31日目に君の手を。

篠宮 楓

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26日目~28日目 原田視点

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「……死屍累々」
 まさしくその言葉が一番合う。

 合宿最後の朝、起きて身支度を整えた原田が見下ろした先には掛け布団はほとんど意味のない……、いや布団自体意味のない状態の佐々木と井上が死んだように眠っていた。辻はそれを避けるように、壁際の方に寝ている。

 原田はそれをもう一度見遣ると、静かに部屋を出た。手に持っているのは携帯と財布のみ。静かな廊下を通って、表玄関から外に出る。

 携帯のサブディスプレイには、朝の九時のデジタル表示が浮かんでる。
 それを見てから、原田は木々の生い茂る方へと足を向けた。昨日井上に言った通り、アオへの土産代わりに風景写真を撮ろうと出てきたのだ。もともと考えていた事だというのにデジカメじゃない辺り、さりげなく思いついたからというのを前面に出したい自分に笑える。

 好きだと自覚しても、その好意を上手く言葉や態度で伝えられない自分が情けない。鈍いと井上に言われて言い返してはみたものの、あながち間違ってない事は自分でもわかってる。

「あー、情けない……」

 ぶつぶつと呟きながら、緩やかな山道を登っていく。



 合宿所の裏山は、田舎の裏山より緩やかな傾斜で原田にとっては造作もない山道だ。それでも他の……特にまだ慣れていない一年生にとっては厳しいらしく、先ほど廊下で行きあった奴らは原田が山に行くと聞いて口元が引きつっていた。
 まぁ合宿の疲れがないわけではないが、それでも歩けないほどきつい場所ではないと思うけれど。合宿中という事もあり遊びできているわけではないから、歩き回れる場所は限られている。

 今日は快晴。
 真っ青な空が、一面に広がっている。
 朝露を含んだような、濡れたような朝の風景。


 しばらく歩いてから、原田は見つけた岩の上に腰を下ろした。
 やっていることがおっさん臭い気がしないでもないが、好きだから仕方がない。携帯画面を眼前に突き出して、風景を切り取る。自分が見てきたものを、アオに持ち帰る。
 ある意味、好意の表れだと思うんだけど。


 伝わんねぇか、アオ相手だし。

 自分の鈍さを棚に上げて、原田は盛大なため息をついた。


 いくつか写真を撮ってから、携帯をポケットにしまい込む。そして来るときに買ってきた、缶珈琲のプルタブを押し上げた。軽い音がして、缶独特の微かに甘い珈琲の香りが漂う。
少し温くなったそれを一口飲みこんで、息をついた。

「アオは、俺の事、どう思ってんだろう」

 嫌われてるとは思わない。
 好かれてはいるだろう。いや、自意識過剰ではなくて好意という面では。
 ただそれが……

「本気で母親とか思われてたら、それはそれでへこむ」
 せめて父親にしろと前に言ったけれど。他の奴にかまわれるくらいなら、俺がその役でいいとは思ったけれど。
 あと数日で夏休みも終わる。そうすれば、アオに会える時間も日数も格段に減るだろう。体力には自信はあるけれど、さすがに授業始まってからも自転車で通学するのは厳しい。

 そこでふと気が付く。


「そっか。まだ、一か月経ってねぇのか」
 アオと会ってから。
 初めてみたのは、そうだ……八月に入ってすぐの辺りだったから。
 最初は、面倒くさい女に声かけたって後悔してたのに。たった数週間で、自分の感情がここまで変わるとは思わなかった。

「……いや」

 それでも、最初から気に掛かる存在だったのは否めない。

 脳裏に浮かぶ、涙を流すアオの姿。
 からっぽに見えた、アオの心。
 いつの間にかそれに、アオ自身を感じられるようになった。
 それが、俺の……自分の影響なら嬉しいとそう思う。いや、そうに決まっていると確信にも似た気持ちがある。
 
 だから。
 だから……、早くアオに会いたい。
「少し、少しでもアオの気持ちを……」

 ……

 思わずそこまで言って、原田はどこか焦ったように珈琲を飲み干すと座っていた岩から腰を上げた。
 自分の考えに照れてどうすると内心悪態をつきながら、空を見上げる。

 少しは……、アオの隠している”何か”に触れてもいいかだろうか。

 絵筆を持つ、アオの白くて細い指先が脳裏を掠める。
 いつも肌には、絵具や鉛筆の粉が付いていた。

 せめて、その手に触れ……


「――――――っ!」


 やっぱり恥ずかしくなってきて、原田はがしがしと頭をかいた。誰に聞かれているわけでもないというのに、自分の考えにどうしても照れる。

「写真を撮るか!」

 あえて口に出すことで、脳内思考を追い出した。

 完全に、へたれである。
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