シスコンリーマン、魔王の娘になる

石田 ゆうき

文字の大きさ
118 / 148
第5章 戦争、休憩、戦争

073 戦の支度5

しおりを挟む
「ウォォォ~!」

 シロの咆哮があたりに響き渡る。
 城壁を越えて、街の中から多数の悲鳴が聞こえた。

 朝っぱらから騒がされるゲノレの住民には申し訳ないが、やはり相手に舐められないためには、こういうハッタリも重要だ。

 耳障りな音とともに城門が開かれ、警戒した様子の衛兵があらわれた。
 一見、不審者を前にして門を開くのは軽率に思える。しかしこちらの世界ではそうでもない。

 シロなら城壁など軽々と飛び越えられるし、タックル一発で破壊することもできる。あてにならない壁の後ろでジッとしているよりは、相手の姿を素早く確認しようという考えだ。

 ただし普通なら、わざわざ門を開けずに見張り櫓を使う。今回ゲノレの門番がそれをしなかったのは、彼らが全員ケンタウロスであるためだった。馬は階段が得意な生き物ではない。

 諜報部隊からの情報通りだった。
 魔族としては珍しく、アッフェリは自分の種族に強い愛着を持っている。兵士や役人などは、ケンタウロス族を優先して選んでいるらしい。

「自己紹介が必要かの?」

 シロに乗ったまま、上から声をかける。個人的には地面におりて礼儀正しく挨拶したいのだが、平民にそのような態度を取ると軽く見られることになる。戦争開始前にそれは望ましくない。

「ディ、ディニッサ……!」
「その通りじゃ。アッフェリ殿に会いに来たゆえ、すぐに知らせるがよい」

 番兵の一人が、くるりと後ろを向いて駈け出した。さすがに下半身が馬なだけあって、素晴らしいスピードだ。オレはシロをうながして、ゆっくりと前に進んだ。門を越え、街の大通りを進んでいく。

 番兵はオレたちを止めなかった。これは彼らの怠慢を示しているわけではない。
 味方であろうと敵であろうと、基本的に平民は魔族に逆らったりはしないのだ。仮に勇気を出して制止しても、一瞬で死ぬだけだからだ。

 大通りは、領主の館までまっすぐに続いている。
 このあたりも、こちらの世界らしい光景だと言えそうだ。直線道は移動に便利ではあるが、敵にあっという間に侵攻されるという弱点もある。

 よって、戦が多い地域の街ほど曲がりくねった道を持つことになる。といって、こちらの道が長い直線で構成されているのは、平和な世界であることを意味してはいない。ただ単に、市街戦というものを想定していないだけだ。

 進む途中で街が騒がしくなり、オレを見る群衆が増えていった。
 ときおり歓声をあげかけるものもいたが、左右を見渡して息をひそめたり、隣の者に口を塞がれたりして、大きな騒動にはなっていない。

 このことから二つのことがわかる。
 一つは、街の住人の多くがいまだディニッサを慕っているということ。
 もう一つは、アッフェリが恐怖によって街を支配しているということだ。

 恐怖による支配は、統治法として有効なものだと思う。魔族のように圧倒的な力を持っているならなおさらだ。オレの好みではないし、ルオフィキシラル領をそうやって治める気は毛頭ないが。

 ゲノレの街は、ルオフィキシラリアと比べればだいぶ小さい。しかし人口では、そう大差がないように思われる。これはゲノレの人口密度が高いためではなく、ルオフィキシラリアが寂れているせいだ。

 オレが統治を始めてしばらくは街も活気づいていたのだが、帰ってみるとずいぶんと人が少なくなっていた。これは特に、城に近い区画でより顕著だった。
 つまり、裕福なヤツから街を捨てて逃げたということだ。

 アッフェリとの戦争でオレが負けると見て、避難していったのだろう。逆に言えば、空き家が少ないこの街の住人は、オレを慕いながらもオレが負けることを確信していることになる。

 両者の正確な戦力を、一般市民が知っているとは思えない。しかし民の間を走る噂は、かなりの精度で現状を伝えているようだった。


 * * * * *


 領主館前の広場につくと、そこには魔族たちが勢揃いしていた。
 ざっと百人ほど。壮観なものだ。

「お初にお目にかかる。わらわは魔王トゥーヌルが娘、ディニッサ・ロニドゥ・ルオフィキシラル。アッフェリ殿に話があって参ったものじゃ」

 オレはシロから下りると、スカートをつまんで挨拶をした。

「これはこれは、丁寧なご挨拶痛み入る。姫はどのようなご用件か。あいにく今日は、ダンスパーティーの予定はないが」

 金色のハルバードを持った男が前に出てきた。筋肉が盛り上がった馬の下半身の上に、やはりたくましい人間の体がついている。ヒゲをたくわえたその顔は、人間ならば三十代半ばといったところだ。

 その場にいた魔族たちが、その男を守るように動いた。
 まわりの態度からして、この男こそがアッフェリのようだ。

 アッフェリの横には、彼より一回り大きいケンタウロス系の魔族。アッフェリと同じく、貴重なオリハルコン製のハルバードを持っていることから、弟のガパニだと思われる。

 それにしても無礼なヤツだ。
 アッフェリの揶揄に迎合するように周囲から嘲笑が飛ぶ。自分でもドレス姿を気にしていただけに、そこをつかれたのはやや恥ずかしかった。

 とりあえず、ここに来た目的のひとつはすでに果たせた。
 次は交渉だ。話し合いでおさまればいいんだが、まず無理だろうな……。戦力に差がありすぎるし、事前交渉をするひまがなかったのが致命的だ。

「やはり平和が一番だと思うのじゃ。互いの領地を侵さぬと約束せぬか?」
「戯れ言を。平和など、次の戦までの準備期間にすぎん」

 不可侵条約は一蹴された。
 さもありなん。むこうにとってメリットがなさすぎる。

「ならば、わらわがそなたの下につくということでどうじゃ? ルオフィキシラル領をそのままにしてくれれば、毎年一定額の税を払おう」

「簡単にすべてが手に入るというのに、どうしてわずかな分け前で我慢しなければならないのだ? バカバカしい話ではないか」

 自治を保ったままの属国化の提案も、あっさりと断られた。
 断られるのはいいとしても、一顧だにされなかったのは残念だ。これで交渉が決裂することが、ほぼ確定してしまった。だが、もう少しねばってみようか。

「見てわかる通り、わらわにはフェンリルがついておる。戦えば、そちらにも犠牲者が出るやもしれぬぞ?」

「ふんっ、我が軍に死を恐れるような臆病者はおらん」

 ……微妙に話が噛み合わないな。オレは戦った場合に失われる国力について語っているのだが。戦争で払う犠牲が多くなるなら、タダで属国化したほうがより利益が大きいということもありえる。

「わらわたちは、領地をうまく治めているという自信があるのじゃ。その組織をそっくり使ったほうが面倒がないのではないかの?」

「平民など、どうとでもなる。おまえたちの力を借りまでもない」

 処置なし、だな。

 この分では、ドワーフの鍛冶師やコボルトの採掘師からの支持がある、などといっても無駄だろう。平民など殴って言うことを聞かせれば良い、という考えのようだから。

 本当は違うんだけどな。強制されて嫌々働いた場合と、本人の意志で情熱を持って働いた場合では、できる仕事量も仕事の質もまるで異なる。このあたりのことは何度も実験されてデータもある。が、アッフェリを納得させるのは無理だろう。

 オレはため息をついてあたりを見回した。
 その場にいる魔族の半数ほどはケンタウロス系だ。罵声までは浴びせてこないものの、それぞれバカにしたような視線を投げかけてきた。

 残りは雑多な魔族で、これはアッフェリの家臣もいれば、今回雇われた傭兵もいる。こちらには、オレのことを気の毒そうに見つめる者も幾人かいた。

「くだらん駆け引きはもういらんぞ。今日滅びる貴族が、勝つと確定している相手に条件を出すなど噴飯モノだとわからんか」

「ふむ。であるなら、戦いを避けるにはどのような手段があるのじゃ?」

「すべてを捧げて降伏しろ。俺が保証してやるのは、おまえの命だけだ」
「なるほど。交渉は決裂したようじゃな……」

 オレはふたたびシロにまたがった。
 しかし、オレたちの行く手を一人の魔族が遮る。

「アッフェリ様、ディニッサ殿をこのまま捕まえてしまったらどうでしょう?」

 髪も髭も真っ白な、年老いたケンタウロスがアッフェリに語りかけた。
 これはすこし予想外の事態だった。

 こちらの世界の戦争は、命の取り合いはするが、一面儀礼的でもある。
 戦争前に話し合うことは珍しくないし、そこで使者を捕らえるようなことはめったにない。

「ふふふ。アッフェリ殿はずいぶんと優秀な部下をお持ちのようじゃな。わらわのような小娘との戦いを怖れて、事前に捕縛しようなど……。いやいや、たいした勇者じゃ。恐れいった」

「ツァギール、貴様、兄者を辱める気か! もう一度言ってみろ、その汚い口を引きちぎってくれるっ」

 アッフェリより先に弟のガパニが激高した。アッフェリも苦虫を噛み潰したような表情で、白髪のケンタウロスを見つめている。周囲の魔族たちも似たような反応だ。だがその反感の視線の中で、老人はさらに口を開いた。

「お聞きください! その娘には、なにやら不穏な気配を感じます。たとえ一時の汚名を着ようとも、念のため──」
「黙れ、臆病者の老いぼれめが!」

 今度はアッフェリが動いた。乱暴に白髪のケンタウロスを突き飛ばす。
 ツァギールとやらの言い分は、アッフェリがオレにしてやられると言っているに等しい。アッフェリが怒るのも当然だろう。

 喧騒の中、オレはあらためてシロを進ませた。
 今度は邪魔する者はいなかった。

 白髪の進言が聞き届けられなくて本当によかった。
 たとえこの場で戦闘になったとしても、逃げられはしただろう。だが、後々の作戦がすべて狂うところだった。


 * * * * *


 ふたたび大通りを通ってゲノレの街から出る。
 予想通りであるが、やっぱり交渉は失敗した。

 口の達者な交渉人だったら、もう少しなんとかなっていたのだろうか……。

 まあ、こうなったらしかたない。
 気は進まないが、やるしかないだろう。

 ──あいつらは、全員殺す。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

転生先はご近所さん?

フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが… そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。 でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

魔法使いが無双する異世界に転移した魔法の使えない俺ですが、陰陽術とか武術とか魔法以外のことは大抵できるのでなんとか死なずにやっていけそうです

忠行
ファンタジー
魔法使いが無双するファンタジー世界に転移した魔法の使えない俺ですが、陰陽術とか武術とか忍術とか魔法以外のことは大抵できるのでなんとか死なずにやっていけそうです。むしろ前の世界よりもイケてる感じ?

Sランクパーティを引退したおっさんは故郷でスローライフがしたい。~王都に残した仲間が事あるごとに呼び出してくる~

味のないお茶
ファンタジー
Sランクパーティのリーダーだったベルフォードは、冒険者歴二十年のベテランだった。 しかし、加齢による衰えを感じていた彼は後人に愛弟子のエリックを指名し一年間見守っていた。 彼のリーダー能力に安心したベルフォードは、冒険者家業の引退を決意する。 故郷に帰ってゆっくりと日々を過しながら、剣術道場を開いて結婚相手を探そう。 そう考えていたベルフォードだったが、周りは彼をほっておいてはくれなかった。 これはスローライフがしたい凄腕のおっさんと、彼を慕う人達が織り成す物語。

処理中です...