シスコンリーマン、魔王の娘になる

石田 ゆうき

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番外

098 レノアノール2

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 レノアノールは、フィアの副官になってすぐに、ディニッサに進言したことがある。
 それは戦争に勝つための方策だった。

 今の状況は完全に予想外だが、もともと東のアッフェリだけでも厳しい戦いになると予想されていたのだ。だからこそレノアノールは、恐怖を押し殺して進言したのだが、ディニッサには受け入れてもらえなかった。

 レノアノールの案は、平民を兵士として鍛えるというものだった。
 ルオフィキシラル領には、ディニッサを神と崇める信者がいる。というより、信者でない者の方が少数派なくらいだ。

 その中には、ディニッサのために命をかけてくれる者もいるだろう。
 なにも徴兵などする必要はない。志願兵だけでも、数万の兵が集まるという試算が出ていたのだ。

 平民は魔族に勝てない。たしかにそれが事実だが、多数でかかれば話は変わる。
 極端な話、鉄の鎧を着て魔族に倒されるだけでも良い。鉄を引き裂くには、さしもの魔族でも多少の魔力を消費する。

 魔力が切れた魔族は、平民となんら変わらない。
 むしろ体を鍛えていない者が多い分、平民のほうが強いくらいなのだ。

 レノアノールが提案した時点では、二ヶ月近くの余裕があった。急いで鍛えれば、それなりの兵士は用意できたはずだった。その兵士たちがいれば、現在の苦境もだいぶ楽に越えられただろう。

 もちろんレノアノールは、自分の策が非情なものだと理解していた。魔族に立ち向かった平民が無事なわけはなく、ほぼ間違いなく死ぬことになるだろう。

 しかしそれでも、そうするだけの価値があると彼女は考えているのだ。
 ルオフィキシラル領ほど平民が尊重されている場所は、世界のどこにもない。

(それがどれだけ貴重なものか、フィア様たちにはおわかりにならないでしょうね)

 世界を旅してきたレノアノールからすれば、ルオフィキシラル領は闇夜に浮かぶ一筋のかがり火のようなものだ。今はか弱い光だが、もしも世界に広まれば平民が安心して暮らせる未来がやってくるかもしれない。

 大げさに言えば、ルオフィキシラル領はレノアノールにとっての希望そのものだった。
 だからこそ彼女は、幾万の犠牲を払っても守りぬく意味があると確信している。

 むろんレノアノールも、他人だけに犠牲をしいるつもりはなかった。
 提案者として、真っ先に敵に向かうと言い添えておいたのだ。

 しかしディニッサの答えは否だった。
 提案の意味がわからなかったわけでも、効果を疑っていたわけでもないはずだ。

 むしろレノアノールの見るところでは、ディニッサ信じられないくらい的確に策について理解していた。平民を戦わせるメリットから説明しなければいけないだろう。そう思っていたレノアノールからすれば、意外なディニッサの聡さだった。

 ディニッサは、平民を戦わせれば楽に勝てると知りながらも、レノアノールの案を拒否した。無数の民を犠牲にしてまで今の体制を維持する価値はない、と言って。

 レノアノールが忠誠を誓ったのは、まさにこの時だったかもしれない。
 ディニッサではなく他の魔族でも、レノアノールの提案は拒否しただろう。しかしその理由は、まったく異なるはずだ。

 ふつうの魔族なら、「恥ずかしい」から平民など使わないと言うに違いない。
 しかしディニッサは「民の命が惜しい」から戦わせないと言ってくれたのである。

 * * * * *

 平民を使う案はすでに不可能だ。
 伝令をまわして城に集合させるだけで、一週間はかかるだろう。とても戦争には間に合わない。けれどレノアノールには別の案があったのだ。

「フィ、フィア様! い、意見をよろしいでしょうか」
「レノアノール? どうか、した?」

「今回の戦争について提案が!」
「そう……? 言って」

 フィアの許可が出た。他の魔族も特に異論はないようだった。
 レノアノールは救われた気分になった。誰か1人でも怒りをあらわしていたら、発言する勇気が持てなかったかもしれない。

(とは言え、本題はここからなんだけど。案自体は悪く無い……はず。でも魔族のプライドを傷つける作戦かもしれない。もしかしたら、文字通り首が飛ぶかも……。ああ、こんなことなら、街で見かけたあの白い服買っておけばよかったなぁ。フィア様とお揃いだったのに)

 内心で怯えながらも、レノアノールは堂々と喋り始めた。
 案というのは、必ずしもその内容が問われるわけではない、とレノアノールは知っているのだ。

 偉い人が言えば愚策が通ることもあるし、馬鹿にされている者が言えば良策でも却下されるだろう。作戦を検討してもらうためにも、胸を張って語る必要があるのだ。

「布告の期日を待たずに、こっちから攻めるべきだと思います!」
「こちらから攻める……?」

 魔族たちの反応は鈍かった。完全に予想外の提案だったらしい。

「こっちから攻めたら、相手も攻めてきますわ。もう少しでお姫様が帰るというのに、戦争を早めるのはどうかと思いますの。……べ、べつに頼りにしているとか、そういうことではなく、一般論として領主不在に動くことを気にしているだけですので勘違いしないように」
「今すぐ攻めるのは、確かに不利かもしれないです。だから期限切れ前日に攻撃します」
「前日……。どこ、攻める?」

「南西のジヌーロ領軍です。東のアッフェリ軍と、南東のラー・ルー軍は連合している気配が濃厚ですが、ジヌーロ領は単独で動いている可能性が高いです。なぜならばアッフェリは──」

 レノアノールは不意に黙った。さすがに口にするのはマズイ内容だと思ったのだ。
 正面に座るノランがうなずく。レノアノールが飲み込んだ言葉を理解したらしい。しかしその顔に怒りはない。

「たしかに、我らごときを相手に、ジヌーロ領とまで同盟はすまいな。むしろルー・ラーと組んだのが意外なくらいだ」

「組んだと言うより、アッフェリは自分の力を見せつけて、ルー・ラーまで一気に属領化するつもりだと思います」

「……ふむ。ありそうなことだな。それと自分の留守中にゲノレを攻められることを警戒したか。ルー・ラー用に魔族を残すよりずっと良いな」

 魔族はそれぞれレノアノールの提案を検討している様子だ。
 レノアノールは安心した。彼女が恐れていたように、布告を破って襲いかかるのは卑怯だ、と思っている者はいないようだった。

「レノアノール、ジヌーロ攻める利点、教えて」
「はいフィア様! まず第一に、戦闘日をずらすことによって、フィア様たちの魔力回復が見込めます」

「たしかに。僕は治療魔法を永続化できますから、うまくすれば連戦の負担を減らせるかもしれませんね」

 ケネフェトの能力についてはレノアノールも知らなかったが、これでさらに案が採用される可能性が高まった。通常の肉体再生では常時魔力を使わされるが、永続治療ならそのロスを省ける。

「第二に、ジヌーロにはルオフィキシラル領に所属していた魔族が多くいると聞きます」
「そうだな、私の旧友もいる。しかしそれがどうしたと……。ああ、そうか。戦に勝って彼らを配下におさめるのか!」

 レノアノールは無言でうなずいた。
 魔族同士の戦いで、命まで取ることはめったにない。だいたい魔力が切れかかったあたりで降伏する。

 うまくやれば戦いで戦力を消耗するのではなく、戦いで戦力を増強できるのだ。
 元ルオフィキシラル領の魔族なら気心もしれているし、共に戦ってくれる可能性も高くなる。

「第三に、対ジヌーロなら西のクノ・ヴェニスロの応援を期待できます」
「対ジヌーロなら……? アッフェリとは戦わないが、ジヌーロとなら戦うと言っているようですな。アッフェリの方が兵が多いからと言うわけですかの?」

 ブワーナンが、律儀にも手を挙げて発言した。その背中の透明な羽が、彼の疑問を示すようにフルフルと震えている。

(せっかくの綺麗な羽なのに。フィア様についてたら絶対かわいいのに。……っといけない。発言を認められて気が緩んでる)

「ジヌーロはクノ・ヴェニスロの南にあり、その領地は隣接しています。つまり、この戦いで勝利すれば、南に領地を広げられる可能性があります。クノ・ヴェニスロは平原にある街ですから、ジヌーロの港はぜひ欲しいのではないかと」

「ほうほう。こちらはクノ・ヴェニスロ兵によってジヌーロと対等に戦え、クノ・ヴェニスロは、ジヌーロを叩くのにわれらを利用できるというわけですな。双方に利があるなら、うまくいくかもしれませんな」

「理想はジヌーロを倒した後に、そのままアッフェリ戦でも協力してもらうことですが、ジヌーロ戦を有利に進めるだけでも意味はあると思います」

「……ところで、ジヌーロ領をザテナフ殿にくれてやる前提のようじゃが、ディニッサ様に相談もなくよろしいのですかな?」

 たしかにその問題はある。しかしレノアノールとしては、是非とも同盟策をとって欲しいところだ。なにしろ、敵をジヌーロだけに絞ったとしても、その戦力はルオフィキシラル領軍の倍以上あるのだ!

「大丈夫。姫様、許してくれる。私が、領主代理として、責任、持つ。レノアノールの案を採用、準備する」

 そのフィアの一声で、ジヌーロ軍への先制攻撃が決定した。
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