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第2章 お城の外へ。常識を知る
ルオフィキシラル信徒
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官府を出て、大聖堂に向かった。
官府は第一壁内にあったが、大聖堂はそうではないらしい。
一般市民が暮らす、第二壁内にあるという。
一等地にあって街のシンボルになっている、というのがオレの教会に対するイメージなのだが、こっちの世界では違うようだ。第二区画にあるということは、最初に街が作られたときには、教会がなかったのだと考えられる。
第一区画には、あまり人影がなかった。敷地の広い、立派な邸宅が立ち並んでいたが、空き家が目立つ。無秩序に雑草が伸びている家が多く、長期にわたって人がいないのだとわかった。
第二区画もさびれていた。なんとなくシャッターだらけの商店街を思わせる。
このルオフィキシラリアという街自体が、疲れ果てた老人のようだった。
それでも、第二区画では通行人も見かけた。
オレとユルテは注目を集めていたが、声をかけようとする者はいない。
誰だかわからないのか、恐れられているのか、嫌われているのか……。
道行く人をみると、エルフが多い。10人のうち7人くらいはエルフだ。
他はドワーフ、ノーム、獣人、ゴブリン、オークなど、ファンタジー作品でみるような種族が歩いていた。
ただ、一つ気になったことがある。
ふつうの人間がいないのだ。
「人間がいないようじゃの」
「え? たくさんいるじゃないですか。エルフ人、ドワーフ人、ゴブリン人と」
「……え~と、フィアみたいな見た目のヤツはおらんのか? 氷精という意味ではなくな」
「御質問の意味がわかりませんけど。その辺にいるエルフなどは、みんなフィアと似ていませんか?」
うまく会話が通じない。
……もしかしたらこの世界には、ホモ・サピエンスはいないのかもしれない。
なにか特別な理由でもあるんだろうか?
* * * * *
しばらく歩いた後、大聖堂までたどり着いた。
第二区画の中ではかなり敷地が広い。よく手入れもされている。
ただし、ひどく古ぼけていて、みすぼらしい。
やはりオレのイメージとは違う。
なんとなく不安な気持ちを抱きながら、建物の中に入った。
* * * * *
──ミスった。
大聖堂に入ってすぐそう感じた。
オレは、ここにくるべきじゃなかった……。
建物内には、エルフを主体として雑多な種族が集まっていた。
男も女も老人も子供もいる。
多くの者は、糸巻き棒で糸をつむいだり、服を繕ったり、木を彫っていたり、と何かしらの作業をしていた。そのほとんどが、粗末な服を着ている。
宗教施設にありがちな荘厳さなど、かけらもない。
──それが、オレの気を重くした。
オレに気づくと、その場にいる者達が動きを止めた。
痛いような沈黙があたりを包む。
……すべてを放り出して逃げたくなった。
「「おお~!!」」
悲鳴のようにも聞こえる歓声をあげ、人々が動き出した。口々になにかを叫びつつこちらに近づいてくる。しかし誰もオレに触れようとはせず、1mほどの距離をおいてうずくまった。
「ディニッサ様よくぞ──」「このようなところに──」「なんと──」
オレのそばに来ようと押し合いへし合いしながら、なにかを言い募っている。
感極まったのか、涙を流している者も多い。そのすべての顔に喜びが満ちていた……。
──オレが民を見捨てるのかと聞いた時、ディニッサは言った。
『民はどうじゃろ。上の者が変わったことを、それほど気にするかの?』と。
その答えがこれだ。
疑いなく、彼らはディニッサを愛している。
おそらく、姿さえ見たことがなかった彼らの神を。
よく見ると、奥の方に絵がかけある。ディニッサの肖像画だ。
ふつう、この手の絵画は本物より美しく描くものだが、この絵に限っては実物よりやや劣っていると言わなければならないだろう。
しかしその絵が、この教会の宝であることは間違いない。
みすぼらしい聖堂内において、その絵だけは、額といい、まわりの飾りといい、場違いなほど輝いていたのだ。
ルオフィキシラル教会が、どの程度の規模かはわからない。
もしかしたら、今ここにいる百人ほどが、信徒のすべてなのかもしれない。
けれど、たしかにディニッサを愛し敬う人々はいるのだ。
ディニッサが──
……いや、オレが、だな。オレが国を捨てた場合、彼らはどう思うか。
失望ならいい。怒りも当然だろう。
しかしその行動は、この人達に絶望を与えるのではないか。
もしかしたら、自殺する者すら出てくるかもしれない。
これを知ったら、ディニッサはどう言うだろう?
わらわには関係ない、と冷たく切り捨てるのだろうか。
……どうもオレには、そうはできそうもなかった。
官府は第一壁内にあったが、大聖堂はそうではないらしい。
一般市民が暮らす、第二壁内にあるという。
一等地にあって街のシンボルになっている、というのがオレの教会に対するイメージなのだが、こっちの世界では違うようだ。第二区画にあるということは、最初に街が作られたときには、教会がなかったのだと考えられる。
第一区画には、あまり人影がなかった。敷地の広い、立派な邸宅が立ち並んでいたが、空き家が目立つ。無秩序に雑草が伸びている家が多く、長期にわたって人がいないのだとわかった。
第二区画もさびれていた。なんとなくシャッターだらけの商店街を思わせる。
このルオフィキシラリアという街自体が、疲れ果てた老人のようだった。
それでも、第二区画では通行人も見かけた。
オレとユルテは注目を集めていたが、声をかけようとする者はいない。
誰だかわからないのか、恐れられているのか、嫌われているのか……。
道行く人をみると、エルフが多い。10人のうち7人くらいはエルフだ。
他はドワーフ、ノーム、獣人、ゴブリン、オークなど、ファンタジー作品でみるような種族が歩いていた。
ただ、一つ気になったことがある。
ふつうの人間がいないのだ。
「人間がいないようじゃの」
「え? たくさんいるじゃないですか。エルフ人、ドワーフ人、ゴブリン人と」
「……え~と、フィアみたいな見た目のヤツはおらんのか? 氷精という意味ではなくな」
「御質問の意味がわかりませんけど。その辺にいるエルフなどは、みんなフィアと似ていませんか?」
うまく会話が通じない。
……もしかしたらこの世界には、ホモ・サピエンスはいないのかもしれない。
なにか特別な理由でもあるんだろうか?
* * * * *
しばらく歩いた後、大聖堂までたどり着いた。
第二区画の中ではかなり敷地が広い。よく手入れもされている。
ただし、ひどく古ぼけていて、みすぼらしい。
やはりオレのイメージとは違う。
なんとなく不安な気持ちを抱きながら、建物の中に入った。
* * * * *
──ミスった。
大聖堂に入ってすぐそう感じた。
オレは、ここにくるべきじゃなかった……。
建物内には、エルフを主体として雑多な種族が集まっていた。
男も女も老人も子供もいる。
多くの者は、糸巻き棒で糸をつむいだり、服を繕ったり、木を彫っていたり、と何かしらの作業をしていた。そのほとんどが、粗末な服を着ている。
宗教施設にありがちな荘厳さなど、かけらもない。
──それが、オレの気を重くした。
オレに気づくと、その場にいる者達が動きを止めた。
痛いような沈黙があたりを包む。
……すべてを放り出して逃げたくなった。
「「おお~!!」」
悲鳴のようにも聞こえる歓声をあげ、人々が動き出した。口々になにかを叫びつつこちらに近づいてくる。しかし誰もオレに触れようとはせず、1mほどの距離をおいてうずくまった。
「ディニッサ様よくぞ──」「このようなところに──」「なんと──」
オレのそばに来ようと押し合いへし合いしながら、なにかを言い募っている。
感極まったのか、涙を流している者も多い。そのすべての顔に喜びが満ちていた……。
──オレが民を見捨てるのかと聞いた時、ディニッサは言った。
『民はどうじゃろ。上の者が変わったことを、それほど気にするかの?』と。
その答えがこれだ。
疑いなく、彼らはディニッサを愛している。
おそらく、姿さえ見たことがなかった彼らの神を。
よく見ると、奥の方に絵がかけある。ディニッサの肖像画だ。
ふつう、この手の絵画は本物より美しく描くものだが、この絵に限っては実物よりやや劣っていると言わなければならないだろう。
しかしその絵が、この教会の宝であることは間違いない。
みすぼらしい聖堂内において、その絵だけは、額といい、まわりの飾りといい、場違いなほど輝いていたのだ。
ルオフィキシラル教会が、どの程度の規模かはわからない。
もしかしたら、今ここにいる百人ほどが、信徒のすべてなのかもしれない。
けれど、たしかにディニッサを愛し敬う人々はいるのだ。
ディニッサが──
……いや、オレが、だな。オレが国を捨てた場合、彼らはどう思うか。
失望ならいい。怒りも当然だろう。
しかしその行動は、この人達に絶望を与えるのではないか。
もしかしたら、自殺する者すら出てくるかもしれない。
これを知ったら、ディニッサはどう言うだろう?
わらわには関係ない、と冷たく切り捨てるのだろうか。
……どうもオレには、そうはできそうもなかった。
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