まっつぐ

篠宮 楓

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「あなたが、好きです」

 苦しそうに告げられた言葉を、私は一言で断ち切った。







「最近、あんたの当番日に日参しなくなったわねぇ。あんたの弟」
 図書室のカウンターに上半身をべたりとくっつけたまま、目線だけこちらに向けて今日の当番の相棒である加倉が私を見た。
「私に弟なんていないけど。それに日参ていう言葉やめてくれない?」
 暑い暑いと文句ばっかり言って全く動かない加倉の手の代わりに、さっきからフル活動している私の傍らには積み上げられた本の山。


 夏休みの図書室解放は、お盆を抜いて全日に渡る。
 元々担当曜日は決まっているから、それをそのまま休み中も踏襲するだけだ。けれど部活……特に体育会系の部活に所属している委員たちはほとんど出て来られないから、そこは残りの生徒達で担当する。けれど今年に限って文化系、またその中で活動の少ない部活に所属している生徒が少なかった。
 そのしわ寄せが残り少ない生徒に押し付けられたわけだけど。

 そのほとんどを私が請け負った。
 そうしたら、夏休みのほとんどを図書室で過ごすことになったのだ。
 私にとって、それは願ってもない事だった。


「あんた夏休みだっていうのに毎日委員会出てるんだから、それを追っかけてるあの子も毎日来てるわけでしょ。日参と言わずして、なんていうのよ。お百度参り?」
「別に、私を追いかけているわけではないわよ。いい加減、仕事しようか。加倉」

「追いかけてます、僕」

 私の言葉を遮るようにかぶさってきた声に、思わず眉間に皺を寄せる。
 手元に落としていた視線を上げる事なく、目の前に立ったであろう生徒に冷静に告げた。

「返却ですか」
「はい、お願いします」

 顔を上げなくても、カウンターに置かれた本を手に取ればいつもの処理。
 本の最後のページに張り付けてある図書カードの貸し借りの最後の欄、彼の名前の横に今日の日付を記入して終わり。

「お預かりいたしました」



 それだけ告げれば、終わったとばかりに横に積み上げておいた本の山から一冊手に取った。もう用はないというのに目の前から立ち去ろうとしない彼を、少しも意識することなく。

「少年、久しぶりだね」
 カウンター前に突っ立っている彼に、加倉が面白そうな声音で話しかけた。
 彼は私に向けていただろう視線を、体ごと加倉へと向ける。
「はい、四日ぶりです。加倉先輩」
「毎日来ていた君が珍しいなと、今話していた所なんだよ」
「そうなんですか?」
「加倉がね」
 少し嬉しそうになった声をバッサリ切るように、私は一言告げた。
「僕は、先輩にも気にして欲しかったです」
「気にする理由がないわ」
 即答して、顔を上げる。
「そこ、利用する人に邪魔だから。用がないなら、どきなさい」
「ひゅー、女王様~」
 茶化す様に笑う加倉を一睨みして、作業に戻る。破れたり汚れたりした本を、簡単だけれど修復するのだ。
素人のすることだからたかが知れているけれど、本好きの自分としてはお礼をしている気持ちでとても好きな作業なのだ。


 だからこそ、余計に。


「用はあります、先輩に」

「……何」

 邪魔をしてくるこの子が、私は……。

 そういう雰囲気を前面に押し出しているのに、全く気にしないのもイライラする。


「っていうかさ。なんでこんなにギスギスしてんの? も少し楽しそうにしてなかったっけ、あんたら」

 傍観するだけなら徹底していてほしいのに、またも加倉が余計な事を口にする。
 その言葉に、ぎゅ、と奥歯をかみしめた。
「僕が、それを壊したのかもしれません。でも先輩に言われた事、よく考えました。ちゃんと考えました。だから、今日ここに来たんです」
「裏を返せば、四日前に何かあったって事でいいのかな」
「……加倉」
 押し殺した声で名前を呟けば、おお怖いと肩を竦めて加倉はだまった。

 
 私は怒りを少しでも紛らわせるように息を小さく吐き出すと、目の前に立つ男の子に視線を合わせた。

「……っ」

 思わず口を噤む。

 私を見つめるその眼が、あまりにもまっすぐで。



 真っ直ぐすぎて……、痛い。


「本当に邪魔……」


「あなたが、好きです」


 心臓が、止まるかと思った。
 どくりと、高鳴らせた後、すぐに止まってしまうかと思った。

 真っ直ぐに見つめられて告げられた言葉は、四日前のあの時と同じ。


「僕は、あなたが好きです」


 その言葉は、私には……



 何かに突き動かされるように、カウンター横のドアを開けて準備室を通り抜けて私はその場から逃げ出した。
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