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第5章 戦争、休憩、戦争
089 連戦7
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白い糸のような物で、動きを封じ込められた。
羽も動かず、空を飛ぶことができなくなる。
だが、オレの体は宙に浮いたままだった。
白い綱が体を支えているということになるのだが、その綱は数十m上空から唐突にあらわれているのだ。
──たしかに蜘蛛は、糸によって空を飛ぶことができる。生まれたばかりの子蜘蛛が風に乗って散らばっていくのは、よく知られた話だ。しかし人間ほどの重量が糸の力で浮遊するなど、物理的にありえない。
となると、魔法だな。
敵は、さっきオレが考えていた、透明化魔法を使っているのかもしれない。
魔力感知を使ってみると、案の定、糸の消えているあたりから魔力の反応が二つあった。それどころか、注意していると、なにやら話し声も聞こえてきたのだ。
「あーちゃん、アレ、やっぱ、アレかな~?」
「あーちゃん、とか言わないでください。あなたとそこまで親密な関係を築いた覚えはありません」
吹きすさぶ風に邪魔されながらも、聴力を強化して聞き耳を立てる。
声からすると、若い男と女。けれども、なにか違和感を感じる話しぶりだった。
「ぶっは、まぁじヤバイね。あっちゃんの喋りかた、ガッコの先生みてー」
「『あっちゃん』もやめてください!」
……学校の先生?
ちゃんとした教育機関など、こちらの世界では見たことがない。平民はもちろん魔族の教育も、親か家庭教師がするのが一般的なのだ。
学校という言葉で、さっき感じた違和感の正体に察しがついた。
この二人、日本語で喋っているんじゃないか? 自動翻訳されてしまうために、はっきりとは言い切れないが、そうであるような気がする……。
「……でさあ、まじどう思う? 今捕まえたのってアレかな?」
「代名詞で会話を続けようとするのもやめてください。お互いの認識に齟齬が生じる可能性があります」
「ソゴガショージル?」
「……もう、いいです。私が捕縛した相手が誰なのか、という質問なら、あなたが予想している通り、おそらくディニッサさんなのだと思います」
「やばいねー。サイトーさんたちメッチャ喜ぶじゃん。俺はどうでもいいけど」
サイトー。斎藤。間違いないな。こいつら異世界人だ。
それにしても、斎藤さん「たち」だと……?
「そいや、あっちゃん、お姫ちんぜんぜん動かないけどヤバクない? もし殺しちゃったら、みんなまじ切れるでしょ。いや、俺は別にいいけど?」
「心配いりません。たしかにふつうの人間なら命に関わる強度で締め付けていますが、魔族なら耐えられます。糸の催眠効果で大人しくなっているだけです」
催眠効果!?
指──動く。呼吸──問題なし。肉体的な異常はない。眠たくなったり、精神的におかしくなっている感じもない。
「ああアレ? あーちゃん変態だよね。女の子同士とかやばいよ?」
「なっ、私は変態じゃありません! この体の持ち主が変態だっただけです!」
女の子同士? 彼らの話と、現状から分析すると──糸の効果は女性限定?
……よくわからないな。この体は、肉体的には完全に女なんだけど。
オレが、なにか勘違いしているのか?
まあどちらにせよ、効果がないならそれでいい。
……いやむしろ、敵は油断してくれてるし最高の状況だと言える。
このまま様子をうかがえば、さらなる情報を得られるかもしれない。
──が、そうもいかない事態が勃発した。
急に増えた銃声に地上を見ると、そこでは小銃部隊と大狐たちが戦闘を繰り広げていたのだ。
位置は北東。業を煮やしたファロンが、街に突撃したのだろう。
ただでさえ強引に偵察に出たのだ。オレが空中でとらわれるのを見たら、ファロンが動かないはずがなかった。
ただし他の者たちは動いていない。
シロなどは、お行儀よくおすわりしている。
融通利かねえ……。
たぶんシロは、この前言うことを聞かないで怒られたから、今度はしっかりとオレの命令を守ろうとしているのだろう……。
──ん、よく見ると、アカがいない。
周辺を調べると、シロたちの待機場所から少しだけ先にアカはいた。
オレの危機を察知して、行動を起こしたらしい。賢い良い子だ。
……だが残念なことに、絶望的なまでに機動力が足りない。
短い足でのヨチヨチ歩きでは、まるで速度が出ないのだ。
「シロ! 全員街に突撃させよ! ファロンと合流して敵を討つのじゃ!」
魔法で強化した大声でシロに呼びかける。
同時に炎の魔法を発動させた。天照を通して全身から火を吹き出させる。
不思議な甘い匂いを出しながら、白い糸が炎上する。
しかし表面は焼けたものの、なかなか網がちぎれない。
「やめなさい! その糸はそう簡単には燃え尽きません。糸から抜け出るまでに、火であなたの体がボロボロになりますよ! ディニッサさん、あなたの身の安全は保証します。だから大人しくしていてください」
上にいる女から声がかかる。もちろん従う気はない。
簡単には燃え尽きない、ということは火力さえあれば燃やせるということだ。
いったん炎を消した。中途半端な火では、このいましめはほどけない。
魔法の炎が消えると、糸についた火もすぐに消えてしまった。この糸は、かなり熱に強い物質のようだ。さらには、糸がだんだんと再生していってしまう。
必要なのは、ライターのような弱い火ではなく、すべてを焼きつくす圧倒的火力だ。イメージは、光輝く恒星のような青白い超高温の炎。
集中しろ。今、オレは調子がいい。きっとできるはずだ。
魔力を圧縮して、一気に吹き出させる。範囲は狭く、服にまとわりつくように炎を放出する。名付けて──
『セイリオス!』
──真紅の天照が蒼に染まる。
そうして、吹き出た青い光が一瞬で糸を断ち切っていた。
羽も動かず、空を飛ぶことができなくなる。
だが、オレの体は宙に浮いたままだった。
白い綱が体を支えているということになるのだが、その綱は数十m上空から唐突にあらわれているのだ。
──たしかに蜘蛛は、糸によって空を飛ぶことができる。生まれたばかりの子蜘蛛が風に乗って散らばっていくのは、よく知られた話だ。しかし人間ほどの重量が糸の力で浮遊するなど、物理的にありえない。
となると、魔法だな。
敵は、さっきオレが考えていた、透明化魔法を使っているのかもしれない。
魔力感知を使ってみると、案の定、糸の消えているあたりから魔力の反応が二つあった。それどころか、注意していると、なにやら話し声も聞こえてきたのだ。
「あーちゃん、アレ、やっぱ、アレかな~?」
「あーちゃん、とか言わないでください。あなたとそこまで親密な関係を築いた覚えはありません」
吹きすさぶ風に邪魔されながらも、聴力を強化して聞き耳を立てる。
声からすると、若い男と女。けれども、なにか違和感を感じる話しぶりだった。
「ぶっは、まぁじヤバイね。あっちゃんの喋りかた、ガッコの先生みてー」
「『あっちゃん』もやめてください!」
……学校の先生?
ちゃんとした教育機関など、こちらの世界では見たことがない。平民はもちろん魔族の教育も、親か家庭教師がするのが一般的なのだ。
学校という言葉で、さっき感じた違和感の正体に察しがついた。
この二人、日本語で喋っているんじゃないか? 自動翻訳されてしまうために、はっきりとは言い切れないが、そうであるような気がする……。
「……でさあ、まじどう思う? 今捕まえたのってアレかな?」
「代名詞で会話を続けようとするのもやめてください。お互いの認識に齟齬が生じる可能性があります」
「ソゴガショージル?」
「……もう、いいです。私が捕縛した相手が誰なのか、という質問なら、あなたが予想している通り、おそらくディニッサさんなのだと思います」
「やばいねー。サイトーさんたちメッチャ喜ぶじゃん。俺はどうでもいいけど」
サイトー。斎藤。間違いないな。こいつら異世界人だ。
それにしても、斎藤さん「たち」だと……?
「そいや、あっちゃん、お姫ちんぜんぜん動かないけどヤバクない? もし殺しちゃったら、みんなまじ切れるでしょ。いや、俺は別にいいけど?」
「心配いりません。たしかにふつうの人間なら命に関わる強度で締め付けていますが、魔族なら耐えられます。糸の催眠効果で大人しくなっているだけです」
催眠効果!?
指──動く。呼吸──問題なし。肉体的な異常はない。眠たくなったり、精神的におかしくなっている感じもない。
「ああアレ? あーちゃん変態だよね。女の子同士とかやばいよ?」
「なっ、私は変態じゃありません! この体の持ち主が変態だっただけです!」
女の子同士? 彼らの話と、現状から分析すると──糸の効果は女性限定?
……よくわからないな。この体は、肉体的には完全に女なんだけど。
オレが、なにか勘違いしているのか?
まあどちらにせよ、効果がないならそれでいい。
……いやむしろ、敵は油断してくれてるし最高の状況だと言える。
このまま様子をうかがえば、さらなる情報を得られるかもしれない。
──が、そうもいかない事態が勃発した。
急に増えた銃声に地上を見ると、そこでは小銃部隊と大狐たちが戦闘を繰り広げていたのだ。
位置は北東。業を煮やしたファロンが、街に突撃したのだろう。
ただでさえ強引に偵察に出たのだ。オレが空中でとらわれるのを見たら、ファロンが動かないはずがなかった。
ただし他の者たちは動いていない。
シロなどは、お行儀よくおすわりしている。
融通利かねえ……。
たぶんシロは、この前言うことを聞かないで怒られたから、今度はしっかりとオレの命令を守ろうとしているのだろう……。
──ん、よく見ると、アカがいない。
周辺を調べると、シロたちの待機場所から少しだけ先にアカはいた。
オレの危機を察知して、行動を起こしたらしい。賢い良い子だ。
……だが残念なことに、絶望的なまでに機動力が足りない。
短い足でのヨチヨチ歩きでは、まるで速度が出ないのだ。
「シロ! 全員街に突撃させよ! ファロンと合流して敵を討つのじゃ!」
魔法で強化した大声でシロに呼びかける。
同時に炎の魔法を発動させた。天照を通して全身から火を吹き出させる。
不思議な甘い匂いを出しながら、白い糸が炎上する。
しかし表面は焼けたものの、なかなか網がちぎれない。
「やめなさい! その糸はそう簡単には燃え尽きません。糸から抜け出るまでに、火であなたの体がボロボロになりますよ! ディニッサさん、あなたの身の安全は保証します。だから大人しくしていてください」
上にいる女から声がかかる。もちろん従う気はない。
簡単には燃え尽きない、ということは火力さえあれば燃やせるということだ。
いったん炎を消した。中途半端な火では、このいましめはほどけない。
魔法の炎が消えると、糸についた火もすぐに消えてしまった。この糸は、かなり熱に強い物質のようだ。さらには、糸がだんだんと再生していってしまう。
必要なのは、ライターのような弱い火ではなく、すべてを焼きつくす圧倒的火力だ。イメージは、光輝く恒星のような青白い超高温の炎。
集中しろ。今、オレは調子がいい。きっとできるはずだ。
魔力を圧縮して、一気に吹き出させる。範囲は狭く、服にまとわりつくように炎を放出する。名付けて──
『セイリオス!』
──真紅の天照が蒼に染まる。
そうして、吹き出た青い光が一瞬で糸を断ち切っていた。
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