幼馴染と図書室。

篠宮 楓

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3 帰宅、そして自宅リビングにて 比奈

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「口先か、お前の言葉は口先だけか!」

「煩いなぁ、こたろーちゃんてば」
 こたろーちゃんの言う事を聞くつもりが無かったのはまったくもってその通りなんだけど、それ以上に副委員長に嵌められたんだってー。

 鍵当番を私になすりつけようとした佳苗が、諦めてカウンターに戻っていって。
 本に夢中になって、ふと気がついたのが最終下校の鐘だった。
「びっくりー」
 とか、ふざけながら本を片付けてカウンターに行ってみれば。


 ― 鍵よろしく!

 という、置き手紙が。
 orz、これを体現してしまったよ。

 くそぅ、やられた!
 上手い具合に、鍵を押し付けられた!

 まだくどくどと、隣で文句を言ってるこたろーちゃんの言葉をスルースキル全開にして流していたら、自宅の前で立ち話をしている母親と隣のおばさんがこっちに気がついて声を上げた。

「あら、小太郎くん。比奈を送ってくれたの?」
「春香さん、こんばんはー。かーさん、ただいまー」
「おかえり、こた。今から春ちゃんちでご飯にするけど、あんた来る?」
「行かなきゃ、俺の飯はどーなるんだ」
「カップな麺が、お前を待っている」
「さいてー」
 呆れたように肩を竦めると、こたろーちゃんは自分ちに入っていった。
 また、後で。と、いい残して。
 私は母親とこたろーちゃんのお母さんに挨拶しながら、その隣の家に入る。

 そう。
 自宅の隣が、こたろーちゃんちで。
 五歳差の私達は、なぜか幼馴染で同じ学校にいる。



 手を洗ってから自分の部屋に入って、制服から部屋着に着替えた。
 コットンの半袖ロングワンピース。下には、ショートパンツを穿く。
 一応、こたろーちゃんが来るなら、普通の格好をしていなければなるまい。

 鞄の中から課題を取り出して机に置くと、階下から呼ばれたタイミングでリビングに降りれば、こたろーちゃんのお母さんである奈津さんがすでにテーブルについていた。

「比奈ちゃん、お疲れ様。今日は餃子だって」
 箸でも叩いて喜びそうなくらい、嬉しそうな顔に思わず笑ってしまう。
「奈津さん、ビール?」
 椅子の後ろを通り過ぎながら声を掛けると、もちろん!、と答えが返ってきた。
「奈津、あんまり飲みすぎちゃダメよ。明日仕事でしょ」
 キッチンでは私の母親である春香が奈津にそう声を掛けながら、フライパンで餃子を焼いているところだった。冷蔵庫からビールを二本取り出して、ついでに麦茶も手に取る。

「あら? 小太郎くんも今日飮むの?」
 目ざとく私の手の中のものを見た母親が、不思議そうに首を傾げる。普段、平日は飲まないのを知っているからなんだけど。
「……多分」
 聞いてないから分からないけど、多分、今日は飮むと思う。
「比奈ちゃんがそう言うんなら、飮むかもね」
 私達の会話を聞いていただろう奈津さんが、にんまりと口端を上げる。
 その表情に何か面倒くさいことを言われるんじゃないかと身構えた時、玄関が開いてこたろーちゃんが入ってきた。

「お邪魔しますー」

 間延びしたこたろーちゃんの声に、思わずリビングの入り口に目を向けた。
 ドアを開けたこたろーちゃんは、ジーンズにTシャツ姿。
 奈津さんと私に注目されているのに気がついて、一瞬目を見開いて足を止める。
「えっと、なに?」
 怪訝そうに動き出して、いつもの自分の席に着く。
 奈津さんはそんなこたろーちゃんに箸を向けて、いたって普通に問いかけた。
「こた。何飲む?」
 珍しくそんなことを聞いてくる奈津さんに首を傾げながら、こたろーちゃんは顔だけカウンターの上に見えている私に向かって右の人差し指を立ててにかっと笑う。
「ビール、一本願いますー」
 途端、リビングに爆笑が吹き荒れたのは言うまでもない。





「うるさいなぁ、もういい加減話し変えようよ」

 ビール飲みたいだろうって、なんとなく思っただけなのに!
 当たったからって、こんな些細な事でもう数十分、中年夫婦だの熟年夫婦だの凄い言われよう。っていうか、夫婦から離れて!

 私は余計な事をしたという後悔を全力発動して、ご飯を口に運んでいた。
 何よりも……

「やっぱり俺ってば、愛されてるよねー」
 このバカたろーが話をやめないから、全く収拾がつかないのだ。
「愛してるのは、本だけ! こたろーちゃんで入り込んでいいのは、その知識のみ!」
 そう言い返せば、
「知識が欲しけりゃ、俺ごと貰ってー?」
 バカが伝染る!

「しっかし、こたも情けないよねぇ。もう五年越しの求愛行動なのに全く進展なし!」
「そうねぇ。ほら……、比奈って頑固だから」

 奈津さんも母親も、面白そうにこたろーちゃんを煽る。
「そういう冗談、私だいっ嫌い!」
 青春真っ只中の十八歳乙女で、遊ばないで頂きたい!

 最後の餃子を口に放り込むと、私は麦茶を飲み干した。
「冗談じゃないんだけどねー」
「なお悪いわ!」

 カンッと鋭い音をさせてコップをテーブルに戻すと、私は勢いよく席を立つ。

「あら、もう食べ終わったの? 早いわねぇ」
 のんびりと笑う母親に、チョップしたくなるのは私だけだろうか。

 早いんじゃないの、早くしたの!
 ぷりぷり怒り狂いながら、食べ終えた食器をシンクに下げる。

「どんだけ怒っててもちゃんと後片付けするあたり、真面目だよなー」
「ホントいい子だわ。こた、早く比奈ちゃんゲットしなさい」
「俺だって頑張ってんだけどなー」
「まぁ、そうしたらどっちに住むの?」

 のほほんと当事者抜きで話し合いを始める三人の会話に、思わずorz再び! と思ったけど、それは耐えた。

 ばっかじゃないの!?

 内心叫び倒すと、阿呆すぎる会話を繰り広げる三人を無視して私は部屋へと戻ったのだ。
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