31日目に君の手を。

篠宮 楓

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29日目 アオ視点

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 その日の夕方、ななしくんは三和さんに連れられて家に帰って行った。
 凄く丁寧に、要さんに挨拶と謝罪をして。
 っていうか、なぜか村山先生までいた。
 なぜに?

「あの子は、本当に高校生かい?」
 感心したような若干呆れたような呟きを零す要さんに、思わず笑う。
「私も最初そう思ったよ」
 制服着てたから、分かったけどね。
 
二人ののった車が角を曲がって見えなくなると、村山先生は自宅に戻り私達は居間に戻った。要さんはいつもななしくんの座っていた場所に腰を下ろして、扇子をゆっくりと動かしている。
「おや、あの子専用の湯呑かい?」
 居間にある棚の中、いつもななしくんが使っていた湯呑。
 マジックででかでかと、ななしくんと書いてある。何となく懐かしさに目を細めてしまうのは、すでに私の心がここから離れているからなのか。

「うん。私を心配してくれてね、会いに来てくれてたんだよ」
「あぁ、村山が感心していたよ。高校生に面倒を見られてどうするんだと思っていたが、あの子なら納得だ。どう考えても、お前の方が下に見えるよ」
 ふふっと笑んで、要さんは扇子をぱちりと閉じた。

「それで、お前はどうするんだい?」

 その表情は真剣で。
 私は居住まいを正した。

「要さん、ここに置いてくれて本当にありがとう。明日、帰るね」
 片眉を微かに上げた要さんは、なんでもないように”そうかい”と呟いた。
「いい顔じゃないか、本当に。もう大丈夫だね?」
 感情をおおっぴらにしない要さんの、最上級の安堵の表情。それだけ、周囲に心配を掛けていた事に気づく。
「うん、大丈夫」
 そう言って立ち上がると、隣の部屋の襖を開けた。
 そこにあるのは、大きなキャンバス。

 後ろから要さんが覗き込む。
「綺麗だね、うん。綺麗だ」
 そう言って、私を見た。
「お前の絵だね」

 その言葉は、深く深く私の心に沁み込んでいく。

「もうね、私は大丈夫。ちゃんと、私になってまた戻ってくるから」
 要さんは喉の奥で笑うと、今気が付いたかのように首を傾げた。
「それは、あの子には話してあるのかい? 帰る事は」
 どくりと、鼓動が早まる。
 そして頭を振った。
「でも、ちゃんと戻ってくるよ。だから、ごめんね」
「……そうかい」
 少し考える様に目を伏せていた要さんは、ゆっくりとその場に腰を下ろした。
 衣擦れの音が、微かに響く。
 私も、それにならうように正座した。

「あの子の事は、放っておくよ。どうなろうと、お前たち二人の問題だ。私が口を出す事じゃない」
「うん」
 私の返答を聞いて、ゆっくりと頷いた。


「……青は藍より出でて 藍より青し」

 凛とした声が、響く。

「お前は、どっちだい?」

 ここに来た時は、答えることが出来なかった言葉。
 今なら答えられる。

 要さんを見つめて、私は口を開いた。


「どっちでもありたいと思ってる」


 認めてくれるような要さんの笑みに、私は嬉しくなった。
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