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第2章 お城の外へ。常識を知る
ルオフィキシラル領の文官
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「な、に、を、考えておるんじゃ、そなたは!」
オレは官府に戻るなり、ケネフェトを怒鳴りつけた。
首元をつかんで、その体をガクガクと揺らす。突然長官がおそわれて、周囲のエルフたちがビクビクしていた。が、気にしない。
酷すぎる税率、協力してくれないユルテ、突然異世界に飛ばされた怒り。
そのすべてが、ケネフェトに爆発したのだった!
……後半は、ケネフェトとまったく関係ない不満だが。
「ディ、ディニッサ様、落ち着いて、す、少し離れてください」
そうは言いながらも、ケネフェトは無抵抗なままだ。
理不尽な暴力にさらされながらも、こちらに指一本出そうとしないあたり、教育が行き届いていると言えるかもしれない。
オレは、ケネフェトの服から手を離した。
つい興奮してしまったが、ちゃんと説明しないとヤツも対処に困るだろう。
椅子に腰掛け、話し合いの体勢を作る。
しかし……。
マジマジとケネフェトを見つめた。
幼さの残るその顔は、真っ赤に染まっていた。
額から生える白い角も、心なしかピンク色を帯びているように見える。
その姿は純朴な少年といったありさまで、とてもあんな悪辣な取り立てをしている責任者とは思えない。まあ、上と下で態度が変わるヤツは珍しくないから、ケネフェトもそういうタイプなのかもしれない。
「ケネフェト、いかなる考えで、収穫の7割もの税を取ることに決めたのじゃ」
「7割!? い、いえ、税は4割と決まっています。トゥーヌル様のころから変わっていませんし、僕はなにもしていません!」
……ん? どういうことだ。
嘘をついているようには見えない。
いや、最初から好青年にみえていたんだから、実はすごい演技達者なのか?
「ふむ……。そういえば、誰が村から税を集めてきておるのじゃ?」
「収穫の時期だけ、専門の徴税官を雇っています」
なるほど、外注か。
悪徳業者に食い荒らされているわけだ。ディニッサが引きこもっているのをいいことに、好き勝手やっているようだな。許せねえ。
「そうか。早合点したことは謝る。しかしケネフェト、その徴税官とやらは、不正な重税を民に課しているようじゃぞ」
「えっ、そんな……。申し訳ありません。僕の監督不行き届きです」
角がテーブルにつくほど深く頭を下げるケネフェト。
しかしなあ。農民の苦しみを考えると、謝ってすむ問題でもない。
「そもそも、税は国家の礎じゃろ。その場かぎりの徴税官などではなく、ちゃんとした役人を派遣したほうがよくないか」
「申し訳ありません。とても人手が足りず……」
「人手不足か。ちなみに、この国には何人くらいの文官がおるのじゃ?」
「僕、一人です」
「……は?」
「あ、いえ、もちろん、各街の代官や町長なども含めるなら、もっといますけど」
……つまり国家公務員は、ケネフェト一人だけって事か?
地方公務員はそれなりにいるんだろうが、代官たちは税金すら納めていない。
え、この子、どうやって9年間も領地運営をやってきたんだ?
さっき叱ったのが申し訳なくなってきたぞ。
「その、そなた、ちゃんと休みは取れておるのか……?」
「はい、大丈夫です。毎週3時間は寝ていますから」
ヒィッ!! ブラックっ、超絶ブラック!
同期の友人の、ブラック自慢がかすむほどの労働環境だ。
魔族は体が頑丈な分、より悲惨な目にあうらしい。
週に3時間睡眠を9年間って、普通の人間なら死んでるぞ。
それなのにケネフェトは、さわやかな笑顔で返事をしている。
オレはケネフェトのそばまで歩いて行った。
そして頭をなでてやる。
「すまぬ。そなたには苦労をかけたのじゃ」
「ディ、ディニッサ様……!」
ケネフェトはふたたび頬を染めた。きっと感激しているんだろう。
こいつには、なんとか報いてやりたいものだ。
その時、それまで黙っていたユルテが動いた。
抗議の暇さえ与えず、素早くオレを抱え上げる。
そうしてケネフェトと向かい合う──つまり彼から最も遠い──椅子に腰掛け、膝の上にオレをのせる。わけがわからず振り向くと、彼女は冷たい視線をケネフェトに向けていた。
「ケネフェト・ロニドゥ。姫様をいやらしい目で見るのは、おやめなさい」
「い、いやらし? いえっ、僕はそんな! ただ、お綺麗だな、と思っていただけで、決してやましい気持ちはっ」
突然の糾弾に、ケネフェトは必死の言い訳を展開している。
もしかして、ディニッサに憧れているのかな?
あせった姿も微笑ましい。
わかるぜ、ケネフェト。君くらいの年頃だと、お姫様なんていう響きに惹かれるもんさ。オレの初恋の人も、旧華族の家柄のお嬢様だった。
……ま、信じられないようなビッチで、トラウマ級の失恋をしたがな!
「ユルテ、もうよい。今はまつりごとの話をしておるのじゃ」
「姫様がそうおっしゃるなら……」
そう言って矛を収めたものの、ユルテはオレを自分の元から離さなかった。
無理に膝から降りようとすると文句を言いそうだし、今回はこのままでいこう。
……ただなあ、すこし心配になってきた。
ユルテはディニッサの世話をしているんじゃなくて、ディニッサに依存しているんじゃないか。
共依存。そんな言葉が思い浮かぶ。
精神病の治療なんてオレには──いや、精神操作魔法でいけるのかな?
時間に余裕ができたら検討してみよう……。
オレは官府に戻るなり、ケネフェトを怒鳴りつけた。
首元をつかんで、その体をガクガクと揺らす。突然長官がおそわれて、周囲のエルフたちがビクビクしていた。が、気にしない。
酷すぎる税率、協力してくれないユルテ、突然異世界に飛ばされた怒り。
そのすべてが、ケネフェトに爆発したのだった!
……後半は、ケネフェトとまったく関係ない不満だが。
「ディ、ディニッサ様、落ち着いて、す、少し離れてください」
そうは言いながらも、ケネフェトは無抵抗なままだ。
理不尽な暴力にさらされながらも、こちらに指一本出そうとしないあたり、教育が行き届いていると言えるかもしれない。
オレは、ケネフェトの服から手を離した。
つい興奮してしまったが、ちゃんと説明しないとヤツも対処に困るだろう。
椅子に腰掛け、話し合いの体勢を作る。
しかし……。
マジマジとケネフェトを見つめた。
幼さの残るその顔は、真っ赤に染まっていた。
額から生える白い角も、心なしかピンク色を帯びているように見える。
その姿は純朴な少年といったありさまで、とてもあんな悪辣な取り立てをしている責任者とは思えない。まあ、上と下で態度が変わるヤツは珍しくないから、ケネフェトもそういうタイプなのかもしれない。
「ケネフェト、いかなる考えで、収穫の7割もの税を取ることに決めたのじゃ」
「7割!? い、いえ、税は4割と決まっています。トゥーヌル様のころから変わっていませんし、僕はなにもしていません!」
……ん? どういうことだ。
嘘をついているようには見えない。
いや、最初から好青年にみえていたんだから、実はすごい演技達者なのか?
「ふむ……。そういえば、誰が村から税を集めてきておるのじゃ?」
「収穫の時期だけ、専門の徴税官を雇っています」
なるほど、外注か。
悪徳業者に食い荒らされているわけだ。ディニッサが引きこもっているのをいいことに、好き勝手やっているようだな。許せねえ。
「そうか。早合点したことは謝る。しかしケネフェト、その徴税官とやらは、不正な重税を民に課しているようじゃぞ」
「えっ、そんな……。申し訳ありません。僕の監督不行き届きです」
角がテーブルにつくほど深く頭を下げるケネフェト。
しかしなあ。農民の苦しみを考えると、謝ってすむ問題でもない。
「そもそも、税は国家の礎じゃろ。その場かぎりの徴税官などではなく、ちゃんとした役人を派遣したほうがよくないか」
「申し訳ありません。とても人手が足りず……」
「人手不足か。ちなみに、この国には何人くらいの文官がおるのじゃ?」
「僕、一人です」
「……は?」
「あ、いえ、もちろん、各街の代官や町長なども含めるなら、もっといますけど」
……つまり国家公務員は、ケネフェト一人だけって事か?
地方公務員はそれなりにいるんだろうが、代官たちは税金すら納めていない。
え、この子、どうやって9年間も領地運営をやってきたんだ?
さっき叱ったのが申し訳なくなってきたぞ。
「その、そなた、ちゃんと休みは取れておるのか……?」
「はい、大丈夫です。毎週3時間は寝ていますから」
ヒィッ!! ブラックっ、超絶ブラック!
同期の友人の、ブラック自慢がかすむほどの労働環境だ。
魔族は体が頑丈な分、より悲惨な目にあうらしい。
週に3時間睡眠を9年間って、普通の人間なら死んでるぞ。
それなのにケネフェトは、さわやかな笑顔で返事をしている。
オレはケネフェトのそばまで歩いて行った。
そして頭をなでてやる。
「すまぬ。そなたには苦労をかけたのじゃ」
「ディ、ディニッサ様……!」
ケネフェトはふたたび頬を染めた。きっと感激しているんだろう。
こいつには、なんとか報いてやりたいものだ。
その時、それまで黙っていたユルテが動いた。
抗議の暇さえ与えず、素早くオレを抱え上げる。
そうしてケネフェトと向かい合う──つまり彼から最も遠い──椅子に腰掛け、膝の上にオレをのせる。わけがわからず振り向くと、彼女は冷たい視線をケネフェトに向けていた。
「ケネフェト・ロニドゥ。姫様をいやらしい目で見るのは、おやめなさい」
「い、いやらし? いえっ、僕はそんな! ただ、お綺麗だな、と思っていただけで、決してやましい気持ちはっ」
突然の糾弾に、ケネフェトは必死の言い訳を展開している。
もしかして、ディニッサに憧れているのかな?
あせった姿も微笑ましい。
わかるぜ、ケネフェト。君くらいの年頃だと、お姫様なんていう響きに惹かれるもんさ。オレの初恋の人も、旧華族の家柄のお嬢様だった。
……ま、信じられないようなビッチで、トラウマ級の失恋をしたがな!
「ユルテ、もうよい。今はまつりごとの話をしておるのじゃ」
「姫様がそうおっしゃるなら……」
そう言って矛を収めたものの、ユルテはオレを自分の元から離さなかった。
無理に膝から降りようとすると文句を言いそうだし、今回はこのままでいこう。
……ただなあ、すこし心配になってきた。
ユルテはディニッサの世話をしているんじゃなくて、ディニッサに依存しているんじゃないか。
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