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みんなそう言うけれど
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総務に戻ると、後輩三人それぞれのデスクで仕事に勤しんでいた。
「あれ? 鷹取部長は?」
総務の一番奥、部長の席に鷹取さんの姿が見えない。自分のデスクに一番近い後輩、松本さんに席に座りながら話しかける。
松本さんはパソコンから目を離して、私を見た。
「部長なら経理に呼ばれていきましたよ? 新規事業部のほうで何かあったとか」
新規事業部?
松本さんの言葉に頷きながら、自分のパソコンを立ち上げた。
衣料専門の店舗を運営するうちの会社は、衣料以外の業態に進出を始めた。
昨年の九月に発足した新規事業部「雑貨店 aquarelle」もその一つ。当時入社三年目の社員が中心となって立ち上げ、今年店舗をオープンさせた。振られる予算が限られている為に人員も必要最小限で、バイヤーが二人、アシスタントが二人、そして総務と経理を行う人間が一人しかいない。
そのたった一人、私の一期上の山下由梨さんがお休みの時は、総務ではうちのチーフが経理では一期下の椎名さんが代行する。
今日、チーフが休みだから鷹取部長が呼ばれたらしい。
九月に五人体制にするそうだけれど、それまではずっと山下さん一人。それで仕事をこなしてるんだから、神業としか言いようがない。
「そっか、今日は山下さんお休みだもんね」
「はい、取引先からのクレームとか。なので、今いいタイミングだと思うんですよ」
いきなり話と声のトーンが変わって、私の方に体が寄る。
「何が?」
聞きながら内心思い当たることがあって、苦笑い。
「聞いてくれました? 伊吹さんって誰かと付き合ってるんですか?」
やっぱり、それか。
「あ、それ私も聞きたい」
「もちろん、私も」
残りの二人も小声だったというのに聞きつけて、私達のそばに来る。
あー、やっぱり来たか。聞いておいてよかった、うん。
私は小声だった音量を少し上げて、彼女らを見た。
あぁ、私今からかわいそうな事言うのよね。お願い、私を恨まないでね。
「付き合ってる子はいないけど、好きな人はいるからって」
「えー」
私の言葉に瞬時に反応した松本さんと、後ろでがっかりした表情を見せる二人。
「それって、先輩の事じゃないんですか?」
松本さんの、伺うような声。その言葉に、溜息をついて答える。
「あのね、伊吹と会ってからまだ1週間しかたってないの。その間に、どう伊吹が私を好きになるのよ。だいたい、高校時代もそんな関係じゃないんだから」
田所君にも聞かれた問いに、少しうんざりしている自分。
「私も伊吹の好きな人、すんごく知りたいのよね。好奇心が刺激されちゃってもう」
そこまで言った時、カウンター向こうの廊下に鷹取部長の姿が見えた。
「部長が来たわよ。さ、みんな仕事仕事」
さっとデスクに向き直って、立ち上げたパソコンが面を見る。社内・社外あわせて数件のメールが来ている表示が、画面下に出ていた。
「あぁ、宮下さん。ちょっといいかい?」
部長がガラス扉をあけて、カウンター越しに私を呼んだ。
「はい?」
やっと仕事に戻れるかと思っていたところにこの声で、内心溜息をつきつつ。
カウンターをすり抜けて、ガラス扉の向こうにいる部長へと歩み寄る。
「なんですか? 部長」
男性にしては少し低めの身長は、私と五cmくらいしか変わらない。細身の身体で、威厳……からは少し遠い位置にいるけれど、反対に優しい雰囲気で皆に好かれている。
部長はラウンジに行こう、と私に言うと二階にあるそこへと足を向ける。
ラウンジには誰もいなく、窓際の席へと促された。いったい何だろうと部長を訝し気に視線を向けていれば、向かいの席に座った部長が穏やかな声で話し始めた。
「九月に新規事業部の総務・経理が増員されることは知ってるね?」
「はい」
鷹取部長はポケットにしまっていた封筒を、私に差し出した。
「君に異動の辞令が出た。少し早いんだけれど、伝えておこうと思って」
「あれ? 鷹取部長は?」
総務の一番奥、部長の席に鷹取さんの姿が見えない。自分のデスクに一番近い後輩、松本さんに席に座りながら話しかける。
松本さんはパソコンから目を離して、私を見た。
「部長なら経理に呼ばれていきましたよ? 新規事業部のほうで何かあったとか」
新規事業部?
松本さんの言葉に頷きながら、自分のパソコンを立ち上げた。
衣料専門の店舗を運営するうちの会社は、衣料以外の業態に進出を始めた。
昨年の九月に発足した新規事業部「雑貨店 aquarelle」もその一つ。当時入社三年目の社員が中心となって立ち上げ、今年店舗をオープンさせた。振られる予算が限られている為に人員も必要最小限で、バイヤーが二人、アシスタントが二人、そして総務と経理を行う人間が一人しかいない。
そのたった一人、私の一期上の山下由梨さんがお休みの時は、総務ではうちのチーフが経理では一期下の椎名さんが代行する。
今日、チーフが休みだから鷹取部長が呼ばれたらしい。
九月に五人体制にするそうだけれど、それまではずっと山下さん一人。それで仕事をこなしてるんだから、神業としか言いようがない。
「そっか、今日は山下さんお休みだもんね」
「はい、取引先からのクレームとか。なので、今いいタイミングだと思うんですよ」
いきなり話と声のトーンが変わって、私の方に体が寄る。
「何が?」
聞きながら内心思い当たることがあって、苦笑い。
「聞いてくれました? 伊吹さんって誰かと付き合ってるんですか?」
やっぱり、それか。
「あ、それ私も聞きたい」
「もちろん、私も」
残りの二人も小声だったというのに聞きつけて、私達のそばに来る。
あー、やっぱり来たか。聞いておいてよかった、うん。
私は小声だった音量を少し上げて、彼女らを見た。
あぁ、私今からかわいそうな事言うのよね。お願い、私を恨まないでね。
「付き合ってる子はいないけど、好きな人はいるからって」
「えー」
私の言葉に瞬時に反応した松本さんと、後ろでがっかりした表情を見せる二人。
「それって、先輩の事じゃないんですか?」
松本さんの、伺うような声。その言葉に、溜息をついて答える。
「あのね、伊吹と会ってからまだ1週間しかたってないの。その間に、どう伊吹が私を好きになるのよ。だいたい、高校時代もそんな関係じゃないんだから」
田所君にも聞かれた問いに、少しうんざりしている自分。
「私も伊吹の好きな人、すんごく知りたいのよね。好奇心が刺激されちゃってもう」
そこまで言った時、カウンター向こうの廊下に鷹取部長の姿が見えた。
「部長が来たわよ。さ、みんな仕事仕事」
さっとデスクに向き直って、立ち上げたパソコンが面を見る。社内・社外あわせて数件のメールが来ている表示が、画面下に出ていた。
「あぁ、宮下さん。ちょっといいかい?」
部長がガラス扉をあけて、カウンター越しに私を呼んだ。
「はい?」
やっと仕事に戻れるかと思っていたところにこの声で、内心溜息をつきつつ。
カウンターをすり抜けて、ガラス扉の向こうにいる部長へと歩み寄る。
「なんですか? 部長」
男性にしては少し低めの身長は、私と五cmくらいしか変わらない。細身の身体で、威厳……からは少し遠い位置にいるけれど、反対に優しい雰囲気で皆に好かれている。
部長はラウンジに行こう、と私に言うと二階にあるそこへと足を向ける。
ラウンジには誰もいなく、窓際の席へと促された。いったい何だろうと部長を訝し気に視線を向けていれば、向かいの席に座った部長が穏やかな声で話し始めた。
「九月に新規事業部の総務・経理が増員されることは知ってるね?」
「はい」
鷹取部長はポケットにしまっていた封筒を、私に差し出した。
「君に異動の辞令が出た。少し早いんだけれど、伝えておこうと思って」
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