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第4章 国境の外へ。戦いのはじまり
053 獅子
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悲鳴を聞いたオレは現場に急行した。
木々の合間をぬって風のように走る。すぐに目的地にたどり着くことができた。
前方には、這いつくばって震えるリザードマンがいる。さらにその先には大きな牛がいた。リザードマンと同じように、牛の体もウロコで覆われている。さらにその背中には、茶色い羽が生えていた。
オレは駆けつけた勢いを緩めることなく、そのまま牛にむかって突進した。そして牛の真横を駆け抜ける。すれ違う瞬間、手刀を牛の首に叩き込んだ。たいした抵抗もなく、オレの攻撃は牛の首を切って落としていた。
足をゆるめ、急停止する。振り向くと、ちょうど牛の頭が地面に落ちるところだった。頭が落ちたすぐ後に、残った体もドウと音をたてて倒れた。
牛の体からは滝のように血が溢れ出ている。しかし頭の方の血はすでに止まっていた。それどころか、切断面から肉が盛り上がり、少しづつ体が再生している。
どうやら残った部位の大きさではなく、頭がある方が本体とみなされるらしい。体から頭を生やしたほうが効率が良さそうなものだが、そうもいかないんだろう。
牛の頭は再生を続けているが、その速度は遅く、まだ首すらできていない。シロやアカの再生速度と比較して考えると、たいした魔物じゃないみたいだ。
胴体の方を見る。かなり大きい。3mほどはあるだろうか。これなら、デトナとふたりで食べても十分満足できるだろう。……いや待てよ。よく考えたら、あの頭を持っていけば牛肉を無限増殖できるのではなかろうか。
──この時、リザードマンの怯えた視線を受けてハッとした。
オレ、だいぶおかしくなってないか……?
まず牛の魔物を殺すことに(まだ死んでないけど)まるでためらいがなかった。シロやアカの時のように、身に危険が迫っていたわけでもないのに。それに、牛の首が落ち、血が大量に流れる光景を見ても、まるで心が動かない。元の世界のオレだったら、かわいそうだと思ったり、気持ち悪くなったりしただろう。
そういえば、宿屋にきた狼男がアカに焼き殺された時も、なんとも思わなかったな……。火だるまになった人間をのんびり眺めてるって、どう考えてもまともじゃないぞ。
これはディニッサと同化した影響だろうか。それとも殺伐とした世界になれてオレ自身が変わってしまったんだろうか。元の体に戻ったとき、オレの心もちゃんと元に戻るのか……?
リザードマンは怯えきった様子だったが、その場から逃げようとはしない。
よく見ると、リザードマンの両足は石になっていた。まわりには石になった植物もいくつかある。
なるほど、石化能力か。牛の魔物を先制攻撃で倒したのは正解だったみたいだ。
「助けてくれ! 殺さないでくれ!」
リザードマンは両手を合わせて命乞いをしている。
彼の目にはオレも、牛の魔物と同じような危険な怪物に見えているのだろうか。
おどかさないようゆっくりとリザードマンに歩み寄る。
さて、傷は治せるけど、石になった体は元に戻せるのかな。
リザードマンの足に手を当て、魔法を使ってみた。
効果はてきめんだった。灰色になっていた彼の足が、他の部分と同じ緑色に戻ったのだ。硬い石の感触が、ザラザラとしたウロコの感触に変わった。
「もう大丈夫じゃな。そなた──」
オレが言い終わるより早く、リザードマンは悲鳴を上げながらその場から逃げ去った。……どうして逃げる。どう見てもこっちは、窮地を救ってくれたかわいい天使だろうが。
どうしよう。捕まえるのは簡単だ。リザードマンは必死に走っているが、数秒で追いつく。けれどそうすると、よけいに怯えられるだろう。
「やめた」
リザードマンを捕まえるのはあきらめた。あのリザードマンは綺麗な服を着ている。おそらくこの近くに彼の家か村があるはずだ。情報収集は後でもできる。それより今はデトナに食料を持って行ってやろう。
牛の魔物を見ると、肩あたりまで再生が進んでいた。こっちはどうしよう。魔物だから殺しておくべきか?
けれど牛の目から涙がこぼれているのを見て、殺す気は失せた。
もう無力化しているし、トドメを刺す必要もない。もしも復活した牛が暴れたとしても、それをなんとかするのはここを治めている魔族の仕事だ。
オレは牛の体を担ぎあげると、デトナが待つ海岸へ向かった。
* * * * *
持ち帰った魔物牛の肉を、デトナとふたりで食べた。味は悪くなかったけれど、肉は筋張っていて硬かった。鍋でもあれば、煮込んで食べた方が美味しそうなのだが、残念ながら調理器具がない。
「ディニッサ様、内臓まで食べるんですか……?」
「残したらもったいないじゃろ。そなたも食べぬか? けっこうイケるのじゃ」
ミノを焼いて食っているオレを見て、デトナが引いていた。焼き肉といえばホルモンなんだけどな。こっちでは、モツまで食べるのは一般的じゃないようだ。
* * * * *
休息と食事によって、デトナは元気を取り戻したようだ。オレはといえば、少し後悔していた。足らねえ。もっと食いたかった。かわいそうだが、戻ってもう1回肉をもらってくるか? 牛の皮を海水で洗いながら、そんなことを考えていた。
「ディニッサ様!」
デトナが緊迫した雰囲気でオレに呼びかけてきた。
魔力探知開始。案の定、魔力の気配がこちらに近づいてきていた。数は1。まさかさっきの牛が復活したわけじゃないだろうが……。
「デトナ、このまま様子をみるのじゃ。戦いになるやもしれん。警戒せよ」
オレとデトナは、立ち上がり相手を待ち構える。今のオレなら、たいていの魔物や魔族はなんとかできるはずだ。それくらいに魔力が満ち溢れている。
……調子に乗りすぎか?
森から人の形をした生き物があらわれた。ただし頭部にはライオンの顔がついている。獣人系の魔族だ。彼は豪奢な服を着て、高そうな装飾品をつけていた。
このあたりの領主か?
「ゴルゴンを倒したのはおまえか!」
獅子面が大音声でオレに呼びかける。
……もしかしてあの牛、こいつのペットだったりするのか? ヤバイ。とぼけようにも、今オレは牛の皮をしっかりと握りしめている。どうにもならん。
「そうじゃ。リザードマンが襲われていたゆえ、やむを得なかったのじゃ」
リザードマンどうのというより、どっちかというと食料調達の意味合いが大きかったのだが、とりあえず無難そうな言い訳をしてみた。
「そうか。オレの友を救ってくれて感謝する」
そう言って獅子面は頭を下げた。あの牛はただの魔物だったようだ。
……それにしては、呼びかけ方がおかしかったな。
ともあれ安心した。よけいな争いは避けられそうだ。
オレとデトナは獅子面に歩み寄った。こいつからなら、このあたりの情報を聞き出せるはずだ。
「オレの友人を救ってくれたことには感謝するが……」
そう言って、獅子面はオレをみつめた。なんだ?
「オレの大事な友人が助かったことは喜ばしいが……」
獅子面はしつこく「友人」を連呼する。なんだこの友人押し。もしかしてコイツ友達があんまりいないのか? どう反応すればいいのかわからないぞ。
「……それはそれとして、貴様はなぜオレの領地に無断で侵入したのだ?」
オレたちが黙っていると、ようやく獅子面は話を続けた。
やっぱりコイツは領主だったようだ。しかも不法侵入にお怒りの様子。
いかんな。こうなったら、最近磨き上げたオレのスキルを使うしかない。
「うっ、うっ、うう……」
「ど、どうした?」
突然泣き出したオレを見て、獅子面があわてた。よし。好感触。
嘘泣きは、すでにオレの得意技となっている。知らなかったのだが、涙腺も鍛えることができるらしい。最初は精神操作魔法で悲しい気分にしていたのだけれど、いつのまにか自然に泣けるようになっていたのだ。
デトナが、一瞬だけドン引いた表情になってからうつむいた。「またやりだした」とでも思ってるんだろう。でもこれだって、立派な交渉術なんだぜ?
ともかく、女の子の涙であわてるからには、それほど悪いヤツでもなさそうだ。うまく誘導して協力を仰ごう。とりあえずまともな服がほしい。
「うう……。わらわも来たくてここに来たわけではないのじゃ……。悪い魔族にさらわれて──」
「魔族にさらわれただと!!」
獅子面が突然大声をあげた。
な、なんだ、なにやら激怒している。オレ、なにか失敗したか?
「ごめん、君に怒ったわけじゃない。僕──オレの友人も魔族にさらわれたことがあるのだ。それを思い出してしまった」
あのリザードマンか。あんなのさらってどうするつもりだったんだろう。
しかしリザードマンがさらわれたのを思い出して激怒って、コイツ、どんだけあのリザードマンが好きなんだよ。
「そ、そうかの。その……わらわたちは、さらわれたのじゃが、なんとかその魔族から逃げ出すことができたのじゃ。しかし家に帰る途中で、船が魔物に襲われ、ここに漂着することになってしまったのじゃ。ううう、うわ~ん……」
一瞬驚いて涙が止まってしまったが、気を取り直して演技を続ける。
ちらっ。顔を手で覆い隠して泣きながら、相手の様子を確認する。どうやら同情しているようだ。よし。
「それは……災難だったな」
「うう……。ここはもう大陸かの? 大陸なら歩いて領地に帰れるのじゃが」
「残念ながら、大陸ではないな。ここはオレが治める島だ」
「そ、そんな……。うう……。おうちに帰りたいのじゃ……」
ちらっ。さあ、船をだすと言え。島に住んでいる領主なんだ。船くらい、いっぱい持っているだろ? かわいいそうな女の子を助ける絶好の機会だぜ。
「そうか……。ならば船を用意して大陸まで運んでやろう。一月ほど待て」
「一月……。今すぐおうちに帰りたいのじゃ……。ううっ……」
「すまんが、それはダメだ。今この島には一隻しか船がない。その船におまえを乗せてやるわけにはいかないのだ」
ちらっ。獅子面はキッパリと言い切った。どうも妥協の余地はなさそうだ。これ以上押すと機嫌を損ねるかもしれない。
「うう……。わかったのじゃ……」
「悪いな。それからこれも謝るが、おまえたちをオレの家に招くこともできん。かわりにこの辺りに家を作って、服や食べ物などは運ばせよう」
なんだ……? 一隻しかない船を自由に使わせられないというのはわかる。けれど、家にまで入れられないというのはどういうことだ。かわいい女の子が困っているんだぜ。優しく保護するの一択だろう。
……まあ、いいか。こちらとしてはその方がありがたいし。もしも城などに連れ込まれて閉じ込められると面倒だ。一ヶ月もこんなところでのんびりしているわけにはいかないんだから。
「それから、この島を動き回るのも控えてもらおう。必要なものは使いに頼んでくれ。出来る限り便宜を図る」
そう言って獅子面は森に帰っていった。
* * * * *
「ディニッサ様の演技も通用しませんでしたねえ」
「失礼な。めちゃくちゃ通用していたじゃろ。ヤツには何か事情があるのじゃ」
「これからどうするつもりですか?」
「むろん島から脱出する。日が暮れるまで待ってから、周囲を調べるつもりじゃ」
* * * * *
しばらくすると、5人ほどの人間が訪れた。その中にはさっき助けたリザードマンもいる。彼らは服や食料、寝具などを持ってきてくれたのだ。ただし、家を作るのは明日以降になるらしい。
怯えて逃げ出したリザードマンも、オレが好意で助けてくれただけの安全な魔族だとわかったらしい。海岸で野宿させることにひどく恐縮していた。しかし口数はすくなく、リザードマン以外の者たちは一言も喋らなかった。
オレを恐れているというより、話すことを禁止されているようなそぶりだった。この島にはなにか秘密がありそうだ。……まあ、今日中にぬけ出すつもりのオレには関係ないことだけど。
服や食料などを適当に注文して、リザードマンたちには帰ってもらった。
──さて、ここからが本番だ。
木々の合間をぬって風のように走る。すぐに目的地にたどり着くことができた。
前方には、這いつくばって震えるリザードマンがいる。さらにその先には大きな牛がいた。リザードマンと同じように、牛の体もウロコで覆われている。さらにその背中には、茶色い羽が生えていた。
オレは駆けつけた勢いを緩めることなく、そのまま牛にむかって突進した。そして牛の真横を駆け抜ける。すれ違う瞬間、手刀を牛の首に叩き込んだ。たいした抵抗もなく、オレの攻撃は牛の首を切って落としていた。
足をゆるめ、急停止する。振り向くと、ちょうど牛の頭が地面に落ちるところだった。頭が落ちたすぐ後に、残った体もドウと音をたてて倒れた。
牛の体からは滝のように血が溢れ出ている。しかし頭の方の血はすでに止まっていた。それどころか、切断面から肉が盛り上がり、少しづつ体が再生している。
どうやら残った部位の大きさではなく、頭がある方が本体とみなされるらしい。体から頭を生やしたほうが効率が良さそうなものだが、そうもいかないんだろう。
牛の頭は再生を続けているが、その速度は遅く、まだ首すらできていない。シロやアカの再生速度と比較して考えると、たいした魔物じゃないみたいだ。
胴体の方を見る。かなり大きい。3mほどはあるだろうか。これなら、デトナとふたりで食べても十分満足できるだろう。……いや待てよ。よく考えたら、あの頭を持っていけば牛肉を無限増殖できるのではなかろうか。
──この時、リザードマンの怯えた視線を受けてハッとした。
オレ、だいぶおかしくなってないか……?
まず牛の魔物を殺すことに(まだ死んでないけど)まるでためらいがなかった。シロやアカの時のように、身に危険が迫っていたわけでもないのに。それに、牛の首が落ち、血が大量に流れる光景を見ても、まるで心が動かない。元の世界のオレだったら、かわいそうだと思ったり、気持ち悪くなったりしただろう。
そういえば、宿屋にきた狼男がアカに焼き殺された時も、なんとも思わなかったな……。火だるまになった人間をのんびり眺めてるって、どう考えてもまともじゃないぞ。
これはディニッサと同化した影響だろうか。それとも殺伐とした世界になれてオレ自身が変わってしまったんだろうか。元の体に戻ったとき、オレの心もちゃんと元に戻るのか……?
リザードマンは怯えきった様子だったが、その場から逃げようとはしない。
よく見ると、リザードマンの両足は石になっていた。まわりには石になった植物もいくつかある。
なるほど、石化能力か。牛の魔物を先制攻撃で倒したのは正解だったみたいだ。
「助けてくれ! 殺さないでくれ!」
リザードマンは両手を合わせて命乞いをしている。
彼の目にはオレも、牛の魔物と同じような危険な怪物に見えているのだろうか。
おどかさないようゆっくりとリザードマンに歩み寄る。
さて、傷は治せるけど、石になった体は元に戻せるのかな。
リザードマンの足に手を当て、魔法を使ってみた。
効果はてきめんだった。灰色になっていた彼の足が、他の部分と同じ緑色に戻ったのだ。硬い石の感触が、ザラザラとしたウロコの感触に変わった。
「もう大丈夫じゃな。そなた──」
オレが言い終わるより早く、リザードマンは悲鳴を上げながらその場から逃げ去った。……どうして逃げる。どう見てもこっちは、窮地を救ってくれたかわいい天使だろうが。
どうしよう。捕まえるのは簡単だ。リザードマンは必死に走っているが、数秒で追いつく。けれどそうすると、よけいに怯えられるだろう。
「やめた」
リザードマンを捕まえるのはあきらめた。あのリザードマンは綺麗な服を着ている。おそらくこの近くに彼の家か村があるはずだ。情報収集は後でもできる。それより今はデトナに食料を持って行ってやろう。
牛の魔物を見ると、肩あたりまで再生が進んでいた。こっちはどうしよう。魔物だから殺しておくべきか?
けれど牛の目から涙がこぼれているのを見て、殺す気は失せた。
もう無力化しているし、トドメを刺す必要もない。もしも復活した牛が暴れたとしても、それをなんとかするのはここを治めている魔族の仕事だ。
オレは牛の体を担ぎあげると、デトナが待つ海岸へ向かった。
* * * * *
持ち帰った魔物牛の肉を、デトナとふたりで食べた。味は悪くなかったけれど、肉は筋張っていて硬かった。鍋でもあれば、煮込んで食べた方が美味しそうなのだが、残念ながら調理器具がない。
「ディニッサ様、内臓まで食べるんですか……?」
「残したらもったいないじゃろ。そなたも食べぬか? けっこうイケるのじゃ」
ミノを焼いて食っているオレを見て、デトナが引いていた。焼き肉といえばホルモンなんだけどな。こっちでは、モツまで食べるのは一般的じゃないようだ。
* * * * *
休息と食事によって、デトナは元気を取り戻したようだ。オレはといえば、少し後悔していた。足らねえ。もっと食いたかった。かわいそうだが、戻ってもう1回肉をもらってくるか? 牛の皮を海水で洗いながら、そんなことを考えていた。
「ディニッサ様!」
デトナが緊迫した雰囲気でオレに呼びかけてきた。
魔力探知開始。案の定、魔力の気配がこちらに近づいてきていた。数は1。まさかさっきの牛が復活したわけじゃないだろうが……。
「デトナ、このまま様子をみるのじゃ。戦いになるやもしれん。警戒せよ」
オレとデトナは、立ち上がり相手を待ち構える。今のオレなら、たいていの魔物や魔族はなんとかできるはずだ。それくらいに魔力が満ち溢れている。
……調子に乗りすぎか?
森から人の形をした生き物があらわれた。ただし頭部にはライオンの顔がついている。獣人系の魔族だ。彼は豪奢な服を着て、高そうな装飾品をつけていた。
このあたりの領主か?
「ゴルゴンを倒したのはおまえか!」
獅子面が大音声でオレに呼びかける。
……もしかしてあの牛、こいつのペットだったりするのか? ヤバイ。とぼけようにも、今オレは牛の皮をしっかりと握りしめている。どうにもならん。
「そうじゃ。リザードマンが襲われていたゆえ、やむを得なかったのじゃ」
リザードマンどうのというより、どっちかというと食料調達の意味合いが大きかったのだが、とりあえず無難そうな言い訳をしてみた。
「そうか。オレの友を救ってくれて感謝する」
そう言って獅子面は頭を下げた。あの牛はただの魔物だったようだ。
……それにしては、呼びかけ方がおかしかったな。
ともあれ安心した。よけいな争いは避けられそうだ。
オレとデトナは獅子面に歩み寄った。こいつからなら、このあたりの情報を聞き出せるはずだ。
「オレの友人を救ってくれたことには感謝するが……」
そう言って、獅子面はオレをみつめた。なんだ?
「オレの大事な友人が助かったことは喜ばしいが……」
獅子面はしつこく「友人」を連呼する。なんだこの友人押し。もしかしてコイツ友達があんまりいないのか? どう反応すればいいのかわからないぞ。
「……それはそれとして、貴様はなぜオレの領地に無断で侵入したのだ?」
オレたちが黙っていると、ようやく獅子面は話を続けた。
やっぱりコイツは領主だったようだ。しかも不法侵入にお怒りの様子。
いかんな。こうなったら、最近磨き上げたオレのスキルを使うしかない。
「うっ、うっ、うう……」
「ど、どうした?」
突然泣き出したオレを見て、獅子面があわてた。よし。好感触。
嘘泣きは、すでにオレの得意技となっている。知らなかったのだが、涙腺も鍛えることができるらしい。最初は精神操作魔法で悲しい気分にしていたのだけれど、いつのまにか自然に泣けるようになっていたのだ。
デトナが、一瞬だけドン引いた表情になってからうつむいた。「またやりだした」とでも思ってるんだろう。でもこれだって、立派な交渉術なんだぜ?
ともかく、女の子の涙であわてるからには、それほど悪いヤツでもなさそうだ。うまく誘導して協力を仰ごう。とりあえずまともな服がほしい。
「うう……。わらわも来たくてここに来たわけではないのじゃ……。悪い魔族にさらわれて──」
「魔族にさらわれただと!!」
獅子面が突然大声をあげた。
な、なんだ、なにやら激怒している。オレ、なにか失敗したか?
「ごめん、君に怒ったわけじゃない。僕──オレの友人も魔族にさらわれたことがあるのだ。それを思い出してしまった」
あのリザードマンか。あんなのさらってどうするつもりだったんだろう。
しかしリザードマンがさらわれたのを思い出して激怒って、コイツ、どんだけあのリザードマンが好きなんだよ。
「そ、そうかの。その……わらわたちは、さらわれたのじゃが、なんとかその魔族から逃げ出すことができたのじゃ。しかし家に帰る途中で、船が魔物に襲われ、ここに漂着することになってしまったのじゃ。ううう、うわ~ん……」
一瞬驚いて涙が止まってしまったが、気を取り直して演技を続ける。
ちらっ。顔を手で覆い隠して泣きながら、相手の様子を確認する。どうやら同情しているようだ。よし。
「それは……災難だったな」
「うう……。ここはもう大陸かの? 大陸なら歩いて領地に帰れるのじゃが」
「残念ながら、大陸ではないな。ここはオレが治める島だ」
「そ、そんな……。うう……。おうちに帰りたいのじゃ……」
ちらっ。さあ、船をだすと言え。島に住んでいる領主なんだ。船くらい、いっぱい持っているだろ? かわいいそうな女の子を助ける絶好の機会だぜ。
「そうか……。ならば船を用意して大陸まで運んでやろう。一月ほど待て」
「一月……。今すぐおうちに帰りたいのじゃ……。ううっ……」
「すまんが、それはダメだ。今この島には一隻しか船がない。その船におまえを乗せてやるわけにはいかないのだ」
ちらっ。獅子面はキッパリと言い切った。どうも妥協の余地はなさそうだ。これ以上押すと機嫌を損ねるかもしれない。
「うう……。わかったのじゃ……」
「悪いな。それからこれも謝るが、おまえたちをオレの家に招くこともできん。かわりにこの辺りに家を作って、服や食べ物などは運ばせよう」
なんだ……? 一隻しかない船を自由に使わせられないというのはわかる。けれど、家にまで入れられないというのはどういうことだ。かわいい女の子が困っているんだぜ。優しく保護するの一択だろう。
……まあ、いいか。こちらとしてはその方がありがたいし。もしも城などに連れ込まれて閉じ込められると面倒だ。一ヶ月もこんなところでのんびりしているわけにはいかないんだから。
「それから、この島を動き回るのも控えてもらおう。必要なものは使いに頼んでくれ。出来る限り便宜を図る」
そう言って獅子面は森に帰っていった。
* * * * *
「ディニッサ様の演技も通用しませんでしたねえ」
「失礼な。めちゃくちゃ通用していたじゃろ。ヤツには何か事情があるのじゃ」
「これからどうするつもりですか?」
「むろん島から脱出する。日が暮れるまで待ってから、周囲を調べるつもりじゃ」
* * * * *
しばらくすると、5人ほどの人間が訪れた。その中にはさっき助けたリザードマンもいる。彼らは服や食料、寝具などを持ってきてくれたのだ。ただし、家を作るのは明日以降になるらしい。
怯えて逃げ出したリザードマンも、オレが好意で助けてくれただけの安全な魔族だとわかったらしい。海岸で野宿させることにひどく恐縮していた。しかし口数はすくなく、リザードマン以外の者たちは一言も喋らなかった。
オレを恐れているというより、話すことを禁止されているようなそぶりだった。この島にはなにか秘密がありそうだ。……まあ、今日中にぬけ出すつもりのオレには関係ないことだけど。
服や食料などを適当に注文して、リザードマンたちには帰ってもらった。
──さて、ここからが本番だ。
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