希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―

篠宮 楓

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吟の帰還 6【商店街夏祭り企画】

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今回のお話は「日々是好日、希望が丘駅前商店街-神神飯店エソ、オソオセヨ 
【商店街夏祭り企画】決戦は金曜日(当日)」の、醸視点でのお話となります。
神山さま、ありがとうございました!


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 あー、頭重い。


 醸は目の前を通り過ぎていく人の流れを、ぼんやりとしたまま見ていた。
 昨日は散々だった。吟の結婚相手の名前を聞いて大喜びの燗は、深夜遅くまで木戸と飲み続けていたらしい。さすがに強い燗でも今日は潰れているかと思ったけど、雪が準備していた浴衣に着替えて朝一二人で遊びに出かけた。
 ちなみに今、醸が着ている浴衣は、もともと燗のものだ。
 紬屋さんで以前仕立てたこの浴衣を、雪は大事に手入れをして毎年燗に着せていた。それを今年は醸に渡し、二人で新しい浴衣を仕立てたらしい。吟のこともあるし、今年は何かと区切りの年になりそうだからと言っていたけれど、醸にとってまったく理解できなかった。

「すみませーん、梅酒ください」
「はい、毎度ー」
 今回初めて販売してみた冷凍の酒は、おおむね好評だった。日本酒と梅酒を出しているが、どちらかといえば梅酒の方がよく売れている。
 夏場だけでも扱ってみるのはいいかもな。冬場も宴会とか鍋とかに合いそうだけど、経費との兼ね合いが...。

 あまりお客さんには聞かせられないようなことを考えながら、梅酒のアルミパウチの口をはさみで切ってスプーンを添えて差し出すとお客さんは代金を支払って一緒に歩いて行った。
 その後ろ姿を見送りながら、ベンチに腰を下ろす。そうして祭りには一切そぐわないため息を深くついて、広場へと視線を向けた。


 浴衣姿の人達が多くにぎわっている中央広場の前に店を構えているからか、楽しそうな喧騒があたりに響いている。
 親子連れや友人同士に混じって、恋人同士で歩いている楽しそうな二人連れもたくさん目の前を歩いていく。
「……姉さんが、結婚か」
 何とはなしに呟いて、両手を後ろについて空を見上げた。醸の心とは裏腹に、真っ青な空が広がっている。


 別に、姉の結婚を邪魔しようとは思わない。
 姉には好きな男と、幸せになって欲しい。
 それでも心の準備を一つもさせてもらえなかった醸にとって、その事実は重くのしかかった。

 小さい頃から病気がちで体の弱かった醸を、何かと面倒を見てくれたのは忙しかった両親よりも三つ年上の姉の吟だった。学校で体調を崩せばおぶって帰り、いじめにあっていれば相手が男だろうが年上だろうが突っ込んで行って叩きのめしていた。
 吟の男前な性格と荒い口調は、燗だけのせいじゃない。いや、本人の性格ということもあっただろうけれど。

 だから。

 醸にとって、吟は姉である以上に尊敬する女性だったのだ。成長するにつれて丈夫になった体を、一番喜んでくれたのも吟だった。今まで守ってもらってきた醸は、これからは自分が姉さんを守るんだと心に決め……

「んぁ? お前に守ってもらうほど、私は弱くねーよ」
 ……一刀両断、それを却下されたけど。

 実際精神的にも肉体的にも強かったりするので、本当に何も恩返しができなかった。

「いつかいつかと思っていたのに、何にもできないままか……」

 それが、醸を落ち込ませる一番の理由。

 せめて相手の人と仲良くするという選択肢もあったのに、混乱していた昨日の自分は思いっきり不遜な態度をとってしまった。

「……」

 実際悔しいしムカついてるし姉に笑いかけられてるのとかなんなのっていうか羨ましすぎておもむろに殴りたいとかあんたら二人でもう一緒に住んでるんだろうふざけんな今すぐ出て行け――

 

 ――とか、思わないわけでもないけれど。



「……」

 思わず本音のあたりが大暴走しかけて、醸は仕切りなおすように手元の缶珈琲を一口あおった。
 実際思うところはあったとしても、姉が結婚するということは決定事項だ。いくら結婚を両親に了承してもらえたとしても、弟にこんな態度を取られたら木戸も嫌な気持ちになっただろう。
「凄い緊張しただろうな……、表情なかったけど」
 同じ男として考えれば、自分の態度は本当に悪かったと思う。結婚の伺いに行って家族の一人にあんな態度とられるとか、嫌だよな。

「……後で謝ろう」

 元々醸は、穏やかな性格が基本。姉の事となると頭に血が上ってしまうけれど、冷静になれば客観的に考えることはできる。
 自分だって、いつかは誰かと一緒になる為に今の木戸と同じ立場になるわけだから。


 誰か……


 そこまで考えて、ふと醸は広場へと目を向けた。広場には色々な屋台が出店しているけれど、一際楽しそうな笑い声が聞こえるお店。


「オクシさん、楽しそうだなぁ」
 神神飯店の屋台はそこまで遠くにあるわけではないからか、並んだお客さんやすでに何か食べているお客さんたちの笑い声や楽しそうな声が聞こえてくる。
 何を言ってるかまでは聞こえないけれど。
 その合間合間に、楽しそうなオクシさんの声が響く。毎年神神飯店は夫婦二人で出店しているから、今年も天衣は友達と一緒に祭りを回っているのだろう。
 もしかしたら、店で何かしているのかもしれない。

 いつも店で見る三人の姿を思い浮かべて、くすりと笑う。ちゃきちゃきといつも忙しそうに働く天衣の姿が目に浮かぶ。オクシさん大好きな開さんと面倒見のいいオクシさん、明るくて働き者の天衣。



 そこに……
 脳裏を掠めた記憶に、醸は思わず神神飯店の屋台から視線を外した。
 配達に行くとたまに会う、バイトくん。 小柄な彼が紹興酒の大甕を運ぶ姿に最初は少しハラハラしたものだけれど、今じゃもう手慣れたもののようだ。
 天衣と一緒に、配達品を厨房に運んでいくのも堂に入ってる。楽しそうに仕事をしているのを見て、ホッとする反面――

「……」
 珈琲を、もう一口、喉に流し込んだ。


 最近、その姿を見ると居心地の悪さを感じるのだ。
 バイトくんがいるお蔭で開さんは出前を断らなくてよくなったって喜んでいたし、オクシさんももう一人子供ができたようで楽しいと言っていた。確か、今回は浴衣を作ってあげたようだ。
 それに天衣に重い物を持たせることが少なくなって、俺としても喜ばしい事……な、はずなんだけど。

「……いつか、天衣も、彼氏とか作るんかな」

 姉が結婚相手を連れてきたように、あの無邪気な笑顔で「私、この人と結婚するの!」とか報告されるんだろうか。

「……」

 もう一口……とあおった缶からは、一滴の珈琲も喉に滑り落ちてきてはくれなかった。子供の頃から知ってる天衣が、誰か知らない男と一緒に歩く姿が、想像できなかった。



「……ませ……すみません……、あの、すみませーん!」
「えっ、あっ、はいっ!」

 耳元で叫ばれて、醸は驚いて声を上げた。
 我に返ってみれば、目の前には若い男性が一人。どうやら自分の思考にどっぷりつかりまくっていたようだ。
「お待たせしてしまって、すみません」
 慌てて立ち上がると、男性は気にしてないよと笑って日本酒のパウチを指差した。
「学生だけど俺二十歳過ぎてるんで、これ貰っていいですか?」
 そう言いながら免許証を醸に見せる。年齢確認大事。

 醸はもう一度謝罪をして、日本酒のパウチの口をはさみで切り取る。そしてスプーンと一緒に渡そうとして、動きを止めた。


 ふわりと視界に入ってきた、長身の女性の後ろ姿。
 それは――


 ――天衣?


 醸は、パウチを持ったまま動きを止めていた。

 黒地に大振りの桜と白い牡丹の柄の浴衣にくすんだ赤煉瓦色の帯を締めていて、左右にお団子にした髪を帯と同じ色の布の髪ゴムみたいなもので留められていた。いつも洋服に隠されている身体の線が露わになっていて、項が暑い陽射しの中で白く見えている。

 後ろ姿だけれど、それは天衣だった。
 そして、その隣には……

「――バイトくん……」

 向こうも醸に気付いたらしく一瞬目を見開いたけれど、天衣を一度見てすぐにこちらに向きなおすと笑みを浮かべて頭を下げる。それにつられるように小さく頭を下げれば、指を絡ませるようにして繋いでいる手に気付いた。
「……っ」
 途端、背中に冷水を浴びせかけられたように血の気が引いていく。

「あの?」

 動きを止めている醸を不思議そうに覗き込んできたお客さんに、日本酒のパウチを受け取ってもらう。

「あ、すみません。どうぞ」
 そうしている間にも、二人は目の前を通り過ぎていく。
 どうやら神神飯店の屋台へと向かっているようだった。その後姿を目の端に納めながら、醸はお会計を済ませたお客さんに小さな袋を渡す。
「ぼうっとしてしまってすみません。これ、よければおつまみにでもどうぞ」
 そこには要望があったらと用意しておいた、いくつかの乾き物が入っていた。
「え、いいですよ。気にしないでください」

 遠慮しているお客さんに何度か言い重ねて受け取ってもらうと、醸はストンとベンチに腰を下ろした。









「タイムリー……過ぎるだろ」


 ぽつり、呟く。


 広場の方からはバイト君の声が響いてきていて、小さいけれど何か慌てたような天衣の声が聞こえる。その後に続いた笑い声に、醸はその時がきたのかとぼんやりと悟る。


 ――子供の頃から知ってる天衣が、誰か知らない男と一緒に歩く姿が、想像できない


「今かよ」


 いつかはそんな日が来るのかもしれないと思っていた現実が、目の前に突き付けられた。

 子供の頃から知っている天衣との距離が、なぜか、今は遠く感じた。
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