シスコンリーマン、魔王の娘になる

石田 ゆうき

文字の大きさ
56 / 148
第3章 旧領へ。新たな統治

北の代官

しおりを挟む
 ルオフィキシラル城から80km北に、鉱山都市テパエがある。
 鉱夫が集まってできた街で、人口は4000ほどしかいない。

 最初にコボルトの鉱夫たちが街を作り、ついで鉱山で取れる良質な金属目当てにドワーフの職人が移り住んだ。現在でもコボルトとドワーフ以外の種族は、ほとんど暮らしていない。

 そんな小さな街の、とある酒場に20人ほどの人間──この世界ではドワーフやコボルトもそう呼ばれる──が集まっていた。まだ日が高いというのに、酒を飲んで騒いでいる。

「ネンズ様ぁ、昼間っから酒飲んでていいんスかね?」

 若いコボルトが、隣りに座っている男に問いかけた。

「あぁ? 毒が出ちまったんだからしょうがねえだろうが。ブワーナンがなんとかするまでのんびりしようや」

 ネンズと言われた男は、面倒くさそうに答えた。
 その姿はコボルトと似ている。両者ともに、直立した犬のような外見だ。

 ただ、大きさはだいぶ違う。コボルトは1mそこそこの身長しかないが、ネンズはその倍近い。さらにコボルトには、ごく短い尻尾があるだけだが、ネンズには爬虫類のような長い尻尾が生えていた。

「せっかく新しい鉱脈が見つかったというのに、残念じゃのう」

 二人の正面に座るドワーフが軽くテーブルを叩く。
 その顔には、いかにも無念そうな感情が浮かんでいた。

「まあ、楽しみはあとにとっとけや。今は英気を養う時間だ」

 ネンズは、さらにビールをあおった。
 空き瓶の山をかきわけて、さらにビールを杯に注いでいく。

「まあ、それならそれでもいいっスけどね……」
「なんだよ、言いたいことがあるなら、はっきり言えよ」

 ネンズはジョッキを傾けながら、コボルトに問いかける。
 コボルトは、上目遣いにネンズを見た。

「……二ヶ月後のこと、どう思います?」

 コボルトの言葉に、陽気だった酒飲みたちが静かになる。
 二ヶ月後。それは東の魔王の布告が、効力を失う期限だった。

 期限が切れれば、ルオフィキシラル領は隣国に攻められるだろう。
 いくら田舎だといっても、それくらいの情報は入ってくる。

 コボルトとドワーフたちは、暗い表情を浮かべた。
 戦争になれば、彼らも無縁ではいられないであろう。
 だが、ネンズだけは動揺をみせない。

「布告が切れたら、そりゃ戦争になんだろ。まっ、心配はいらねえよ。おまえらコボルトは優秀な鉱夫だし、ドワーフは鍛冶にかかせねえ。よほどの阿呆じゃねえかぎり、お前たちがどうにかされることはねえよ」

 ネンズの言葉を聞いても、男たちの気は晴れなかった。
 もちろん彼らは、自分の身の安全を心配している。けれど同時に、ネンズがどうなるかも気になっているのだ。

 コボルトやドワーフはただの平民だ。
 抵抗しなければ、新しい支配者にも労働力として受け入れられる公算が高い。

 しかしネンズは魔族だ。
 しかも、この鉱山都市テパエを任された代官なのである。

「ワシらはいいとしても、親方はどうなるんじゃ?」

「そりゃ死ぬだろ。ここに敵がくるってことは、ルオフィキシラリアかクノ・ヴェニスロが落ちてるってことだ。そんだけの力を持ったヤツらを、俺ひとりで相手すんのは無理だろうぜ」

 心配する男たちをよそに、ネンズはさばさばとした口調で言う。

「逃げるつもりはないんスか?」

「俺はトゥーヌル様に街を任されたんだぜ? 逃亡も降伏もありえねえ。……大丈夫だよ、ヤルときゃ街から離れたとこいくからよ。お前らに迷惑はかけねえ」

「ワシらの事より親方自身のことを考えてほしいものじゃ。……ワシらが頼めばそのまま代官になれんかのう」

「そりゃイヤだな。俺は自分が認めた相手にしか頭を下げたくねえよ。そんなんだったら死んだほうがましさ。ああ、なんでトゥーヌル様は、俺を代官なんぞにしたかねー。鉱夫の才能も鍛冶の才能もねえのにさあ」

 ネンズのぼやきに、あちこちから笑い声がおこった。

「ネンズ様はコボルト起源のくせに、土系魔法も使えないッスからね」

「そうだよ。俺の魔法は戦場向きなんだ。……9年前、俺もいっしょに連れて行ってくれりゃあなあ。満足いく死に方ができたはずなのにな」

「しかし親方、ワシらは親方がこの街の代官になってくれて、感謝しているぞ」
「そうっスよ。俺らみんなネンズ様のことが大好きっスから!」

 酒場にいる者たちが、口々に同意する。ネンズの人望を示すと同時に、それは彼を代官に選んだトゥーヌルの目の確かさも証明していた。

「かぁ~、気持ち悪いこと言ってんじゃねえよ。そんなセリフは娘っ子をちょろまかす時だけにしておけや」

「──親方」

 その時、奥に座っているドワーフが三人の会話に入ってきた。
 その眼差しはひどく真剣で、あたりの喧騒を静めるのに十分なものだった。

「親方、ディニッサ様に頼るというのはダメなのかのう」

「……ダメだろ。あのお姫様は外の世界に興味ねえよ。俺の命もおまえらの命もたくせねえ」

「しかし今は違うのかもしれませんぞ。都に住んでいるワシの親戚から手紙がきたのですじゃ。ディニッサ様が領民を守るためにフェンリルと戦い、これを手懐けたと」

 ネンズが、その日はじめて真面目な顔になった。

「……本当か、それ?」

「ありえないっスよね。フェンリルを手懐けるなんて。ただ倒すだけでも大変なバケモノなのに。もしもこの街にフェンリルが来たら、街が滅ぶっショ」

「いや、俺が疑ったのはそっちじゃねえ。あの姫様はトゥーヌル様の娘で、東の魔王の孫だ。フェンリルをなんとかできてもおかしくはねえ。ただ──」

 ネンズは、なにかを思い出すように目をつぶる。

「さっきは外の世界に興味がないって言ったけどな。俺が見た時の姫様は、自分のことにすらほとんど無関心だったんだぜ。民のためになんかするかね……?」

「誰かルオフィキシラリアに送りますかのう?」

 ネンズは天井を見上げ、ドワーフの意見を検討する。
 それから、バツの悪い表情を浮かべた。

「……いやぁ、税金パクってっからな、顔は出しづらいぜ」

 酒場の人々は、顔を見合わせた。
 たしかにネンズは、ディニッサに送るべき税を横領しているのだ。

 税金は街に再投資しているだけで、彼が私腹を肥やしているわけではない。
 とはいえ、そんなことはディニッサには関係ないし、ネンズがディニッサの正当な権利を侵しているのは間違いないのだ。どういう罰を受けるかわからない。

「姫様の使者がこの街に来たら、そん時あらためてどうするか考えようや」

 ネンズはそう言って、ふたたび酒瓶に手を伸ばした……。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

転生先はご近所さん?

フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが… そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。 でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

魔法使いが無双する異世界に転移した魔法の使えない俺ですが、陰陽術とか武術とか魔法以外のことは大抵できるのでなんとか死なずにやっていけそうです

忠行
ファンタジー
魔法使いが無双するファンタジー世界に転移した魔法の使えない俺ですが、陰陽術とか武術とか忍術とか魔法以外のことは大抵できるのでなんとか死なずにやっていけそうです。むしろ前の世界よりもイケてる感じ?

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

Sランクパーティを引退したおっさんは故郷でスローライフがしたい。~王都に残した仲間が事あるごとに呼び出してくる~

味のないお茶
ファンタジー
Sランクパーティのリーダーだったベルフォードは、冒険者歴二十年のベテランだった。 しかし、加齢による衰えを感じていた彼は後人に愛弟子のエリックを指名し一年間見守っていた。 彼のリーダー能力に安心したベルフォードは、冒険者家業の引退を決意する。 故郷に帰ってゆっくりと日々を過しながら、剣術道場を開いて結婚相手を探そう。 そう考えていたベルフォードだったが、周りは彼をほっておいてはくれなかった。 これはスローライフがしたい凄腕のおっさんと、彼を慕う人達が織り成す物語。

処理中です...