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朝食を食べに下へ降りる。リビングのドアを開けた瞬間、美味しそうな匂いが鼻を掠めた。
この匂いは、目玉焼きかな。
隆太の作る目玉焼きは黄身までしっかり焼いてあって、俺はそれが好きだった。泊まりに来た時は、必ずと言っていい程作ってもらってる。
「なあ、後夜祭ん時には実委員もお役御免だったよな」
「うん。確かそうだったと思う」
「じゃあさ、その時間、俺にくんねえ?」
食器を用意するのは、俺の仕事。食器棚から取り出したお皿を隆太に渡して、笑顔で頷く。
考えなくたって、俺の答えは決まっていた。
朝食を食べ終えた後は、隆太の部屋のテーブルの上に教科書やノートを広げ、文化祭終了後直ぐに行われる期末テストの勉強を始めた。
次のテストは結構範囲が広いから、前もって予習しないと。
なんて思ってみたけど。開始一時間。そろそろ、限界だ。
「隆太、消しゴム貸して」
「ああ、はい」
「……っ」
勉強の途中で、俺は消しゴムを貸してもらおうと隆太の方に手を伸ばす。
隆太が消しゴムを俺の手に置く。その時隆太の指先が、ほんの少し俺に触れた。
指先が触れた瞬間、身体に電流みたいなものが走った。それは静電気のような痛みを伴うものではなかったけど、驚いた俺は咄嗟に手を引いた。
上手く受け取れなかった消しゴムが落ちそうになる。それを隆太が、見事にキャッチした。
「危ね」
「……っごめん」
「大丈夫か。ほら」
「あ、ありがと」
あー、もう。何してんだ、俺。
勉強を始めてからずっと、俺は隆太の事を意識し続けていた。
この部屋に居ると、否が応でも思い出す。夜の事を。
そのせいで、さっきから教科書の内容が全然頭に入ってこない。
リビングでしようって言えばよかったなと、勉強し始めてから思った。
どうしよう。勉強どころじゃない。
ダメだ。触れたら余計、夜の事を思い出してしまった。頭の中が、一瞬にしてその事でいっぱいになる。
ただでさえ英単語が頭に入ってこないっていうのに、これ以上俺に、どうしろっていうんだ。
「太一」
「なに」
「……あー、えっと、集中力切れた」
「じゃあ、ちょっと休憩しようか」
「…………太一」
「なに」
「なんか、それ、やめて」
ぶっきら棒にそう言った隆太は、顔どころか、耳まで真っ赤にしていた。その表情は、拗ねてるようでいて、焦れてるようでもあって。
それって、何。と、俺が疑問に思ったのがわかったのか、隆太が目線を横に逸らして、ぼそりと呟いた。
「さっきから、チラチラ見てくんのとか。唇、触ってんのとか」
「唇……って」
「さっきから指で触ってんの、気付いてねえの」
そう指摘されて、自分の行動を思い出す。でも、全然そんな事をした記憶はない。
だって、自分の唇を触るなんて。そんなのまるで。
「……なんか、その顔、キスして欲しいって言ってるみてえ」
まるで、キスがしたくて、堪らないって言ってるみたいじゃん。
そう思うのと同時に、隆太がそれを言葉にした。
俺は自分がした行動の意味を自覚した瞬間、カアァッ、と音を立てて顔を真っ赤に染め上げた。
いや、ちょっと待って。俺、本当に!?
羞恥心の波が、一気に襲い来る。
嘘だと思いたかった。でも確かに、唇には、何かが触れたような感覚が残ってる。
俺は恥ずかしくて恥ずかしくて、腕で必死に顔を隠した。でも、それももう、この顔を見られた後では遅かった。
「それ、やめろよ。見てるこっちが、すっげえしたくなる」
テーブルの反対側の隆太が、徐に腰を上げた。俺の顎に、熱い手が添えられて。
何が起こってるのか理解する前に、隆太の顔が近付いてきた。
「んっ……!」
与えられた感触に、ぶるりと身体が震える。
一度唇が離れて、眼鏡を外されて、また唇を塞がれて。
この状況を理解すると同時に、頭の中はプチパニックを起こしてた。
どうしよう。どうしよう。
今にも、触れた部分から色んな感情が漏れ出しそうだ。
キスされて戸惑う気持ちと、あのキスを思い出して揺れる心。キスされて嬉しいと思ったこの感情も全部。
その感触は、俺の脳みそを蕩けさせるには充分な効果を発揮する。
体温調節すらもままならない。心臓に耳でも付いてんのかってくらい、心臓の音が煩い。
隆太のキスが、恐ろしく怖いと思った。こんな、思考の全てを持っていかれるなんて。こんな、身体を支える力を奪われるなんて。
それすらも、嬉しい、だなんて。
隆太の瞳に映ってるのは、他の誰でもない俺だ。
俺はそれが嬉しくて、目を閉じる事が出来ない。そのままでいたら、隆太から目を閉じろとばかりに手で視界を覆われた。
一瞬で真っ暗になった視界。でも、隆太の手から伝わる熱が心地よくて、ドキドキして、脈拍と体温が更に上がった。
このまま、独占してたい。そう、思った。
ふわふわとする頭の片隅で、隆太が前に、俺にしかキスしないって言ってたのを思い出す。
その言葉は、まだ有効だろう。
けれど、今はそうでも、これからはわからない。恋人が出来れば、それは呆気なく崩れてしまう。
俺はこれからも、隆太だけでいいのに。
不意に頭を過るのは、俺だけに向けられた、眩いまでの笑顔。
この唇に触れるのは、俺だけであって欲しい。誰にも触れて欲しくない。俺だけのものにしたい。隆太の隣を、誰にだって渡したくない。
こんな風に思う俺の、隆太に対する感情は、他の友人に対するそれとは決定的に違っていた。
隆太だけに、真っ直ぐに向けられるそれの名前を、俺はこの時初めて知る。
これは、この感情は、友情なんかじゃない。
俺の中に初めて芽生えた、恋愛感情だ。
この匂いは、目玉焼きかな。
隆太の作る目玉焼きは黄身までしっかり焼いてあって、俺はそれが好きだった。泊まりに来た時は、必ずと言っていい程作ってもらってる。
「なあ、後夜祭ん時には実委員もお役御免だったよな」
「うん。確かそうだったと思う」
「じゃあさ、その時間、俺にくんねえ?」
食器を用意するのは、俺の仕事。食器棚から取り出したお皿を隆太に渡して、笑顔で頷く。
考えなくたって、俺の答えは決まっていた。
朝食を食べ終えた後は、隆太の部屋のテーブルの上に教科書やノートを広げ、文化祭終了後直ぐに行われる期末テストの勉強を始めた。
次のテストは結構範囲が広いから、前もって予習しないと。
なんて思ってみたけど。開始一時間。そろそろ、限界だ。
「隆太、消しゴム貸して」
「ああ、はい」
「……っ」
勉強の途中で、俺は消しゴムを貸してもらおうと隆太の方に手を伸ばす。
隆太が消しゴムを俺の手に置く。その時隆太の指先が、ほんの少し俺に触れた。
指先が触れた瞬間、身体に電流みたいなものが走った。それは静電気のような痛みを伴うものではなかったけど、驚いた俺は咄嗟に手を引いた。
上手く受け取れなかった消しゴムが落ちそうになる。それを隆太が、見事にキャッチした。
「危ね」
「……っごめん」
「大丈夫か。ほら」
「あ、ありがと」
あー、もう。何してんだ、俺。
勉強を始めてからずっと、俺は隆太の事を意識し続けていた。
この部屋に居ると、否が応でも思い出す。夜の事を。
そのせいで、さっきから教科書の内容が全然頭に入ってこない。
リビングでしようって言えばよかったなと、勉強し始めてから思った。
どうしよう。勉強どころじゃない。
ダメだ。触れたら余計、夜の事を思い出してしまった。頭の中が、一瞬にしてその事でいっぱいになる。
ただでさえ英単語が頭に入ってこないっていうのに、これ以上俺に、どうしろっていうんだ。
「太一」
「なに」
「……あー、えっと、集中力切れた」
「じゃあ、ちょっと休憩しようか」
「…………太一」
「なに」
「なんか、それ、やめて」
ぶっきら棒にそう言った隆太は、顔どころか、耳まで真っ赤にしていた。その表情は、拗ねてるようでいて、焦れてるようでもあって。
それって、何。と、俺が疑問に思ったのがわかったのか、隆太が目線を横に逸らして、ぼそりと呟いた。
「さっきから、チラチラ見てくんのとか。唇、触ってんのとか」
「唇……って」
「さっきから指で触ってんの、気付いてねえの」
そう指摘されて、自分の行動を思い出す。でも、全然そんな事をした記憶はない。
だって、自分の唇を触るなんて。そんなのまるで。
「……なんか、その顔、キスして欲しいって言ってるみてえ」
まるで、キスがしたくて、堪らないって言ってるみたいじゃん。
そう思うのと同時に、隆太がそれを言葉にした。
俺は自分がした行動の意味を自覚した瞬間、カアァッ、と音を立てて顔を真っ赤に染め上げた。
いや、ちょっと待って。俺、本当に!?
羞恥心の波が、一気に襲い来る。
嘘だと思いたかった。でも確かに、唇には、何かが触れたような感覚が残ってる。
俺は恥ずかしくて恥ずかしくて、腕で必死に顔を隠した。でも、それももう、この顔を見られた後では遅かった。
「それ、やめろよ。見てるこっちが、すっげえしたくなる」
テーブルの反対側の隆太が、徐に腰を上げた。俺の顎に、熱い手が添えられて。
何が起こってるのか理解する前に、隆太の顔が近付いてきた。
「んっ……!」
与えられた感触に、ぶるりと身体が震える。
一度唇が離れて、眼鏡を外されて、また唇を塞がれて。
この状況を理解すると同時に、頭の中はプチパニックを起こしてた。
どうしよう。どうしよう。
今にも、触れた部分から色んな感情が漏れ出しそうだ。
キスされて戸惑う気持ちと、あのキスを思い出して揺れる心。キスされて嬉しいと思ったこの感情も全部。
その感触は、俺の脳みそを蕩けさせるには充分な効果を発揮する。
体温調節すらもままならない。心臓に耳でも付いてんのかってくらい、心臓の音が煩い。
隆太のキスが、恐ろしく怖いと思った。こんな、思考の全てを持っていかれるなんて。こんな、身体を支える力を奪われるなんて。
それすらも、嬉しい、だなんて。
隆太の瞳に映ってるのは、他の誰でもない俺だ。
俺はそれが嬉しくて、目を閉じる事が出来ない。そのままでいたら、隆太から目を閉じろとばかりに手で視界を覆われた。
一瞬で真っ暗になった視界。でも、隆太の手から伝わる熱が心地よくて、ドキドキして、脈拍と体温が更に上がった。
このまま、独占してたい。そう、思った。
ふわふわとする頭の片隅で、隆太が前に、俺にしかキスしないって言ってたのを思い出す。
その言葉は、まだ有効だろう。
けれど、今はそうでも、これからはわからない。恋人が出来れば、それは呆気なく崩れてしまう。
俺はこれからも、隆太だけでいいのに。
不意に頭を過るのは、俺だけに向けられた、眩いまでの笑顔。
この唇に触れるのは、俺だけであって欲しい。誰にも触れて欲しくない。俺だけのものにしたい。隆太の隣を、誰にだって渡したくない。
こんな風に思う俺の、隆太に対する感情は、他の友人に対するそれとは決定的に違っていた。
隆太だけに、真っ直ぐに向けられるそれの名前を、俺はこの時初めて知る。
これは、この感情は、友情なんかじゃない。
俺の中に初めて芽生えた、恋愛感情だ。
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