違法道具屋の看板娘

丸晴いむ

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看板娘のミア

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「一人でお店を守ってて、偉いねぇ」
 クリッフ村一番の長生きおばあさんは言う。

「健気で頑張り屋で面倒見がよく、笑顔が素敵で…いい子だよなぁ」
 強面な冒険者は、酒のイキオイで心のうちを明かした。

「あんだけ気が強かったら嫁の貰い手がねぇや、って俺が言ったって言うなよ。後が恐いからな。いや本人じゃなくて弟が意外と」
 近所の親父がこぼす。

「ミア姉優しいから好きよ。クッキー焼くのがね、とっても上手なの」
「ミアは物知りだからな、よく話し相手になってやるんだ」

 等と子供達から人気のミアは、看板娘歴20年の大ベテラン。自他共に認めるしかない行き遅れであった。


「ミア、ミア!ファナちゃん結婚が決まったんだってな、お前知ってたか?」
「カートさん、店内で騒ぐのやめてくれない?お客さんもいるんだから」

 ギルド支援の、冒険者向けの道具屋。村人も利用できるが、客の大半は冒険者だ。

「親父さん、ファナって…食堂の赤毛の子かい」

 村の者ではない冒険者でも、この小さな村を拠点としていればすぐに顔見知りになっていく。
利用するお店もすれ違う村人も限られているのだから、まぁ自然とそうなるだろう。
因みに結婚の話題を持ってきたカートは通りすがりの鍛冶屋の親父で、会話に挟まってきた男は滞在歴半年程の冒険者である。

「そうだ。相手は冒険者でな、組んでたパーティーで料理も担当していたらしい。気が合ったんだろうなぁこのまま村に残って跡を継ぐんだと」
「その話、今日か?祝いの振る舞いがありそうだな…」
「だろうな、ダグは騒ぐのが好きな奴だからなぁ。先月もファナちゃんの誕生日で酒が飲み放題だったろ」
「ちょっと覗いてくるか…ありがとよ!何か祝いの品調達しねぇとな~」

 タダ呑み情報のおかげで、買い物をする前に客が1人居なくなってしまった。

「…営業妨害」

 ミアがジト目でぼそりとこぼすと、カートは悪ぃと笑った。

「ファナちゃんは23。この村には釣り合う年齢の男が居ねぇからってダグのやつずっと心配してたからな。よかったよかった」
「…で?」
「他人事じゃないだろ、お前今いくつだよ。誰が紹介しても片っ端から断りやがって…そんなんじゃシドもレニーも浮かばれねぇよ」
「勝手に殺すな!」

 ミアが一人きりで道具屋を切り盛りし始めて、早8年。父シドも母レニーも健在だが、遠く離れた王都に行ってしまっていた。頭のいい弟レオが国立の学校の超難関試験に通ったので、観光がてら手続きに着いて行ったのだ。
 送り出したのは、他でもないミア。
 しかし村から出たことがない両親に旅行を楽しむよう勧めはしたが、ここまで長期にわたり帰って来ないのは想定外だった。村から王都まで、馬車を乗り継ぎ船に乗り片道約1カ月。ゆっくり観光しても半年すれば帰ってくると、当初のミアは見積もっていた。

 盗賊に襲われて身包み剥がされ、帰りたくても金がないとの手紙が来たのは、旅立って一か月が過ぎた頃だった。

 最初に届いた一通目は、少し帰るのが遅くなるけれどミアなら一人でも大丈夫だよねという連絡だった。
 その2週間後に届いた手紙には、お世話になった人が困っているから少し滞在を伸ばすと書かれていた。
 その1週間後に届いた荷物には、レオの友達がお礼にくれたからと仕送りがあった。
 一か月後に届いた手紙には、どこぞの紋章が入ってた。中身はまだ帰れないとの謝罪と、ミアの身を案じる内容だったが何があったか気になっているのはこちらの方だ。

 予想していた半年が過ぎた頃、手紙の配達人もこの手紙だけを運ぶ使者という仕様になりミアからも手紙を送れるようになったものの、詳しい事は教えられないらしく両親も弟も元気にやっている事だけしか分かっていない。一体、元気にというのか…。


「おーい、ミア。何遠くを見てるんだ、現実を見ろ。お前はもうすぐ30だろ?この辺りじゃ女は大体16歳になったら嫁に行くもんだ…分かるだろ?俺ぁ心配してるんだこれでも」
「まだ26歳よ!都会じゃ普通よ、本に書いてあったわ。田舎は考えが古いのよ」

 そんなこんなで、起きて仕事をして寝てを繰り返すといつの間にか8年という年月が過ぎ去っていた。
 近所のおばちゃんおっちゃん連中が世話を焼き始めたのは、ミアが20歳を超えたあたりからだった。
 因みに雑誌によると都会での平均結婚年齢は20歳なので、ミアは少しばかりの見栄で嘘をついていた。

「まーた商品を読んでるな?」
「ページ抜けがないかチェックしてるだけよ、道具屋の特権だわ」

 ギルドから仕入れる雑貨の中に、冒険者向けの本がある。
 引退した冒険者が自分の冒険譚をまとめたもので、恋愛・友情・冒険ロマンが詰まった代物だ。創作の小説として話を盛っていたり、登場人物が美男美女だったりするものの、魔物の倒し方や弱点・対処法だけは偽りを禁止されていて、冒険者になりたい若者達を魅了しつつ教材ともなりえるような本が多数あるのだ。
 ミアも、冒険小説が好きな若者の一人だった。

「そういや、小さい時は冒険者になりたいってよく言ってたよなぁ…」
「自分で仕入れができたら元手が0円だと思ってたからね、昔は。今は依頼してちょっとの利益を頂く方が楽だって分かってるわよ?私達は、冒険者から安全をお金で買ってるの」
「大人になってまぁ…そりゃもう26なんだもんな…俺が26の時はもう嫁さんも子供も居たけどな」
「帰れ」

 冷やかしの親父を追い出して、ミアは商品棚の整理を始める。

 乱された瓶の列を整え、減った在庫を足す。品数はそう多くはなく、商品は日持ちするものばかり。在庫が足りなくなる前にギルドに発注を出すだけの、簡単なお仕事。
 ギルド支援の店は潰れることがなく安定しているが、稼ぎは少ないというのが定説だ。ギルドの支店がない小さな村や集落にだけある、堅実な店。

 他のそういった村では大抵宿屋が兼業しているが、この村では専業。となると、もちろん訳ありだった。

「んー、そろそろ傷薬作ったほうがいいかな」

 ずばり、元手0円の商品で儲けていた。
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