いつか森になる荒野

千年砂漠

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彗星

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 僕が海岸へ出る道の終わりまでリヤカーを乗り付けると、瞬たちはすでにボートを出して待っていた。
「優人、お前すげえ頑張ったな。時間、予定より五分縮めた」
 自転車に乗ったままハンドルに頭をつけて荒い息を繰り返す僕の背中を瞬がバシバシ叩いて激励してくれている間に、旭が広海に身体を起こさせてライフジャケットを着せた。
「ごめん、みんなの分はないの」
 僕の頭では思いつかなかった物だった。時々川釣りに行く父親のもの一枚しかなかったと旭は謝ったが、広海の分だけでもありがたかった。
 旭は僕たちに疲労回復のためにチョコレートを食べさせて、身体の汗を拭かせた後、用意してきたTシャツに着替えさせた。
「汗で濡れたシャツで海に出ると、風で体を冷やして風邪引くわよ」
 美国と二人で相談して用意したサポートだと言うが、本当によく考えていると感心した。
 一方のボートに広海と僕と大樹、もう一方に瞬と旭と美国が乗って海岸から海へと漕ぎだした。
 海はとても穏やかで、殆ど風もない凪状態だった。僕が広海を抱えて座り、大樹がボートを漕ぐ。練習の時は広海の代わりに肥料の入った袋二つを乗せて同じように抱えていたが、その時よりボートの進みが早い気がした。大樹は何も言わないが、彼もまた部活とは別に鍛えていたのは間違いない。大樹は僕と交代することなく島まで漕ぎきった。
 島の西側に木で作られた簡素な桟橋あり、僕たちはそこから上陸した。先に大樹が上がり、広海を引き上げていると瞬たちのボートも辿り着いた。
 ボートを桟橋の杭に縛り付け、僕が広海を背負って島の頂上へ続く道を歩く。練習の時は桟橋までだったので、この先に行くのは初めてだった。瞬が後ろから照らしてくれる懐中電灯の明かりで見る限り、今も海の神様を祀っているためか、道は未舗装で細いが最低限の整備されていた。道は結構な急斜面だったが、僕は頂上目指して、黙々と歩いた。
「おじいちゃんと来たときも、こんなふうにおんぶされて上がったんだったよ」
 僕の背中で広海が笑って呟いた。
「おじいちゃんが病気になって、最後にお見舞いに行ったとき、おじいちゃんに謝られた」
――広海、潮見島にまた連れて行ってやると言ったのに、すまんなあ
「これでおじいちゃんに会ったとき、言えるよ。友達に連れて行ったもらったから、気にしないで良いよって」
 おじいさんとの再会なんて、もっともっと先でいいんだ。今、そんな悲しいことを言わないでくれ。
 言葉にすれば泣きそうで、僕は返事もせず道をひたすら辿った。
 島の頂上は広海の言った通り広場になっていた。気のせいかも知れないが、ここの空気は少しひんやりとして澄んでいる感じがした。
「広海、海の神様の祠ってあれか」
 大樹の懐中電灯が、広場の奥にある小さな祠を照らしていた。
 広海が頷くと、大樹はみんなに呼びかけた。
「神様にまず挨拶しよう。この場所を使わせてもらうんだから」
 大樹の家は農家だから自然に対する畏敬の念が強い。同居している祖父母からの教えもあって、神仏に対しての礼儀も身につけていた。
 それを誰も笑ったり馬鹿にしたりしないところが、僕はとても好きだった。
 広海を背負った僕を真ん中に祠の前でみんなで手を合わせ、海の神様に場所を借りる挨拶をした。美国がリュックから小袋に入ったチョコレートを出して祠に供えたのには、さすがにみんな笑った。
「海の神様がチョコなんて食うか? 饅頭の方がよくねえか」
「そんなの持ってないよ。お供えの品までは頭が回らなかったから」
 いや、それでもここで何かお供えしようと思った心が大事だと思う。海の神様も、たまには意外な物を召し上がってみてください。
 大樹が明かりで照らす中で、旭が自分のリュックからシートを出して広げ、リヤカーで広海にかけていたバスタオルを敷いた。美国はシートを中心にした四方向に四角い小箱を置いていた。電池式の蚊取り線香だと言い、置いた後は虫除けスプレーをみんなの手足にかけて回った。
「広海をここに寝かせてあげて」
 別のタオルを枕にして広海を寝かせると、広海は大きく息を吐いた。
「大丈夫? しんどくない?」
 広海が微笑んで頷くのを見て旭は目を細めると、タオルを巻いた細長い筒のような物をリュックから出した。
「広海、ごめんね。うちにはこれしかないの。倍率が低いけどないよりは良いかと思って」
 旭が広海に手渡したのは望遠鏡だった。彗星を見るというのに、僕も瞬も大樹も思いつかなかった。僕たちは移動手段だけで頭がいっぱいで、移動途中の水分補給や着替えなど細かい点までは考えが足りなかった。旭と美国が考えて用意してくれたからこそ、広海や僕たちの体への負担も少なくてすんだ。

 僕にない体力を補ってくれた大樹。
 僕にない器用さを提供してくれた瞬。
 僕にない知恵を貸してくれた旭。
 僕にない勇気を見せてくれた美国。

 そして僕に友達のありがたさを教えてくれた広海。

 みんな僕にはもったいないほど素晴らしい人間だった。この先も彼らと友人でいたいなら、僕は彼らのように強く優しい人間にならなければならない。そうでなければその資格はない。
「そろそろ時間だ」
 みんなが広海の傍に寄り、大樹がライトを消すと広場に夜の闇が戻った。暫くすると暗がりに目が慣れて、空を見上げると無数の星が輝いていた。
 ふいに一つ、小さな光が夜空に流れた。
「見た? 今の」
「見た。流れ星だ」
 言っている間にもう一つ。美国が短く歓声の声を上げた。
 僕は流れ星を見たのは、これが初めてだった。その感動に声もなくそれを見上げていると、また一つ、また一つと星が流れる。
「来たぞ。あれだ」
 大樹が指さした方向に星より大きな光が見えた。
 体を起こそうとした広海を助けて僕は彼の背中に回り、僕の体が背もたれ代わりになるようにして支えた。
 彗星がゆっくりと夜空を横切っていく。肉眼でも尾を引いているのが見えた。広海は望遠鏡で一度彗星を見ると、「みんなも見て」と望遠鏡をみんなに回した。
 僕も見せてもらった。白色の、美しい彗星だった。
 十七年周期で地球の傍を通り抜けていく孤独な一人旅を続ける彗星を歓迎するように、応援するように、時折、彗星の近くで星が流れる。
 流れ星が流れている間に三回願い事を言えたら願いが叶うと俗に言う。
 流れ星には無理だが、地球を横切っていく彗星も流れ星だとして、僕は祈る。
 広海の病気を治してください。
 美国の心の傷を治してください。
 繰り返し繰り返し、彗星を見ながら僕は祈った。
 やがて彗星は僕たちの視界から遠ざかっていった。
 それは僕の三週間の努力が報われた瞬間でもあった。
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