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「お風呂、お先にいただきました」
「俺が風呂に入ってる間、先に寝てて大丈夫だから」
「はい」
タオルで頭を乾かしながら出てきた音梨君と入れ替わりで脱衣所へ向かう。すれ違う瞬間、甘い香りが鼻を掠めた。
濡れた洋服の代わりに着ていた備え付けのバスローブを脱いでいると、先程閉めたばかりのドアの外からノック音と共に申し訳なさそうな声が聞こえてきた。
「すみません、籠の中に携帯ありませんか?忘れたみたいで」
「携帯?ちょっと待って」
籠に入れたばかりのバスローブを持ち上げると、底にある深緑のカバーが目に止まった。これだろうと思い、音梨君を招き入れる為にドアへと向かう。
「携帯あったよ」
腰にタオルを巻いた姿でドアを開けると、目の前でまだ乾かしきれていない黒髪が上下に揺れた。
「ありがとうございまーーっ!?」
頭を上げた音梨君が何かに気付いたように切れ長な目を大きく見開かせた。一瞬身体を強張らせたように見えたが、俺は気にせずどうぞと招き入れた。
「他は大丈夫かな」
「……あっ……あ、はい、これです。ありがとう、ございます」
自ら携帯電話を籠から取り出し、そそくさと脱衣所から出て行く音梨君。発せられた言葉にどこか歯切れの悪さを感じたが、それも気のせいだろうと再びドアノブへ手を伸ばす。しかしその手は次に聞こえてきた音によって制された。
ガタガタッ、バザバザッと、物が落ちたような音が部屋に響いた。俺の居る所まで届く程大きな音に、慌てて脱衣所を後にする。
部屋へ戻ると、飛散するカバンの中身と思われるノート達と、必死に何かを探す音梨君の姿があった。
「だいじょーー」
「あのっ」
俺の声を遮って、焦れた声が耳を刺す。
「榊さん、今紙と鉛筆って持ってないですよね!?」
「紙と鉛筆?」
それがどうしたんだと聞き返すと、音梨君は何か言いたげに口をパクパクと動かしたが、この状況を上手く説明出来ないのか次の台詞には繋がらなかった。
切迫した様子で部屋を見回すも、この部屋に求めている物はなさそうだった。俺も持っていないと答えると、顔に落胆の色を滲ませた。
音梨君は床に散りばめられたノートと俺を交互に見つめた後、諦めた様子で身体から力を抜き、何度か首を横に振った。
「……すみません、大丈夫です。お騒がせしました」
直ぐに散らばったノート達を片付け始め姿はやけに小さく見えて。何故今それを欲していたのかわからないが、余程必要だったのだろう。
正直思う所はあったが、今日限りの相手に踏み込んで聞くのも面倒で早々に部屋を後にした。
「おかえりなさい」
「まだ起きてたんだな」
「はい」
ソファー座っている音梨君が俺の姿を確認してふわりと笑った。疲れていたようだしてっきり先に眠ったかと思っていたが、ベッドは綺麗なままだった。
「そう言えば榊さんって、お幾つなんですか?」
「三十だよ」
「えっ、三十ですか」
「……それは、どういった驚きか聞いてもいいかな」
聞いた年齢に驚きを隠せないのか、音梨君はジロジロと風呂上がりの俺を眺めては、どこか納得した様子で頷いた。
「あ、すみません。話し方が落ち着いてたんで、もっと歳上かと思ってました」
「確かに、歳の割りに落ち着いてるとよく言われるよ」
「あっ、でも見た目は若いですよね。髪下ろしてると特に年相応というか、むしろ若く見えます」
「そういう君は幾つなんだ」
「俺は十九です」
「じゅっ…………」
十九歳。つまりは、未成年。
今は大学一年生で、俺が勤めてる会社の近くにある美大に通っているという。
見た目からして若いとは思っていたが、まさか十代だったとは。
聞くところによると音梨君は来年の四月に二十歳になるらしく、早くお酒が飲みたいと笑顔を見せた。その笑顔は何とも年相応だった。
「そうか、ずっと課題を……」
「ええ。そうなんですよ。今描いてるのはーー」
その後は互いの、何でもない日常について話をした。俺は会社の事を、音梨君は大学生活の事を。
音梨君の話は、全て絵の事で構成されていた。それは油絵であったり、水彩であったりと様々だ。最近はずっと風景画の課題にかかりっきりだったのだと言う。それが今日ようやく完成したのだと。
「課題、こんなに隈が深くなる程大変だったんだな」
「あー、いえ、課題が大変だったというよりは俺の性格が原因と言いますか……」
音梨君は自分の目元を指先でなぞりながら、お恥ずかしい話なんですがと続けた。
「描きたいものを見つけると周りが見えなくなって無我夢中で描いちゃうっていうか。食事も睡眠も全部後回しにしちゃう癖があって。ビビッときたら自分でも止められなくなってしまう傾向がありまして……」
曰く、一応ご飯は食べていたらしいが絵が完成に近付くにつれて睡眠時間がどんどん少なくなっていったそうだ。だが疲れた顔とは裏腹に完成した絵の話をする音梨君はとても楽しそうでキラキラと輝いて見えた。
「あっ、すみません俺ばっか喋っちゃって」
「構わないよ。普段こういった話をしないから、新鮮でいい」
程なくして部屋の電気を消灯すると、やはり疲れていたのかほんの数分で隣から規則正しい寝息が聞こえてきた。
ベッドは大人二人で寝てもまだ余裕がある大きさで、絶妙な弾力のマットレスと優しい肌触りのシーツに挟まれた身体は直ぐに夢の世界に堕ちていった。
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