべきことだな。今、羽崎さんは?」
「うん、ここにいる。家から電話が来るのを一緒に待っててくれたんだ」
「代わってくれるか。お礼も言わなきゃならない」
電話の向こうで何やら短い会話がなされ、想像よりも柔らかな男性の声が聞こえた。
「お母さん?」
晴彦はすぐに電話に出た。元気そうな声に不覚にも涙が出そうになった。
「晴彦、お父さんだ」
呼びかけると、息子が息を呑み緊張するのが分かった。
無事で安心した、と続けると、頷くような声が返った。
「お父さんもお母さんもお前を死ぬほど心配した。だから今は同じ位怒っている」
「……ごめんなさい」
一言言ったきり、晴彦は黙り込む。
「お前に色々言いたいことも聞きたいこともあるが、それは後回しにする」
ここで叱ると気の弱い息子は委縮してますます喋らなくなるので、秀雄は一つ深呼吸して頭を切り替えた。
「お母さんに聞いたが、お前、家に帰りたくないと言ったそうだな。それに考えたいことがあると」
晴彦が答えないのは予想済みだったので、構わず話を続けた。
「お母さんはすぐにでもお前に帰って来てもらいたいと思っている。お父さんも同じだ。知らない所にいるお前の事が心配だし、見知らぬ人にこれ以上迷惑をかけたくもない」
だけど、と秀雄は言葉をつないだ。
「どうしてもと言うなら、お前が自分で帰るのを待ってやる」
「……え」
息か声か判断のつかない音が耳を掠めた。
「お前が何か考えたいって言うならそれは大事な事なんだろう。だったら結論が出るまで待ってやるのは親の務めだ」
息子の意思を尊重する父を演じながら、内心その欺瞞を秀雄は嗤った。
岸原に指摘された通り、これは息子と対峙するのを先延ばしにする時間稼ぎだ。
新聞記者をしているくらいだから人の話を聞くのは苦ではない。が、身内の、それも深い内面の話となると別だ。共に暮らしているからこそ知りたくない事もある。
他人なら嫌な面を見てつきあいたくないと思えば交際を絶つなりして逃げられるが、家族からは逃げられない。逃げられないから尚更、向き合うのが煩わしい。
そう、煩わしいのだ。
回っている歯車が止まると再度回し始めるためにはある程度の力と時間を要する。
うまく回ってくれていればそんな力も時間もいらなかったのにと思う、そんな煩わしさだ。
由紀子とはお互い分かり合っていると信じていた。しかし彼女は孤独だと泣いて壊れ、自分には彼女のその心情が理解できなかった。
由紀子の事は全て理解しているつもりで彼女の孤独感に気付かず、長い時間をかけて歪ませていた。
由紀子の心を蝕んだのは晴彦の家出ではなく、夫の自分だ。
それが晴彦の家出がきっかけで表面化しただけなのだと突き付けられた気がして、相当に心を削られた。
由紀子を医者に診せて、お互いの間にできた溝を埋める。それだけでも辟易するほど面倒なのに、この上晴彦が帰って来たら家出の理由と心情を聞き、これからの事を話し合わなければならない。普段から口の重い晴彦が素直に話をするかどうかも分からず、逆に自分には理解できない心情を長々と言い連ねられるかもしれない。
どちらにせよその話し合いに費やされるだろう労力を考えただけで今からうんざりしてしまう。
晴彦が無事で一応安心できる人間に保護されている上にそこに暫く居たいと言っているのは、秀雄にとっては面倒事を先送りする良い口実だった。もし晴彦が羽崎の所に滞在している間に自分の悩みや感情に折り合いをつけて外に吐き出す必要がないくらい落ち着いてくれたら、思春期特有の荒ぶりに付き合わずに済む。
「本当に良いの? 僕、ここにいても」
恐る恐る問うてきた晴彦に、秀雄は僅かに苦笑して答えた。
「それはもう羽崎さんに聞くべきことだな。今、羽崎さんは?」
「うん、ここにいる。家から電話が来るのを一緒に待っててくれたんだ」
「代わってくれるか。お礼も言わなきゃならない」
電話の向こうで何やら短い会話がなされ、想像よりも柔らかな男性の声が聞こえた。
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