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16 事件 その1
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事件が起こって三日経った中学校は、表向き平穏な日常を取り戻していた。
当日と翌日には何台ものカメラが並び騒がしかった校門には、もう誰もいない。門に張られていた立ち入り禁止のテープも取り去られ、在校生や教師に何とかインタビューしようとうろつくリポーターや野次馬の影もなかった。
「今日は静かですね」
小宮俊介は隣を歩く同僚の井川達夫に話しかけた。
「マスコミの連中ならもう他の事件を追いかけてるんだろ。視聴者はネタが新しい方に食いつくからな」
井川は昨日東京で起きた小学生男女の心中事件を言っているのだろう。が、小宮が静かだと言ったのはここで起きた事件の騒ぎが納まったことでなく、普段とは違って無口になっている井川の様子を言ったのだが。
二十代後半の小宮より二十歳以上年上の井川はがっしりした体つきの気難しそうな強面だが、見た目と違って陽気な話好きの男だった。いつもはうるさいほど喋る彼も、この事件を担当してからは口数が減っていた。
「署長もマスコミの応対に疲れて愚痴を言い出してたから、いなくなってくれたなら大助かりだ」
「ああ、そういえば、これほどマスコミが大騒ぎする重大事件に当たったのは初めてだって、ボヤいてましたね」
「俺だって初めてだよ。大体こんな田舎で起きるような事件じゃないだろう。起きるんだったらせめて東署管内で起こってくれたら良かったんだ。あっちなら署も大きいから人手もあるのに」
「不謹慎な事言わないでくださいよ。今の日本は犯罪が起こるのに都会も田舎もないんですから」
小宮達が勤めているのは県庁所在地である市のベットタウンに当る高田町の、小さな警察署だ。
田園の広がる農業中心の町だったのが近年急激に宅地開発が進み人口が増え、それに比例して犯罪も増えているのだが、警察署の規模は今まで通りで人員の増加もされない。
ただでさえ忙しいのにこんな大きな事件が起こってしまい、近隣の署からの応援人員を回してもらって何とか仕事を回している状態だ。
体育の授業なのか、だらだらとやる気なくランニングするジャージの集団を横目にグランドの端を横切り、一番手前の校舎の一階にある職員室に向かう。
薄暗い廊下を歩き、締め切ってある引き戸をノックして開けると、中にいた数人の教師たちが一斉に振り向いた。
「失礼します。高田西警察署の井川です」
「同じく、小宮です」
連日の事件捜査で殆どの教師とは顔見知りになっていたが、一応名乗る。
警戒心全開の野良猫のような表情だった教師たちは無害である訪問者に脱力した。
教師たちは皆疲れにやつれて生気がなかった。睡眠不足で濁った眼で見返してくる中、
「ああ、どうも。いらっしゃったら校長室にご案内するようにと言われてます」
青白い顔の男性教師が立ち上がった。
その彼の机の電話が鳴る。が、彼は一瞥しただけで電話の出ようともしなかった。
他の教師が小宮たち存在を気にしてか、本当は出たくなかったのだろう電話の受話器を渋々取り上げた。
電話を受け中学校名を告げた教師の顔は無表情だった。電話の相手は一方的に何かをまくし立てているらしいが、彼は一切の頓着なく、
「事件については只今警察が捜査中ですので、何も申し上げられません。失礼いたします」
そう告げて、電話を置いた。手慣れた対応に、教師たちの苦労が見えた。
事件後、この中学には電話が相次いだ。
殆どが生徒が事件を起こすまで問題を放置した教師と学校への罵倒だ。
昼夜問わず掛かって来る電話に初めの方こそ誠実に応対していたであろう教師たちも、さすがに心身が限界近くまで疲弊してあの事務的な応対に切り替えざるをえなかったのだろう。
最初からそうすればよかったのだ。事件関係者でもなく、事情もろくに知らない人間の責任のない正義に付き合ってやる義理はない。そんなどうでもいい奴らに誠意を尽くそうとしてみせなくてもいい。
優先されるべきは校外の第三者ではなく、今現在この中学に通っている生徒たちなのだ。
また電話が鳴る。
もう誰も立ち上がる素振りさえ見せなかった。
「こちらへどうぞ」
電話の音から逃げるように、案内役の教師が小宮たちを促した。
廊下に出てきた彼の肩越しに、職員室の中庭に面した窓の向こう、中庭のコンクリート歩道の上に小さな花束と缶ジュースらしき物がおいてあるのが見えた。
三日前、この学校の三年生の久住晴彦が同じクラスの同級生三人を教室内で斬り付け、飛び降りた場所だった。
教室は三階にあり、晴彦は頭から飛び降りた。病院に救急搬送されたが、約一時間後に死亡した。
教師たちはこれからずっと転勤するまで、教え子が飛び下りた場所を見ながら仕事をするのか。
そんなことを考えたせいか外気温以上に寒い気がする廊下を、黙って案内の彼の後ろについて歩いた。
当日と翌日には何台ものカメラが並び騒がしかった校門には、もう誰もいない。門に張られていた立ち入り禁止のテープも取り去られ、在校生や教師に何とかインタビューしようとうろつくリポーターや野次馬の影もなかった。
「今日は静かですね」
小宮俊介は隣を歩く同僚の井川達夫に話しかけた。
「マスコミの連中ならもう他の事件を追いかけてるんだろ。視聴者はネタが新しい方に食いつくからな」
井川は昨日東京で起きた小学生男女の心中事件を言っているのだろう。が、小宮が静かだと言ったのはここで起きた事件の騒ぎが納まったことでなく、普段とは違って無口になっている井川の様子を言ったのだが。
二十代後半の小宮より二十歳以上年上の井川はがっしりした体つきの気難しそうな強面だが、見た目と違って陽気な話好きの男だった。いつもはうるさいほど喋る彼も、この事件を担当してからは口数が減っていた。
「署長もマスコミの応対に疲れて愚痴を言い出してたから、いなくなってくれたなら大助かりだ」
「ああ、そういえば、これほどマスコミが大騒ぎする重大事件に当たったのは初めてだって、ボヤいてましたね」
「俺だって初めてだよ。大体こんな田舎で起きるような事件じゃないだろう。起きるんだったらせめて東署管内で起こってくれたら良かったんだ。あっちなら署も大きいから人手もあるのに」
「不謹慎な事言わないでくださいよ。今の日本は犯罪が起こるのに都会も田舎もないんですから」
小宮達が勤めているのは県庁所在地である市のベットタウンに当る高田町の、小さな警察署だ。
田園の広がる農業中心の町だったのが近年急激に宅地開発が進み人口が増え、それに比例して犯罪も増えているのだが、警察署の規模は今まで通りで人員の増加もされない。
ただでさえ忙しいのにこんな大きな事件が起こってしまい、近隣の署からの応援人員を回してもらって何とか仕事を回している状態だ。
体育の授業なのか、だらだらとやる気なくランニングするジャージの集団を横目にグランドの端を横切り、一番手前の校舎の一階にある職員室に向かう。
薄暗い廊下を歩き、締め切ってある引き戸をノックして開けると、中にいた数人の教師たちが一斉に振り向いた。
「失礼します。高田西警察署の井川です」
「同じく、小宮です」
連日の事件捜査で殆どの教師とは顔見知りになっていたが、一応名乗る。
警戒心全開の野良猫のような表情だった教師たちは無害である訪問者に脱力した。
教師たちは皆疲れにやつれて生気がなかった。睡眠不足で濁った眼で見返してくる中、
「ああ、どうも。いらっしゃったら校長室にご案内するようにと言われてます」
青白い顔の男性教師が立ち上がった。
その彼の机の電話が鳴る。が、彼は一瞥しただけで電話の出ようともしなかった。
他の教師が小宮たち存在を気にしてか、本当は出たくなかったのだろう電話の受話器を渋々取り上げた。
電話を受け中学校名を告げた教師の顔は無表情だった。電話の相手は一方的に何かをまくし立てているらしいが、彼は一切の頓着なく、
「事件については只今警察が捜査中ですので、何も申し上げられません。失礼いたします」
そう告げて、電話を置いた。手慣れた対応に、教師たちの苦労が見えた。
事件後、この中学には電話が相次いだ。
殆どが生徒が事件を起こすまで問題を放置した教師と学校への罵倒だ。
昼夜問わず掛かって来る電話に初めの方こそ誠実に応対していたであろう教師たちも、さすがに心身が限界近くまで疲弊してあの事務的な応対に切り替えざるをえなかったのだろう。
最初からそうすればよかったのだ。事件関係者でもなく、事情もろくに知らない人間の責任のない正義に付き合ってやる義理はない。そんなどうでもいい奴らに誠意を尽くそうとしてみせなくてもいい。
優先されるべきは校外の第三者ではなく、今現在この中学に通っている生徒たちなのだ。
また電話が鳴る。
もう誰も立ち上がる素振りさえ見せなかった。
「こちらへどうぞ」
電話の音から逃げるように、案内役の教師が小宮たちを促した。
廊下に出てきた彼の肩越しに、職員室の中庭に面した窓の向こう、中庭のコンクリート歩道の上に小さな花束と缶ジュースらしき物がおいてあるのが見えた。
三日前、この学校の三年生の久住晴彦が同じクラスの同級生三人を教室内で斬り付け、飛び降りた場所だった。
教室は三階にあり、晴彦は頭から飛び降りた。病院に救急搬送されたが、約一時間後に死亡した。
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