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思えば、あの一年生には本当に悪い事をした。
用具入れから持ってきた竹箒をさかさかと動かしながらごみを集めていた俺は、単純作業だからこその罠、考え事に没頭していた。
あれは忘れもしない、一か月ほど前の事。
馬鹿朽木が馬鹿な事を口走って馬鹿な事やらかして、俺に馬鹿馬鹿言われたあの日。
……うん、いつもの日常のような気がしてきたけどそれはこの際おいておこう。
あいつが阿呆なことは、俺がよく知っている。
馬鹿でも阿呆でもどっちでもいい、この際。
朽木が阿呆なことした時に、俺に手紙をくれた一年生。
いや、朽木が阿呆な事をするきっかけに、なりたくもなかっただろうにうっかりのおっちょこちょいでなってしまった一年生。
何で俺宛の手紙を、朽木の下駄箱に入れるかな。おかしくね?
俺は橋場で、あいつ朽木だぜ? 下駄箱の場所、全然違うっての。
って、それはまぁいい。実際間違えたんだし、話し反れるから置いといて。
自分の事だというのにまったくわかんないんだが、なぜか俺に告白をしたかったらしい。
何で俺。
せめて正也ならわかる……って、朽木がとち狂った時にも同じ事言ったな俺。
まぁ、いい。それにあの一年生を見るに、ふざけたり遊びだったりってわけじゃなさそうだし。
実は朽木に邪魔されてちゃんと筋を通した話をできなかったのが、すこし心に残っている。
一応ちゃんと返事も謝罪もしたつもりだけれど、朽木に抑え込まれたままの体勢だったしな……。
「……」
思わず、頬ひくつく。
あんのクソ馬鹿があんなことしなきゃ、あの場で話が終わってたってのによ……。
湧き上がる苛立ちそのままに竹箒を動かしていたら、ふわりと背中に熱が触れた。
なんだ? と口に出す前に両腕を抑え込むように後ろから長い腕が前にまわされて、その犯人に気付く。
「祐、手、痛めちゃうよ?」
のほほんとしたのんびりな声が、斜め上から降ってきて。
それとともに、後ろからまわされた手が竹箒を持つ俺の手と重なった。
さして力を入れているようにも思えない筋張って硬い手が、俺の手の動きを止める。
ほんの数秒の間の出来事。
見事に俺は、朽木に捕まっていた。
くそ寒いからカイロ代わりにいいと思えば思えないこともないが、それ以上に……
「暑苦しい、くそ重い、ウザったい」
「何かの標語のようだね」
「のんびり納得してんじゃねーよ」
誰がくっついて良いと言った。
余計イライラしてきた俺は、朽木を自分から剥がそうと両腕に力を込めた。
「……」
く、こいつ、動かね……っ。
「……っ」
箒から手を離したいのに、それもできない。歯を食いしばって力を込めてみたけれど、全て徒労に終わった。
それでも諦めるということを知らない俺の数度目の挑戦をやはりあっさりと失敗に終わらせた朽木は、何度離そうとしても離れなかった箒を俺の手から取り上げるとするりともう片方の腕を腰にまわした。
「もう終わりって言ってたから、帰ろうよ」
「はぁっ?」
終わりって何が!
思わず振り仰いで睨みつけた朽木は、どこか不機嫌そうで。微かに不快な色を浮かべた視線が、じっと俺を見下ろしている。
「……? なんで朽木が怒ってんだ」
ほわほわ笑ってるのがデフォのくせに、意味わからん。
朽木は口角を微かに上げると、箒を左手に、俺を右腕で引きずりながら歩き出した。
そこで気づく。一緒に掃除してた当番のクラスメイトはどうした。
ぐるりと見渡しても、人っ子一人いない。
朽木は真っ直ぐに向かう方向を見つめながら、口を開く。
「佑が集めたごみは既に他の奴らが片付けたって。佑が考え事しながら掃除してて声かけても反応しないって、教室で待ってたらそう言われて迎えに来たんだよ」
「……っそ」
考え事に集中し過ぎたらしい。うっかり自分の世界に入り込み過ぎてしまった。
それもこれも、このクソ馬鹿朽木があんなことするからだっつーの!
勃った発言を思い出してギリギリと拳を握りしめた俺は、裏庭から外へ向かって歩いていることに気が付いて慌てて足を止めた。
「なに?」
腕に負荷がかかったに気が付いたのか、眉間にさらに皺を寄せて朽木が俺を見下ろす。
その声が怒りの感情をなぜか滲ませていて、驚いて思わず口を噤んでしまった。
不快感どころか、マジで怒ってねーか?
「……」
何も言わない俺と視線を合わせていた朽木は、小さく息をついてそのまま腕に力を入れて歩き出した。
「っていやいやいや、なんで高校から出るんだよ。俺、鞄も何も持ってきてねーし!」
しかもお前の手にはまだ箒が……! と、そこまで言った途端、ぐいっと腕を掴まれて傍らの木の幹に押し付けられた。
「……っ、いてっ」
その行動がいきなりだったことで受け身をとることもできなかった俺は、ダイレクトに痛みを伝えてくる背中に顔を顰める。
意味が解らない行動も言葉もいつもの事だけれど、さすがに頭にきた俺は木に押し付けられている体勢のまま朽木に食ってかかった。
「いってぇな! なんだよ、ホントに!」
「あの一年生の事、すきなの」
目の前に威圧するように立つ朽木は、不快そうな表情のまま俺の言葉を遮るように呟く。
「……すき? 一年?」
「……、そう。あの一年」
返ってきた朽木の言葉は、わけわかんなすぎて、思わずぽかんと口をあけてしまった。
「は?」
用具入れから持ってきた竹箒をさかさかと動かしながらごみを集めていた俺は、単純作業だからこその罠、考え事に没頭していた。
あれは忘れもしない、一か月ほど前の事。
馬鹿朽木が馬鹿な事を口走って馬鹿な事やらかして、俺に馬鹿馬鹿言われたあの日。
……うん、いつもの日常のような気がしてきたけどそれはこの際おいておこう。
あいつが阿呆なことは、俺がよく知っている。
馬鹿でも阿呆でもどっちでもいい、この際。
朽木が阿呆なことした時に、俺に手紙をくれた一年生。
いや、朽木が阿呆な事をするきっかけに、なりたくもなかっただろうにうっかりのおっちょこちょいでなってしまった一年生。
何で俺宛の手紙を、朽木の下駄箱に入れるかな。おかしくね?
俺は橋場で、あいつ朽木だぜ? 下駄箱の場所、全然違うっての。
って、それはまぁいい。実際間違えたんだし、話し反れるから置いといて。
自分の事だというのにまったくわかんないんだが、なぜか俺に告白をしたかったらしい。
何で俺。
せめて正也ならわかる……って、朽木がとち狂った時にも同じ事言ったな俺。
まぁ、いい。それにあの一年生を見るに、ふざけたり遊びだったりってわけじゃなさそうだし。
実は朽木に邪魔されてちゃんと筋を通した話をできなかったのが、すこし心に残っている。
一応ちゃんと返事も謝罪もしたつもりだけれど、朽木に抑え込まれたままの体勢だったしな……。
「……」
思わず、頬ひくつく。
あんのクソ馬鹿があんなことしなきゃ、あの場で話が終わってたってのによ……。
湧き上がる苛立ちそのままに竹箒を動かしていたら、ふわりと背中に熱が触れた。
なんだ? と口に出す前に両腕を抑え込むように後ろから長い腕が前にまわされて、その犯人に気付く。
「祐、手、痛めちゃうよ?」
のほほんとしたのんびりな声が、斜め上から降ってきて。
それとともに、後ろからまわされた手が竹箒を持つ俺の手と重なった。
さして力を入れているようにも思えない筋張って硬い手が、俺の手の動きを止める。
ほんの数秒の間の出来事。
見事に俺は、朽木に捕まっていた。
くそ寒いからカイロ代わりにいいと思えば思えないこともないが、それ以上に……
「暑苦しい、くそ重い、ウザったい」
「何かの標語のようだね」
「のんびり納得してんじゃねーよ」
誰がくっついて良いと言った。
余計イライラしてきた俺は、朽木を自分から剥がそうと両腕に力を込めた。
「……」
く、こいつ、動かね……っ。
「……っ」
箒から手を離したいのに、それもできない。歯を食いしばって力を込めてみたけれど、全て徒労に終わった。
それでも諦めるということを知らない俺の数度目の挑戦をやはりあっさりと失敗に終わらせた朽木は、何度離そうとしても離れなかった箒を俺の手から取り上げるとするりともう片方の腕を腰にまわした。
「もう終わりって言ってたから、帰ろうよ」
「はぁっ?」
終わりって何が!
思わず振り仰いで睨みつけた朽木は、どこか不機嫌そうで。微かに不快な色を浮かべた視線が、じっと俺を見下ろしている。
「……? なんで朽木が怒ってんだ」
ほわほわ笑ってるのがデフォのくせに、意味わからん。
朽木は口角を微かに上げると、箒を左手に、俺を右腕で引きずりながら歩き出した。
そこで気づく。一緒に掃除してた当番のクラスメイトはどうした。
ぐるりと見渡しても、人っ子一人いない。
朽木は真っ直ぐに向かう方向を見つめながら、口を開く。
「佑が集めたごみは既に他の奴らが片付けたって。佑が考え事しながら掃除してて声かけても反応しないって、教室で待ってたらそう言われて迎えに来たんだよ」
「……っそ」
考え事に集中し過ぎたらしい。うっかり自分の世界に入り込み過ぎてしまった。
それもこれも、このクソ馬鹿朽木があんなことするからだっつーの!
勃った発言を思い出してギリギリと拳を握りしめた俺は、裏庭から外へ向かって歩いていることに気が付いて慌てて足を止めた。
「なに?」
腕に負荷がかかったに気が付いたのか、眉間にさらに皺を寄せて朽木が俺を見下ろす。
その声が怒りの感情をなぜか滲ませていて、驚いて思わず口を噤んでしまった。
不快感どころか、マジで怒ってねーか?
「……」
何も言わない俺と視線を合わせていた朽木は、小さく息をついてそのまま腕に力を入れて歩き出した。
「っていやいやいや、なんで高校から出るんだよ。俺、鞄も何も持ってきてねーし!」
しかもお前の手にはまだ箒が……! と、そこまで言った途端、ぐいっと腕を掴まれて傍らの木の幹に押し付けられた。
「……っ、いてっ」
その行動がいきなりだったことで受け身をとることもできなかった俺は、ダイレクトに痛みを伝えてくる背中に顔を顰める。
意味が解らない行動も言葉もいつもの事だけれど、さすがに頭にきた俺は木に押し付けられている体勢のまま朽木に食ってかかった。
「いってぇな! なんだよ、ホントに!」
「あの一年生の事、すきなの」
目の前に威圧するように立つ朽木は、不快そうな表情のまま俺の言葉を遮るように呟く。
「……すき? 一年?」
「……、そう。あの一年」
返ってきた朽木の言葉は、わけわかんなすぎて、思わずぽかんと口をあけてしまった。
「は?」
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