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第4章 国境の外へ。戦いのはじまり
045 仮親
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ふかふかの布団に、豪奢な天蓋付きベッド。壁にはオリハルコンがふんだんに使われ、金色に輝いている。ここは、いつものオレの寝室だ。
「──」
「いや、なにやら怖い夢をみていたようじゃ」
ベッドの横に立つユルテに答える。
……だけど、なにかへんなカンジだな?
「──」
「ええと、なんじゃったかな? ものすごく熱かったような気がするのじゃ」
反対側から話しかけてきたデトナにそう答えた。
……? この違和感はなんだろう?
ああ、なんとなくデトナが大人っぽく見えるんだな。そういえばユルテは逆に若くなっているようにも思える。
「──」
部屋にいる者たちが口々にざわめく。だがなにを言っているのか、よくわからなかった。そもそも、どうして寝室にこんなに大勢が集まっているんだろう。
「──」
みんながオレの頬をなでたり、髪をさわったりしてきた。
……まあ、いつものことだな。オレはもう一度眠ることにした。
* * * * *
暖かい。それに体全体に、何か柔らかいモノがまとわりついている感覚がある。
昨日も侍女たちに抱きしめられて寝たんだっけ?
ただ、なんか臭いな……。
目を開けた。そのとたん、思わず悲鳴をあげそうになった。
オレは首までずっぽりと、肉塊に埋まっていたのだ。どうやら、さっきまで戦っていたフェニックスの死体に浸かっているらしい。
手や足にグニュグニュとした柔らかい感触がある。おまけに、口に血と肉が残っていた。あわてて肉片を吐き出し、フェニックスの体内から脱出した。
……状況からして、敵の炎で死にかけた時、オレの──というか、ディニッサの真の力が覚醒したようだ。そんな力があるとは初耳だし、ずいぶん都合がいい話だけど、魔王の娘なんだしそういうこともあるんだろう。
覚醒したオレは、首尾よくフェニックスを倒したらしい。その間の記憶はまったくない。……まあ覚えていなくて良かったかもしれない。フェニックスの生肉を食べたりしていたようだから。覚醒中はそうとうヤバイ性格になるらしい。
「ぴー」
お湯を出して血を洗い流していると、フェニックスの死体のあたりから鳴き声が聞こえてきた。そして拳大の赤い毛玉が、よちよちとオレの方に歩いてくる。色が真っ赤なことをのぞけば、ひよこにしか見えない。しかしそんなわけはない。
きっとフェニックスの子供なんだろう。どうして飛びながらヒナを連れていたのかとか、戦闘中どこにいたのかとか疑問はあるが、なにもない雪原にたまたま他の鳥のヒナがあらわれた、というのは考えにくい。
「殺すべき、じゃな」
コイツの親にはあやうく殺されるところだった。それにコイツが成長したら、大勢に迷惑がかかるだろう。……ただ、なあ。
「ぴー、ぴー」
ヒナはオレの足にくっついて、ピーピー鳴いている。
「……シロもそうだったが、貴様らズルすぎじゃろ。こっちをガチで殺しくる危険生物のクセに、自分の身が危なくなったら、可愛さアピールで命乞いか?」
「ぴ~」
* * * * *
オレは夜の雪原で途方に暮れていた。
戦闘中に移動しすぎたせいで、現在位置がさっぱりわからなくなっていたのだ。こうなったら朝まで待って、太陽の位置で方角を確かめるしかない。
しかたなく、フェニックスに火をつけて一人キャンプファイヤーを開催した。いまだに真っ裸なので、火にでもあたらないと寒くてたまらないのだ。服を作り出そうともしてみたのだが、服は構造が複雑すぎてうまく作れなかった。
「ぴ~」
フェニックスのヒナは、親の焼き肉を食べてご満悦だ。さすがは畜生、オレが火をつけると、すぐに遺骸に近づいてむさぼり食い始めたのだ。嬉しそうに炎の中を歩き回りながら、肉をついばんでいる。
つい助けてしまったけれど、やっぱり殺しておくべきだったかな……。
* * * * *
香ばしい匂いの焚き火をぼーっと眺めていた。
ときおり焼けた肉を口に運ぶ。味付けは魔法で出した塩だけだったけれど、フェニックス肉はかなり旨かった。コレットがここにいたら喜んだだろうに。
「な、なにやっているの……」
危機を乗り越えて油断していたかもしれない。人が近づいてくる気配に気づかなかったのだ。声の方に顔を向けると、シグネとデトナが驚いた顔でオレを見つめていた。
全裸で体育座りの女の子。その前には、体長20mを超える巨鳥を丸焼きにしたキャンプファイヤー。……かなりシュールな光景だな。
「見てわからぬか? 焚き火で暖まっておるのじゃ。おおそうじゃ、そなたらもフェニックスの焼き肉を食べぬか? なかなか旨いのじゃ」
おかしな事など何一つ起きていない、というようにほがらかに話した。
……今のオレはどこからどう見ても恥ずかしい格好だ。だからこそ、断じてそれを認めてはならない。気迫で現実をねじまげるのだ。
立ち上がって腕を組んだオレに、デトナがそっと魔法のマントをかけてくれた。
裸マント。より変態性が増した気もする。でも見た目はかわいい女の子だから大丈夫、か? これが元の姿なら目も当てられない。
「それにしてもそなたら、ずいぶん早かったな? もしかして──」
「火が目印になったのよ」
オレの言葉にかぶせるようにシグネが言った。それはオレがしようとした問いの答えじゃなかった。オレが聞こうとしたのは、「もしかして街まで逃げなかったのか?」だったからだ。
シグネの反応で、そっちの答えもわかってしまったけれど。彼女の性格では、オレが心配で遠くから見守っていた、とは恥ずかしくて言えないのだろう。
「ぴー、ぴー!」
その時、ヒナが二人をみて鳴いた。どうやら警戒しているようだ。
「ああそうじゃ、このフェニックスの子供、どうしたらいいかの?」
「どうしたものかしらね……。殺すわけにもいかないし」
「おっ、そなたも動物が好きなのか。特にちっちゃいもこもこは良いよな!」
「違うから。フザケたこと言ってると雪の中にアタマ突っ込むわよ?」
シグネに怒られた。そしてシグネはフェニックスの死体を調べている。
「魔物の子供に可愛いもなにもないでしょ。殺せるものなら殺すわよ。そうじゃなくて──」
シグネが言うには、フェニックスは死なないらしい。一度目に殺すと、小さなヒナとして再生する。そのヒナを殺すと、こんどは近くにいる小動物にとりついて復活してしまう。
「しょうがないから、あなたが責任を持って育てなさい。あるていど育って危険になったら、もう一度殺しなおせば時間が稼げるから」
「育てたフェニックスを殺すのか? そんなの嫌じゃ。そなたが引き取るがよい」
ヒナから育てたら、ぜったい愛着がわく。殺したりなんか、とてもできなくなってしまうだろう。
「無理。だってあなた、フェニックスの心臓を食べたでしょ?」
「食べてないのじゃ」
手羽先とか胸肉は食べたけど、内臓系には手を付けてない。
「嘘つかないで。心臓だけえぐり取られて無くなっているじゃない」
「だから食べて──。……いや、食べたとして、それがなんだというのじゃ」
よく考えると、目を覚ました時に口の中が血まみれだった。真ディニッサが心臓を食べていた可能性はある。
「ま、心臓を食べた事自体は、正しい処置なのよ。再生したヒナに食べられてしまうと、ヒナが急成長してどこかに飛び去ってしまうから」
……正しい処置、か。なんかおかしいな。まるで真ディニッサにその知識があったようじゃないか。ただの偶然なんだろうか?
「この国の人にとってはラッキーでしたね。それで、ディニッサ様にはどういう不幸が降りかかるんですか?」
「……デトナ、そなた嬉しそうじゃな?」
「そんなことないですよ。ボクはディニッサ様の身を心配申し上げておりますよ」
──フェニックスの心臓を食べた者は「仮親」になるらしい。ヒナは仮親と引き離されると死ぬ。とはいえ、フェニックス自身は他の生き物に憑依転生するだけなので問題ない。被害を受けるのは、フェニックスに暴れられる周囲の魔族だ。だから、ヒナが死なないようにオレが育てないといけない、というのだ。
「……ぶっちゃけ、フェニックスが転生しても窮するのはそなたたちであって、わらわは困らんのじゃが」
「あなたがそういうつもりなら、それでもいいけど? でも、私の家族の誰かが死にでもしたらフィアに言いつけるから」
うわ、こいつ、妹に言いつけるとか最低だな。だけど、フィアの名を出されてしまうとこちらも弱い。世話になっている彼女を悲しませるわけにはいかない。
「……やむを得ん。引き受けよう」
「ぴ~」
こうしてフェニックスのヒナを育てる事になった。だけど殺す前提じゃなくて、シロのように共存を目標にやっていこう。魔族を好んで食べるという性質が不安だが、愛情をもって接すればきっと懐いてくれるだろう。
たぶん……。
「──」
「いや、なにやら怖い夢をみていたようじゃ」
ベッドの横に立つユルテに答える。
……だけど、なにかへんなカンジだな?
「──」
「ええと、なんじゃったかな? ものすごく熱かったような気がするのじゃ」
反対側から話しかけてきたデトナにそう答えた。
……? この違和感はなんだろう?
ああ、なんとなくデトナが大人っぽく見えるんだな。そういえばユルテは逆に若くなっているようにも思える。
「──」
部屋にいる者たちが口々にざわめく。だがなにを言っているのか、よくわからなかった。そもそも、どうして寝室にこんなに大勢が集まっているんだろう。
「──」
みんながオレの頬をなでたり、髪をさわったりしてきた。
……まあ、いつものことだな。オレはもう一度眠ることにした。
* * * * *
暖かい。それに体全体に、何か柔らかいモノがまとわりついている感覚がある。
昨日も侍女たちに抱きしめられて寝たんだっけ?
ただ、なんか臭いな……。
目を開けた。そのとたん、思わず悲鳴をあげそうになった。
オレは首までずっぽりと、肉塊に埋まっていたのだ。どうやら、さっきまで戦っていたフェニックスの死体に浸かっているらしい。
手や足にグニュグニュとした柔らかい感触がある。おまけに、口に血と肉が残っていた。あわてて肉片を吐き出し、フェニックスの体内から脱出した。
……状況からして、敵の炎で死にかけた時、オレの──というか、ディニッサの真の力が覚醒したようだ。そんな力があるとは初耳だし、ずいぶん都合がいい話だけど、魔王の娘なんだしそういうこともあるんだろう。
覚醒したオレは、首尾よくフェニックスを倒したらしい。その間の記憶はまったくない。……まあ覚えていなくて良かったかもしれない。フェニックスの生肉を食べたりしていたようだから。覚醒中はそうとうヤバイ性格になるらしい。
「ぴー」
お湯を出して血を洗い流していると、フェニックスの死体のあたりから鳴き声が聞こえてきた。そして拳大の赤い毛玉が、よちよちとオレの方に歩いてくる。色が真っ赤なことをのぞけば、ひよこにしか見えない。しかしそんなわけはない。
きっとフェニックスの子供なんだろう。どうして飛びながらヒナを連れていたのかとか、戦闘中どこにいたのかとか疑問はあるが、なにもない雪原にたまたま他の鳥のヒナがあらわれた、というのは考えにくい。
「殺すべき、じゃな」
コイツの親にはあやうく殺されるところだった。それにコイツが成長したら、大勢に迷惑がかかるだろう。……ただ、なあ。
「ぴー、ぴー」
ヒナはオレの足にくっついて、ピーピー鳴いている。
「……シロもそうだったが、貴様らズルすぎじゃろ。こっちをガチで殺しくる危険生物のクセに、自分の身が危なくなったら、可愛さアピールで命乞いか?」
「ぴ~」
* * * * *
オレは夜の雪原で途方に暮れていた。
戦闘中に移動しすぎたせいで、現在位置がさっぱりわからなくなっていたのだ。こうなったら朝まで待って、太陽の位置で方角を確かめるしかない。
しかたなく、フェニックスに火をつけて一人キャンプファイヤーを開催した。いまだに真っ裸なので、火にでもあたらないと寒くてたまらないのだ。服を作り出そうともしてみたのだが、服は構造が複雑すぎてうまく作れなかった。
「ぴ~」
フェニックスのヒナは、親の焼き肉を食べてご満悦だ。さすがは畜生、オレが火をつけると、すぐに遺骸に近づいてむさぼり食い始めたのだ。嬉しそうに炎の中を歩き回りながら、肉をついばんでいる。
つい助けてしまったけれど、やっぱり殺しておくべきだったかな……。
* * * * *
香ばしい匂いの焚き火をぼーっと眺めていた。
ときおり焼けた肉を口に運ぶ。味付けは魔法で出した塩だけだったけれど、フェニックス肉はかなり旨かった。コレットがここにいたら喜んだだろうに。
「な、なにやっているの……」
危機を乗り越えて油断していたかもしれない。人が近づいてくる気配に気づかなかったのだ。声の方に顔を向けると、シグネとデトナが驚いた顔でオレを見つめていた。
全裸で体育座りの女の子。その前には、体長20mを超える巨鳥を丸焼きにしたキャンプファイヤー。……かなりシュールな光景だな。
「見てわからぬか? 焚き火で暖まっておるのじゃ。おおそうじゃ、そなたらもフェニックスの焼き肉を食べぬか? なかなか旨いのじゃ」
おかしな事など何一つ起きていない、というようにほがらかに話した。
……今のオレはどこからどう見ても恥ずかしい格好だ。だからこそ、断じてそれを認めてはならない。気迫で現実をねじまげるのだ。
立ち上がって腕を組んだオレに、デトナがそっと魔法のマントをかけてくれた。
裸マント。より変態性が増した気もする。でも見た目はかわいい女の子だから大丈夫、か? これが元の姿なら目も当てられない。
「それにしてもそなたら、ずいぶん早かったな? もしかして──」
「火が目印になったのよ」
オレの言葉にかぶせるようにシグネが言った。それはオレがしようとした問いの答えじゃなかった。オレが聞こうとしたのは、「もしかして街まで逃げなかったのか?」だったからだ。
シグネの反応で、そっちの答えもわかってしまったけれど。彼女の性格では、オレが心配で遠くから見守っていた、とは恥ずかしくて言えないのだろう。
「ぴー、ぴー!」
その時、ヒナが二人をみて鳴いた。どうやら警戒しているようだ。
「ああそうじゃ、このフェニックスの子供、どうしたらいいかの?」
「どうしたものかしらね……。殺すわけにもいかないし」
「おっ、そなたも動物が好きなのか。特にちっちゃいもこもこは良いよな!」
「違うから。フザケたこと言ってると雪の中にアタマ突っ込むわよ?」
シグネに怒られた。そしてシグネはフェニックスの死体を調べている。
「魔物の子供に可愛いもなにもないでしょ。殺せるものなら殺すわよ。そうじゃなくて──」
シグネが言うには、フェニックスは死なないらしい。一度目に殺すと、小さなヒナとして再生する。そのヒナを殺すと、こんどは近くにいる小動物にとりついて復活してしまう。
「しょうがないから、あなたが責任を持って育てなさい。あるていど育って危険になったら、もう一度殺しなおせば時間が稼げるから」
「育てたフェニックスを殺すのか? そんなの嫌じゃ。そなたが引き取るがよい」
ヒナから育てたら、ぜったい愛着がわく。殺したりなんか、とてもできなくなってしまうだろう。
「無理。だってあなた、フェニックスの心臓を食べたでしょ?」
「食べてないのじゃ」
手羽先とか胸肉は食べたけど、内臓系には手を付けてない。
「嘘つかないで。心臓だけえぐり取られて無くなっているじゃない」
「だから食べて──。……いや、食べたとして、それがなんだというのじゃ」
よく考えると、目を覚ました時に口の中が血まみれだった。真ディニッサが心臓を食べていた可能性はある。
「ま、心臓を食べた事自体は、正しい処置なのよ。再生したヒナに食べられてしまうと、ヒナが急成長してどこかに飛び去ってしまうから」
……正しい処置、か。なんかおかしいな。まるで真ディニッサにその知識があったようじゃないか。ただの偶然なんだろうか?
「この国の人にとってはラッキーでしたね。それで、ディニッサ様にはどういう不幸が降りかかるんですか?」
「……デトナ、そなた嬉しそうじゃな?」
「そんなことないですよ。ボクはディニッサ様の身を心配申し上げておりますよ」
──フェニックスの心臓を食べた者は「仮親」になるらしい。ヒナは仮親と引き離されると死ぬ。とはいえ、フェニックス自身は他の生き物に憑依転生するだけなので問題ない。被害を受けるのは、フェニックスに暴れられる周囲の魔族だ。だから、ヒナが死なないようにオレが育てないといけない、というのだ。
「……ぶっちゃけ、フェニックスが転生しても窮するのはそなたたちであって、わらわは困らんのじゃが」
「あなたがそういうつもりなら、それでもいいけど? でも、私の家族の誰かが死にでもしたらフィアに言いつけるから」
うわ、こいつ、妹に言いつけるとか最低だな。だけど、フィアの名を出されてしまうとこちらも弱い。世話になっている彼女を悲しませるわけにはいかない。
「……やむを得ん。引き受けよう」
「ぴ~」
こうしてフェニックスのヒナを育てる事になった。だけど殺す前提じゃなくて、シロのように共存を目標にやっていこう。魔族を好んで食べるという性質が不安だが、愛情をもって接すればきっと懐いてくれるだろう。
たぶん……。
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