不労の家

千年砂漠

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8 世久家の内情 その1

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 太田が再び屋敷に来たのは、お披露目会の二日後の午後だった。
「隆志さん、今さっき明子さんから聞きましたが、怪我されたんですって? そういうことはすぐ私に連絡してくださいよ」
「すいません。心配かけたくなかったものですから」
 あの後救急車で病院に運ばれ、診てもらうと額を八センチも切っていた。傷は浅いにもかかわらず出血量が多いのには、医者が首を傾げていた。
「一体どうしたんです」
 まさか災厄と言う訳にもいかず、寝不足で庭を散歩中に転んだと言い訳した。
「それで、今日はどんな用で」
「隆志さんに、世久家当主として知っておいてもらいたいことをご説明しようかと」
 当主と祀り上げられたものの、隆志は世久家について何も知らない。これからの生活方針を定めるためにも、情報と知識は少しでも早く一つでも多く欲しいところだった。
「その前に……大奥様から聞かれましたか。その……世久の当主のしきたりとか」
「ええ……だから、祖父はあれだけの絵が描けるのに、絵を売らなかった――いや、売ることができなかったんですね」
 世久家の当主は、働いて対価を得てはいけないから。
「でも、働かず生きていくなんて、どうすればいいか分からないんですけど」
「ご心配無用ですよ。それを今からご説明します。今から応接間へおいでください」
 太田と共に応接間へ行くと、そこには初老の男性がいた。
「世久家の会計を担当してくださっている、会計士の畑田さんです」
 畑田は愛想のいい、腰の低い人だった。何一つ分からない隆志のために、膨大な書類を見せて根気よく丁寧に説明してくれた。
 その説明によると世久家の収入源は、所有する土地や建物の貸付と株や投資が主だった。特に株と投資の数字がよく、貸しビル、賃貸マンションの収入も安定していた。
 不労働所得なので税金で結構持っていかれるものの、隆志が就職して稼ぐはずだった予定年収の数十倍もの収入だった。
 支出の方は隆志や祖母の生活費やこの屋敷の維持管理費、明子の給料や太田の弁護士事務所や畑田の会計事務所への支払い金の他、多数の寄付先があった。世久家は昔から病院、学校、障害者施設などへ定期的に寄付しているのだそうだ。
「そして……これが隆志様名義の銀行口座のキャッシュカードです」
 畑田はスーツの内ポケットからカードを差し出した。
「日常生活でお金が必要になれば、これから引き出してお使いください」
 といっても、生活費であるはずはない。さっきの説明では食費や光熱費や家の維持費、明子の給料まで畑田が代行して支払い管理してくれているそうだから。
「もしかして、僕の小遣い、ということですか」
「そうです。ひと月百万くらいですかね」
 さらりと何の感情もなく言った畑田の言葉に、隆志は目を見開いた。
「ひゃ、百万? ひと月に百万? 年間じゃなくて?」
 年間でも多すぎる額だ。しかし畑田はあっさり頷いた。
「ひと月、百万円です。まあこれは一応の目安ですから、増えてもかまいません。ですが、何か買われる時は地元の商店街の店で、現金でお願いします」
「それはどういうわけで? カード決済が出来ない店が多いからですか?」
 いいえ、と畑田は首を振った。
「現金払いの方が店には儲けになるからですよ。カード払いだと手数料をカード会社に持っていかれますからね。地元にできるだけ金を落とすことで、妬みや嫉みをある程度かわせます。まあ、ここは田舎で、隆志様はお若いですから例えば服など好みに合うものがないかもしれませんが、可能な限り、取り寄せを頼んででも地元の商店で」
 なるほど、寄付もそのためか。金持ちには金持ちの苦労があるものだ。
「……あの、さっそく欲しいものが一つあるんですが」
 隆志は恐る恐る言ってみた。
「何がご入用ですか」
「墓を建てたいんです」
 それを聞いて、太田が首を傾げた。
「世久家の墓なら菩提寺の永麓寺にありますが」
「あの……母の墓を別に建てたくて」
 母は父から逃げ続けた。それなら世久家の墓に入るのも嫌だろう。せめて今は一人で安らかに眠らせてやりたかった。
「私には事情がよく理解できませんが、どうしてもとおっしゃるなら、永麓寺の住職にご相談してみてはどうでしょう」
 仕事の速い太田はその場で永麓寺に電話し、住職に明日の午後の面会を取り付けてくれた。太田は送り迎えを兼ねて付き添うと言ってくれたが、本来弁護士の彼の仕事ではないし、寺は近いので散歩がてら歩いていくからと断った。
 墓の件は住職と話を詰めて具体的な金額が出たら、改めて畑田と相談することになった。
 思い出したように畑田がつけ加えた。
「ああ、そうだ。この町の商店街で買い物をする時は、値切らず相手の言い値で買うようにしてください。あまりに納得できない時は一旦保留して、私にご相談くだされば交渉はしてみます」
 世久家は金があるのでごちゃごちゃ言わず払えということか。
「まあ、この町の店なら、どこでもまっとうな値段を請求しますから大丈夫と思いますが。世久家相手に阿漕な商売をすると後々怖いと分かっているはずですからね」
「怖い?」
「ええ。世久家に不実な店は必ず潰れるそうです」
 まさか、と隆志は笑いかけたが、頭の包帯に触れ、思い直した。
 そう、あり得るだろう。
 あの守り神がいる限り。
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