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現世〜昇華〜

決意〜ユージン〜

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長い葛藤の末、ようやく伝える事のできた想いを受け入れられて、嬉しさに舞い上がったのは一瞬。

波が引くように、じわじわと厳しい現実が見えてきた。


まずは年の差。
大人になってからの年の差はさほど気にならないと思うが、今のこの2歳という差はかなりの障害に思える。

クリスティナ様が卒業しても、あと2年は学生でいなければならない。
という事は最低2年、いや3年はクリスティナ様をお待たせしなければならないという事だ。

それに身分差もある。
将来をある程度約束されている貴族子弟と違い、俺には地位も資金も権力もない。
己の実力で上を目指していかなければならないのだ。


他の誰かと比べても仕方のない事だと、わかってはいる。
頭では理解していても、何も持っていない自分にどうしても焦りが生じてしまう。
その焦りは、2年という時を何とか埋められないものか、という方向へ向いた。


学院にも、早期卒業を密かに掛け合ってみたが
「決められた課程を、きっちり修める事に意味があるのです。
それに、思い通りにならない事に折り合いをつけていくのも、大切な学びです」 

と、あっさり一蹴されて終わった。


思い余った俺は、ジークフリード様を頼ってみようかと、クリスティナ様の前で愚痴をこぼしたけれど逆に窘められてしまった。

「焦る気持ちはわかります。
でも、そんな事で殿下との友情にヒビを入れるおつもりですか?」

「そんな事って…」


クリスティナ様からしたら「そんな事」なのか…。
若干不満を抱きつつ、そう口にしたけれど困ったような、それでいて苦笑めいた表情で

「殿下からしたらそんな事、ですわよ」

宥めるようにそっと手を握られ、押し黙る。


「殿下のお側に居ながら、その威を借りる事なく、他の生徒と同様に接するあなただからこそ、殿下も近くに置かれたのです。
殿下のお力に安易に縋ろうとする者は皆、さりげなく遠ざけれました。
あなたも同じようになりたいのですか?」

「……いえ」


確かに。
ジークフリード様は、そのような公私混同を何よりも嫌う方だった。
今ここでみっともなくお縋りすれば…最悪、殿下の信頼とクリスティナ様の両方を失いかねない。

その事に思い至る事の出来なかった自分の視野の狭さというか、幼稚さに俯いて唇を噛みしめる。


「でも、ありがとうございます」

躊躇いがちに伸ばされた手が頬に触れ、ハッと顔を上げる。
そこには、はにかんだように微笑むクリスティナ様がいた。


「お礼なんて…何もしていないのに」

「いいえ、わたくしとの事、真剣に考えてくださいましたわ」


そんな無茶を言い出しかねないほど、欲しいのだと思っていただけるなんて…。
と頬を染めるクリスティナ様は、言葉に言い尽くせない程可愛らしくて、愛おしくて。

その姿を見ただけで、先程のモヤモヤがどこかへ飛んで行く気がするのだから…我ながら現金なものだ。


「わたくしの事なら大丈夫です。
あなたを待つと決めましたし、覚悟もしております。
兄も力を貸してくれる事でしょう」

お兄様には前世の事も含め、全てお話になりこちらの味方になってもらえた事。
そして、できる限り早くクリスティナ様のご実家へ伺う事。
 
クリスティナ様からお話を聞く限り、予想していたよりも良い状況のようだ。
その事に安堵する一方で、これが兄上から俺に課せられた試練なのだろうと推測する。


クリスティナ様のご両親、そして兄上に認めてもらえるよう。
そして婚約者とやらにも諦めてもらえるよう、説得し行動で示していかなければならない。

 もちろん、一朝一夕に出来る事でも簡単な事でもない。
けれど難しいからと言って、投げ出したり諦めたりするような事は出来ない。
いや、したくない。


「わかりました。
どんな事があっても、認めていただけるよう努めます」


共に在る為に、覚悟を決めたつもりがまだまだ甘えた事を考えてしまった自分に、こっそり喝を入れ直す。



——これは、相当な覚悟をもって臨まなければならない。
一世一代の、と行っても過言ではないだろう。

けれどクリスティナ様の隣に、誰よりも近くにいる為に必要とあらば…。


いずれ来たる、クリスティナ様のご家族と仮初めの婚約者との対面。

己のなすべき事を自覚し、あらゆる犠牲を払っても成し遂げるという覚悟を、改めてきめる。

甘えも弱さも捨てて、勝ち取る為に…。


クリスティナ様と共に過ごす未来を。
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