まっつぐ

篠宮 楓

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「先輩、とりあえずこっち向きませんか? 四日間も先輩に会いに来なかったから、顔見たいんですけど」
 その言葉に、顔に一気に血が集まる。
「あ、耳まで真っ赤」
 いちいち指摘してくるのが、ムカツク!

「ホントもう、いい加減にして。無理なの、無理だから!」
「そんな事言われても、納得いかないものはいかないし」

 ざり……、と靴底がコンクリを擦る音。
 自分が自分よりも大きな影の中に入った事に気が付いて、肩を竦めた。

「ねぇ、先輩。好きが信じられないんならさ、僕……ってか面倒くさい。俺の事は信じられない?」

 ……俺?
 この子から初めて聞く一人称に、どくりと鼓動が高鳴る。高鳴ってる場合じゃない、そんな場合じゃないのに。

「これでも結構頑張ってアピールしてたんだけど、しかもちゃんと通じてると思ってたんだけど。土壇場になって拒否られるとか、凄いショックなんだけど」
「……ごめんなさい」
「いや、謝るくらいなら理由をね? っていうか、受け入れてくれると嬉しいんですが先輩」
 ……凄い強気に感じるのは、なぜ。

「理由は、言いたくない。言いたくないけど、誰かを好きになるのは怖い。それが君なら、もっと怖い。だから、ごめんなさい」
「俺ならもっと怖い? それは、なんで?」

 なぜ……? それは……

 何も言いたくないと、突っぱねたかったけれど。
 きっと、この子はそれじゃ引き下がらない。
 反対だ。
 引き下がるどころか...

――だから。


「……君の、その目が……苦手」
「は? 俺の目?」
 今も向けられていると思うと、怖くなる。
「真っ直ぐに、向けてくるその目が」
自分の心の汚い部分を、見透かされそうで。
そして……
「私を、追い詰める」

 細くなっていく声音に、自分の弱さが見えて嫌になる。
 ぎゅっと目を瞑って、フェンスを掴む指に力を込めた。


 君だから、嫌なの。
 君だから、私は


――もう、裏切られたくない


「追い詰めるって、さ」

 びくり、肩が震えた。
 思った以上に近い場所から聞こえた声に目を開くと、自分がすっぽりと影の中に入っている事に気づいた。
「追い詰めるんならさ、物理的の方が俺的には嬉しいんですけど」
「や……っ」
 耳元近くで言われた言葉に、これでもかと身を竦めた。
 フェンスに自分以外の力がかかって、ぎしりと軋む。
「……結構、楽しいかも?」
「楽しくなんかないっ、からかわないでっ!」
 そう叫べば、さっきよりも背中に感じる体温が高くなった。
「からかってなんかいませんよ。いつもと違うテンパってる先輩見るのは、新鮮でドキドキしますけど。素の先輩、かわいーですね」
 嬉しそうな声音のその言葉に、ぎゅっと心臓が高鳴った。

 素の、私……?
 あの人が嫌だといった、素の私が??


 胸に広がる嬉しさを表に出さない様に、目を伏せた。
「……も、お願いだから……」
 私を放っておいて。
 これ以上、君を……

「好きだから、無理です」

「やめてってば……!」

「やめませんよ、先輩」


 ふ、とフェンスから彼の重みが消えて、次の瞬間くるりと体の向きを変えさせられた。しゃがみ込んでいた私は体の動きに追いつけなくて、そのままぺたりとしりもちをつく。

 背中にはフェンス。
 目の前には、後輩。

 少女漫画の様な展開に、顔が真っ赤になっていくのが分かる。

 こちらを見下ろす後輩は、じっと私を見つめていた。
 思わず、見返す。
 至近距離で見る、私が映る彼の目。


「俺を拒絶しながら、それでも縋るような目をしてるの、気付いてます?」


「え……?」


 いきなり言われた言葉に、言葉を失った。


「俺を拒絶してるのに、自分から諦めたような悲しい顔してる」


 こくりと、つばを飲み込んだ。

 隠しているはずの心が、彼には透けているという事?

 何も言えないまま見上げていた私を、彼は両手を伸ばしてその腕で包み込んだ。暑い気温の中、汗ばんだその腕は思ったよりもひんやりとしていて。


「俺だって、結構テンパってるんですよ。こんな事して、余計嫌われないかとか。結構恥ずかしいとか」

 でも――

 そう呟くと、私の背中に回した腕に力を込めた。

「なんだかんだ言って、先輩が俺の事好きなの分かったんでもういいです」
「……っ、なっ!」
 何でそんな事……!!
「先輩は、言葉にするよりもその目で教えてくれますからね。その真っ直ぐな視線、俺、好きなんです」

「……まっすぐ……な?」

 この目が、好き?
 じっと見つめられると凄く怖いと、義母に言われた私の視線が?

「う……」
「嘘じゃないですよ」
 彼は私の言葉を遮るように、きっぱりと言い放った。

「何を抱えていて、どうしてそんなに”好き”の感情を否定するのか知りませんが、そんなのどうでもいいです。俺は……」

 少し体を離して、彼はじっと私を見つめた。

「真っ直ぐに俺を見てくれた、あなただから好きなんです」



 ――ひとつ、涙が零れた。











「ほかに人いないんですか?」
「すみません、も少し待ってくださいっ」

 イライラしたように掛けられる声を聞きながら貸出カウンターの前に並んだ行列を視界に入れない様にして、加倉はカードにハンコを押していく。

 あいつら、早く帰ってこいーーーーーっ!!
 



 二人がいなくなった後の図書室で、一人奮闘する加倉の姿。
 そんな加倉に二人が怒られるのは、もう少し後のお話。







「あのさー、あんたたちが少女漫画シチュやってんのはいいんだけどさ。その間も、世間様の時間は進んでいるんであって? 二人だけの世界とかなじゃいわけで?」

「ごめん、加倉」

「そのしれっとした謝罪が、心に伝わると思うかぁぁっっ!」 
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