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きみはおにいさんか。
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「か、」
「佳苗さん、今どこにいるの?」
梶くんと呼ぼうとした私の言葉は、食い気味に発せられた声にかき消された。
……今どこにいるの。
梶くんの言葉に、周囲へと視線を向ける。
今。今?
「あー、え? 梶くん、どうしたの?」
「佳苗さん、ちゃんと答えようか。今どこにいるの?」
「え、いやいや答える必要ないよね? プライベートです」
「佐々田店長。今どこにいますか」
なぜにいきなり肩書!
そして微妙に敬語になった会話に、苛つきの色が見えてため息をつきそうになる。
質問という形を呈しながら、答えは知っているのだろう。要するに、ここにいることがばれているわけだ。
「あのね、梶くん。心配してくれるのは嬉しいけれど、一応私も大人でしてね。店長もやってまして、だから……」
「プライベートの時間だっていうなら、じゃあバイトとしてじゃなくて年上の友人として聞きます。今、どこですか」
「友人って……。その過保護っぷり、きみは私のお兄さんか」
喉の奥で留めていたため息を我慢することなく口から出すと、ガチャリという音と共に携帯から聞こえる声が二重になる。
「やっぱり、まだ仕事してる」
荷受け室にある社員用の出入り口ドアが開いて、顔を出した梶くんをぽかんと口を開けて見遣った。
いや、どうして君がここにいるかの方を逆に私は聞きたい。
「え、梶くん? なんで?」
てっきり心配で自宅から連絡してきたとかそんなことだとばっかり。だからごまかせると思ったのに。まさか、ここにいたとは。
通話を切って携帯をポケットに突っ込みながら、梶くんがドアを閉めてこちらへと歩いてくる。
「はい、携帯切って」
「あ、うん」
二重で聞こえていた声の一つを切って、携帯を持ったまま梶くんを見上げた。
「びっくりした。どうしたの」
「驚くのは俺の方です。一体何時だと思ってるんですか」
北さんからは、片づけたら帰るって言ってたって聞いたのに。
続いた梶くんの言葉に、肩を竦めた。
梶くんがお兄さんなら、北さんはお母さんだな。
苦笑い交じりにため息をついて、立ち上がった。
「心配すると思って、北さんにはそう言ったの。梶くんにはばれちゃったか」
わざわざ見に来るなんて。
梶くんは気遣わしそうに周囲を見渡して、再び私を見た。
「俺が佳苗さんの足のけがを心配してたから連絡くれたんだけど、帰りの時の様子を聞いて多分まだ仕事してるんじゃないかなと思ってみたら案の定」
「だって、それが私の仕事だもの」
すかさず答えれば、梶くんはそうじゃなくてと呟いた。
「そりゃ確かに店長の仕事かもしれないけど、一人で背負い過ぎなんだって。あのね、普通に考えて今のお店の状態って絶対おかしいから」
「それは……」
山下さんの、声が、耳の奥に響く。
お店の人を、悪く言う、その言葉が。私の所為で、パートさん達が甘えすぎなんて的外れな事を言わせてしまった、その言葉が。
思い出したくなくて目を伏せる。
「私が仕事が遅いから、」
「違うからね」
梶くんは、きっぱりと私の言葉を否定した。最後まで言わせてもらえなかった。
戸惑うように視線を向ければ、あのね……と口を開きながら梶くんは椅子に座るように私を促すと、ぐいっと腕まくりをして傍にあった商品を手に取った。
「最初さ。真面目そうな店長が来たなと思ってたら、予想に違わず許容以上の仕事をこなそうとするからさ。こう気を楽にしてもらって少しは頼ってくれないかなと思ったけど、むしろ頑張りすぎちゃうし」
「え、えぇ……。でも梶くんて頼るというか、なんかチャラいというか少し馴れ馴れしいというか。でも真面目なところあるし、掴みどころのないバイトさんで……。でも、頼りにはしてるよ」
クレーム処理から売り場の管理、接客にレジにオールマイティに仕事をしてくれるバイトさんにしておくにはもったいない人材なのは確か。
ただ赴任して一週間くらいたってから、なぜか名前呼びされるしちょっと馴れ馴れしいというか……最初はどう対応していいかちょっと悩んでた。
梶くんは苦笑いをしながら肩を落とす。
「最初普通に話してたら、すごい緊張して気負っちゃったみたいに見えてさ。ここは一つ仲良くなって同僚として頼って貰えるように頑張ろうと」
「……してたら、調子に乗ったってこと?」
普通に聞いていれば好意を持ってるとしか思えなかった態度に、戸惑ったことを思い出す。まぁ途中から私に気を使ってくれてる……私がこのお店に早く慣れるためにそういう風にしてくれてるんだろうと気づいて軽口で対応できるようになったけど。
梶くんは店出し準備の終わった商品を横に避けて、次の段ボールの中身を覗く。
「というより、途中から本気になったってことかな」
「……本気?」
本気、とは?
「本気で佳苗さんの力になりたいと思った。一生懸命に頑張る佳苗さんを、」
「あのごめん。私、一応付きあってる人が……その……」
思わず、口から出た。
自意識過剰かもしれない、思い上がりかもしれない。
でも次に続く言葉が想像できてしまって、とっさに遮ってしまった。
「佳苗さん、今どこにいるの?」
梶くんと呼ぼうとした私の言葉は、食い気味に発せられた声にかき消された。
……今どこにいるの。
梶くんの言葉に、周囲へと視線を向ける。
今。今?
「あー、え? 梶くん、どうしたの?」
「佳苗さん、ちゃんと答えようか。今どこにいるの?」
「え、いやいや答える必要ないよね? プライベートです」
「佐々田店長。今どこにいますか」
なぜにいきなり肩書!
そして微妙に敬語になった会話に、苛つきの色が見えてため息をつきそうになる。
質問という形を呈しながら、答えは知っているのだろう。要するに、ここにいることがばれているわけだ。
「あのね、梶くん。心配してくれるのは嬉しいけれど、一応私も大人でしてね。店長もやってまして、だから……」
「プライベートの時間だっていうなら、じゃあバイトとしてじゃなくて年上の友人として聞きます。今、どこですか」
「友人って……。その過保護っぷり、きみは私のお兄さんか」
喉の奥で留めていたため息を我慢することなく口から出すと、ガチャリという音と共に携帯から聞こえる声が二重になる。
「やっぱり、まだ仕事してる」
荷受け室にある社員用の出入り口ドアが開いて、顔を出した梶くんをぽかんと口を開けて見遣った。
いや、どうして君がここにいるかの方を逆に私は聞きたい。
「え、梶くん? なんで?」
てっきり心配で自宅から連絡してきたとかそんなことだとばっかり。だからごまかせると思ったのに。まさか、ここにいたとは。
通話を切って携帯をポケットに突っ込みながら、梶くんがドアを閉めてこちらへと歩いてくる。
「はい、携帯切って」
「あ、うん」
二重で聞こえていた声の一つを切って、携帯を持ったまま梶くんを見上げた。
「びっくりした。どうしたの」
「驚くのは俺の方です。一体何時だと思ってるんですか」
北さんからは、片づけたら帰るって言ってたって聞いたのに。
続いた梶くんの言葉に、肩を竦めた。
梶くんがお兄さんなら、北さんはお母さんだな。
苦笑い交じりにため息をついて、立ち上がった。
「心配すると思って、北さんにはそう言ったの。梶くんにはばれちゃったか」
わざわざ見に来るなんて。
梶くんは気遣わしそうに周囲を見渡して、再び私を見た。
「俺が佳苗さんの足のけがを心配してたから連絡くれたんだけど、帰りの時の様子を聞いて多分まだ仕事してるんじゃないかなと思ってみたら案の定」
「だって、それが私の仕事だもの」
すかさず答えれば、梶くんはそうじゃなくてと呟いた。
「そりゃ確かに店長の仕事かもしれないけど、一人で背負い過ぎなんだって。あのね、普通に考えて今のお店の状態って絶対おかしいから」
「それは……」
山下さんの、声が、耳の奥に響く。
お店の人を、悪く言う、その言葉が。私の所為で、パートさん達が甘えすぎなんて的外れな事を言わせてしまった、その言葉が。
思い出したくなくて目を伏せる。
「私が仕事が遅いから、」
「違うからね」
梶くんは、きっぱりと私の言葉を否定した。最後まで言わせてもらえなかった。
戸惑うように視線を向ければ、あのね……と口を開きながら梶くんは椅子に座るように私を促すと、ぐいっと腕まくりをして傍にあった商品を手に取った。
「最初さ。真面目そうな店長が来たなと思ってたら、予想に違わず許容以上の仕事をこなそうとするからさ。こう気を楽にしてもらって少しは頼ってくれないかなと思ったけど、むしろ頑張りすぎちゃうし」
「え、えぇ……。でも梶くんて頼るというか、なんかチャラいというか少し馴れ馴れしいというか。でも真面目なところあるし、掴みどころのないバイトさんで……。でも、頼りにはしてるよ」
クレーム処理から売り場の管理、接客にレジにオールマイティに仕事をしてくれるバイトさんにしておくにはもったいない人材なのは確か。
ただ赴任して一週間くらいたってから、なぜか名前呼びされるしちょっと馴れ馴れしいというか……最初はどう対応していいかちょっと悩んでた。
梶くんは苦笑いをしながら肩を落とす。
「最初普通に話してたら、すごい緊張して気負っちゃったみたいに見えてさ。ここは一つ仲良くなって同僚として頼って貰えるように頑張ろうと」
「……してたら、調子に乗ったってこと?」
普通に聞いていれば好意を持ってるとしか思えなかった態度に、戸惑ったことを思い出す。まぁ途中から私に気を使ってくれてる……私がこのお店に早く慣れるためにそういう風にしてくれてるんだろうと気づいて軽口で対応できるようになったけど。
梶くんは店出し準備の終わった商品を横に避けて、次の段ボールの中身を覗く。
「というより、途中から本気になったってことかな」
「……本気?」
本気、とは?
「本気で佳苗さんの力になりたいと思った。一生懸命に頑張る佳苗さんを、」
「あのごめん。私、一応付きあってる人が……その……」
思わず、口から出た。
自意識過剰かもしれない、思い上がりかもしれない。
でも次に続く言葉が想像できてしまって、とっさに遮ってしまった。
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