シスコンリーマン、魔王の娘になる

石田 ゆうき

文字の大きさ
22 / 148
第2章 お城の外へ。常識を知る

東の魔王

しおりを挟む
 ディニッサのいるルオフィキシラル領のはるか東。パヴィロ山の山頂に小さな城があった。ディニッサの物に比べれば、みすぼらしいとさえいえるその城が、東の魔王の居城である。

 その小さいが堅牢な城の廊下を、一人の魔族が足早に歩いていた。
 人間の胴体に爬虫類の足、頭にはトサカとクチバシ、さらには蛇の尻尾をもつ異形の者である。

 彼の名はリゲネタへフ・ナル・ガファーナバフ。宰相として、東の魔王の領地のすべてをとりしきる立場にある。

 ガファーナバフは玉座の前までたどり着くと、恭しくひざまずいた。
 玉座には、彼の主リトゥネ・ナル・ドゥコーシミルトが腰をかけていた。東の魔王とも呼ばれる、大陸最大の領地をもつ覇王である。

「せわしいな、ガファーナバフ。何事か」

 その言葉とは裏腹に、リトゥネの口が三日月のように弧を描く。
 その赤い瞳にも、何かを期待するような光があった。
 
「トレッケが反旗を翻しました。旧フェーゴニ領を襲撃して奪取。さらに周辺へ支配地域を広げようとしております。詳しい数や協力者などは、おって連絡が入りましょう」

「ハッハッハ!」

 リトゥネは、哄笑とともに立ち上がった。
 血に濡れたような真紅の竜翼が大きく広がる。

 その鍛えぬかれた巨体と、膨大な魔力には、普段から接しているガファーナバフでさえ身震いするような威圧感があった。

「フェーゴニのこせがれめ、思ったより早かったな? さて、拙速か英断か。楽しみではあるな」

 ガファーナバフは、さらに頭を深く下げた。
 自らの表情を悟られないように。

 彼としては、バカバカしく思うのだ。
 トレッケが王に心服していないのは明白だった。
 であるならば、フェーゴニ領を占領した時点で殺すべきであった。

 あるいは逆に、大度をみせて旧領を任せるという手もあった。ガファーナバフなら選ばない危険な方策ではあるが、もし成功したならば利益も大きかろう。

 しかし実際にとられたのは、名誉は奪い力は残す、というひどく中途半端な措置であった。まるで魔狼を野に放つがごとき愚策だ。

 そして、こうも思うのだ。もしも王が自分の忠言通りに動いてくれていたら、まだ誰もなしえていない、大陸制覇さえすでに完遂していたのではないか、と。

「リゲネタへフ・ナル・ガファーナバフ」

 魔王の呼びかけに、宰相はハッと顔をあげる。

「それで貴様は、いつ予に背くのか?」
「ご、ご冗談を。私は陛下の忠実なしもべに御座います」

 ガファーナバフの背が、汗でびっしょりと濡れる。
 彼は自らの分をわきまえていた。不満はあれど、王に歯向かうつもりなど毛頭ない。

「で、あるか。……そういえば、アレはどうなったか。トゥーヌルの娘は?」

「ハッ、ディニッサは相変わらず城に閉じこもったまま、無為に過ごしているようです。姿を見たものもなく、特別な政策を実施した気配もありません」

 リトゥネは失望と興味深さを混ぜあわせたような、複雑な思いを見せた。

「アレを買いかぶりすぎていたか。トゥーヌルは、敬意に値する男であったのだがな。予としたことが、身内の欲目でみていたか?」

 リトゥネは顎に手を当て、考えこんだ。

「しかし、ククっ」耐え切れないように笑いながら続ける。「まったくなにもしないというのも、ある種の大勇かもしれんな。少なくとも、非凡ではある」

「ルオフィキシラル領を併合するための軍勢を召集しても……?」

 ガファーナバフの言葉は、質問というより期待だった。
 あれほど容易く手に入る領土はめったにあるまい。急がねば、肉の旨い部分を他の者に食い荒らされよう。

「それは許さん。どうせ放っておいても、アッフェリが仕掛けるであろうよ」
「アッフェリ、でございますか……」

 今度の言葉も、確認ではなく消極的な反対の表明である。
 アッフェリは、先のトゥーヌルとの戦いで功績をあげ、その領地をリトゥネより与えられた者だ。

 ケンタウロス族を起源にもつ彼は、勇敢で戦には長けている。
 しかしその忠誠心はあやしいものだ、とガファーナバフは見ていた。彼の領地がさらに広がるのは、あまり望ましくない。

「貴様はトレッケへの対策に集中せよ。此度は予も出る」
「……はっ。かしこまりました」

 主に断言されて、ガファーナバフはさらなる提言を諦めた。
 彼の役目は東の魔王の望みを滞りなく遂行すること。

 ──せいぜい、ディニッサとアッフェリが共倒れになってくれることでも祈っておくか。


* * * * *


 足を組んで玉座にかけるリトゥネは、ガファーナバフの無念そうな顔を思い出し笑った。宰相の考えていど、彼にはすべてわかりきっていたのだ。

「大陸制覇か。たしかに気宇壮大な夢ではあるな」

 己で成し遂げようとせず、人に頼るところがガファーナバフの限界ではあるが。

 大陸最大の版図を持つゆえに誤解されているが、リトゥネに領土的野心は一切ない。たとえこの瞬間に全土が失われたとしても、なんの痛痒も覚えないであろう。
 彼が求めているのは、もっと単純で愚かなものだった。

 ガファーナバフの理想を思う。大陸がリトゥネの元に統一され、すべての者が彼にひざまずく。彼とその臣下は、果てない栄華を楽しめるであろう。

 リトゥネは震えた。めったに恐怖を感じない彼でも、その想像は恐ろしい。
 誰一人自分に逆らわない世界など、おぞましい。競う者がいない場所にどんな価値があるというのだろう?

 彼は求める。強い相手を。
 それは一対一の決闘でも、国同士の戦争でもかまわない。

 けれど同時に、強者との戦いを恐れてもいた。戦い、倒すたびに、自らの勢力は強大になっていく。そして世界から光が失われていくのだ。

 彼の望みは矛盾に満ちている。
 その自覚があるだけに自嘲せざるをえない。

 ──しかし、そういうものなのだ。長く生き過ぎた魔族というのは。

 なにかに執着しなければ、在り続けることができない。
 最後の妻を愛し、執着し、そしてその女を失った時、抜け殻のようになった魔王トゥーヌル・ロニドゥ・ルオフィキシラルのように。

 リトゥネは、娘をトゥーヌルに嫁がせたことを後悔していた。
 みすみす、たった七人しかいなかった魔王の一角を失う結果となったからだ。
 しかし同時に、喜んでもいたのだ。生涯で最高の好敵手と巡り会えたのだから。

 リトゥネは、好敵手の娘であり、自らの孫でもある少女のことを考えた。

「さて、ディニッサ・ロニドゥ・ルオフィキシラル。貴様は座したまま死を選ぶのか。それとも──」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

転生先はご近所さん?

フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが… そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。 でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

魔法使いが無双する異世界に転移した魔法の使えない俺ですが、陰陽術とか武術とか魔法以外のことは大抵できるのでなんとか死なずにやっていけそうです

忠行
ファンタジー
魔法使いが無双するファンタジー世界に転移した魔法の使えない俺ですが、陰陽術とか武術とか忍術とか魔法以外のことは大抵できるのでなんとか死なずにやっていけそうです。むしろ前の世界よりもイケてる感じ?

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

Sランクパーティを引退したおっさんは故郷でスローライフがしたい。~王都に残した仲間が事あるごとに呼び出してくる~

味のないお茶
ファンタジー
Sランクパーティのリーダーだったベルフォードは、冒険者歴二十年のベテランだった。 しかし、加齢による衰えを感じていた彼は後人に愛弟子のエリックを指名し一年間見守っていた。 彼のリーダー能力に安心したベルフォードは、冒険者家業の引退を決意する。 故郷に帰ってゆっくりと日々を過しながら、剣術道場を開いて結婚相手を探そう。 そう考えていたベルフォードだったが、周りは彼をほっておいてはくれなかった。 これはスローライフがしたい凄腕のおっさんと、彼を慕う人達が織り成す物語。

処理中です...