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第4章 国境の外へ。戦いのはじまり
062 山に棲む魔物4
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ルオフィキシラル領への帰還をいったん後回しにして、ファロンを探すことになった。かなりの時間ロスとなるが、スレ違いになったかもしれない事を考えれば、まだしも運が良かったと言えるだろう。
星明かりの下での捜索だが、苦労はしなかった。
行く先々で火が立ち上っていたのだ。ファロンの進行方向を示すように、点々と火が灯っている。
まだ火が燃え広がってはいないが、遠からず山すべてを覆う大火になるだろう。仮に探索に明かりが必要なのだとしても、木を一本丸ごと燃やすなど常軌を逸している。なぜこんな暴挙をあえてしているのか、理解に苦しむ。
仲間にシグネがいたのは幸いだった。彼女の氷魔法がなければ、消火活動にどれだけかかっていたかわからない。走りながら軽く触るだけで火を消しているのは、さすがという他ない。
* * * * *
「姫さん、ヤバそうだぜ。先の方になんかある」
アンゴンが下から声をかけてきた。オレには異変の兆候は感じられなかった。だがさっきのことを考えれば、アンゴンの進言は軽視しないほうがいいだろう。
「デトナ、先行してくれ。偵察を頼むのじゃ」
「了解」
荷台からデトナの姿が消え、一陣の風が森を吹き抜ける。デトナは風に変化する魔法(?)を使える。その速度と隠密性は、偵察にうってつけだ。
「全隊、停止! デトナが戻るまでここで待機じゃ」
「ウォォォッ~!」
オレの命令をシロが復唱する。ともに走っていた魔物たちも、ちゃんとその場で足を止めてくれた。相変わらず、シロの統率力はたいしたものだ。ふつうの動物より、ヘルハウンドのほうが知能が高いということもあるのだろうが。
ふと、アンゴンが微妙な顔をしているのに気づいた。
なんだろう? ゴブリンは人間と顔のつくりが違うので、表情が読み取りにくいのだが、なにやら言いたいことがありそうな気配は感じる。
「どうしたアンゴン、何か気になることがあるのかの?」
「ああいや、たいしたことじゃねえんだ。姫さんは、オイラの事を信頼してないくせに、オイラの言う事は信用すンだな、って思っただけさ」
言われてドキリとした。
オレの疑念は、やはり伝わってしまっていたらしい。良くない兆候だ。自分を信じてくれない上司のために、誰が働きたがるだろう?
「ははっ、文句を言うつもりじゃねえんだ。逆に、会ったばっかのヤツをあっさり信じるような相手じゃ、安心して身を任せられねえよ。信頼は、これからの働きで勝ち取るさ。そうじゃなくて──」
アンゴンは言葉をとめて、目をつぶった。
「オイラの家族は反対だった。オイラの事は信頼してたけど、オイラの言葉は信用しなかった。オイラの言う通りにしてくれてりゃ、みすみす氷の魔王に殺されずにすんだってのになあ……」
アンゴンは失った家族のことを思い出していたらしい。その胸中を満たしているのは後悔だろうか、それとも悲しみだろうか。かける言葉が見つからない。
「へへへ、つまンねえこと言っちまった。あのバカ姉弟のせいでよけいなこと思い出しちまったよ」
* * * * *
デトナが戻るのに、そう時間はかからなかった。
突風が吹いて、荷台の上にデトナの姿があらわれる。
「どうじゃった?」
「大変なことになってますねえ。ファロンたちと、オーガたちが戦っています。犬たちを静かにさせれば、ここからでも戦闘音が聞こえると思いますよ」
最悪だ。このあたりの領主とやりあっているらしい。しかしどうしてそこまで事態が悪化しているんだ? 森に火をつけていることといい、ファロンがどうなっているのか不安だ。
「ファロンは何をしておる。召喚した狐たちが暴走でもしておるのか?」
「……あれはファロンなんですかねえ。なんか、頭がおかしくなっちゃってるみたいでしたよ。僕にはメチャクチャに暴れているようにしか見えませんでした」
……なにがなにやらさっぱりわからない。
「主殿! ともかくファロンを助けねば!」
ターヴィティがオレを急かす。放っておくと一人で突っ込んでいきそうな雰囲気だ。たしかにここでジッとしていても状況は改善しない。ともかくファロンと会うことが先決か。
「敵の数は?」
「魔族が30~40というところですかね。やけにきっちりとした動きの、気持ち悪い連中でしたよ」
きっちりとした動き? つまり集団戦に慣れてるってことか? この世界では個人技優先で、陣形などもまともに作らないと聞いていたのだが……。
これはそうとう手強そうだ。しかも数が多すぎる。突発的なトラブルに40人もの戦力を出せるということは、領地全体の魔族は最低でも100人は超えるという推定が成り立つ。
こちらの現有戦力は、魔族5、魔物71。まともにぶつかるのは無理そうだ。全力でいっても40人もの魔族を倒せるか怪しいし、敵の援軍を想定すると、状況はより絶望的だ。
「部隊を三つにわける。魔物たちは、2匹のケルベロス──アコマとウンコマに半分ずつ指揮させる。アンゴンはアコマ隊、シグネはウンコマ隊とともに行動せよ。デトナ、ターヴィティ、シロ、アカとわらわが本隊となる」
「おいおい姫さん、まさか戦う気じゃねえよな。仮に敵が30人だけだったとしても、こっちの勝ち目は薄いぜ。ここは引くべきだ」
「わしの娘が危ないというのに、なんたる言い草か!」
「あン、ボケてんのかジジイ。戦えば、もし運良く勝てたとしても、半分は持ってかれンぞ。どうすべきか、わかりきったことだろうよ」
アンゴンとターヴィティが喧嘩をはじめた。アンゴンはロッセラ姉弟とも舌戦を繰り広げていたが、べつにトラブルメーカーというわけではないのだろう。たぶん他人より、少し物事の見方が冷めているだけだ。
どちらかと言えば、オレの考えもアンゴンと近い。とはいえ、ファロンを見捨てるつもりはない。全員の命を犠牲にしてまでファロン優先にはできないが、何もせずに撤退するという選択はありえない。
「このまま引く気はないのじゃ」
「姫さん!」
アンゴンを手で制しながら、作戦を検討する。
さすがに今さらオーガたちと話し合いは難しいだろう。全面戦争も無理。
──となれば、一撃離脱だ。ファロンをかっさらって撤退する。
「アコマ隊は右、ウンコマ隊は左。大きく迂回しながら、敵の後方を遮断する動きを見せよ。そのさい、手当たり次第に火をつけていくのじゃ」
「なっ、メチャクチャだ。そんなことしたら、オイラたちまで火に巻かれちまう」
「大きく半円を描くように進み、敵の斜め後方に達したら、まっすぐにこちらに戻ればよい。長居しなければ、山火事ごときで致命的なことにはならんじゃろ」
別働隊の行動目的は陽動だ。敵は治安維持のためにファロンと戦っているのだろうから、領地が燃えれば動揺するだろう。火を消すために散開するか、あるいは後退して様子を見てくれれば、よけいな戦いを避けられる。
「さっきまで私に火消しをさせてたクセに。本当に燃やしちゃっていいの?」
「背に腹は代えられぬ。山を焼き尽くすつもりで派手にやるがよい」
シグネの問いにきっぱりと答える。このあたりの住人のことを考えれば、ためらいがないわけではない。しかしその迷いは部下に見せてはならないものだろう。
「敵に会っちまったら? ファロンさんとやらと戦ってるのが、敵の総勢とはかぎらねえぜ」
「戦闘は不要。放火しつつ逃げよ」
今回の勝利条件は、ファロンを連れ帰ることだ。敵を倒すことに意味は無い。
アンゴンは天を仰いでから、不承不承うなずいた。
「あなたたちはどうするつもりなの?」
「わらわたちは直進して、ファロンを引っさらって逃げるつもりじゃ。ファロンの回収に成功したら、シロに吠えさせる。そうなったら、作戦途中でもすぐに逃走に移れ」
その後、簡単な質疑応答のあとで作戦を実行することになった。
* * * * *
夜空を紅蓮の炎が焦がしていく。さきほどまでの、ファロンがつけた火とは比べ物にならないくらいの大火が、山に燃え広がっている。魔物の大多数が「炎の息」を吐けるために、放火能力には事欠かない。
「シロ、進むのじゃ」
アコマ、ウンコマのケルベロス部隊から、少し時間をずらしてオレたちも出発した。うまく敵が混乱しているといいのだが……。
* * * * *
シロに乗って現場にたどり着くと、そこには地獄のような光景が広がっていた。
木々が折り倒され見通しが良くなった広場で、赤、白、黄、色とりどりの大狐たちが暴れ狂っている。
大狐の強さは、たいしたものではない。ヘルハウンドと同程度か、やや落ちるくらいか。しかし、その数と獰猛さのせいか、奥で隊列を組むオーガたちをむしろ押しているようだった。
オレたちが来るまでにファロンが殺されている、という最悪の予想も頭をかすめていた。だから、今の状況は歓迎すべきなのだろう。しかし……。
「ィィィぃ! カエセ! カエセッ……!」
ファロンは広場の中央にいた。片足で足元のオーガの頭を踏み潰し、片手で別のオーガの心臓を抉り出している。美しかった顔は狐のモノに変わり、手足の爪が鋭く伸びている。また4本の尻尾が、オーガを絡みとるほど長く巨大になっていた。
妖怪のような姿だ。見慣れたドレスを着ていなかったら、その生き物がファロンだとは思えなかったかもしれない。外見に加えて、手当たり次第に周囲に攻撃するその姿には狂気しか感じない。
「ディニッサ様、どうするんですか?」
デトナの冷静な声で我に返った。
「シロ、あの者を撃て!」
「グルル……」
オレは奥で指揮を執っているオーガを指差した。
ファロンと無数の大狐に押しまくられているものの、オーガたちは隊列を組んで秩序だった対処をしていた。
デトナが言っていた通り、集団戦の訓練をしている動きだ。
だが組織的な行動は、味方の戦力を効率的に引き出せるが弱点もある。指揮官を失った時のダメージが大きいのだ。
炸裂音とともに、シロの口から銀色の砲弾が発射された。丸い砲弾は狙い違わず敵の指揮官を撃ちぬく。さらに砲弾は、近くにいたオーガ二人の体をも貫通して夜の闇に消えた。
いきなりの攻撃をくらって、オーガたちに動揺が走った。
さてどうだ? 近代の軍隊では、指揮官が倒れた時はすみやかに指揮権が継承されるシステムができている。こちらの世界でもそこまで考えられているのか?
「……下がれ、いったん退却する!」
一人のオーガが大声で命令を下した。その指令に従って、オーガたちが撤退していく。多少の混乱は見られるものの、みごとな動きだ。倒れたオーガたちを運びながら整然と後退していく。
こちらの世界の軍事能力を甘く見ていたかもしれない。個々の力に頼るだけだと思っていたのに、そうでもないらしい。……もしかして、ルオフィキシラル領の周辺だけ、組織化が遅れてるのか?
「ファロン! 敵は去ったぞ。元の姿に戻るがよい」
オーガたちのことは気になるが、今はファロンが先決だ。ヤツらが援軍を引き連れて戻ってくる前に、ここから逃げ出す必要がある。
「ィィィぃ……!」
しかし事態はあまり好転していなかった。獲物を失った大狐たちが、オレたちに牙を剥いたのだ。ファロンも血走った目でこちらを睨みつけてくる。
「ファロン、わしじゃ、ターヴィティじゃ、わからんか!」
ターヴィティの叫びは、しかし逆効果だった。声に引かれてファロンがつっこんでくる。それに従い、周囲にいるすべての大狐がオレたちに攻撃をかけてきた。
「シロ、下がるのじゃ!」
あわてて指示を出したが、なにしろ相手の数が多すぎる。いたるところから大狐たちが食いついてきた。シロは軽やかに跳躍を続けながら、うるさそうに大狐たちを払っていく。
葛の葉に攻撃したことを叱られたせいだろう。大狐を殺さないように、気を使っているみたいだ。だがこのままでは、いずれ殺し合いをするしかなくなる。なにより例のごとくアカが「ピッピッ……!」と興奮状態になっていた。
「シロ、デトナ、なるべく大狐を引きつけながら後退するのじゃ」
そう言って荷台から飛び降りた。デトナが制止の声を上げたが無視する。
走りながら、ターヴィティに食いついている大狐を蹴り飛ばす。
「ターヴィティ、わらわを守れ! ファロンに接触して正気に戻させるのじゃ」
大狐の大半は、目立つシロたちを追っていった。オレとターヴィティは残った大狐を叩き伏せながらファロンの元へ向かう。
「ファロン、わしじゃあ~!」
前を行くターヴィティが、両手を広げてファロンに近づいていった。
あ、爪で切り裂かれた。
……うん、まあ、上半身裸のマッチョが、女の子に抱きつくようなポーズを取れば、攻撃されても致し方のないところだろう。
「ファロン、わらわじゃ!」
「カエセェ、カエセッ……!」
ファロンは、ターヴィティだけでなくオレにも攻撃をかけてきた。血に濡れた爪が宙を薙ぐ。紙一重でかわすことができたが、いつまでも避けきれるような攻撃ではない。
「ファロンっ、わしはっ、おまえの夫の──」
ターヴィティが再びファロンの前に立った。ファロンの攻撃をいなしながら声をかけ続けている。しかしファロンに反応はない。ただターヴィティから流れ落ちる血の量が増えるばかりだ。
オレかターヴィティの姿を見れば、元に戻ってくれるかと期待したんだが、どうやらダメそうだ……。
ターヴィティに群がってくる、大狐たちを蹴り飛ばしながら考える。
そろそろ限界だ。ファロンの爪攻撃がターヴィティの上半身に集中している。切り裂かれた胸の傷がなかなか治っていない。あと一分も保たずにターヴィティは殺されるだろう。
逃げるか?
しかしファロンを放っておくのは……。
「カエセッ……」
血走った目のファロンが、ターヴィティに攻撃を続ける。
そういえば、さっきから何かつぶやいているけど、あれはなんだ?
カエセ……返せ……。
「ターヴィティ! 娘はファロンをなんと呼んでおったのか!?」
「……主殿?」
「早く教えよ! お母さんか、母様か。自分のことはなんと呼んでいた? 私か、あたしか?」
「ああ……! ファロンのことは、お母様と。自分のことはアルと言っておりましたぞ」
これで鍵が揃った。
ファロンが返せと言っているのが娘のアルディスのことなら、そしてこの姿がアルディスに似ているなら、なんとかなるかもしれない。
「ターヴィティ!」
「はっ」
オレの声に合わせてターヴィティが大きく飛び退いた。そのすきに体を滑り込ませる。両手を広げてファロンと対峙した。
「お母様! アルはここにいます! だから落ちついて、お母様!」
これでどうだ……!?
「ィィィぃ……!」
──しかしファロンは止まらず、その鋭い爪がオレの体を引き裂いた。
星明かりの下での捜索だが、苦労はしなかった。
行く先々で火が立ち上っていたのだ。ファロンの進行方向を示すように、点々と火が灯っている。
まだ火が燃え広がってはいないが、遠からず山すべてを覆う大火になるだろう。仮に探索に明かりが必要なのだとしても、木を一本丸ごと燃やすなど常軌を逸している。なぜこんな暴挙をあえてしているのか、理解に苦しむ。
仲間にシグネがいたのは幸いだった。彼女の氷魔法がなければ、消火活動にどれだけかかっていたかわからない。走りながら軽く触るだけで火を消しているのは、さすがという他ない。
* * * * *
「姫さん、ヤバそうだぜ。先の方になんかある」
アンゴンが下から声をかけてきた。オレには異変の兆候は感じられなかった。だがさっきのことを考えれば、アンゴンの進言は軽視しないほうがいいだろう。
「デトナ、先行してくれ。偵察を頼むのじゃ」
「了解」
荷台からデトナの姿が消え、一陣の風が森を吹き抜ける。デトナは風に変化する魔法(?)を使える。その速度と隠密性は、偵察にうってつけだ。
「全隊、停止! デトナが戻るまでここで待機じゃ」
「ウォォォッ~!」
オレの命令をシロが復唱する。ともに走っていた魔物たちも、ちゃんとその場で足を止めてくれた。相変わらず、シロの統率力はたいしたものだ。ふつうの動物より、ヘルハウンドのほうが知能が高いということもあるのだろうが。
ふと、アンゴンが微妙な顔をしているのに気づいた。
なんだろう? ゴブリンは人間と顔のつくりが違うので、表情が読み取りにくいのだが、なにやら言いたいことがありそうな気配は感じる。
「どうしたアンゴン、何か気になることがあるのかの?」
「ああいや、たいしたことじゃねえんだ。姫さんは、オイラの事を信頼してないくせに、オイラの言う事は信用すンだな、って思っただけさ」
言われてドキリとした。
オレの疑念は、やはり伝わってしまっていたらしい。良くない兆候だ。自分を信じてくれない上司のために、誰が働きたがるだろう?
「ははっ、文句を言うつもりじゃねえんだ。逆に、会ったばっかのヤツをあっさり信じるような相手じゃ、安心して身を任せられねえよ。信頼は、これからの働きで勝ち取るさ。そうじゃなくて──」
アンゴンは言葉をとめて、目をつぶった。
「オイラの家族は反対だった。オイラの事は信頼してたけど、オイラの言葉は信用しなかった。オイラの言う通りにしてくれてりゃ、みすみす氷の魔王に殺されずにすんだってのになあ……」
アンゴンは失った家族のことを思い出していたらしい。その胸中を満たしているのは後悔だろうか、それとも悲しみだろうか。かける言葉が見つからない。
「へへへ、つまンねえこと言っちまった。あのバカ姉弟のせいでよけいなこと思い出しちまったよ」
* * * * *
デトナが戻るのに、そう時間はかからなかった。
突風が吹いて、荷台の上にデトナの姿があらわれる。
「どうじゃった?」
「大変なことになってますねえ。ファロンたちと、オーガたちが戦っています。犬たちを静かにさせれば、ここからでも戦闘音が聞こえると思いますよ」
最悪だ。このあたりの領主とやりあっているらしい。しかしどうしてそこまで事態が悪化しているんだ? 森に火をつけていることといい、ファロンがどうなっているのか不安だ。
「ファロンは何をしておる。召喚した狐たちが暴走でもしておるのか?」
「……あれはファロンなんですかねえ。なんか、頭がおかしくなっちゃってるみたいでしたよ。僕にはメチャクチャに暴れているようにしか見えませんでした」
……なにがなにやらさっぱりわからない。
「主殿! ともかくファロンを助けねば!」
ターヴィティがオレを急かす。放っておくと一人で突っ込んでいきそうな雰囲気だ。たしかにここでジッとしていても状況は改善しない。ともかくファロンと会うことが先決か。
「敵の数は?」
「魔族が30~40というところですかね。やけにきっちりとした動きの、気持ち悪い連中でしたよ」
きっちりとした動き? つまり集団戦に慣れてるってことか? この世界では個人技優先で、陣形などもまともに作らないと聞いていたのだが……。
これはそうとう手強そうだ。しかも数が多すぎる。突発的なトラブルに40人もの戦力を出せるということは、領地全体の魔族は最低でも100人は超えるという推定が成り立つ。
こちらの現有戦力は、魔族5、魔物71。まともにぶつかるのは無理そうだ。全力でいっても40人もの魔族を倒せるか怪しいし、敵の援軍を想定すると、状況はより絶望的だ。
「部隊を三つにわける。魔物たちは、2匹のケルベロス──アコマとウンコマに半分ずつ指揮させる。アンゴンはアコマ隊、シグネはウンコマ隊とともに行動せよ。デトナ、ターヴィティ、シロ、アカとわらわが本隊となる」
「おいおい姫さん、まさか戦う気じゃねえよな。仮に敵が30人だけだったとしても、こっちの勝ち目は薄いぜ。ここは引くべきだ」
「わしの娘が危ないというのに、なんたる言い草か!」
「あン、ボケてんのかジジイ。戦えば、もし運良く勝てたとしても、半分は持ってかれンぞ。どうすべきか、わかりきったことだろうよ」
アンゴンとターヴィティが喧嘩をはじめた。アンゴンはロッセラ姉弟とも舌戦を繰り広げていたが、べつにトラブルメーカーというわけではないのだろう。たぶん他人より、少し物事の見方が冷めているだけだ。
どちらかと言えば、オレの考えもアンゴンと近い。とはいえ、ファロンを見捨てるつもりはない。全員の命を犠牲にしてまでファロン優先にはできないが、何もせずに撤退するという選択はありえない。
「このまま引く気はないのじゃ」
「姫さん!」
アンゴンを手で制しながら、作戦を検討する。
さすがに今さらオーガたちと話し合いは難しいだろう。全面戦争も無理。
──となれば、一撃離脱だ。ファロンをかっさらって撤退する。
「アコマ隊は右、ウンコマ隊は左。大きく迂回しながら、敵の後方を遮断する動きを見せよ。そのさい、手当たり次第に火をつけていくのじゃ」
「なっ、メチャクチャだ。そんなことしたら、オイラたちまで火に巻かれちまう」
「大きく半円を描くように進み、敵の斜め後方に達したら、まっすぐにこちらに戻ればよい。長居しなければ、山火事ごときで致命的なことにはならんじゃろ」
別働隊の行動目的は陽動だ。敵は治安維持のためにファロンと戦っているのだろうから、領地が燃えれば動揺するだろう。火を消すために散開するか、あるいは後退して様子を見てくれれば、よけいな戦いを避けられる。
「さっきまで私に火消しをさせてたクセに。本当に燃やしちゃっていいの?」
「背に腹は代えられぬ。山を焼き尽くすつもりで派手にやるがよい」
シグネの問いにきっぱりと答える。このあたりの住人のことを考えれば、ためらいがないわけではない。しかしその迷いは部下に見せてはならないものだろう。
「敵に会っちまったら? ファロンさんとやらと戦ってるのが、敵の総勢とはかぎらねえぜ」
「戦闘は不要。放火しつつ逃げよ」
今回の勝利条件は、ファロンを連れ帰ることだ。敵を倒すことに意味は無い。
アンゴンは天を仰いでから、不承不承うなずいた。
「あなたたちはどうするつもりなの?」
「わらわたちは直進して、ファロンを引っさらって逃げるつもりじゃ。ファロンの回収に成功したら、シロに吠えさせる。そうなったら、作戦途中でもすぐに逃走に移れ」
その後、簡単な質疑応答のあとで作戦を実行することになった。
* * * * *
夜空を紅蓮の炎が焦がしていく。さきほどまでの、ファロンがつけた火とは比べ物にならないくらいの大火が、山に燃え広がっている。魔物の大多数が「炎の息」を吐けるために、放火能力には事欠かない。
「シロ、進むのじゃ」
アコマ、ウンコマのケルベロス部隊から、少し時間をずらしてオレたちも出発した。うまく敵が混乱しているといいのだが……。
* * * * *
シロに乗って現場にたどり着くと、そこには地獄のような光景が広がっていた。
木々が折り倒され見通しが良くなった広場で、赤、白、黄、色とりどりの大狐たちが暴れ狂っている。
大狐の強さは、たいしたものではない。ヘルハウンドと同程度か、やや落ちるくらいか。しかし、その数と獰猛さのせいか、奥で隊列を組むオーガたちをむしろ押しているようだった。
オレたちが来るまでにファロンが殺されている、という最悪の予想も頭をかすめていた。だから、今の状況は歓迎すべきなのだろう。しかし……。
「ィィィぃ! カエセ! カエセッ……!」
ファロンは広場の中央にいた。片足で足元のオーガの頭を踏み潰し、片手で別のオーガの心臓を抉り出している。美しかった顔は狐のモノに変わり、手足の爪が鋭く伸びている。また4本の尻尾が、オーガを絡みとるほど長く巨大になっていた。
妖怪のような姿だ。見慣れたドレスを着ていなかったら、その生き物がファロンだとは思えなかったかもしれない。外見に加えて、手当たり次第に周囲に攻撃するその姿には狂気しか感じない。
「ディニッサ様、どうするんですか?」
デトナの冷静な声で我に返った。
「シロ、あの者を撃て!」
「グルル……」
オレは奥で指揮を執っているオーガを指差した。
ファロンと無数の大狐に押しまくられているものの、オーガたちは隊列を組んで秩序だった対処をしていた。
デトナが言っていた通り、集団戦の訓練をしている動きだ。
だが組織的な行動は、味方の戦力を効率的に引き出せるが弱点もある。指揮官を失った時のダメージが大きいのだ。
炸裂音とともに、シロの口から銀色の砲弾が発射された。丸い砲弾は狙い違わず敵の指揮官を撃ちぬく。さらに砲弾は、近くにいたオーガ二人の体をも貫通して夜の闇に消えた。
いきなりの攻撃をくらって、オーガたちに動揺が走った。
さてどうだ? 近代の軍隊では、指揮官が倒れた時はすみやかに指揮権が継承されるシステムができている。こちらの世界でもそこまで考えられているのか?
「……下がれ、いったん退却する!」
一人のオーガが大声で命令を下した。その指令に従って、オーガたちが撤退していく。多少の混乱は見られるものの、みごとな動きだ。倒れたオーガたちを運びながら整然と後退していく。
こちらの世界の軍事能力を甘く見ていたかもしれない。個々の力に頼るだけだと思っていたのに、そうでもないらしい。……もしかして、ルオフィキシラル領の周辺だけ、組織化が遅れてるのか?
「ファロン! 敵は去ったぞ。元の姿に戻るがよい」
オーガたちのことは気になるが、今はファロンが先決だ。ヤツらが援軍を引き連れて戻ってくる前に、ここから逃げ出す必要がある。
「ィィィぃ……!」
しかし事態はあまり好転していなかった。獲物を失った大狐たちが、オレたちに牙を剥いたのだ。ファロンも血走った目でこちらを睨みつけてくる。
「ファロン、わしじゃ、ターヴィティじゃ、わからんか!」
ターヴィティの叫びは、しかし逆効果だった。声に引かれてファロンがつっこんでくる。それに従い、周囲にいるすべての大狐がオレたちに攻撃をかけてきた。
「シロ、下がるのじゃ!」
あわてて指示を出したが、なにしろ相手の数が多すぎる。いたるところから大狐たちが食いついてきた。シロは軽やかに跳躍を続けながら、うるさそうに大狐たちを払っていく。
葛の葉に攻撃したことを叱られたせいだろう。大狐を殺さないように、気を使っているみたいだ。だがこのままでは、いずれ殺し合いをするしかなくなる。なにより例のごとくアカが「ピッピッ……!」と興奮状態になっていた。
「シロ、デトナ、なるべく大狐を引きつけながら後退するのじゃ」
そう言って荷台から飛び降りた。デトナが制止の声を上げたが無視する。
走りながら、ターヴィティに食いついている大狐を蹴り飛ばす。
「ターヴィティ、わらわを守れ! ファロンに接触して正気に戻させるのじゃ」
大狐の大半は、目立つシロたちを追っていった。オレとターヴィティは残った大狐を叩き伏せながらファロンの元へ向かう。
「ファロン、わしじゃあ~!」
前を行くターヴィティが、両手を広げてファロンに近づいていった。
あ、爪で切り裂かれた。
……うん、まあ、上半身裸のマッチョが、女の子に抱きつくようなポーズを取れば、攻撃されても致し方のないところだろう。
「ファロン、わらわじゃ!」
「カエセェ、カエセッ……!」
ファロンは、ターヴィティだけでなくオレにも攻撃をかけてきた。血に濡れた爪が宙を薙ぐ。紙一重でかわすことができたが、いつまでも避けきれるような攻撃ではない。
「ファロンっ、わしはっ、おまえの夫の──」
ターヴィティが再びファロンの前に立った。ファロンの攻撃をいなしながら声をかけ続けている。しかしファロンに反応はない。ただターヴィティから流れ落ちる血の量が増えるばかりだ。
オレかターヴィティの姿を見れば、元に戻ってくれるかと期待したんだが、どうやらダメそうだ……。
ターヴィティに群がってくる、大狐たちを蹴り飛ばしながら考える。
そろそろ限界だ。ファロンの爪攻撃がターヴィティの上半身に集中している。切り裂かれた胸の傷がなかなか治っていない。あと一分も保たずにターヴィティは殺されるだろう。
逃げるか?
しかしファロンを放っておくのは……。
「カエセッ……」
血走った目のファロンが、ターヴィティに攻撃を続ける。
そういえば、さっきから何かつぶやいているけど、あれはなんだ?
カエセ……返せ……。
「ターヴィティ! 娘はファロンをなんと呼んでおったのか!?」
「……主殿?」
「早く教えよ! お母さんか、母様か。自分のことはなんと呼んでいた? 私か、あたしか?」
「ああ……! ファロンのことは、お母様と。自分のことはアルと言っておりましたぞ」
これで鍵が揃った。
ファロンが返せと言っているのが娘のアルディスのことなら、そしてこの姿がアルディスに似ているなら、なんとかなるかもしれない。
「ターヴィティ!」
「はっ」
オレの声に合わせてターヴィティが大きく飛び退いた。そのすきに体を滑り込ませる。両手を広げてファロンと対峙した。
「お母様! アルはここにいます! だから落ちついて、お母様!」
これでどうだ……!?
「ィィィぃ……!」
──しかしファロンは止まらず、その鋭い爪がオレの体を引き裂いた。
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大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが…
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タカハシヨウ
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ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。
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ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。
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最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
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高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
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魔法使いが無双する異世界に転移した魔法の使えない俺ですが、陰陽術とか武術とか魔法以外のことは大抵できるのでなんとか死なずにやっていけそうです
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魔法使いが無双するファンタジー世界に転移した魔法の使えない俺ですが、陰陽術とか武術とか忍術とか魔法以外のことは大抵できるのでなんとか死なずにやっていけそうです。むしろ前の世界よりもイケてる感じ?
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【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
Sランクパーティを引退したおっさんは故郷でスローライフがしたい。~王都に残した仲間が事あるごとに呼び出してくる~
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Sランクパーティのリーダーだったベルフォードは、冒険者歴二十年のベテランだった。
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