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第5章 戦争、休憩、戦争
086 連戦4
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「シロ、走れ! 急いで街にいくのじゃ!」
オレの指令で、シロたちが一斉に駈け出した。
漆黒の犬の群れが、街道を疾走する。
「アルディス、どうしたの……? 悩みがあるなら、お母様に言ってちょうだい」
くっついて座っているファロンに、オレの異常な状態が伝わらないわけがない。
ファロンは、ひどく心配そうにしていた。
……なるべくファロンには、精神的な負担をかけないつもりだったのに。
あまりのショックに、つい、怒りをあらわにしてしまった。
一度、大きく息を吐いた。胃を焼くような苛立ちはおさまらない。
それでも、できるかぎりの笑顔でファロンに答えた。
「アルは大丈夫です、お母様」
しかし本当は、まったくもって大丈夫じゃなかった。
オレの言葉が気休めにすぎない事は、ファロンにもわかったのだろう。彼女の憂いは消えなかった。しかし今は、ファロンのことだけを気にかける余裕はない。
街道を進むにつれ、爆発音がはっきりと聞こえるようになった。
発射音が絶え間なく続き、空気の震えも感じられる。
前方に、いくつもの煙が見えてきた。
煙は位置的に、ヴァロッゾのあるあたりから立ち上っている。
これはもう、市街戦になっているとしか思えない……。
──魔族の戦争は、街から離れた草原などでおこなわれる。
が、今回の相手は、ふつうの魔族ではないという確信がある。ほぼ間違いなく、オレと同じ世界から来たバカヤロウが関わっているはずだ。
そのバカヤロウが、むやみに火砲を大量投入したことが許せない。
……たしかに有効な方法だとは認める。砲弾なら、魔族にダメージを与えられるのだから。
これほどの大砲を用意しているなら、必ず小銃部隊も編成しているはずだ。
こっちのほうが、より問題だった。
弓では魔族を殺せないが、銃なら魔族を殺し得るのだ。
これは、それぞれの殺傷方法の違いに起因する。
矢は、その鋭さで、目標を貫いて死傷させる。
速度は遅く、平均的な射手で初速60m/sほどしかない。
銃弾は、そのエネルギーで相手を死傷させる。
銃器なら、火縄銃でも500m/s近くの初速が出せる。
速度差8倍ほど。じゃあ威力が8倍なのかというと、当然違う。
エネルギー量は、速度×速度×質量×0.5という式で計算できる。
つまり速度で8倍差があるなら、エネルギーは64倍の差になるということだ。
矢は魔族には刺さらない。銃弾でも貫通はしないかもしれない。
けれど攻撃を防ぐために、魔力は消費する。その使わされる魔力が、銃器のほうが圧倒的に多いということだ。
もちろん、ふつうは矢のほうが銃弾より重いため、60倍もの差がつくといわけではないが、少なく見積もっても10倍ていどの差はあるだろう。数さえ揃えられれば、魔族を倒すことも可能だ。
そう、有効なんだ。それはわかっていた。
わかっていながら、オレは使おうとしなかった。火薬の大量調達が難しいという理由もないではないが、研究開発すら進めなかった。
なぜなら、大げさではなく、それは世界を変えてしまうものだからだ。
小銃部隊は、魔力を持たない平民で編成されているだろう。数を集めなければ効果が薄いのだから、魔族に持たせてもあまり意味が無い。
それはつまり、戦争の質が変わるということだ。
これまでは、支配者層である少数の魔族だけが殺しあっていた。
これからは、多くの平民が死んでいく、大規模な戦争になっていくだろう。
オレたちの世界では、銃器が使用される前から、弓、槍、剣、あらゆる方法で、あらゆる民族が殺しあっていた。銃器の発明は、より効率的に戦えるようになっただけ、とも言える。
だが、こちらでは、戦争と無縁だった市民が戦いに巻き込まれることになる。
自分を傷つける武器を持っているとなれば、魔族も容赦しないだろう。オレだって、きっと手加減などできない。
──この問題は、単純に人が死ぬというだけにとどまらない。
おそらく、こちらの世界の住人の意識も変えてしまうはずだ。
魔族の平民に対する態度は、軽蔑から無視。どうでもいい存在、というところだった。戦場で対峙するようになれば、これが憎悪に変わっていくだろう。
オレの理想とは、まるで逆だ。
自領を起点に、平民を慈しむ文化を広めていきたかったのに。
このままだと、お互いに憎みあい、殺しあうことになっていくだろう。
「クソっ」
……それにしても、自分の迂闊さに腹が立つ。
どうして自分だけを特別だと思い込んでいたのか。
はるか過去に、異世界人が訪れた形跡まであるのだから、同時代に異世界人がいてもおかしくない。そのくらいの事は、想定してしかるべきだったのに。
──はるか遠くに街が見えてきた。
やはり、攻撃を受けている。黒い煙の中に、燃え上がる炎が見えた。
ふざけやがって。
彼か彼女か知らないが、この事態を引き起こしたヤツは許さない。
必ず、償いをさせてやる……!
オレの指令で、シロたちが一斉に駈け出した。
漆黒の犬の群れが、街道を疾走する。
「アルディス、どうしたの……? 悩みがあるなら、お母様に言ってちょうだい」
くっついて座っているファロンに、オレの異常な状態が伝わらないわけがない。
ファロンは、ひどく心配そうにしていた。
……なるべくファロンには、精神的な負担をかけないつもりだったのに。
あまりのショックに、つい、怒りをあらわにしてしまった。
一度、大きく息を吐いた。胃を焼くような苛立ちはおさまらない。
それでも、できるかぎりの笑顔でファロンに答えた。
「アルは大丈夫です、お母様」
しかし本当は、まったくもって大丈夫じゃなかった。
オレの言葉が気休めにすぎない事は、ファロンにもわかったのだろう。彼女の憂いは消えなかった。しかし今は、ファロンのことだけを気にかける余裕はない。
街道を進むにつれ、爆発音がはっきりと聞こえるようになった。
発射音が絶え間なく続き、空気の震えも感じられる。
前方に、いくつもの煙が見えてきた。
煙は位置的に、ヴァロッゾのあるあたりから立ち上っている。
これはもう、市街戦になっているとしか思えない……。
──魔族の戦争は、街から離れた草原などでおこなわれる。
が、今回の相手は、ふつうの魔族ではないという確信がある。ほぼ間違いなく、オレと同じ世界から来たバカヤロウが関わっているはずだ。
そのバカヤロウが、むやみに火砲を大量投入したことが許せない。
……たしかに有効な方法だとは認める。砲弾なら、魔族にダメージを与えられるのだから。
これほどの大砲を用意しているなら、必ず小銃部隊も編成しているはずだ。
こっちのほうが、より問題だった。
弓では魔族を殺せないが、銃なら魔族を殺し得るのだ。
これは、それぞれの殺傷方法の違いに起因する。
矢は、その鋭さで、目標を貫いて死傷させる。
速度は遅く、平均的な射手で初速60m/sほどしかない。
銃弾は、そのエネルギーで相手を死傷させる。
銃器なら、火縄銃でも500m/s近くの初速が出せる。
速度差8倍ほど。じゃあ威力が8倍なのかというと、当然違う。
エネルギー量は、速度×速度×質量×0.5という式で計算できる。
つまり速度で8倍差があるなら、エネルギーは64倍の差になるということだ。
矢は魔族には刺さらない。銃弾でも貫通はしないかもしれない。
けれど攻撃を防ぐために、魔力は消費する。その使わされる魔力が、銃器のほうが圧倒的に多いということだ。
もちろん、ふつうは矢のほうが銃弾より重いため、60倍もの差がつくといわけではないが、少なく見積もっても10倍ていどの差はあるだろう。数さえ揃えられれば、魔族を倒すことも可能だ。
そう、有効なんだ。それはわかっていた。
わかっていながら、オレは使おうとしなかった。火薬の大量調達が難しいという理由もないではないが、研究開発すら進めなかった。
なぜなら、大げさではなく、それは世界を変えてしまうものだからだ。
小銃部隊は、魔力を持たない平民で編成されているだろう。数を集めなければ効果が薄いのだから、魔族に持たせてもあまり意味が無い。
それはつまり、戦争の質が変わるということだ。
これまでは、支配者層である少数の魔族だけが殺しあっていた。
これからは、多くの平民が死んでいく、大規模な戦争になっていくだろう。
オレたちの世界では、銃器が使用される前から、弓、槍、剣、あらゆる方法で、あらゆる民族が殺しあっていた。銃器の発明は、より効率的に戦えるようになっただけ、とも言える。
だが、こちらでは、戦争と無縁だった市民が戦いに巻き込まれることになる。
自分を傷つける武器を持っているとなれば、魔族も容赦しないだろう。オレだって、きっと手加減などできない。
──この問題は、単純に人が死ぬというだけにとどまらない。
おそらく、こちらの世界の住人の意識も変えてしまうはずだ。
魔族の平民に対する態度は、軽蔑から無視。どうでもいい存在、というところだった。戦場で対峙するようになれば、これが憎悪に変わっていくだろう。
オレの理想とは、まるで逆だ。
自領を起点に、平民を慈しむ文化を広めていきたかったのに。
このままだと、お互いに憎みあい、殺しあうことになっていくだろう。
「クソっ」
……それにしても、自分の迂闊さに腹が立つ。
どうして自分だけを特別だと思い込んでいたのか。
はるか過去に、異世界人が訪れた形跡まであるのだから、同時代に異世界人がいてもおかしくない。そのくらいの事は、想定してしかるべきだったのに。
──はるか遠くに街が見えてきた。
やはり、攻撃を受けている。黒い煙の中に、燃え上がる炎が見えた。
ふざけやがって。
彼か彼女か知らないが、この事態を引き起こしたヤツは許さない。
必ず、償いをさせてやる……!
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